30日目 8月11日(水)
「おはよう、ご兄妹さん。準備はいい?」
「はい、大丈夫です」
「あと午前中だけ、よろしくね」
村コンは昨日で終わりではなかった。俺たちはばあちゃんの家に泊まっているが、他の参加者はツアーで来ている。彼らは今日帰るらしく、それまでに一度集まることになったのだ。
再び軽トラに揺られ、昨日と同じ場所に集合する。今日は作業着には着替えない。今度は俺たちが最後に集合した。
「はい、全員ですね。それじゃあ、今日帰る皆さんの最後の思い出に、写真撮影でもしましょうか。あまり時間はないので、急いでくださいね」
車でも電車でも、都心からは遠いこの村。交通手段も乏しいので、帰るとなれば、朝早くから出発しないと彼らが帰宅するような時間には日が暮れている。
逆に、よくこんな辺鄙なところに俺たち以外八人も集まったものだ。
「はーい、じゃあ撮りまーす。はい、チーズ」
今やあまり聞かなくなった掛け声と共に、中川さんは写真を撮った。背景は青々とした山で、まさに田舎という写真である。
「あとは、それぞれ帰宅時間まで自由行動です。個別で写真を撮るのもよし、ここらをもう少し見て回るもよしです。ただ、忘れ物だけないようにお願いしますね」
これだけのために集められたのかと拍子抜けするが、帰り道というのも大切なイベントのひとつということで、帰宅前に集まるのには意味があるのだろう。俺たちにとっては無意味だが。
「翔、ちょっといいっすか?」
「はい、なんでしょう」
どうせツーショット写真でも撮って盛り上がるのだろうと思っていたが、突然後輩君の一人が話しかけてきた。連れられて行くと、男性陣が全員集合する。
「これから翔にも作戦を説明するっす」
「はあ」
「これから全員で別々のやつに告白をするんだ。一番勝算のあるやつからな。それでうまくいけば、あまり乗り気でない後続も流されて告白を受けるってわけさ」
集団心理を利用した、意外と巧妙な作戦であった。特に女性というのは男性よりもコミュニティを大事にする生き物なので、和を乱すような行動はとりにくい。それが果たして恋愛として正しいのかというのは、俺の判断するところではない。
「それで、翔にはあの一番地味な子に告白してほしいっす」
「は?」
「ああいう地味目のタイプは、翔みたいなイケメンに詰め寄られたら一発っすよ」
ちょっと待て。俺に選択権はないのか。
「センパイは瑠美さんっすよね」
「おう。ああいうクールでミステリアスってのがいいよな、やっぱり」
なるほど。既に彼らの中では決定事項なわけだ。瑠美と少しいい雰囲気になっていた俺を排除し、集団圧力のもと瑠美を手籠めにすると。付き合っていられない。
「俺は瑠美さん狙いなので。他の人に告白というのはちょっと」
「えー。ノリ悪いっすね。絶対落ちる方を選んだ方がいいっすよ?」
「すみません。嘘はつけない人間なので」
「でもそれじゃあ、センパイの計画が」
生憎と、こちらは動じない。彼らとの関係が壊れようと、どうせもう会うこともないだろうし。
「ああわかった。翔はそれでいい」
「センパイ?」
「ただし。代わりに俺から告白するからな」
勝手に条件を吹っかけてきて、断ったらそれと引き換えに要求をするというのはいささか横暴だが、ここは従っておこう。でないと恨まれる。無関係になるなら全くもって構わないが、恨まれると色々面倒だ。
「わかりました。好きにしてください」
そう言って、俺は彼らから離れた。合コンで男子だけ固まっているというのは、あまり印象が良くないだろう。
その後。しばらく写真を撮る時間があって、そのうちに女性陣のうち一人が帰宅の時間となった。俺が告白予定にされていた、地味めな人である。そこから、俺以外の男たちの目の色が変わった。
「ちょっと集まってほしいっす」
取り巻き後輩たちが全員を一か所に集め、ソワソワしている女性陣を前に一人ずつ告白を始めた。
この数日の間に仲良くなっていたようで、みんなの前では断りづらいということもあり、次々とカップルが成立していく。
うまくいきすぎだとは思うが、三組のカップルが誕生した。そして残りは、俺、センパイ、瑠美の三人である。そこでセンパイが動いた。
「瑠美ちゃん、俺と付き合ってくれないか」
最悪の状況。他の女子は全員彼氏ができて、瑠美だけ取り残されている。そして、彼らが見守る中の告白だ。瑠美が受け入れることしか、流れ的には想定されていない。
ただ、それは男の頭の中の話。昨日俺たちと同じ班にいたような女性陣は困惑したように目を見合わせている。
本来なら、俺もそちら側のはずだった。瑠美は断ると信じている。しかし、それでも何か不安に思う自分がいた。もしかしたら、瑠美は流されてしまうのではないかと。
しかし、それこそおかしい話である。瑠美は俺の妹で、それに彼氏ができるというならむしろ喜ばしいことだ。これだけ用意周到に準備をするような人間なのだから、倫理観はともかく、優秀な人間であることは間違いない。瑠美がもし本当にそれを望むなら、俺がそれを不快に思う権利すらないはずである。
それでも、俺はなぜか、目の前の、瑠美が告白されているという光景に苛立ちのような感覚を覚えていた。それが嫉妬心だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
俺は、瑠美を独り占めしたいと思っていたのだ。それこそ、恋人のように。可愛い瑠美の姿を、笑顔を、独占していたい。そういう気持ちが俺の中に芽生えていた。
だからこそ、何の臆面もなく告白できるセンパイが、もしかすると瑠美の愛情を受けるかもしれない人間が羨ましいと感じていたのかもしれない。
「お断りします」
その言葉が聞こえてきたとき、俺は心底安堵したのだ。瑠美は、まだ俺だけの妹でいてくれるのだと。
「そう、か」
センパイは返事を聞くと、気まずそうに周りを見た。その周りの人も、気まずそうな表情を浮かべる。この状況を踏まえた上で、センパイは食い下がる。
「せめて連絡先の交換だけでも」
「嫌です」
瑠美はすっぱりと、男らしさすら感じる返答を返した。これにはセンパイも呆然である。
「ここで出会ったのも何かの縁だし、これからもちょっとは連絡取らないか?」
「嫌です」
これはもういっそすがすがしい。何に気を遣うでもなく、瑠美はきっぱり断った。
「そう、かぁ」
それだけに、センパイへのダメージは深刻である。気を遣うような視線から逃げるように、彼女持ちとなった取り巻きを引き連れて帰っていった。
残った女性三人は、どこか期待したような視線を俺に向けてくる。きっと俺が告白すると思っているのだろうが、たとえするとしても、わざわざ彼女たちの前でする理由などない。
残りの参加者が皆帰路につき、俺と瑠美だけが残される。
「なあ瑠美」
「何よ」
「よかったのか。あんな振り方して」
「いいわよ。あんな軽薄そうな人、趣味じゃないわ」
「そうか」
やっと終わった、と瑠美は伸びを一つする。その瑠美に向けて、俺は向き直った。
「瑠美」
「何よ」
「好きだ」
「えっ?」
すっかりリラックスしていたところに、俺はそう告げた。瑠美の反応はと言えば、驚きすぎて伸ばした腕がそのまま固まっている。
「俺と付き合ってくれないか」
「ちょ、ちょっと。村コンはもう終わりよ。わざわざそんなこと言わなくたって」
「そう、かもな」
冗談と言うことで流れるのなら、それでもよかった。ただ、たった今気づいた衝動を言葉にしておきたかっただけだ。
「でも、そうね。もし本気なら、付き合っても、というか、結婚してもいいと、思ってるわよ」
「へ?」
「だから、私はお兄ちゃんのこと、好きだって言ってるのよ」
夏の暑さのせいかもしれない。瑠美は顔を赤くして、しかし俺の目をちゃんと見つめて、そう言った。
「瑠美、それって」
「家族としてじゃないわ。もちろん、家族としても大事だと思ってるけど。男の人としても、ちょっと好きかもって話」
そう言ったあと、瑠美は持っていたタオルで自分の顔を隠した。
「あー、何言ってるんだろ。馬鹿にい、持ち前の鳥頭で忘れて」
「誰が鳥頭か。それに、死んでも忘れない」
「やめなさいよ、そういうこと言うの。ちょっと、期待しちゃうじゃない」
汗を拭くふりで顔を隠している瑠美。その背中は、自信なさげに見えた。
「ひゃっ! 何するのよ!」
「へへ。いつかのお返しだ」
俺は、今はまだ、瑠美の気持ちに応えてやることができない。それは、俺の誠実さを示すという問題だ。俺の寿命を明かさない限り、俺は大手を振って瑠美と付き合えない。
だから俺は、代わりに元気づけるために、瑠美の首筋に溶けかけの保冷材を当ててやったのである。
「瑠美。今日の夜、大事な話がある。寝る前に、ちょっと話そう」
「ん、分かったわ」
真剣に、俺は話さなければならない。瑠美の気持ちを受け入れるかどうかも、きっとそのときに決まるだろう。
中川さんの軽トラに乗せてもらい、帰ってきた。それから昼食をとり、エアコンの効いた居間で昼間をゴロゴロと過ごすと、なんやかんやで、約束の夜がやってくる。
「あ、やっと出てきた。無駄に長風呂なんだから」
「いいだろ別に。ここのちょっと熱いお湯が好きなんだ」
「危うく寝ちゃうところだったわよ」
そう言いながら、全く眠そうには見えない。話が気になって眠気さえもないのだろう。
「それで? 話って?」
「ああ。結構重い話だ」
「そう」
神妙な面持ちで、瑠美は姿勢を正す。きっと、血族で結婚するのはおかしいだとかそういう話をされると思っているのだろうが、残念ながら話題はそうではない。
「俺さ、この八月で死ぬんだ」
「は?」
「死神の予言でさ」
「厨二病も大概にしてよ」
「もう母さんには言ってある。母さんは信じてたよ」
「え。なんで。冗談でしょ?」
「嘘じゃない。母さんも、やけに真剣だった」
「でもでも、それじゃあお母さんだってお兄ちゃんのところに」
「いない。またどこか行っちまったよ」
母さんの行動は不可解だった。それだけに、瑠美への話の信憑性も下がる。
「ふざけて言ってたら、本当に承知しないわよ」
「ふざけてない。誓ってもいい」
「わかった。じゃあお母さんに電話する」
普段は、仕事の邪魔になると考えて電話しないことにしているが、今回ばかりは緊急事態と判断したのだろう。真実か否かを判断するため、瑠美は母さんに電話をかけた。
「繋がらない。電源切ってるみたい」
「仕事中なのか?」
「わかんないけど、とりあえずメッセージを送るわ。一日経てば既読はつくでしょ」
そう言って、瑠美はスマホを置く。
「本当に、死んじゃうの?」
「そうみたいだ」
「そう、なのね」
膝の上で拳を握り、瑠美はうつむく。
しばらく沈黙が部屋を包んだ。その気まずさに耐えかねて、俺は口を開く。
「母さんが言うには、俺たちの父さんも、死神がついてたって」
「え?」
「詳しくは俺も聞かされてない。わからないけど、ふざけて言ってるようすじゃなかった」
「だったらなおさら、お母さんはお兄ちゃんの話を信じて残るはずでしょ?」
「それでもどこか行ったんだ。薄情なのか、それとも何か用意があるのかはわからないけど」
「そう」
「ただ、こんなことも言ってたな。もし奇跡を信じるなら、瑠美を連れてばあちゃん家に行けって。理由も何も聞かせてはくれなかったけど」
実際は、ばあちゃんが熱中症になったおかげで連れてくるまでもなく二人で来たのだが。
「じゃあ、ここで何かが起こるってこと?」
「わからない。もしかしたら、ばあちゃんが何か知ってるかもしれないな」
「そう、ね。明日聞いてみましょう」
「ああ。それじゃ、今日はもう寝ようか」
色々と言ったが、短時間で受け入れるには衝撃が大きすぎるだろう。俺は話を切り上げて寝ることを提案した。
「待って。今日は、お兄ちゃんの布団で、一緒に寝てもいい?」
「いや、それは」
「お願い。暗いの怖い」
そう言われては、拒むことなどできはしない。これだけ不安にさせてしまったのだ。暗がりで、いつの間にか俺がいなくなっていたりなどしようものなら、瑠美は傷つくなんてものではない。
「わかった。おいで」
「うん」
もはや強がることもなく、あの日のように瑠美は俺に抱きついてきた。ただ、俺は今日のことを夢落ちには出来ない。
「おやすみ、瑠美」
「おやすみ、お兄ちゃん」
逃げずに向き合わなければならない。俺の運命とも、瑠美の気持ちとも。そのために、俺は今日話をしたのだから。




