表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/136

はい、もう決めてますっ! 4/4

「え……え……?」


 私は驚愕の表情を浮かべる先輩の表情を見て、さらに戸惑う。


「も、もしかして、君って……学校の授業でしか聞いた事が無かったんだけど、先祖返り?」


 先輩は戸惑うような表情に変わる。


「あ、はい、そうなんですけど……」


 私は別に自分が先祖返りだって事を隠していないし、クラスメイトはみんな私が先祖返りだって事は知っている。

 だけど先輩は初めて先祖返りを見たんだろうな。

 当たり前か。だいたい私だって他の先祖返りを見た事がない。

 先輩も知識としてはあったんだろうけど……。それにしてもこの先輩は何で最初は驚かなかったんだろう?


「あ、えっと。僕の血、少し分けてあげようか?」


「えぇっ!?」


 先輩の申し出に今度は私が驚く番だった。

 部活を決めるこの期間中は、短縮授業で5限まで。

 つまりお昼休みに私が飴玉を舐めてから、まだ1時間しか経ってない。


 私は床に落ちていた自分の鞄を拾い、中のポーチから美赤ちゃんとお揃いで買ったコンパクトミラーで自分の顔を映す。

 あ、目が赤くなってる!

 何でこんなに早く飢餓状態になっちゃうの?

 えっと、落ち着かなきゃ。


 私達先祖返りは飢餓状態になると先に目の色が変わり、遅れて空腹感が来る。

 まだ空腹感が来てないって事は、多分目の色が変わったばかりだ。

 個人でバラつきがあるみたいだけど、空腹を感じてから10時間を過ぎると、灰になって死んじゃう危険性が出てくるって話しだし、まだまだ焦る必要なんて全然無い。


 私は鏡の入っていたポーチから飴玉を取り出し口に入れる。


「んっ……!」


 思わず吐息が漏れてしまう程の快感と共に、飴玉の成分が体中に行き渡る感覚を感じる。

 これが普段の状態だと、こんな刺激なんて無い上に、かなり不味く感じてしまうから不思議だ。

 ま、普段からこんな刺激だったら依存症になりそうだから、私はこれで良いと思う。


「えっと、ご心配をお掛けしました。もう大丈夫です」


 もう1度鏡に自分の顔を映し、元の目の色に戻った事を確認した私は先輩に声を掛ける。

 幾分緊張も和らいで冷静になれたのか、普通に喋れてる。

 それにしても、さっきの心臓が跳ね上がる感覚。あれって何だったんだろう?

 家に帰ったら、『先祖返りホットライン』に連絡をしてみようっと。


「あの、先輩こそ怪我してます。私のせいで、すいませんでした」


 私が謝罪をすると、先輩は今頃それに気付いたのか驚いていた。


「これぐらいの怪我なら大丈夫だよ、それより……」


「ええ、そうですね」


 私と先輩は散らばった本を拾い上げ、そして手分けして3階の図書室に運び込んだのだった。




「あ、ありがとう、運ぶの手伝ってくれて……」


「いえいえ、元はと言えば、私が原因ですから。それより先輩、早く保健室に行きましょう!」


 ある程度時間が経って見慣れたとはいえ、先輩のきれいな肌に傷が残るのは何だか嫌だ。

 いつになく積極的な自分に驚きつつも、私は先輩を連れて保健室へと向かったのだった。





 先輩が治療を受けている間、私は先輩の観察をしてみる。

 初めて先輩を見た時は、すごくきれいな顔立ちをした人だなって思ったけど、今はメガネを掛けて、それに前髪が目の部分に掛かり気味。本当に同じ人なんだろうか?なんて思ってしまった。

 って言うか、先輩の素顔を私だけが知っているようで、何だか妙に嬉しい。


「はい、これで大丈夫!」


 先輩の傷は思ったより浅かったようで、数日で消えるだろうって話だった。


 保健室を出た先輩は、図書室でまだする事があるって事で、もう一度戻る事になった。

 そして誰もいない図書室で先輩は先ほど運んでいた本に貸し出しカードを入れていく。

 私も怪我をさせた後ろめたさからか、それを見よう見まねで手伝っていた。


「えっと……先輩は図書委員なんですか?」


 ついついそんな事を尋ねてしまった。

 私も今日1日で、苦手だった男子に多少は慣れたのかな?

 いや、違うかな?私は多分、この先輩に興味が湧いてるんだ。

 メガネと前髪で殆ど顔が隠れてるけど、素顔はすごくきれいな事。

 私の中にあった、男子のイメージとかけ離れている事。

 そう言えば私の顔を見て、先輩も「きれいだ」なんて言ってくれた。

 それを思い出すと、また顔が熱くなってしまう。

 はぁ、あの時は本当に恥ずかしかったなぁ。


「ううん。えっと……『読書クラブ』って知ってる?部員は僕1人だけなんだけど……ちなみに図書委員会はこの学校には無いよ」


「あ、えっと、もしかして説明会の時、立ってた先輩ですか?」


「あー………うん」


 そっか……あの説明会の時にしどろもどろになってた先輩か……。

 あの時の様子を思い出すと、自然と頬が緩んでくるのを感じる。

 先輩は逆にあの時の説明会で失敗した事が恥ずかしいのか、ばつの悪そうな表情。


 すごく意外なんだけど、この先輩とは教室で美赤ちゃんやモモちゃんと話す時みたいに、自然と話せてる。

 多分先輩の優しい雰囲気がそうさせてるんだろうな。


 そんな雰囲気を楽しみつつ作業をしていると、放送用のチャイムと共に、下校を知らせる放送が流れる。



「4時になりました。部活見学の1年生は下校してください」



 あ、結局演劇部にも吹奏楽部にも行けなかった……。

 まあ良いか。


「えっと、先輩。時間になったので帰ります」


 私は鞄を持って立ち上がる。


「あ、うん。今日はありがとう」


 何に対してのお礼なんだか今イチわからなかったけど、そこはスルーしておこう。


「いえいえ、私こそ怪我をさせてしまってすいませんでした」


 そして帰ろうとする私に先輩は声を掛ける。


「えっと……君は、もう入るクラブとか、決めてるの?」


 私は振り返り、先輩の顔を見る。

 相変わらず何を考えているのか前髪に隠れていて見えないけど……。


「はい、もう決めてますっ!」


 私はそう返事をし、振り返るとどうしようもなくニヤける顔を軽く叩いて引き締め、そして図書室を後にしたのだった。




 翌日。


「ちなみぃ。部活、決めた?もし決まらなかったら、私と一緒に幽霊部員にでもなる?」


 もう、美赤ちゃん、不謹慎すぎるよ。

 ま、そういうところも美赤ちゃんらしくて好きだけどさ。


「ごめんね、美赤ちゃん。私、もう部活、決めちゃった」


 そして私は昨日のうちに書き込んで封筒に入れておいた入部届を美赤ちゃんに見せる。


「おおっ!どこどこ?」


「私もちーちゃんの入るとこ、気になる」


 興奮気味に尋ねてくる美赤ちゃんと、いつの間にか寄ってきたモモちゃんが目を輝かせる。


「うん……。私が入る部はね……」







 放課後。

 昨日に引き続き2、3年生の教室がある廊下を抜けて、南館を目指す。

 左手には入部届の入った鞄。

 それを持って私は南館3階にある、とある部屋の前に立つ。

 そして一旦休憩。階段を一気に上ってきたから、息が乱れている。

 それを深呼吸で整え、私は緊張で軽く震える手で部屋の扉をガラッと開けた。


「あれ?きみは昨日の……」


 中にいたのは昨日怪我をさせてしまった先輩。

 いきなり入ってきた私の姿に、何だか驚いているように見える。

 私はそんな先輩に鞄から取り出した入部届を両手で差し出す。

 そして……。


「1年6組、『八剣(やつるぎ) 血波(ちなみ)』です。今日から読書クラブでお世話になりますっ!」


 いや、いくらテンションが上がってるからって、ちょっと格好つけすぎたかも?

 呆気に取られている先輩を見て私は我に返り、先ほどの自分の妙なテンションが恥ずかしくなって俯いてしまった。

 すると……。


「読書クラブ部長、『棚橋(たなはし) (あかり)』です。よろしく、八剣さん」


 頭上から優しい声が掛けられる。

 恐る恐る顔を上げ、先輩の顔を覗いてみると……。

 初めて見た、前髪の奥、微かに見える先輩の微笑んでいる表情。

 それを恥ずかしくて直視出来なかった私は、顔が熱くなるのを感じ、しばらく顔を上げられなくなったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ