【ただいま】①
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「……ふぅ」
俺はヒビの入ったコンクリートの壁に背中を預けた。
帰り支度をするから、ここで待っていてくれと佐倉から言われた俺は【女子更衣室】と書かれた看板を少し離れた所から眺めた。
アンナから聞かされた事実はどれも信じられない事ばかりで、けれど、それを飲み込むしか無いような事ばかりが俺の身に起きた。
自分が死んで、異世界へ。
更にはゲームの中に出てくる人型機動兵器【パトリオット】に乗り込んで世界を救えだなんて。
信じられない。けれど、信じるしかない。
この非常識な状況を信じるための材料はこんなにも溢れている。
「異世界のくせに漢字とかあんのな」
俺の目の前には【←男子更衣室】というのと、【女子更衣室→】という二つの看板がコンクリートの壁に貼り付けられていた。
この看板だけではない。
佐倉莉子という名前。明らかに日系人の名前。
その日常感が俺の中の違和感をさらに引き立てていた。
「佐倉、莉子」
「……? なに?」
「うわぁ!?」
なんの気無しに佐倉の名前を呟いたその時、タイミング良く……いや、悪く着替え終えた佐倉が俺のすぐ側に立っていた。
「び、ビビらせんなよっ!?」
「え? ご、ごめっ……って、知らないよ、そんなの」
何言ってんの? と言わんばかりに佐倉は首を傾げて笑った。
ち、ちくしょう。足の裏に肉球でも着いてるのか、さっきも今も佐倉の足音は全く聞こえなかった。
……というかなんとも無防備な服装だな。
パイロットスーツから着替えた佐倉を俺はチラリとみて思う。
黒のタンクトップにカーキ色のカーゴパンツ、黒のミリタリーブーツ。
首にかけたドッグタグがちょうど胸の谷間のところに……。
「……たに、ま」
「は?」
俺は無意識にそう口に出してしまっていた。
意味不明の言葉に佐倉は首を傾げた。
大きさはそれ程だけど、形はツンと上を向いたお椀型。うん、素晴らしい。
「……Bくらいか」
「……? 何がビー? 訳わかんない事言ってないで、ほら、行こっ」
「あ、ああ……」
俺の視線など全く気にしない様子で佐倉は歩き出した。
その後をまたも俺はとぼとぼと着いていく。
前を歩く佐倉からは、ヘアオイルの香りだろうか。柑橘系の爽やかな香りが漂ってきて鼻腔をくすぐった。
歩き出してすぐに佐倉は何気ない話題を振ってきた。
「ねえ、有馬くんはいくつなの?」
「十七だよ。っつっても死んでるからこの場合どうなるんだろうな」
「うーん、死んじゃったからって年は取らないわけじゃないんじゃないかな? こうして生きている訳だし」
「そういうおま……佐倉はいくつなんだ?」
「私も十七歳。同い年だね」
「あ、でも俺はもう誕生日過ぎた十七」
「じゃあ一個下だね。私はもうすぐ十八なのだよ少年。あははっ」
「一個くらいで突然子供扱いすんじゃねぇよったく」
俺と佐倉は基地の廊下を話しながら歩いていた。
最初は右も左も分からない俺を気遣って、リラックスさせようとしてくれているのかとも思った。
けれど佐倉からは俺に対する妙な気遣いみたいな雰囲気は感じ取れない。
多分これが素の佐倉なのだろう、変な気を使っていない分、こちらも気兼ねなく話す事ができる。
取り止めのない会話をしていると、廊下の対面からオレンジ色の作業服を着た女性が佐倉に笑顔で敬礼した。
「少尉、お疲れ様ですっ」
「はぁーい、お疲れ様でーすっ」
佐倉はそれに愛想良く敬礼を返すと、笑顔で手を振った。
ちなみにこれで何人目か。すれ違う人全員に佐倉は愛想良く返礼をしていた。
「人気者だな」
「そんな事無いわよ、小さな基地だからね。みんな顔見知りなだけ」
ふーん、と相槌をしてみたものの、佐倉の振る舞いはどう見ても顔見知りの範囲を越えていた。
どの兵も笑顔で、佐倉もまた明るい声で返答する。
不登校+陰キャの俺には真似できん。
森に囲まれた湖のほとりにある基地敷地内を抜けて、山へと続く緩やかな一本道のアスファルトの坂を上がっていく。
その坂道を挟む様に、四階建て程度のマンション風の建物が山の斜面にいくつか並んでいる。小規模ながら団地のようだ。
どうやら佐倉達が所属する【帝国軍】の基地を中心に小さな街が形成されているようだった。
その基地に勤務する兵や、その家族が多数住んでおり、居住区には商店や飲食店などか細やかながら点在している。
遊具付きの公園の角を曲がった所にある、二階建ての小さなアパートの外階段を二人で登っていく。
「ここよ」
「お、おお」
コンクリート製アパートの二階の角部屋が佐倉の部屋の様だった。
「あ、ちょっと待ってくれ」
「……? どうかした?」
佐倉はドアノブに手を伸ばしたまま首を傾げた。
そのドアノブに手をかけようとした佐倉を、俺は思わず止めてしまった。
お、女の子の部屋に今から入るのか、俺は……っ!
同年代の女の子の家に。
同年代の女の子の部屋に。
いや、落ち着け。意識するな。
宿が無い俺を泊めてくれるだけだ。
落ち着け。
頭の中がいやらしいピンク色の妄想でいっぱいになりそうだった(なっていた)ので、俺は念じる様に自分を律した。
いや待て落ち着け女の子って何だよ意識するな落ち着け佐倉は佐倉だろ帝国軍の少尉だ軍人だぞ落ち着けしかも今日あったばかりだし落ち着けだから何だ女の子はどこまで行っても女の子だろうが落ち着けぴっちりタイトなパイロットスーツ姿の時のスタイル見ただろ落ち着け胸の大きさなどこの際どうだっていい落ち着け形だよ形落ち着けでも柔らかそうだったな落ち着けそれとふともも落ち着け柔らかそうでハリも良さそうじゃないか落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け!!
「落ち着けぇ!!」
「えっ!? な、何、血走った目で!! 落ち着くのはキミだよっ!」
し、しまったつい声に出してしまった。
「お、おお、スマン、俺には刺激が強すぎた……」
「何の刺激っ!?」
「いや、スマン。けど本当に大丈夫か? こんな会ったばかりの男を家に入れても」
その言葉を聞いた佐倉は何も気にしていないかの様に言った。
「別に大丈夫、キミは変な事する様な人じゃないと思うし。それに万が一何かしようとしても大丈夫、私、強いから」
そういうと佐倉は、ニヤリと笑うと、むんっと右腕で力こぶを作って見せた。
筋肉の盛り上がりはほぼ無かったが、普段から鍛えているのか、その二の腕はとても引き締まっていた。
そ、そうだよな、佐倉はこう見えて軍人なんだよな。
護身術っていうのか、そういう事にも精通していてもおかしくない。
「ははっ、確かにな。引きこもりだった俺じゃあ瞬殺だな」
「それに、家族にはもう軍から連絡行ってると思うし」
「へ、家族?」
「ただいまぁー」
そう元気よく言いながら、佐倉は家の扉を開けた。
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続きは明日の朝更新。
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