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クレイジー檸檬 ~CRISIS TOKYO~  作者: 菅原やくも


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2/2

VANISH

 自称核爆弾をめぐる、具体的な対応策については、具体的な進展がないまま、さらに数日が過ぎ去った。そんなある日、重大事案ともいえるべき事件が発生した。


 車に乗った男が、自称核爆弾の近くまで強硬突入したのだ。

 そして車を降りると


「うおっっーー!! 街ごと吹っ飛ばしてやる!!」


と、狂ったように叫び、自称核爆弾の方へ向かって駆け出した。


 誰がどう見ても、男が起爆ボタンを押そうと考えているのが分かった。もちろん、男が十分に近づくこともないうちに、警備にあたっていた警官たちが取り押さえ、事態は事なきを得た。

 その後の警察の発表によると、

「仕事をクビになってムシャクシャしていた。どうせなら、街ごと吹き飛ばして死のうと思った」

などの供述をしている、とのことであった。なお、この自称核爆弾の設置をめぐる関与は否定された。


 ただし、事態を重くみた警察庁および関係者は、自称核爆弾のある広場周辺の数百メートルを、車や一般人のみならず鉄道、バスなどの公共交通機関の乗り入れも含め、一切禁止するとの見解を発表した。そしてすぐさま、実行に移された。広場のある駅は使用が禁止され、運行される電車も前後の駅で折り返し運転がされることとなった。周辺道路の全てには、何重にもバリケードが設置され、警備のために武装した機動隊が配備された。仮にも核爆弾なら、ほとんど無意味と思われたが、周囲には不発弾処理と同じように巨大な土嚢がいくつも積み上げられた。


 さらに数日が過ぎると、今度は封鎖区域の周辺でデモ活動が起きるようになった。

 そのデモ団体は


〈核爆弾はでっち上げ!〉

〈爆弾騒ぎは政府による陰謀〉

〈これは市民弾圧や都市封鎖の予行演習だ〉


などという意見を盛んに主張していた。ウェブの動画投稿サイトやSNSには連日のように、見解を述べる動画やデモの様子をアップロードしていた。


 いっぽう、若者たちのあいだでは、〈起爆チャレンジ〉なる遊びも流行り出した。

 呼び名から想像できるとおり、封鎖区域に忍び込んで起爆ボタンを押せるか挑戦する、という内容だった。まったくもって、現場で対応にあたる警官や自衛官からすれば、迷惑以外のなにものでもなかった。


 現場の爆発物処理班の隊員たちと、大学などの研究機関から対応に加わった専門家や技術者たちだけが、黙々と事態打開にむけて仕事に打ち込んでいた。


 騒動がはじまって一カ月が過ぎるという頃合いに、自称核爆弾の近くに大型の装置が運び込まれてきた。

「これはいったい、何のための機械ですか?」

「X線透視装置です。いわば、大判のレントゲン写真を撮ろうという魂胆です。これで多少は、爆発物の中身を確かめることができるでしょう」

 そのために、特注でつくられた装置だった。透視装置による自称核爆弾内部の撮影は、すぐさま行なわれた。結果はまずまずの出来であった。球状部分の中心には何やら丸い塊があり、それを取り巻くように複雑な装置類や配線があることが分かった。

 ただ残念なことに、それ以上のことは釈然としなかった。ガイガーカウンターは計測開始時から、ごくわずかな反応をみせていたが、内部にプルトニウムが存在するという証拠としては、確実性に欠けるものだった。


 調査が進むうちに、自称核爆弾の外観は様変わりした。

 当初は黄色に塗られていたわけだが、全ての塗装が剥がされ、今は鈍い銀色に輝いてた。塗られていたペンキから、なにか手がかりが得られないかと分析もおこなわれた。だが、どこにでも売られている市販の塗料だということが分かっただけだった。

 徹底的に外観の調査も行われた。だが、解体の足掛かりになりそうな継ぎ目どころか、目に見えるキズもなかった。


 対策本部の会議室では、日々に議論が交わされたが、具体的な解決策は出てきそうになかった。

「X線透視によって撮影された写真を確認しました」専門家として参加している、とある大学の教授は、プロジェクターに映し出された画像を示しながら言った。「中心断面図から推測するに、これはいわゆる爆縮(インプロージョン)方式の内部構造をしている、といえるでしょう」

「ではやはり、核爆弾ということですか?」処理班の隊員の一人が言った。

「断面の構造的には、そう言えます。ですが、現段階では断言できません。中心部にある、この丸い塊がプルトニウムならば確実でしょう。じっさいに分解して確認しないとこには、なんとも……」

「それができれば、そもそも苦労しませんよ」

「その、」内閣から派遣された職員も質問を投げかけた。「なんとか、移動させるということだけでも出来ないものですか?」

 自称核爆弾は、動かそうとしても起爆するのか? 誰もが気がかりの点だった。

「なんとも言えません。この基部にある、ごちゃごちゃしている装置の中になかに、そういったことを感知するセンサーがないとも言えませんし……」教授は肩をすくめた。「もちろん、弾道ミサイルに乗せる核兵器の場合なら、ちょっとのことでは爆発はしないでしょうが」

「少しいいかな?」処理班の隊長が控えめなようすで質問した。

「はい、どうぞ」

「核爆弾は、作動するのに電池がいるはずだ。その、爆縮の起爆用だ。とすれば、そう長く経たないうちに不活性になるのではないか?」

 しかし、教授は静かに首を振った。

「たしかに、黎明期のプルトニウム型はそうです。かつて長崎に投下されたファットマンのようなタイプのことですね。しかし、近年のバッテリーはたいへん高性能です。それに、なにかしら機械式の起爆装置が備わっている可能性や、もしかすると基部には、半永久的に電力供給できる小型の原子力電池が備えられているかもしれません。我々は手探りで、事態打開に向けて進まなければならないのです」

 教授は咳ばらいをすると、つぶやくように続けた。「あるいは、核兵器に利用されるプルトニウム239というのは半減期が約二万四千年ですから、自然に崩壊していくのを気長に待つのも、一つの手でしょうね」そう言って、自嘲気味に口元を緩めた。

「ですけど教授、さすがに……それは無茶というものですよ。そんな悠長に構えていられないでしょう?」

「ええ、そうですね」教授は表情を引き締めると、語気を強めて続けた。「よろしいですか、皆さん。いまのところ、具体的な解決策が見えず、焦る気持ちは分かります。ですが、このような事態では慎重さが肝心です。常に最悪の事態を考えて行動すべきなのです。国民の命がかかっているのですから」

「まあ少なくとも、時限爆弾じゃないようだからな」 


 事態解決が見えない中、とある国会議員の発言が物議を呼んだ。

「こうなったらいっそのこと、都民全員を一時避難させて、一発起爆させようじゃなか。それから戻ってきて、都市はまた再建すればいい。老朽化したインフラをまとめて一掃して、区画整理もできる。都市再建なら雇用も生まれる、経済の活性化にもつながる。メリットが多いじゃないか。このほうが話も早いだろう」

 過激な合理的主義的主張というわけであったが、当然のことながら多くの非難を呼んだ。とりわけインターネット上やSNSでは、罵倒に近いコメントも飛び交った。


”どれほどの威力があるか分からないのに、簡単に起爆させるとか言うな!”

“結局、市民の安全や生活より経済優先なのか?”

“放射能汚染のことを知らんのですかね”

“こいつバカなの?”

“もし死者が出たら責任とれるのか?”

“我が国は唯一の被爆国なのに、国会議員がこの発言とか信じがたい”

“するなら、お前が起爆ボタン押せよ”


 もちろんテレビなどメディアのみならず、所属する党内からも問題視する声が上がった。最終的にその議員は、発言を撤回して謝罪した。

 自称核爆弾は各所で様々な議論を呼んでいたが、解決へとつながる道筋は、まったくもって見つからなかった。


 一部では、出処(でどころ)に関する話題もあった。過去に軍用機の墜落事故で失われた核兵器が流用されたものか? という噂も流れる始末だった。あるいは、核保有国からテロリストが盗み出したものだ、という話も出てきたが、関係国はすぐさま否定した。ネットでもメディアでも、さまざまな話題が挙げらていた。

 ついには核保有国が、


「核兵器本体、および関連施設と保管施設においては、全て厳重に監視管理されている。ましてや、盗難などという事実は、まったくあり得ない」


という、共同声明を発表するまでに至った。

 ただし、自称核爆弾の処理に関する協力要請には、核保有国の面々はどことなく消極的態度でもあった。もちろん、調査のために専門家の派遣はいくらか行われていた。いずれにせよ、万が一にも起爆した際の責任を回避するためだろうと考えられた。国内においては、警察や公安による、自称核爆弾を設置した犯人らをめぐる捜査も行き詰まっていた。周囲の防犯カメラは当時、広範囲にわたって機能不全となっていた。それらも、犯人らによる仕業と考えられた。


 どれにおいても、なんの成果も出ないまま、時間だけが過ぎていった。


 もっとも、大半の人々は、いつもと変わらない日常が過ぎていった。都市部から他県へ人の流出は緩やかかだったが、皮肉にも上京を考える人数が激減したため、一極集中の改善の兆しが多少なりとも見受けられたのだった。都心に拠点を置く企業の経営陣にもわずかながら、地方移転の考えを口にする者もいた。


 月日はあっという間に流れ、気が付けば一年が過ぎようとしていた。対策本部は、お手上げ状態だった。どうしようもなかった。ここまでくると誰もが、自称核爆弾に触らずそのままにしておけば、何も起きることはないのではないか、そう考えるようになっていた。

 そして自称核爆弾は、コンクリート製の頑丈なドーム状の建物に覆われることになった。いっそのこと、全てをコンクリートで埋め固めはどうかという意見もあったが、遠い将来における解体の可能性も考慮され、その案は却下された。

 起爆スイッチは、誰かの手によって押されることのないよう固定され、厳重なカバーが掛けられた。ドームの出入口には警官が常時配置され、周辺区域でも、民間の警備員が警戒に当たることとなった。もちろん、管理区域は専門家や関係者以外の立ち入りは禁止のままであった。周辺の建物には人がいなくなって久しく、汚れが目立ちはじめていた。駅は廃止され、鉄道路線は大きく迂回する線路が新たに敷設さていた。周辺の住民や企業にいたっては、立ち退きを余儀なくされたわけだが、政府によって補償が行われた。


“触らぬ神に祟り無し”


などという言葉があるが、まさにそのような状態であった。もっとも、自称核爆弾は神から程遠いような存在であるが……あくまで、比喩的な表現である。

 いずれにせよ、分解することもままならず、移動させるのも危険、そもそもいまだに真偽不明とあっては、他になすすべはなかった。なによりも、この状況を落としどころとしたのは、多くの住民を移住させたり、首都機能を移転させるよりは、負担も予算も最小限で済むという理由が少なくなかった。どのみち誰もが、他に有効な手段はない、と考えるようになっていた。


 そのうちに対策本部も解散となり、代わりに監視管理のための専門省庁が設立された。


 都心への人口一極集中は、依然として緩やかな減少傾向にあり、地方活性化の要因にもなりつつあった。中には自称核爆弾のことを、まんざらでもないように思う人もいたようでもあった。それに大半の人々は、日々の生活に気を取られ、その存在すら忘れつつあるように思われた。

 対策本部で奔走していた教授も、地方への転勤を命じられていた。街を離れる前に、自称核爆弾の姿を今一度、目に焼き付けておこうと、その場所を訪れた。

 どこか、なにかしらのモスクを連想させるコンクリートの建物の中、照明に照らされて銀色に輝くそれは、現れた日から、まったく変わらぬ姿でいるように思われた。

 教授は睨むように目を細め、自称核爆弾を見つめた。

「私らの、負けだよ……お前さんは、いったい本物(リアル)なのか、偽物(フェイク)なのか?」

 呟きとも、独り言ともわからないような声で問いかけたが、答えが返ってくるわけもなかった。

 それから教授は、残念そうに小さく首を振り、その場を後にしたのだった。


***


 詳細不明、実態不明の自称核爆弾が現れてから、二年以上が過ぎていた。そんなある日、夕暮れの黄昏も過ぎ、すっかり暗くなった頃合い、都心の屋外にいた多く人々は思わず、夜空を見上げた。

「大きな流れ星だ!」

「隕石じゃないの?」

「明るいなぁ」

「珍しいもんだ、こりゃ」

 人々は思い思いの言葉を口に出した。(あお)く暗くなりはじめた空には、大きな火の玉のようなものが輝いていた。


「あれは、たぶん火球だな」


 しかし、空を見上げていた誰もが思いもしなかった。ましてや、気が付くこともなかった。火球となった隕石は、大気圏のはるか上空でバラバラになっていたが、その中で、指先ほどの大きさの破片が一つ、まっすぐと自称核爆弾のもとへ向かっていることを……

 銃弾などよりも速い猛烈な速度で落下してきた隕石の破片は、自称核爆弾を保護しているコンクリートの天井を容易く突き破り、固定もカバーも簡単にぶち壊して赤いボタンに衝突した。


 夜の闇が下りた都心は一瞬、宇宙からでも見えるほどの、白く(まばゆ)い光に包まれた。

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