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46日目 8月27日(金)

 ベッドの上で二人並んで寝っ転がり、手をつないで横にある顔を見る。


「愛羅、今日こそは愛羅に何か返したい」

「必要ない。私は翔といるだけで十分」


 そう言ってくれるのはとても嬉しいのだが、それでは気が済まないのである。かけがえのない思い出をもらった身としては、同じく思い出に残るものを贈りたい。それが物品かどうかは限定しないが、形に残るならなおよいと考えている。


「じゃあ翔、キス」

「お安い御用だ」


 ためらうことなく、俺は愛羅に覆いかぶさり、唇を重ねる。俺としては、情熱的にするのもいいと思っているが、愛羅はゆっくり時間をかけて感触を味わうのが好きらしい。そうだと言われたわけではないが、普段の行動を見ていれば、触れ合う時間が長いことを望むということくらいはわかる。もっと単純な話、唇を離した瞬間、いつでも愛羅は寂しそうに眉根を寄せるのだ。


「翔、もっと」

「ああ」


 たまにこうして、言葉にしてせがんでくるのだから、気づかないとすればそれは鳥頭である。


 あまり長いので、俺は窒息寸前にまで追い込まれる。鼻から呼吸をすればいいとわかってはいるのだが、俺の鼻息で愛羅が何を思うかと不安になるのだ。きっと気にする必要などない。なぜなら、俺は愛羅の吐いた息ならむしろ積極的に吸いたいからだ。他人が聞けば気持ち悪いこと極まりないはずだが、別におかしなことでもないと思ってしまう。


「ぷはっ。ちょっ、愛羅。一回ストップ」


 俺はあまり肺活量には自信がない。それにしたって、愛羅は呼吸をしなさすぎだ。きっと呼吸をしなくても活動可能だからなのだろうが、卑怯である。


「今度は愛羅も呼吸してくれ。俺の苦しさがわかるから」

「ん」


 頷くや否や、今度は愛羅が俺にのしかかり、唇同士の距離がゼロになる。抱きやすい位置に来た愛羅の背に手を回し、俺は一度息を止める。するとほんの少しだけ、俺の肌に愛羅の呼気が触れる。


 なんというかもう、愛羅は呼吸しているだけで可愛い。この感情を伝えるため、俺は背中に回していた右手で愛羅の頭をなでる。サラサラの髪を手が往復するたび、愛羅の呼吸がくすぐったそうに乱れる。


 そこで俺も我慢できず、鼻から息を吐きだした。愛羅はそれを躊躇なく吸って、小さい鼻をひくひくとさせる。大変なパワーワードだが、呼吸可愛い。


「満足したか?」

「ちょっと」

「これでちょっとかぁ」


 もう十数分はキスをしていたように思うが、愛羅にはまだ足りないらしい。それでも休憩はとってくれるようで、ずりずりと俺の上を移動する。


 そして愛羅は、俺の胸に耳を当てた。愛しの愛羅に聞かれているとあって、俺の心臓はやる気をだして鼓動を早める。ただ緊張しているだけとも言う。


 愛羅はだんだん早くなる俺の心臓に合わせ、空いている手で俺の腕をぺちぺちと叩く。それはさながら音楽のリズムに乗っているようだ。


「そうだ愛羅、音楽とか聴いてみないか」

「音楽?」

「ああ。音楽っていうのは万能でな。どんなときでも楽しい気持ちにさせてくれたり、落ち着かせてくれるんだ」

「そう」

「音楽ってなると、記憶にも残りやすいだろうからな」

「わかった。翔の好きな音楽を教えて」

「よしきた」


 数曲、俺のプレイリストに入っている曲を試しに聞かせてみる。勧められたものとなるとなんだか白けてしまって、何となく賛同したくなくなるような気がしたりするものだが、愛羅に限ってはそんなことなどなかった。イヤホンを貸し、俺はただ黙ってそれを見ているだけ。


「どうだ?」

「うーん、あまりわからない」

「そうかぁ。これなんかいいと思うんだけどな」

「激しいのは、あまり好きじゃない」

「なるほどな。じゃあこっちでどうだ」


 基本的にアップテンポの曲が好きなのだが、愛羅にはお気に召さない。というわけで、俺が好きなバンドのバラードを聞かせてみた。すると、その曲の速さに合わせて愛羅が俺に身体をぶつけてくる。リズムにのっているということでいいのだろう。


「これ好き」

「気に入ったのが見つかってよかったな」

「うん。覚える」

「俺にも片耳くれないか。愛羅を見ているのでもいいけど、一緒に体験したいし」

「はい」

「ありがとう」


 直前まで愛羅の耳にあったイヤホンをつけ、ループ再生がかかった曲に合わせて二人並んで揺れる。なんとも穏やかな時間である。




「ん、あれ」


 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。口の中に乾燥ともつかぬ違和感を覚えながら、大きな欠伸をする。それにしても、こんな寝心地の良い枕が家にあっただろうか。柔らかさといい、触り心地といい。


「んっ」

「ん?」


 すりすりと頬擦りしたり、手触りを確かめるように撫でていると、俺の真上からくすぐったがる声が聞こえた。


「愛羅?」

「おはよう」

「これって」

「膝枕。瑠美が教えてくれた」

「また変な入れ知恵ばかり」


 どおりで覚えのある肌触りだと思った。頭の上にある山脈のせいで顔は見えないが、俺の呆れた声にきっと微笑んでいるに違いない。


「いやだった?」

「そんなわけないだろ。わかってるくせに」

「えへへ」


 すると愛羅は俺の頭を抱きしめるように前傾姿勢になった。上も下も、まさに柔らかさの暴力である。ぜひ棺桶の中でもこの感触を味わいたいものだ。


「ごめんな、寝ちゃって。退屈だっただろ」

「大丈夫。ずっと聞いていたから」


 寝ている間に俺のイヤホンを取って聞いていたのだろう。よく飽きずに聞き続けられるものだ。自分に刺さる音楽第一号というのはそういうものかもしれないが。


「完璧に覚えた」

「お、じゃあ歌ってみてくれよ」

「私が?」

「ああ。もちろん」

「わかった」


 歌い方がわからないと言われたらどうしようかと思ったが、愛羅は一つ咳払いをして、喉元に手を当てた。そしてアカペラで歌い始める。


 やはり愛羅にできないことなどない。そう思ってしまうほど美しい歌声だった。男性ボーカルのため、キーを上げて歌っているのだが、これが本家なのではないかと思うほどに伸びや音程が再現されている。


「俺、愛羅が歌った方が好きだな」

「ほんとう?」

「ああ。恋人っていうのを抜きにしても、どっちかっていうなら俺は愛羅の歌を聴くよ」

「うれしい」


 膝枕をされたままではいまいち締まらないが、俺の素直な称賛に愛羅は喜びを表現するべく俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。せっかく毎朝セットしているのに、なんてことを考えるのは無粋の極みである。


「もっと歌ってくれよ。俺も覚えるくらいさ」

「わかった。任せて」

「あ、でもまた寝るかもしれないから、また後でにするか」

「大丈夫。寝てる翔、可愛い」

「見えないだろ」

「見えてなくても可愛い」

「なんだそれ」


 よく分からないが、呼吸が可愛いなんて思う俺も大概なので何も言えない。とにかく、愛羅との時間を睡眠に取られるのは癪なので身体を起こすことにした。


「翔、涎」

「え、まじか」

「じっとして」


 これだけ喋っておきながら気づかないとは我ながら愚鈍なことだが、拭う前に愛羅に止められた。後の展開はといえば、予想はつく。


「翔の味」


 愛羅は俺の口の周りを舐めとって、艶然と微笑む。そうそう見ない表情にどきりとしながら、今はまだ昼間であることを弁えて落ち着く。


「舐めたら余計にベタベタになるだろ」

「ん、ならまた舐める」

「キスしたいだけだろ」

「そうとも言う」


 今度は子どもっぽく笑って、俺に飛びついてくる愛羅。欲望に素直なところも可愛い。


「ぷあっ。満足か?」

「うん。ひとまず」

「強欲なことで」


 苦笑する俺にもたれかかり、幸せそうに笑う愛羅。一生見ていられる笑顔である。


「そうだった、お返し」

「いい。私は翔からたくさん貰ったから」

「色々と概念的なものはあげたけど、この指輪のお礼がしたいんだ。結婚式のお礼というよりは、指輪のお礼。形に残るものって、何もあげられてないだろ?」

「うん。確かに」

「行動には行動で、物には物でお礼がしたいんだ。わかってくれるか?」

「わかった。そこまで言うなら、翔からのプレゼントもらいたい」


 どうにか納得してもらえた。きっと俺の引っかかりもそういうことだったのだ。貸し借りなんて考えるような関係ではないが、どうにも釈然としなかった。それは貰った思い出に対してではなく、この指輪に対してお返しができていないからだったのだ。


「でも、貰っても持って帰る方法がない」

「それは俺も一緒だ。気にしないでくれよ」

「せっかく貰ったのに、無くなるのは寂しい」

「それは」


 俺も一緒だからでは収まらないのだろう。俺は死んで、きっと全ての記憶を失う。しかし、愛羅は死神として生き続ける限り、俺のことを覚えているのだ。貰ったものが無くなったとなると、悲しいに決まっている。


「ん、じゃあ指輪はどうなるんだ?」

「指輪は私が作った。貝殻の部分以外は持って帰れる」

「一番重要なところじゃないのか」

「いい。二度と合わない貝は置いていく」


 強がるように言う愛羅の頭を撫でた。


「なあ、こっちのものを持って帰る方法って、本当にないのか?」

「ないはず」

「でもさ、愛羅だって今じゃご飯食べるだろ?」

「うん」

「だからって姿を消したときに胃の中のものが全部ぶちまけられるわけじゃない」

「たしかにそう」

「体内にあるものはもっていけるんじゃないか?」

「そうかもしれない」


 無論、死神の仕組みを知っているわけではないので、信じて実験するか否かは愛羅次第である。愛羅が拒むのならば無理にとは言わない。


「わかった。やってみる」

「よし、じゃあ口の中に指輪を含んで姿を消してみるか。絶対飲み込むなよ」

「うん。でも翔は出てて」

「え」

「私は翔の前では人間だから」

「ああ、わかった」


 愛羅が人間であろうと死神であろうと俺は気にしないのだが、愛羅には愛羅の矜持があるのだろう。


「もーいーかーい?」

「うん。入ってきて」


 実験終了を待って、再度部屋に入る。廊下が暑かっただけに、随分快適に感じる。


「どうだった?」

「ダメだった」

「そうか」


 既に愛羅は指輪をはめており、残念そうに俯いている。それを慰めることこそ俺の役目だ。


「仕方ないさ。俺のプレゼントも決まってないんだ。最後まで決まらなかったことを思えば、時間を浪費しなかっただけいいと思わないか?」

「うん」

「まあ、どうしてもっていうなら、逆から試してみるという手もあるけどな」

「逆?」


 冗談で言ったのだが、理解してもらえず逆に食いつかれてしまった。説明するのはそれなりに恥ずかしいのだが、純粋に首をかしげている姿を見ると、やっぱりなんでもないとは言えない。


「えーっと、お尻の穴に物を入れたらどうかっていう」

「小さいものしか入らない」

「そういう問題かよ」

「不衛生」

「そりゃそうだろうよ。でも愛羅に汚いところとかなさそうだけど」

「汚いところはある。でも病気にはならない」


 なんだか可能性が出てきた。百パーセント冗談のつもりだったのだが、そう希望を見せられると、試してみたくなってしまう。


「やってみるか?」

「じゃあ翔が入れて」

「えっ」

「私の後ろも翔に奪ってほしい」

「ちなみに、それも瑠美の入れ知恵だったり?」

「そう」


 溜息が出る。やけに愛羅がノリノリで、俺に向かってお尻を突き出して誘うように揺れているからさらにたちが悪い。


「やっぱりやめよう。無理やり入れても痛いだろうし、瑠美に言われてってのは癇に障る」

「そう」

「やりたかったか?」

「ちょっと」


 好奇心旺盛なことで。俺の理性のことも考えて行動してほしい。


「体の全部で翔のことを受け入れたい」

「それも教えられたセリフだったりするか?」

「ううん。私の本心」


 そういうところが俺をたぶらかしているというのだ。もはやプレゼントのこと関係なく、愛羅の身体を隅々まで探求したくなってしまう。今の思考の語彙がとてつもなくおじさんっぽくて悲しくなってしまった。


「お尻とは別に、長さ十数センチの棒を入れられる場所があるんだけど」

「そっちは嫌」

「だよな」

「翔のソレ専用だから。この中に入れておけるのは、子供の種だけ」

「お前、それはもう誘ってるだろ」


 四つん這いでこちらにお尻を向けたまま、スカートの端を持ってひらひらと見せつける愛羅。どう考えてもこれから始めようと誘っているようにしか思えない。


 というより、理性が持たない。


「愛羅」

「翔、する?」


 妖艶な笑みを浮かべる愛羅の唇を奪い、瑠美が帰ってくるかもしれないというのも気にせず、俺の欲望を愛羅に受け止めてもらった。

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