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9〜11


9,




 夏祭りの翌日から秋平は冴織に対して挙動不審になった。自分が冴織に恋をしているのだと知ってしまってからはどうにも顔を合わせ辛い。


 秋平は田城のようにあちこちよそ見をするタイプではないし、周りにいる女子は大体小さな頃から知ってる。気になる子がいた時期もあったが、いま冴織に感じているものとは比べ物にならない。自分でもどう処理していいのかわからないのだ。しかし顔を合わせ辛いと言っても冴織のことは気になる。


 夏祭りで田城と冴織が出会ってしまったせいで、田城は泊まりに来る連絡を何度もよこしてくるようになった。冴織目当てなのは見え見えだったので断っていたが、一度は良いと言ってしまった手前、約束は果たさなくてはいけないと思っていた。


 それに射的の時、田城の気持ちに気付いてやれなかったことを謝りたいとも思っていた。なので8月10日の金曜日に夏希の誕生日を祝ったあと、11日と12日の土日を田城は秋平の家で過ごすことになった。



 

8月8日(水)


 秋平は痺れを切らして冴織の元へ赴いた。モヤモヤしているよりも彼女に会いたい気持ちが勝ったのだ。口実だって考えてある。


 「冴織さん」


 午後に離れへ来た。照りつける日差しが肌を刺すようで痛い。離れにはクーラーがないのであちこちの窓や扉が開きっぱなしになっている。


 「なに?」冴織は中から返事をした。


 これは勝手に上がってもいいのだろうかと少し考えてから、秋平は部屋に上がった。日の当たらない中は外よりも涼しかったが、空気がムッとしていた。


 冴織はパソコンのある部屋で分厚い本を読んでいた。


 「あの...。宿題教えてもらえませんか」秋平は冴織を変に意識してしまって顔を見られなった。しかも緊張して敬語になる。


 「あ、忙しいならえぇけ」冴織が分厚い本を閉じたのを見て、秋平は慌てて付け足した。


 今日の冴織は上下真っ白の服で、目が覚めるほど真っ青なタオルを首に下げている。扇風機が頭を振って何度も冴織の短い髪を揺らしていた。


 「いいよ。なんの宿題?」


 「え、あ」秋平はまごついた。「あ、国語の...」冴織の向かいに座って、持っていた宿題を見せると、彼女は笑った。


 「佐月ちゃんも似たようなところを聞きに来たよ」


 近くで冴織の笑顔を見れたことに秋平はドキッとした。笑った顔が見られて嬉しかった。でも佐月はいつの間に聞きに来たのだろう。佐月のように楽観的になれたらこんなに動揺しなくてもいいのに、と秋平は思った。


 しばらく頭を突き合わせて教わっていた秋平は、何度か冴織に見惚れたり、いい匂いがしてきてボーッとなった。


 「漢字はとにかく覚えるしかないね。文法も」冴織の教え方は丁寧で、わかりやすかった。


 「冴織さんはやっぱ本をたくさん読んどるん?」


 「うーん...。まぁまぁかな。そんな毎日じゃないけど」


 「へぇー。文章を書くなら読んどいた方がえぇのかぁ」


 「本を読んでるだけじゃ書けないよ」


 「え?」


 冴織は首にかけていたタオルで額を拭った。


 「佐月ちゃんに言ったみたいに日記や手紙を書いてみたり、色々やってみないことには何も生まれないからね」


 「へぇ...。冴織さんも日記つけとるん?」


 「まぁね」冴織は立ち上がって台所に行った。


 秋平は彼女の凄さを改めて感じていた。やっぱり自分とは全然違う。経験している数が違う。彼女のように自分も立派にならなくてはと思った。


 「はい」冴織はグラスにお茶を入れて戻ってきた。


 「あ、ありがとう」


 「そういえば秋平くんたちは15日からおばさんの方の実家に行くんだよね?」


 「うん」秋平はお茶を飲んで答えた。


 15日から18日まで母の実家へ行くことになっていたのだが、秋平は乗り気ではなかった。冴織がずっとここにいる訳ではないので、なるべく彼女と一緒に過ごしていたいからだ。


 「私も帰るから」


 「え?」秋平は耳を疑った。持っていたグラスを落としそうになる。「帰るって、横浜へ?」


 「うん。色々やらなくちゃいけないことがあって。19日には戻ってくるよ」


 秋平はそれを聞いて心底ホッとした。もう別れがきたのかと思って焦った。


 「そうなんや」冴織がいないならつまらない。秋平も大人しく母の実家に行くことを決めた。


 「冴織さんは誕生日、なにしよん?」宿題がひと段落したところで秋平は尋ねた。


 「夏希がもうすぐ誕生日なんやけど、毎年祝っとるとネタ切れというか...。どないしたらえぇかな?」


 「うーん」冴織はどこか遠くを見た。「夏希ちゃんなら秋平くんがいてくれるだけで嬉しいんじゃないかな?」


 「なんで?」


 「そりゃ、誕生日は大事な人と過ごしたいものだよ」


 「そうかぁ...」


 「自分がしてもらったら嬉しいことをすればいいんじゃない?秋平くんも誕生日は1人より大事な人がいてくれたら嬉しいでしょ?」


 「うん」


 秋平は自分の誕生日を想像した。いつも夏希や田城は祝ってくれるし、家族も何かしらしてくれた。しかし今年の誕生日を考えると少し凹んだ。秋平の誕生日は11月だ。その頃には冴織はもうここにいないだろう。彼女と誕生日を過ごせたらいいのにと秋平は望んだ。


 冴織も誕生日は大事な人と過ごしてきたのだろうか。ふとした疑問で、凹んでいた気持ちから小さな火がついて苛立ってきた。なにせ秋平は冴織の誕生日を知らない。冴織の大事な人は祝えて、自分は祝えない。そんな嫉妬が湧いたのだ。


 けれど祝われるのが苦手だと言っていたのに、冴織の発言を聞くと祝ってほしいような言い方だった。


 「冴織さんはどのくらいここにおるん?」ムスッとしたまま秋平は聞いた。


 「ハッキリとは決めてないけど、9月には戻ろうと思ってる」


 「9月?」


 「うん。日は決めてないけど」


 「そう...」やっぱり11月まではいられないのだと秋平は落ち込んだ。


 自分は冴織とどうなりたいのだろうと、秋平は唐突に疑問を持った。彼女が好きなら何より仲良くなりたい。でも彼女は帰ってしまう。


 冴織と付き合うという言葉が浮かんだが、秋平は否定した。自分と冴織は5歳は離れている。冴織は十分な大人で、自分はまだ高校生。しかも彼女は横浜へ帰る。


 冴織との関係がこれ以上良くならないことに秋平は絶望した。本当になんの見込みもないのだろうか。唯一の繋がりは親戚ということだけ。そんなのは薄すぎる。



 「あ、そうや」秋平は思い出した。「春臣おじさんは元気なん?最近、正月にこっち来ぉへんから」


 冴織の表情が一瞬固まった。


 「うん...。元気なんじゃない?」ぎこちなく答えてしまったと思い、冴織は付け加えた。「実は...。私も最近、連絡を取ってないから」


 「へぇ。そうなんや...。なんで春臣おじさんは子供がおること言わんかったんかなぁ?」秋平は何気なく言った。


 冴織は内心、焦っていた。


 「うーん...。わかんないな。父は秘密主義だから。私もよく...。私にハトコやイトコがいるっていうのも2、3年前に知ったの。母方の親戚はいなくて。母は私が高校生の時に亡くなったから」


 冴織の悲しそうな顔を見て、秋平は自分を殴りたくなった。祖母から詳しいことを聞くなと言われていたのに。ついうっかり聞いてしまった。


 秋平の推測では、冴織の両親は離婚している。それがいつなのかわからないが、離婚していて母親も亡くなっているとなると、秋平は冴織を『良いお家』で育ったと勘違いしていた。彼女も苦労しているのだ。


 「そうけ...」秋平は冴織を見つめながら答えた。


 冴織はまた考え込み、どこか遠くを見た。


 どうしてそんな顔をするのだろう。なぜだろう。もっとよく知ってみたいと秋平は欲張った。








 10、



 

8月10日(金)



 秋平は佐月と一緒に夏希の家に行った。冴織も誘おうかと思ったが、祭りの時から夏希とは気まずい雰囲気なのでやめておいた。夏希は冴織のことをどう思っているのだろう。


 「いらっしゃい」9時に家に着くと夏希の母が出迎えてくれた。「秋ちゃんよぉ焼けたねぇ」


 「いつものことやぁ」秋平は答える。


 「なっちゃん!秋ちゃんとさっちゃん来てくれたでぇ」


 「はーい」2階から夏希が階段を駆け降りてきた。「上がって!まだ田城くん来よらんけ」


 今日は4人で街まで出かけ、映画を見ることになっていた。夏希の家に集合してから出発する。


 「はい。夏希ちゃんこれ。お誕生日おめでとう」リビングに通されると佐月が小さな袋を渡した。


 「わぁ。ありがとう」夏希は喜んだ。


 「これ」秋平もイヤホンの箱をそのまま夏希に渡した。


 「え!ありがと!」夏希はまさか秋平から欲しかったものをもらえるとは思っておらず、驚いた。



 夏祭りのとき田城から何かほしい物がないかと聞かれていたので、てっきり田城がくれるのかと思っていた。


 夏希は秋平が田城を通して気を遣ってくれたのだと勘違いした。秋平がまだ自分のことを気にかけてくれているとわかってさらに嬉しくなっていた。


 すぐにチャイムが鳴り、田城が到着した。早速4人揃って夏希の家を出る。ジリジリと突き刺さる日差しの中を歩き、近くのバス停にたどり着く。そこからバスに乗って駅前で降りて、電車に乗って街まで向かった。


 「ひゃー。暑かねぇ」冷房の効いた電車に乗ると夏希がTシャツの胸元をパタパタと扇いだ。


 「はぁ。生き返るけ。涼しぃ〜」田城が言った。


 4人で横並びに座る。電車の中は他に人が乗っていなかった。


 「そうや、あの指環どないしよん?」秋平の隣に座った夏希が聞いた。


 「え?」


 「あの星のやつよ。佐月ちゃんにあげたん?」


 「なにそれ」夏希の向こうから佐月が顔を出した。


 「あぁ〜。そや。秋平そんなんとっとったなぁ」佐月の向こうから田城が顔を出す。


 「すっかり忘れとったわ。射的で星の指環とったんやけど、佐月いる?お菓子についてくるオモチャやつ」秋平は尋ねた。


 「いらんけ。そんな子供っぽいの」


 「やんなぁ」


 兄妹の間にいる夏希がクスクスと笑った。



 電車に揺られながら、今日見るアニメ映画の話をしていると、目的の駅に着いた。人の数がグッと増えて一気に騒がしくなる。


 駅を抜けて大型商業施設内にある映画館へ向かった。そこでチケットを4枚買って、それぞれ飲み物や食べ物を買うと上映時間がきた。


 4人で並んで座り、じっくりと2時間その映画を楽しんだ。隣に座った夏希がチラチラと秋平の方を見ていたことに、秋平は気付いていた。不思議に思って何かと尋ねても、夏希は何でもないと言った。


 「うーん。なかなかすごかったけぇ」上映が終わると田城が伸びをしながら席を立った。


 先ほどまで暗かった館内が明るくなり、映画終わりの目と頭がぼんやりして夢でも見ていたかのような感覚が秋平は好きだった。


 秋平は固まっていた足を伸ばし、ひとつ欠伸≪あくび≫をしてから立ち上がった。


 「次どうするん?」佐月が欠伸をしながら聞いた。


 「お腹すいたけ。なんか食べながら評論会でもしよや」



 田城の発言で決まり、施設内のフードコートでお昼を食べながら映画の感想を言い合った。


 「ちょっとあたしらトイレ行ってくるけー」食べ終わると夏希と佐月がトイレに立った。


 するとここぞとばかりに田城が聞いてきた。


 「なぁ、祭りのあと佐月ちゃんなんか言いよったけ?」


 「なんかてなんや?」


 「やからぁ。俺のこと」


 「…なんも」


 「はぁ」田城は肩を落とした。


 「なんや」


 「いいよなぁ、秋平は。かわいい妹にかわいいイトコがおるやもん。おまけに美人の作家じゃ。どうなっとるんや」田城は秋平を睨んだ。


 「何を言っとんや」


 「モテ期じゃ、モテ期。人生に3回あるとかないとかいうやつ」


 「佐月は関係ないやろ。夏希もイトコなだけじゃい」


 秋平は田城に謝ろうと思っていたのにそのタイミングが掴めなかった。それに田城は懲りずにこういう話をする。


 「なに言っとんや。高校生は今しかないんやぞ!楽しみたいやんか!」田城は意気込んだ。


 「そうやけど…」


 「やろ?んな彼女の1人や2人おるんが青春やが!」


 「いや、2人はあかんやろ」


 と言いつつも秋平は田城の言うことにも一理あると思っていた。今しかないのにそれをみすみす逃すようなことはしたくない。高校生を満喫したい。


 「んで、秋平は誰が好きなんよ?というか山本さんとはどうなりよん?あの作家さんはどう思てんのや?」田城は秋平に詰め寄った。


 「どうもこうもあらん」秋平は身を後ろに引いて答える。


 「なんやそれ」呆れた顔で田城はため息をついた。「ま、えぇ。話す時間はいくらでもあるけ」


 秋平はこのあと田城が泊まりに来ることを思い出してギクっとなった。田城の質問攻めに耐えられるだろうかと不安になる。



 「おまたせー」夏希と佐月が戻ってくると、次の行動について話し合った。


 「ほなら、ちょっと本屋に行こや。今週発売の漫画があるけ」と田城。


 「お、いいね。あたしも見たい雑誌あったし。行こ」


 田城と夏希の意見で本屋へ移動した。


 「それぞれ見たい本、終わったら店の入り口に集合しよ」夏希が言った。


 「はーい」


 4人は一度バラバラになった。秋平は田城と同じ漫画のコーナーを見ていたが、ふと気になって小説のコーナーへ行った。そして名前の「あ」から順にたどり、「お」を見つける。


 『おおみやゆき』はすぐに見つけることができた。冴織の本、『砂漠に立つ船』と『木の上の猫』がそれぞれ2冊ずつ棚に置いてある。秋平は1冊を手に取った。


 デザイナーが書いたのだろう。表紙はアニメ風で、真っ黒な木の上にカラフルな猫がいる。その猫は毛を逆立てて何かに怒っていた。


 秋平はその表紙と棚を見比べた。


 秋平が今まで気にもしなかった場所に冴織の本が置いてあった。自分の知らない世界。改めて自分の学のなさや鈍さに辟易≪へきえき≫した。


 俯≪うつむ≫くと、平積みにされている『砂漠に立つ船』が目に入った。その本のそばに店員のひと言が書かれたカードも飾ってあった。


 〈いま注目の作家!インタビュー記事はあちら〉


 矢印が書かれている。そちらを見ると雑誌が置いてあった。どうやら複数の作家のインタビュー記事が載っている雑誌だった。


 秋平はそれを手に取ってパラパラとめくった。顔写真付きの作家もいれば、冴織のように写真がない人もいる。秋平は冴織の記事を見つけて読んだ。




 ―――小説家になろうと思ったきっかけは?


 「高校生の時に書いた話を知り合いに見せたら出版社に送ってくれたんです。昔から物語を考えるのが好きだったので、何となく自然になろうと思いました。」


 秋平は驚いた。高校生で書いてたなんて。自分と同じ年頃なのに。


 ―――高校生の時に書いたのが『砂漠に立つ船』?


 「違います。その時に書いた話は今もまだ手直し中です。その次が砂漠でしたね」


 ―――『砂漠に立つ船』小説の内容とタイトルの意味を教えてください。


 「何かの本で、砂漠に立っている船を見たんです。この話を書いている途中にそれを思い出して、タイトルにしました。話の内容は、少女が人間関係に惑わされながら大人になり、性格が変わっていくというものです。砂漠に立っている船と同じです。人間という生き物が海や湖を埋め立ててしまったせいで、船がそこにポツンと1人で立っているのです。でもその船も所詮、人間が作ったものなんですよね。それとこの少女を結びつけました。実は『木の上の猫』も同じような意味です。猫じゃなくて、他のどの動物でも当てはまると思うんですけど」


 ―――タイトルには重要な意味があったんですね。


 「そうです。タイトルや名前にはいつも何か特別な意味を込めたいと思っています」


 ―――ご自身の名前にも意味があるのですか?


 「なに読んどるん?」



 秋平は驚いて飛び上がりそうになった。集中して読んでいたせいで時間が経っていることをすっかり忘れていた。


 「なんも」慌てて雑誌を戻した。


 夏希は不思議そうな顔をして秋平を見ていたが、普段本を読まない秋平がこのコーナーにいること自体、変だった。なので夏希はすぐにピンときた。そして慌てて秋平が戻した雑誌に彼女の名前が書いてあるのも見えた。


 「珍しいね、秋平がこんなとこにいるなんて」夏希の声にはトゲがあった。


 「えぇやろ別に」秋平も恥ずかしさに声を尖らせた。


 夏希は秋平が何か持っているのに気づいた。


 「何の本?それ」と覗き込もうとする。


 「なんて、ただの本や。レジ行ってくるけ」そそくさと秋平は夏希のそばを通り過ぎてレジに向かった。


 夏希は秋平が読んでいた雑誌をパラパラとめくって冴織の記事を素早く読んだあと、棚の冴織の本が置いてある部分を見た。『砂漠に立つ船』が2冊。『木の上の猫』が1冊。


 夏希はそのうちの1冊の背表紙を軽く爪でなぞった。








 11、




 夕方まで施設で遊んだあと、4人は地元に帰った。夏希を家まで送ったあと、3人で秋平の家に帰る。


 「おじゃましまーす」田城は玄関に入ると大声で言った。


 「ただいまー」佐月と秋平も声を揃えて言った。


 「おかえり。田城くんいらっしゃい。ゆっくりして行きぃや」母が迎えてくれた。


 「はーい。おばさん、ありがとうございます」


 秋平と田城は秋平の部屋に向かった。


 「なぁ、作家さんはどこにおるん?」秋平の部屋に入るなり田城は聞いた。


 「ここにはおらん」


 「わかっとるがな。どの部屋におるん?」


 「だからおらんて」


 田城は持ってきていた荷物をドサっと部屋の入り口に置いた。


 「ちぇ。またお話ししたかったんやけど。いつまでここにおるん?」


 「さぁ…。9月には帰る言うてはったけど」そんなのは秋平が1番知りたい。「というか、他の部屋じゃなくてえぇんか?俺の部屋で」


 田城用に空き部屋を使う予定だったのに、田城は秋平の部屋を使いたがった。


 「えぇんじゃ。用意してくれんでも。こっちの方が楽やけ」


 気楽な田城が秋平は羨ましかった。田城のいいところでもある。


 「秋ちゃん、田城くん」母が顔を覗かせた。「どっちか先にお風呂入っちゃって」


 「どうする田城?」


 「お先にどーぞ。俺はさっき買うた漫画が読みたい」田城は秋平の背を押した。


 「わかった」



 秋平は風呂場に行くとサッとシャワーで汗を流し、ぬるめのお湯に浸かってじっくりと今日のことを振り返った。


 まずは冴織のこと。あの雑誌を最後まで読めなかったせいでよくわからなかったが、タイトルや名前には意味を込めると書いてあった。ならなぜ最初に『おおみやゆき』の名前の意味を聞いた時、冴織ははぐらかしたのだろう?特に意味はないと言っていたはずだ。


 雑誌には言えて自分には言うつもりがないということは、やはり嫌われているのだと秋平は落ち込んだ。


 そのあと夏希が現れて、彼女の声が刺々しかったのも疑問だ。時間をかけすぎたせいで怒ったのだろうか?あの後の夏希は普通だった。


 『お似合やが』


 田城の声が頭をよぎった。秋平は首を振る。ないない。なぜ冴織の記事を読んでいただけで怒ることがある?


 恐らく自分が遅いせいで夏希は怒ったのだと納得して、次は田城のことを考えた。


 ちゃんと謝らないと。せっかく泊まりに来てくれたのだから、わだかまりなく過ごしたい。田城の質問コーナーに身構えて秋平は風呂から上がった。


 田城も風呂を済ませて一緒に夕食を食べた。冴織は今朝家を出るときに見かけて挨拶しただけだ。本を買ったことを言いに行きたかったのに田城がいると必ずついてくるだろう。代わりに手短くメールを打つ。



〈木の上の猫ゲット!砂漠の方ももう少しで読み終わるけ〉


 返事がくるかとしばらく待ったが返ってこなかった。


 

 夕食後はテレビを見たりゲームをしたりして過ごし、12時を越える前に男子高校生たちは布団についた。


 窓の外から虫の声が聞こえる。小さな豆電球だけがうっすらと部屋を照らし、扇風機のぬるい風が秋平と田城の間で両者を煽≪あお≫っていた。


 「秋平、起きよるけ?」隣で寝ている田城が小声で聞いた。


 「うん」秋平はここだと思い、切り出した。「田城…。ごめんな」と田城の方を向く。


 「なにが?」田城は秋平に背を向けていたが、くるっと振り返った。


 「いや。夏希に告ってたこととか…。俺、全然気付いてやれんくて悪かったと思て…」


 田城は肩を揺らして笑った。


 「なんじゃい。んなこと思っとったんか?秋平はええやつじゃの」田城はゴロンと上を向いた。


 「俺はええんや。それより山本さんに謝らなあかんやろに」


 「なにを?」


 どんくさいやつ。と田城は思った。自分のことは考えてくれるのに、夏希のことは考えられないのかとも。

 

 田城は肘をついて秋平を見た。


 「お前、山本さんのこと何とも思わんの?付き合いたいとか、チューしたいとか」


 「は?なっ」秋平は驚いて体を起こした。「ないない。夏希にそんな思たことないわ」


 「ほんまかぁ?じゃあ山本さんが付き合うてくれ言うてきたらどうすんねん」


 「どうするて…」秋平は考えた。夏希とは兄弟のように育った。いまさら恋人同士のようになれるのかわからない。


 「無理やろ…。んな考えたことあらへん」


 「ちょっとは考えてみろや」田城はうつぶせになった。「んじゃ、2組の吉田さんが言うてきたら?」


 「は?ないない」


 「お前の隣に座っとる本堂さんは?」


 「ないやろ」秋平は田城がなぜこんなことを聞いてくるのか理解できなかった。


 田城は頭だけをこちらに向ける。秋平は体を倒して天井を見つめた。


 「それじゃ、あの作家さんやったらどうや?」田城は冗談半分、苛立ち半分の気持ちで聞いてみたが、秋平が息を飲む音が聞こえて驚いた。


 「え?ウソやろ?あの人は5つも年上で、俺らなんか相手にせんやろ」田城は焦って聞いた。


 「やっぱダメなんかなぁ…」


 暗闇に消えて行きそうなほどの小声で秋平が呟いたのを聞いて、田城は体の奥が冷たくなるのを感じた。

 

 「マジで言ってんのけ?」秋平の顔を見なくとも田城はわかっていた。秋平は本気で言っている。「マジであの作家さんのこと好きなんか?」


 「よく分からんのや。好きやと思うけど、でも上手くなんかいかんやろ…」秋平は目を閉じた。


 秋平の言葉を聞いて田城は大きくため息をついた。


 「俺も山本さんもそう思っとるわ」


 「え?」


 「なんも。おやすみ」田城は背を向けた。


 「あ...。おやすみ...」


 秋平は田城の言葉の意味を考えた。田城も夏希もそう思ってる?何を...?


 苛立つような暑さの夜なのに、なぜか秋平は胸にヒヤリとした冷たい恐怖を感じた。



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