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エピローグ




 元日。秋平は畳の上にゴロンと寝そべった。あと数ヶ月すれば大学を卒業する。この時期は授業もほとんど終わっているし、家を継ぐ秋平は就職難の波に飲まれることもなかった。


 去年の10月に祖母が入院して、12月に退院したというので、今年の正月は見舞いも込めてより多くの親戚が来る予定だった。寮生活をしていた秋平は正月と盆に帰ってくるようにしていたが、今年はいつもより早く年が明ける前に実家に帰って来ていた。


 しかし帰省して5日目ともなると、なにもすることがない。年明けのカウントダウンはさっき済ませたし、お餅だって蕎麦だって食べた。大学の寮にいる佐月は今日の朝こっちに帰ってくる予定だ。


 ゴロゴロと寝返りを打ったあと、秋平はゆっくり立ち上がった。暇つぶしのために机の周りを引っ掻き回す。高校のときのノートや、写真、好きだったバンドのライブパンフレット、漫画に本、ゲームソフト。


 秋平はその中から本を手に取った。タイトルは『恒星はカゲロウ』。表紙は坊主頭の少年がうずくまって、小さな虫をじっと見ているところ。その少年の手には小さな星の指環がはまっていた。作者は『おおみや ゆき』。


 冴織が帰ってから数ヶ月経ったあとにこの本は発売された。その翌年には映画化もされた。内容は、記憶をなくした少年が自分を探しに行くというものだった。


 秋平はこの本を何度も読んだし、もちろん映画も見に行った。


 クセのついた表紙をめくってみると、最初のページに『これをくれた自然とその場所の人々に感謝を込めて』と書いてある。その次のページから物語は始まる。


 『飛行機に乗れば誰より、何より、星に近づけると思った。でも僕はもう操縦の仕方を思い出せない。なぜ星に近づきたかったかさえもわからない。周りにいた人達は、僕が変わったと口にする。そんなのは知らない。そもそもいつもの僕ってなんだった?今こうやってコイツを殴っているのは、前の僕ならしなかったのか?そんなのは知らない....』


 秋平はそのまま読み続けた。初めてこの小説を読んだときの衝撃が今でも忘れられず、毎回読むたびに感動させられる。


 体勢を変えながら読み進めていくうちに眠気がやって来て、秋平は本を開いたまま寝た。


 「起きろよ」


 誰かにドスっと蹴りを入れられた。秋平は目を擦って相手を見た。


 「佐月ちゃん帰ってくるけ。他にもいっぱい来よるんやから早よ起き」夏希が腰に手を当てて見下ろしていた。


 「うーん」秋平は唸りながら起きた。寒くて途中で起き、毛布を取り出したのはうっすらと覚えていたが、夢も見ずに眠ってしまった。


 夏希は秋平のそばにあった本を見て眉間にシワを作った。彼女は『おおみやゆき』の本を見るといつもこんな表情をする。


 「なんや、布団も敷かんと寝落ちたん?」夏希が言った。


 「うん」秋平はボサボサの頭を掻いた。


 「はよ準備しいや」小さくため息をつくと、夏希は秋平の部屋から出ていった。


 秋平は毛布をしまって本を拾った。クセがついてしまったページを指でならし、机の上に置く。


 夏希と秋平は付き合って1年半を過ぎたが、今までの関係と特に変わったところはなかった。『おおみやゆき』の本については夏希もハトコでもあるため、読むのをやめろと強く言わないことを秋平は知っていた。


 あれから冴織は一度もこの家に来ていない。秋平は勇気を出してメールを送ってみたこともあったが、届かなかった。冴織が本当に存在していたのか怪しくなってくる。ただこの本だけが彼女の存在を証明してくれていた。


 大学に行ってからは秋平もこの家にいなかったので、もしかすると祖母は冴織と会っていたかもしれない。けれど秋平はそれを聞くことを躊躇ためらった。もし聞いたとしても祖母は教えてくれないだろう。


 相変わらず春臣おじさんも来ない。一体どこにいるのだろう?冴織は春臣おじさんと連絡が取れたのだろうか?


 秋平は洗面所で顔を洗って髪を整えてから居間に行くと、夏希の両親が既に来ていた。


 「よぉ秋平。大学は卒業できそうか?」夏希の父が言った。


 「できますよ」秋平はヘラッと笑った。


 「秋ちゃん、ばあちゃんのところにこれ持ってって」母と夏希が台所から現れた。お盆に湯呑みが乗っている。


 「うん」秋平はお盆を受け取って、夏希と一緒に祖母の部屋に向かった。



 「おはよ、ばあちゃん」祖母の部屋に入ると夏希が言った。


 「おはようさん」祖母はベッドに座っていた。


 「お茶持って来たで」と秋平。


 「ありがとさん。ここに置いて」


 秋平は湯呑みをテーブルに置いた。


 祖母は退院したが自由に体が動くわけではなく、1日の大半はこのベッドの上で過ごしている。


 「年が明けてしもたなぁ」祖母はゆっくりお茶を飲みながらしみじみ言った。


 「せやなぁ」夏希が相槌を打つ。


 「なっちゃん。あんたちょっと見ぃひんうちにまた綺麗になったんちゃう?」祖母は夏希を褒めた。


 「せやろ?綺麗でいとかな、秋平はすぐホイホイ美人について行くからな」夏希は横目で隣にいる秋平を見た。


 「そんなんせんし」秋平は反論する。


 「秋平、あんたなっちゃんのこと大事にせぇよ。ほんであんたらさっさと結婚しいや」


 「ばあちゃん。なに言っとるんや。まだ大学もあるんやぞ」秋平は言った。


 「もう終わった言うてたやろ」


 「そやけど」


 夏希と付き合い始めたというのはおおやけにしていなかったが、気付いた佐月がスピーカーとなって家族みんなに広めてしまった。以来、祖母はこうして会うたびに結婚の話をしてくる。


 「生きてるうちにひ孫の顔が見たいもんや。年寄りの楽しみ言うたらそれしかあらん」


 祖母の発言に秋平は複雑な気持ちになった。祖母だって永遠に生きているわけじゃない。でも今すぐ夏希と結婚する気が秋平にあるわけでもない。


 「家族はえぇもんや。あんたがこの家継ぐ言うんやったらもっとしっかりせなあかん」祖母は秋平を見据えた。


 「わかっとる」秋平はいつものように答えた。


 その後、秋平と夏希が祖母の部屋を出て居間に戻ると、佐月が帰ってきた声がした。


 「さっちゃん、おかえり」夏希が佐月を玄関まで出迎えに行って、2人して居間に入ってきた。


 今では佐月も夏希と身長が変わらず、どんどん母に似てきていた。


 「あやくんもあとで来るやって」佐月は座りながら言った。


 「田城くんに会うの久しぶりやなぁ」夏希が秋平の隣に座る。


 田城は高校を卒業したあと地元の郵便局に就職した。佐月とは付き合って長くなるが、秋平と夏希は会う機会が減っていた。


 時間が経つにつれ、続々とイトコや親戚が集まってきた。そうして賑やかになった居間の声を耳にしながら秋平は祖母の言葉をぼんやりと考えていた。


 しっかりするとはどういうことだろう?結婚して子供ができて、仕事もこなすことだろうか?


 秋平も22歳になった。


 高校生だった秋平は、浮ついた気持ちが薄いカーテンのようにヒラヒラと目の前を惑わせていたように思う。


 しかし時が経つにつれ冴織が、そこまで大人じゃないと言ってた意味がよくわかるようになってきた。想像していた大人とは違い、ただ『自分』の延長になっただけ。


 大人になった今も変わらないのは、漠然とした不安が心の裏側にあること。家を継いでやっていけるだろうか?何かあったときに自分は役に立てるのか?いつか結婚することも、家庭を持つことにも責任を感じている。


 それとは別に、淡い期待がときどき胸をくすぐっていた。冴織をここで待ち続けても意味はないとわかっているのに、彼女が来てくれるのではないかという期待。


 恐らく祖母は秋平のこういう気持ちを見抜いているのだろう。だからしっかりしろと言われるのだ。


 けれどあの日、冴織を駅で見送ったときに決めたことは今も秋平の中で大事な一部となっている。それが彼をひとつ成長させてくれた。


 自分はまだまだアホだなと思いながら、秋平は夏希を見つめた。




           終



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