はい、もう決めてますっ! 3/4
現実味のない浮遊感。
時間にすると短かった筈なんだけど、何だかその一瞬が妙に長く感じたのは、生存本能によるものか?
何かの本で読んだ事がある。
人間は命の危険を感じると、どうにかして生存する方法を探る為に、普段は一部しか使っていない頭をフル回転させるらしい。
死の間際、いわゆる走馬灯のように蘇る記憶というのは、生き残る為の経験を記憶から探る為の本能なんだって。
つまり私って、今、命の危機に晒されているって事なのか!?
ああ、結局私の人生も12年か……長かったようにも短かったようにも思えるなぁ……。
って、何諦めてるのよ!?
あ、あの視界に急に入ってきた何か。
これって紋白蝶じゃなくて、桜の花びらだったんだ。
それだったら何も怖がる事なんて無かったのに、そんな見間違いをしてしまったのは、虫が苦手だからってのもあったんだろうな。
うん、もしここを生き残れたのなら虫が苦手な部分もどうにかしようかな?
って言うか、それよりもまずは生き残らないと!
「うわっ!?」
私の背後から驚いたような声が聞こえると同時に衝撃が伝わる……。
いたた……。あれ?でも思ってた程の痛みもないし、想像してた程の衝撃でもなかった。
「う、うぅ……」
私のさらに下の方から呻き声のような音が聞こえる。
あれ?何だか、床よりは柔らかい何かをお尻の下に感じる。
嫌な予感がした私は上半身を起こし、その何かを恐る恐る見てみる。
そこには1人の男子生徒が私のお尻の下敷きになっていた。
「へ?」
私はこのあまりの非現実感に思考が固まってしまう。
いやいや、先ほどの信じられないぐらいの思考力はどうした、私!
えっと、落ち着け落ち着け。
この男子生徒は先ほど大丈夫かな?って思いながら階段で追い抜いた男子生徒だろう。
周りを見ると、本が散らばっているもんね。
そんな私は踊場で折り返し、4段目に足を掛けた時に桜の花びらを苦手な虫と勘違いし、後ろに倒れ込み、この人が私の下敷きになって……。
窓から吹き込む少し冷たい空気に頭が冷やされてか、私の思考も徐々に現実感を取り戻してくる。
「あの……そろそろ退いてもらっても良いかな……?」
「あ、ご、ごめんなさい!」
下敷きにされた男子が苦しそうな表情と声で、怒っても良い場面だと思うけどそんな様子も無く尋ねて来たので、私はすぐに飛び退く。
「ふぅ……」
おもむろに立ち上がり、その男子は軽く息を吐き出す。
そして……。
「立てる?」
私に向かって手を差し伸べてきた。
私はその男子を見上げる。
「え……?」
「え……?」
びっくりして声が出てしまった。
いや、私だけではない。その男子も私の顔を見て同じように声を上げる。
「き、きれい……」
「きれいだ……」
思わず口を衝く。
その男子の顔はなんて言うか、肌が白くて中性的で整った顔立ち。
私が男子を見て、きれいっていう感想を持ったのって生まれて初めてだった。
……って、あれ?私、さっき、なんて言われた?
私の『きれい』と同時に発せられたその言葉を思い出す。
え……そんな、きれいだなんて言葉、男子から言われたの、初めて……。
ダメだ、顔が熱くなる。まともにその男子の顔を見る事が出来ずに私は俯いてしまった。
せっかく手を差し出してくれてるって言うのに……。
俯いたまま、チラリと私は男子の着けているネクタイの色を確認する。
あ、私の瞳の色と同じ、緑色……って事は2年生。先輩みたい。
そしてまた少し頭の冷えた私はその先輩の表情をちらりと伺う。
すると先輩もさっきのセリフが恥ずかしかったのか、手を差し伸べた姿勢のまま、真っ赤になった顔を逸らしていた。
それを見て、まだ幾分か、顔に熱があるのを感じつつも、窓から入り込む空気に晒されたのもあって、少し冷静になれた私はその差し出された先輩の手を、恐る恐るだけど取る。
あ、何だか温かい。
そんな感動を覚えていると先輩は案外力強く私を引き上げてくれた。
そして先輩は私が倒れ込んだ時に外れたんだろう。落ちていたメガネを拾い上げてそれを掛ける。
「えっと……君、1年生だよね?怪我とかはしてない?ああ、でも制服、せっかく新しいのに汚れちゃったよね?」
「あ、だ、大丈夫……です」
ああ、緊張して上手く話せない。
悪いのは私なのに、先輩は私の心配ばかりしてくれている。
私に怪我は全くない。
って言うか、今は痛いところも無い。
それにしても今まで私の持っていた男子のイメージってやたらとやんちゃで、こういった気遣いなどあまりしないイメージだったけど、この先輩は今までの男子とはちょっと違う感じがする。
あ、先輩、左手の甲のところ、軽く擦りむいてる。
ドクンッ!!
あれ……何?この感覚……。まるで心臓が一度大きく跳ね上がったかのような、そんな感覚。え……わ、私、どうしちゃったんだろう?
ドクンッ!!
また心臓が大きく跳ね上がる。
その鼓動の音が、まるで自分の耳に届くようなそんな感覚……。
「き、君、め、目が……」
そしてそんな初めての感覚に戸惑う私の顔を見た先輩は、そのきれいに整った顔に驚愕の表情を浮かべるのだった。