31日目 8月12日(木)
「おばあちゃん」
「何じゃ、瑠美ちゃま」
朝食の席で、早速瑠美が切り出した。瑠美の真剣な表情に、味噌汁を啜っていたばあちゃんは、お椀を置いて箸も置く。
「ねえおばあちゃん、死神って信じてる?」
「死神様ねぇ。いると言われても、不思議じゃあないねぇ」
「それがお兄ちゃんに、余命を宣告したって言っても?」
「信じるしかないでの。ママからもそう言われておるからの」
ママというのは、ばあちゃんの母、つまりひいばあちゃんのことではなく、俺たちの母のことである。何かと変な呼び方をするばあちゃんだが、そろそろ年甲斐というものを覚えて欲しい。
それより、ばあちゃんの話である。
「母さんがここに来たのか?」
「そうじゃよ」
「お母さんが、お兄ちゃんの話をおばあちゃんにしたの?」
「そうじゃ」
「それじゃあ、母さんが俺と瑠美でばあちゃん家に来るように言ったことも?」
「それは聞いとらんがの。頼まれごとはしとるで」
随分と落ち着いた様子でばあちゃんは言う。その様子に、瑠美は不満げな声を漏らす。
「おばあちゃんは、お兄ちゃんが死ぬって言われてなんとも思わないの?」
「そんなわけなか。それでも、三度目ともなれば慣れるでね」
「三度目? もしかして、じいちゃんも?」
ばあちゃんは無言でうなずいた。その表情には、どうにも哀愁が漂っている。
思えば俺と瑠美はじいちゃんには会ったことがない。俺たちが生まれるよりも前に亡くなったと聞いていたが、まさか、俺と同じ運命を背負っていたとは。
なるほど、父さんに加え、じいちゃんの最期にも同じ話を聞いていたとなれば、信じない理由はないというわけだ。それでも、少しくらい狼狽えてほしいものだが。
「うちの家系は、呪われておるのかもしれんねぇ。大昔には、巫女の一族なんて言われておったらしいけども」
「巫女の一族?」
「この辺りの伝説みたいなものじゃ。どういう存在じゃという話は、あまり残ってはおらんがの」
巫女というと、初詣のときにバイトの人がたくさんいるイメージがあるが、一族というからには、もっと格式高いものなのだろう。無論、特別な何かがあったというわけではないかもしれないが。
「それでの。ママからの頼み事じゃ。瑠美ちゃま」
「私?」
「その巫女の一族のお役目、やってはくれんか?」
「何、お役目って」
「簡単なことじゃ。一つ簡単な舞踊を覚えで、祭りの日に、お社に奉納するんじゃ」
「はぁ? それを本当に、母さんが言っていたのか?」
「そうじゃ。幼いころにはおばばもやっておったでの。今は時代錯誤じゃて、集まる人もおらんし、やらんくなってまったがの」
「それを復活させろって? 何の意味があってそんなことを」
奔放な母さんだ。そういう堅苦しいのは嫌いそうなものだが。それをわざわざ娘に押し付けるなんて。
「さあ。巫女の一族として、お祓いのような効果があるのかもしれんがの」
「母さんは何か言ってなかったのか」
「何も。その時が来たら、瑠美ちゃまにはわかると言っておった」
「そう。じゃ、やるしかないわね」
「瑠美」
「効果がなかったとしても、こうなれば神頼みくらいしか方法なんてないわよ」
「無理しなくても」
「家族のために身体を張ることが無理なわけないじゃない」
どれだけ努力をしても、ただ俺のタイムリミットが近づくだけで、無駄足になるかもしれないのだ。忌避したっていいようなものを、瑠美はためらうことなく引き受けた。
「わかった。瑠美がいいなら、俺に拒む理由なんてない」
瑠美にとってみれば、ただ頑張るだけで愛する家族を救えるチャンスである。昔から根気強く頑張るということにかけては誰にも劣らない才を持っていた瑠美だ。もはやデメリットですらないのだろう。
「それじゃあ、その祭りの日っていうのは?」
「十五日じゃ」
「はい? おばあちゃん、二十五日?」
「いいや。十五日じゃ」
今から練習したとして、最長で三日と少し。いくら簡単であっても、踊りをそれだけの短期間で覚え、ある程度人前で発表できるレベルにまで押し上げるというのは、いかな努力家であっても不可能に近い。
「なんでもっと早く言わなかったんだよ。それなら中川さんの話も断ったのに」
「そりゃ、かーくんがもっと早く瑠美ちゃまに打ち明けていれば言ったでの」
「俺のせいかぁ」
自業自得であった。それと、ちゃっかり部屋を盗み聞くのはやめてほしい。
「いいわ。わかった」
「瑠美? さすがにこれは」
「一度やるって言ったもの。運命を変えるんだから、それくらいの不可能は乗り越えないと」
瑠美がイケメンすぎる。弱気になっている俺が情けない。実際にやりもしない奴が決めつけるなんて、失礼にもほどがある。
「さっそく練習しましょう」
「そう言ったって、どんな踊りかもわからんだろ」
「それは、ほら。ビデオとか」
「ばあちゃんの時代に廃止されたんだぞ。あるわけないだろ」
「じゃあ文献とか?」
「言葉で言われたって、そうそうわかったもんじゃないだろ。三日しかないんだ。せめてお手本がいる」
「そんなこと言ったって、踊れる人なんて」
二人そろって、ちらとばあちゃんの方を見る。にこやかに笑っていた。
「ほほほ。ついに力を解放するときがきたようじゃの」
「歴戦っぽい雰囲気だけど、本当に大丈夫か?」
「また倒れられたら、こっちの心臓が止まるんだからね?」
「大丈夫じゃ。任せておき」
不安である。
「それより、かーくんにも役目があるでの」
「え、俺にも?」
「当然じゃ。瑠美ちゃまが頑張っているのに、かーくんばかり怠けてはおられん」
「それは望むところだが、何をするんだ?」
「祭りの宣伝じゃな」
「宣伝? チラシ配りとか?」
「そうじゃな。祭りはなるべく人の多い方がええ。色々と準備が必要じゃの」
「そこを全部やれと?」
「そういうことじゃ」
この、お隣まで徒歩十分が当たり前のど田舎でチラシ配りをしろと。そればかりか、何か集客につながるようなことも計画せねばならないと。瑠美に負けず劣らずの無茶ぶりである。
「あー、わかった。任せてくれ」
瑠美が頑張ろうと言っているのだ。俺も頑張らなくては、兄の名折れというもの。そもそもこれは俺の問題だ。俺にも責務がなければ、救われた気がしない。
「そうと決まれば、言ってくるよ。まずは神社かな」
「頑張るんじゃよ」
「頑張って、お兄ちゃん」
可愛い妹に応援されては、張り切らざるを得ない。
比較的家から近い、祭りが開催されるという神社にやってきた。
まずは神主さんに、舞いを奉納する許可と、予定されている屋台の数なんかを尋ねる。
「祭りの出し物というなら、好きにしてくれて構わんよ。屋台の方は、っと。申請があったのは二つくらいかのぉ」
「二つだけですか」
「儲けもほとんどないのに、出してくれるだけありがたいことよ」
腰の曲がったおじいさん神主は、そう言って寂しそうに笑う。
「もし、俺が屋台の数を増やしたいって言ったら、許してもらえますかね」
「坊ちゃんが? 好きにしてくれて構わんけど、役所の許可とかもあるからねぇ」
「わかりました」
たったの三日で何ができるかはわからない。それでも、やれるだけのことをやるしかない。
俺は景気づけに、お参りをすることにした。
どうか、俺や瑠美の努力が無駄になりませんように。
「ただいま」
「おかえり、かーくん」
帰ると、ばあちゃんが迎えてくれた。台所で昼食の用意をしている。
「瑠美は?」
「向こうで反復練習じゃて。真面目な子じゃの」
「だな。それはそうとばあちゃん、中川さんの電話番号ってわかるか?」
「わかるで、かけるかの?」
「あー、ご飯の後でな。携帯でかけるから、番号だけでいい」
「ほいほい」
そう言うとばあちゃんは、メモ用紙に十数桁の番号をさっと書いた。
「ほい」
「え、ばあちゃん、覚えてんの?」
「ほっほっほ。生活の知恵じゃよ」
知り合いの電話番号を生活の知恵というかはともかく、ばあちゃんの年齢とは思えない記憶力である。
「ありがとう」
「ほほ。それじゃ、ご飯にするで、瑠美ちゃま呼んできてくれんか」
「わかった」
俺たちに用意された部屋は、和室の大部屋で、宴会を開いても激しく動き回っても問題ないほど広い。外は暑いので、瑠美はそこで練習しているとのことだった。
襖を少し開けると、たどたどしい動きで扇子を持った腕を振る瑠美がいた。練習の様子は動画で撮っているようで、スマホを見てはこれじゃないと首を傾げている。
「瑠美」
「わっ! もう、驚かさないでよ」
名前を呼んだだけでそんなに驚かれるとは思っていなかったのだ。
「もしかして、そこから覗いてたの?」
「まあ、ちょっとな」
「変態」
「なんで?!」
「練習なんて見るんじゃないわよ。ただでさえ苦手なのに」
「え?」
「何よ。ダンスが苦手で悪い?」
「悪くはないけど、ちょっと意外だった」
演劇部なら、ちょっとしたジェスチャーを付けることも多いだろうし、慣れたものだと思っていたのだが。
「演劇とダンスじゃ、全然違うわよ。演劇は動きで感情とか何をしているかが表現できればそれでいいけど、ダンスには伝えたいものがないもの」
「その言葉はそれはそれで違う気がするけどな」
「まあ、はっきりした意図が読み取れないじゃない。特に、こんな伝統舞踊みたいなのって」
「たしかにな」
「だから順序を覚えるのも一苦労だし、完璧に覚えた上でブラッシュアップだもの。難しいわよ」
「そうか」
「だからって諦めたりしないけどね」
俺のために、その難しい行程を三日で済ませようとしてくれているのだ。報われなければ嘘と言うものである。
「それで、そっちは?」
「場所の使用許可はもらった。あとはどうやって盛り上げるかだな」
「その、私が言うのもなんだけど、頑張りすぎないようにね」
「ほんとにブーメランだな」
「そりゃ、家族のためだし頑張るけど。だからって馬鹿にいが無茶する必要はないって話よ。私のためにとか思わなくていいから」
「いやでも」
「頑張りたいから頑張ってるの。気にしないで」
そう言われても、申し訳なく思うのは間違っていないと思うのだ。
「どうしてもって言うなら、労いの言葉くらい、ちょうだい」
「ありがとう、瑠美」
「それでいいのよ。馬鹿にいはせいぜい、自分のために頑張りなさい」
にっと笑って、瑠美はテーブルについた。
昼食後。瑠美とばあちゃんは相変わらず踊りの練習で、俺は中川さんに電話をかけていた。
「もしもし、中川さんですか。一ノ瀬です」
「はーい。翔君ね。どうかした?」
「えーっと、十五日に神社でお祭りがあるのって知ってますか?」
「ああ、あれね。うん、知ってるわよ」
「あれを盛り上げたいんです。時間がないのはわかっているんですけど」
「盛り上げる? 具体的にどうしたいの?」
「集客を増やしたいんです。瑠美が巫女の役目をすることになって」
俺の寿命がどうのというのは伏せて、瑠美が巫女の舞踊を披露することと、そのために人を集めたいという旨を伝えた。
「なるほどねぇ。翔君、よっぽどのシスコンね。瑠美ちゃんのためにそこまでしてあげたいなんて」
「いやぁ、はは」
曖昧に笑う。まさか俺が生きながらえるためだとも言えず、あながち間違いでもないので否定はしなかった。
「わかったわ。君たちには村コンでお世話になったし、手伝ってあげる」
「本当ですか」
「ええ。実は、出店する屋台の一つは、うちの近所のグループで出すのよ」
「そうなんですか」
「今から役所に問い合わせても間に合わないし、何か屋台をするならうちの出し物の一部ってことにしてあげる」
「そんなことできるんですか」
「大丈夫。みんな口が堅いから」
実際はアウトなのだろう。危ない橋を渡らせてしまうが、そのときは土下座でもなんでもできることをしてやろう。
「それじゃあ、頑張ってね、翔君」
「はい。ありがとうございます」
電話が切れた。これで場所の確保は完璧と言える。問題は、何を出店するかだ。今からどれだけ宣伝したところで、来てくれるのはある程度近隣の人々のみ。
それも、少子化傾向にあるこの村だ。滅多にないイベントごとということで、子供たちやその親は簡単に集まってくれるかもしれないが、問題は人口の半数以上を占めるご高齢の方々を集める方法である。
今のところ出店予定なのは、二つとも軽食の屋台。夕飯の代わりにはならないが、甘いもので子供の興味を惹こうという作戦である。どうも近年はその傾向が強いようで、これから焼きそばなんかでその傾向をひっくり返すようなことは難しいだろう。
となれば、高齢者の興味を惹き、かつ準備にも時間がかからず、飲食はなるべく避ける屋台。難しい注文である。
こうして一人で考えていても仕方のないことだ。高齢者のことは高齢者に聞くに限る。
そうして俺は、とにかく近所を練り歩いて取材を繰り返した。




