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23日目 8月4日(水)

「おはようございます、お嬢様」

「何よそのキャラ」


 無期限の家事雑用を命じられたので、今日は執事っぽく振舞ってみようという遊び心である。


「朝食の用意ができてございます。こちらへ」

「なんか気持ち悪いんだけど」


 瑠美の辛辣なコメントはスルーして、椅子を引く。瑠美が座ったことを確認すると、キッチンからインスタントのコーンスープが乗った皿を持ってきた。


「スープです。本日のスープは」

「変なごっこ遊びはいいから、あと全部持ってきなさい」

「かしこまりました」


 普通のトーストが乗った皿とサラダをサーブする。非常にノリが悪い。


「何してるの。馬鹿にいも食べれば」

「使用人がお嬢様と同じ食卓を囲むなどとてもとても。恐れ多くございます」

「何言ってるのよ。奴隷のくせに、ご主人様に歯向かうってわけ?」

「そうおっしゃるのであれば」


 あくまで奴隷扱い。果たして俺は人として見られているのだろうか。そこが不安である。


「お嬢様、本日のご予定は」

「そのお嬢様っていうのやめて。キモイから」

「では瑠美様と」

「もういい。普通に戻して。命令よ」

「わかったよ。何が悪かったんだ?」

「急に態度が変わったら気持ち悪いでしょ普通」


 まあ確かに、俺も瑠美が唐突にお兄ちゃん大好きとか言い出したら、自分の頬をつねるくらいのことはする。


「それで、今日も部活か?」

「まあね」

「休めって言われたんじゃないのか」

「お盆に休むことにしたから」

「お盆はもともと休みだろ。そりゃさすがにブラックすぎるぞ」


 瑠美の場合はセルフでブラックにしているわけだが。いくら自由にやっているからと言っても、部活をするには顧問が必要だし、先生にだって都合があるはずだ。そういつでもできるわけではあるまい。


「宿題はちゃんとやってるのか? そう部活ばかりにしていたら終わらないだろ」

「大丈夫。休みの日にやってるから」


 それはもはや、休憩がないと言っているようなものだ。


「お前、友達と遊びに行ったりとかしないのか? それか友達いないのか?」

「いるわ。失礼ね。誰からも誘われないだけよ」

「高嶺の花キャラの弊害出てるじゃないか」

「うるさい」


 ちょっと遠慮されているということなのだろう。俺が知っているあの子は、なんだかんだでよく誘われそうだし、瑠美を誘うような企画をするほど暇ではないだろう。


「別にいいわよ。部活に行けば友達とは会えるし。それに、学生の本分は勉強でしょ」

「それは完全に負け惜しみだぞ」

「うるさいわね。馬鹿にいは私のことなんて放っておいて勉強でもしてればいいのよ」

「しかしなあ。それではあまりに瑠美が憐れで」

「勝手に憐れむな馬鹿。本当に情けなくなるでしょ」


 自分でもそこそこ危機感を持っているらしい。自分から誘えばいいとは思うが、そこで奥手になってしまうのが瑠美だ。


「お兄ちゃんが遊んでやろうか?」

「キモイ。二度と口を開かないで」

「そこまで言うか」

「いいから勉強してなさいよ。余計な事考えてないで、自分のことに集中しなさい」


 自分の考えに従った結果の行動ではあるのだが。どうせ将来も何もないのに、勉強ばかりしていたって無駄になるだけだ。


「それはそれとして、昨日瑠美のクローゼット見たんだが」

「サラッと余罪を増やさないでもらえる?」

「まあまあ。パンツとかに比べたら軽いもんだろ」

「被告がそれを言わないでくれる? 私の感情だから」

「それで、あんまり着てない服が多いような気がしてさ」

「何事もなかったように続けるんじゃないわよ。余罪追及の場面でしょ」

「黙秘します」


 舌打ち一つして、瑠美は引き下がった。あの婚姻届の話をすると、俺の疑問が解消されないまま話が逸れていくことになるのは簡単に予想できる。


「奏ちゃんから着られなくなった服をもらってるのよ」

「全然サイズが違うだろ」

「今どこ見て言った。はらわた引きずり出すわよ」


 胸を見て言っていない。胸のサイズで着られる服が変わるとは思ってもいない。そんな脅迫をされるいわれはないはずなのだ。


「そりゃ私は奏ちゃんに比べたら成長は遅いけど、この体型もステータスだから。いっそ価値があるのよ」

「わかったわかった。瑠美は可愛い。体型関係なくな」

「馬鹿にしてんの?」

「なんでだ!」


 普通に褒めたのに。


「ま、いいわ。奏ちゃんからは、オーバーサイズとして着られるようなものをもらってるの。昔のはちゃんと着れたりするけど」

「そういうもんなのか」


 貰いものにしては、やけに割合が多かったような気がする。恐らくこれは、貰い物が多いというよりも、瑠美自身の服が少ないということなのだろう。本人も認めている通り成長が遅いので、一つの服であっても長く着られるはずであり、本人の気質からして着られる服は置いておくのだが。


 それだけ、瑠美には負担を強いているということだ。もう少しお小遣いがあげられていれば、クローゼットの中身もより瑠美の色になっていたのだろう。


「それで下着は貰ってないと」

「当たり前よ! ってかそれただのセクハラだから!」


 通りでパンツは全部瑠美っぽいわけだ。


「こんな兄がいるなんて、やっぱり汚点だわ」

「どうせ洗濯するとき見てるんだからいいだろ」

「故意かそうでないかは情状酌量の余地に大きな差があるわよ」

「なるほどな」


 心底疲れたようなため息をついて、頬杖をつく。


 食事が終わったようなので、片付けは俺の役目だ。お皿を流しへ持っていくとき、瑠美が呟いた。


「はぁ。こんな馬鹿をまた連れて行かないといけないなんて」

「え? 連れていくって、どこへ?」

「部活。友達が、また連れて来いって」

「他の部員は?」

「部長しかいない」

「なんでまた。それじゃあ瑠美の暴露話は聞けないだろ」

「聞かせるつもりもないわよ。なんか、目の保養がしたいんだって」

「なんだそりゃ」

「ほんとよ。こんな阿保面見てどうするのかしら」


 さすがに阿保面は言い過ぎだが、俺の顔なんて見ても何も面白くないのは事実だ。それに、保養と言うなら瑠美を見ていたほうがよっぽどいいだろう。しかも、部長を差し置いて俺を指名するのは失礼だろう。俺をイケメンと言うなら部長だって十分イケメンに入るはずだ。


「まあ、そういうわけだから、またお菓子持ってきて。三人分」

「勘定されてない残り一人は俺か?」

「勿論。奴隷に嗜好品は似合わないわ」


 言いたい放題言ってくれる。それでも俺が俺の分を用意したところで文句は言わないのだろうが。


「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。気を付けてな」




 二度目ということで迷うことなく、演劇部室に辿り着いた。


「こんちわ」

「こんにちは、お兄さん。よくぞ来ていただきました」

「すみません、受験勉強でお忙しいところ、うちの部員が無理を言ったみたいで」

「大丈夫だ」

「一体何が大丈夫なのかはわかりませんけど」


 部長さんは相変わらず腰が低いし、なんだか母親のような対応になっている。瑠美はキャラを作っているものの、つれない態度である。


「とりあえずデリバリーってことで、カップケーキを作ってきた」

「ありがとうございますセンパイ」

「頂いていいんですか?」

「構いません。部長も作業でお疲れでしょうから、一息入れましょう」

「瑠美、一応言っておくけどこの前とまったく一緒ではないからな」

「そうですか」


 あからさまではないものの、またかよとでも思っていそうな顔をしていた気がしたので、補足。確かに生地はこの間の残りだが、フルーツポンチのときに余った果物も入れてある。


「部員ってあんまり来ないのか?」

「そうですねー。電車通学って子も多いですし、みんなめんどくさがってるんだと思いますよ」

「そのせいで、部長に負担がかかっているのですけれどね」

「一ノ瀬さん、僕は大丈夫だから。代わりに小道具の調達なんかもお願いしていますし」

「そうは仰いますけど、大道具を作るほうがよっぽど大変です」

「まあまあ瑠美ちゃん。部長がいいって言ってるんだから」

「私だって、わざわざお節介を焼くつもりはありません。でも、部長はもう少し文句を言ってもいいと思うんです」


 なるべく平等でありたいと願う瑠美は、当人が別にいいと言っていることでも気にかかってしまうのだろう。今回は少し口を出しすぎな気がするが、気が立っているのだろうか。


「瑠美。来ていない人だって、本当は手伝いたいって思ってるかもしれないんだから、あんまり深く考えない方がいいぞ」

「でも」

「そうです。一ノ瀬さんが優しいのはわかっているから、僕を気遣ってくれる気持ちだけで十分。それに、僕はやりたくてやっているから」


 俺の言葉には反駁しようとした瑠美だったが、部長が諭すと大人しくなった。


「そういえば部長は裏方希望なんだったっけ」

「はい。そうです。大道具を作ったり、照明を工夫したり。台本も作っていますから、いろいろと都合が良くて」

「脚本までやってるなら、自分が出たいとは思わないのか?」

「それはちょっと。自分で作った役を自分で演じるのはとても恥ずかしいですから」

「そういうものか」

「はい。それに、自分が書いた台本が演じられているのを見ている方が、自分でするより嬉しいですから。完成させる喜びもありますし」


 企画を出して、実働は他の人に任せると。会社の上司みたいな感じに思うが、この部長は自分で下請けの仕事もこなしてしまっている。だからこそ慕われるのだろう。


「実際、いろいろ指示してるときの部長って楽しそうっていうか、嬉しそうですよね」

「そうなのか」

「唯一の二年生ですから、年上ぶるのが楽しいっていうのもありますね」

「へぇ。そうだったのか。そういえば、部員の構成の話はあまり聞いていないな」

「この部活って、男子は部長だけなんですよ。意外ですよね」

「え。でも、台本には男キャラもいたっていうか、ほとんど男だったろ」


 窘められてから黙ってカップケーキを齧っていた瑠美が、ここで会話に加わった。


「男役でも演じるのが演劇部です。私は女の役ですけど」

「そういう劇団みたいで面白いかなって。ちなみに私が王子様役です」

「主役、頑張れよ」

「はい。ありがとうございまっす」

「こうしていると、なんだか一ノ瀬先輩がOBみたいですね」

「そうでしょうか。私にとってはただの兄ですけど」

「演劇部はあんまりOBOGが来ないから、部長はそう思うんじゃないですか。センパイは差し入れもくれますし」

「差し入れがOBの証っていうのはどうなんだ」

「あはは。差し入れがどうかは置いておいて、先輩方が来ないのも仕方ありませんよ。一応ライバルですから」

「ライバル?」


 先輩がライバルというのは、なかなか聞かない話だ。


「文化祭では、引退した3年も劇をするんです。それで、どちらが集客が多かったかで勝負をするのが毎年の恒例みたいになっていまして」

「なるほどな。敵に塩を送ることはしないか」

「でも不公平ですよね。こちらはは二年生が部長だけで、しかも裏方なんですから。演技一つとっても、引き継げるものがあまりに少なすぎます」

「毎年3年の方が勝つって聞くしね。今年は特にって感じだけど」

「すみません。僕がもう少し演技のことを学んでいればよかったんですが」

「部長が謝ることじゃないだろ。とにかく、できるだけをしたらいいんじゃないか。胸を借りるつもりで」


 これで3年が負けたら負けたで、そちらの面目が立たないのだから、勝敗がわかりきっていても、相手を立てるつもりでいるしかない。


「ほんとにOBっぽいこと言いますよねセンパイ」

「言っていることはただの気休めですけどね」

「いいだろ気休めでも」

「まあ来年はどう転んでも勝てますから。気にすることはありませんよ」

「部長、それはちょっとブラックですよ」

「あはは。すいません。僕としてはそんなに気にしていないので」

「来年は部長も私たちに混ざってください。平和にしましょう」

「ありがとう一ノ瀬さん」


 他愛のない話と共に、ひとときのお茶会はまた今日も終わる。




 それから、なぜかOBとして手伝わされて、帰るのは瑠美と同じ時間になった。楽しかったので文句はない。


「そういえばさ、瑠美ってなんで演劇部に入ったんだ?」

「何。そんなにおかしい?」

「おかしくないけど、こういう目立つのって嫌いだと思ってたから。あの友達に誘われたとか?」

「別に、あの子は関係ないわよ。むしろ私から誘ったもの」

「へぇ。意外だな」


 瑠美が他人の行動に口をはさむというのは、あまりあることではない。それだけの何かがあの子にあったのか。


「あの子、とても演技が上手なのよ。日頃明るく振舞って、いろんな人と喋っているからでしょうね」

「なるほど。だから誘ったのか。それじゃあ、お前はなんで?」

「それは、まあ、ちょっと」

「なんだよ。教えてくれてもいいだろ」

「はぁ。笑ったらぶっ殺すから」

「お、おう。わかった」


 随分な前置きである。どれだけしょうもなくても、所詮入部理由なのだから、笑う程ではないだろう。


「私、女優になるのが夢なのよ」

「は」


 唐突に告げられた事実に開いた口がふさがらない。仮にも昔は人見知りをしていた瑠美が、女優になりたいというのだから。


「阿保面晒してないで何か言ったら?」

「いや、ちょっと驚いて。どうしてそんな夢を?」

「それは秘密」

「えー。いいだろちょっとくらい」

「強いて言えば、あの子が目標ってだけ」


 あの友達を追いかけてということか。いや、それでは瑠美から誘ったということと矛盾する。


「まあいいや。瑠美の夢、俺は真剣に応援するから。何かしてほしいことがあれば何でも言えよ」

「それはどうも。頼ることなんてないと思うけど」

「そんなつれないこと言うなよ。俺は瑠美の力になりたいんだ」

「お気持ちだけ受け取っておくわ」


 そっけない返事であったが、瑠美の口角は少し上がっていた。

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