20〜22
20、
冴織が帰ることはその後、家族全員に伝えられた。秋平は冴織に振られたことと、彼女が次の土曜に帰ることを田城に伝えた。
田城は複雑な心情だったが、秋平を励まして「元気で見送ったらなな」と声をかけた。
8月30日(木)
秋平は気の抜けたまま午前中の部活を終えた。そして夏希が出てくるのを校門の前で待った。
「夏希」
「う...」
同じく部活終わりの夏希に声をかけると、彼女は気まずそうに固まった。
「なによ?」
夏希のトゲトゲしい声が秋平の傷ついた胸に刺さった。
「悪かったと思て...。ごめん」
「...何に対して謝っとん?」
「え?」秋平は夏希を見つめた。
「ただ単に謝ればえぇ思てんのやろ?何が悪かったかわかっとるん?」
「たぶん...」
「多分?なんなん?」
秋平は夏希から目を逸らした。
「こっち見いや!」
秋平はハッとなって夏希を見た。彼女のその暗い瞳を秋平はどこかで見たことがある気がした。
「ごめん...。夏希を傷つけるようなことして。夏希の気持ちを適当に扱ったりして...」
囁くように言った後、やっと秋平はピンときた。自分と同じだ。冴織に振られて落ち込んでいる自分の顔と、今の夏希はそっくりだった。
「もうえぇよ...。秋平はアホやから...」夏希の声は震えた。
「そうやな...。俺はアホやけ」
「え?」
「自分のアホさに気づいたんや。...冴織さんな、もうすぐ帰るんやって」
「...え」
夏希は複雑な気分になった。そして秋平と冴織の間に何かあったのだと悟った。秋平との関係がやっと1歩進みそうになったのに、秋平の切ない表情のせいで夏希は余計に胸を掻き乱された。
「そう...。まぁ...。残念やね」どう言葉をかけたらいいのか夏希には分からなかった。
21、
9月1日(土)
「じゃ、元気でな」父が声をかける。
「またおいでや」母も続いて言う。
「冴織さん、絶対また来てや!」佐月は元気よく言った。
とうとう冴織が去る日が来てしまった。この日は家族全員で車に乗り、駅まで冴織を見送りに来た。おのおの別れの挨拶をしたあと冴織が言う。
「皆さん、本当にありがとうございました」と礼儀正しく頭を下げる。
「秋平、あんたもなんか言いなさい」祖母が黙りこくってしょぼくれている秋平の背を押した。
「元気出せや秋平」このあと佐月と遊びに行くため一緒について来ていた田城が小声で言った。
「...ありがとう。冴織さん」秋平はなんとか精一杯の笑顔を作って言った。
「こちらこそ、ありがとう。秋平くん」冴織も笑顔で答えてくれた。
それは秋平が1番見たかった冴織の笑顔だった。屈託のない、純粋で晴れやかな冴織の笑顔。それを見て秋平は密かに胸の内で決心した。
冴織をこれからも大切にしたい。1人にさせたくない。もし彼女が他の誰かと家族を作ったとしても、ここに彼女の居場所を残しておきたい。安心して帰ってこられる場所を設けてやりたい。
秋平にならそれができる。
「さようなら」と冴織は呟き、手を振るみんなに応えるとキャリーケースを引っ張って改札の奥へ消えて行った。
彩織が言った通り、本当にただ一瞬、夢のように現れては消えていった人だと思いながら、秋平は我が家へ帰った。
22、
9月2日(日)
夏休み最終日、秋平は約束通り田城と遊びに来ていた。4人で行ったあの大型商業施設だ。田城と秋平はよく知らない映画を見たり、ゲームセンターで遊んだりした。
落ち込んでいる秋平にとって田城はありがたい存在だった。家で1人ウジウジしているよりもこうして遊んでいる方が秋平は気が紛れた。
「次なにする?」
「せやなぁ」
お昼を食べるためフードコートにきた2人はラーメンを食べながら話した。
「そや、佐月とはどうなったんや?」秋平は尋ねた。
「楽しかったで」田城は自分の惚気話をするつもりはなかった。
田城には秋平が一皮剥けて別人になったように見えた。しかし楽しく遊んでいても心は別のところにある瞬間がときたま見えた。
「秋平は?山本さんとどうなったんじゃ?」
「うーん」秋平は水を飲んだ。「わからん。謝ったけど、許してもらえたんかは微妙」
「どーゆーこと?」
秋平は校門の前で夏希と話したことを説明した。
「そりゃ微妙じゃな...」聞き終わると田城は頭を掻いた。
「たぶん...、夏希とは元通りにならんと思う」ぼんやりと秋平は言った。
「え?」田城は驚いた。秋平がこんなことを言うなんて。本当に秋平か?と疑う。
「そんな気ぃするだけ。良ぉなるか悪なるかわからんけど。また話しようと思てる」
「そうけ...。良ぉなるとえぇな」田城は戸惑いながらも秋平と夏希がうまく行くことを願った。
「おぅ」
「...よっしゃ。次は本屋行ったら花火買いに行こや。デカイやつ。バーンと打ってや」田城は明るく言った。
「そやな」秋平は改めて田城に感謝した。
食事を終えると2人は本屋に向かった。田城と漫画を見ていると、秋平はあの雑誌のことを思い出して、インタビューの続きが気になった。なので田城にちょっと別のところを見てくると言って小説のコーナーへ行った。
あの雑誌は前と同じ場所にあった。秋平はそれを手に取ってパラパラとめくり、読みかけていたところを見つけた。
―――タイトルには重要な意味があったんですね。
「そうです。タイトルや名前にはいつも特別な意味を込めたいと思ってつけています」
―――ご自身の名前にも意味があるのですか?ペンネームですよね?
「そうです。『おおみや』は出版社に小説を送ってくれた知り合いの苗字を頂きました。その人のおかげで今の私があるんです。『ゆき』は自分の本名から近いものを選びました。
―――ペンネームにした理由はありますか?やはりプライバシーのため?
「それもありますね」
―――作品を作るときのインスピレーションはどこからもらっていますか?
「自然です」
―――次の作品を考えていますか?
「はい。大体」
―――また自然をテーマのしたものですか?
「そうです。自然に触れながら作れたらと思います」
秋平は雑誌を戻した。最後まで読めたのには満足したが、またしても名前について疑問が浮かんだ。
彼女の名前は冴織だ。『ゆき』に関するところがあるだろうか?
秋平は携帯電話で『冴』の字を調べてみた。なるほど。さえる、ひえる、こおる。冴織はここから『ゆき』と名付けたのか。
田城のところへ戻りながら、秋平はなぜか冴織のパソコンを借りたときのことを思い出していた。
こっそり冴織の写真を見ていた時に届いたメール。あれはもしかして間違いメールではないのでは?あのメールは一体誰から?
そういえば冴織の好きな人とは誰だったのだろう?会えないというのは?寂しくて涙が出るほどの相手とは?
井浦冴織という人は一体誰だったのだろう?答えのない別の彼女がいるのではないか?秋平の中に次々わいてきた疑問は冴織という人そのもののように思えた。
そして一瞬の夏の夢だったのに、彼女のいた日々は確かに自分を熱くさせていたと秋平は思った。