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44日目 8月25日(水)

「瑠美、奏。一昨日は素敵な結婚式をありがとう」


 朝。瑠美と奏を呼び、プレゼントを手渡した。昨日愛羅と選んだ額縁で、側面には俺と愛羅の名前が彫ってある。


「完全に引き出物じゃん。なんか行き遅れた感じするなあ」

「奏ちゃん、馬鹿にいがおかしいだけだから。私に至っては法律的に結婚もできないからね」

「わかってるんだけどね。あんなに小さかった翔君が結婚って、ねえ」

「奏ちゃんはいったいどのポジションなのよ?」


 うちのダイニングテーブルで歓談する。二人とも、寿命が定まった俺とは違い何かと忙しくしているのだが、呼んでみたら集まってくれた。


「ところで翔君、これから暇?」

「暇といえば、そうだな。愛羅へのお礼も考えてるところだが、何せ愛羅に欲がないからな」

「私は翔がいればいい」

「見せつけなくていいから」

「瑠美ちゃん、毎日これを相手にしてるの?」

「まあね。お陰で外でカップルを見かけても何も感じなくなったわ」

「全然羨ましくない能力だね」


 そう言われると、少し申し訳なくなる。愛羅が甘えてくるから、やむを得ず瑠美の前だろうとイチャイチャしているが、これからは自制心を持つべきだろうか。


「どうせ最後だし、それくらい印象強い方がいいけどね」

「いいのかよ」

「よかった」

「ええ。ずっとこの調子なら、言うのやめようかな」

「何だよ。何を言う気だったんだ?」


 逃げ帰ろうとする奏を止めて、話をさせる。


「これから四人で、ちょっとした思い出作りでもどうかなって。ほら、翔君死ぬでしょ?」

「そんな引越すくらいのテンションで言うなよ恐ろしい」

「まあ、そういう体の方が心の整理がつくからさ」

「強かだな」

「瑠美にも整理の仕方、ある?」

「馬鹿にいが愛羅さんと駆け落ちして行方不明とか」

「それはそれでもう少し心配してくれよ」


 麦茶を啜る瑠美の様子は平静なもので、さも元々一人だったように振舞っている。無論、何かと家族思いな瑠美のことだからこれこそが演技なのだろうが、ちょっと寂しい。


「人前で堂々とイチャつく兄なんて、恥ずかしくて見ていられないから。いなくなって清々するわ」

「瑠美ちゃん、涙出てるよ」

「出てない!」


 奏が瑠美にハンカチを渡すが、瑠美は押し返した。この態度だとか提案はきっと、瑠美が奏の家に泊まった日に話し合ったのだろう。極力俺たちの前で悲しまないように。それでいて忘れないようにするために。


「それで、話を戻すけど、四人でひと夏の思い出、作らないかい?」

「なんでナンパみたいなんだよ」

「どこに行く?」

「ここでいいんじゃないかしら。さっきも言ったけど、人前でイチャつかれると胃が痛いのよね」

「えー。ゲーセンがいい。愛羅ちゃんとプリ撮りたい」

「ちゃっかりちゃん付けにされたな。別に嫌じゃないだろうけど」

「うん。愛羅ちゃん、問題ない」


 この際瑠美の胃加減はスルーして、結局ゲーセンに行くことになった。両手に花どころの騒ぎではない美少女揃いで出かけることになるわけだが、俺は愛羅一筋なので何も問題はない。


「瑠美ちゃんは、愛羅ちゃんのことちゃん付けしないの?」

「兄の嫁をちゃん付けはちょっと」

「確かに」




 目的のゲーセンに到着。駅の近くで、同じ高校のやつも利用する場所だが、今更体裁なんぞ気にする必要はないだろう。瑠美と奏にバレたなら、他の誰にバレようと一緒だ。


「うわ、結構順番待ちあるね」

「この辺りの娯楽ってここくらいだもの。混むのは仕方ないわ」


 プリクラが混むというイメージはないが、何やら故障中の筐体があるらしく、偶然居合わせた数組の女子たちが順番を待っている。


「待ってる間にさ、翔君と愛羅ちゃんで撮った写真とか見せてよ」

「ああ。愛羅、いいよな」

「うん」


 そう量は多くないものの、どれも大切な愛羅との思い出だ。奏は俺のスマホを受け取ると、新しいものから順に見ていく。


「え。このコスプレ、翔君と愛羅ちゃん?」

「ああ。そうだぞ」

「へぇ、そんな趣味あったのね」

「バイトで」

「バイト? これ着るバイトがあったの?」

「ああ。コスプレ専門店みたいなのができたみたいで、その宣伝に」

「今映画もやってるやつでしょ。クラスの友達が騒いでいたわ」

「有名なんだな。全然知らなかった」

「このバイト代でプレゼントを買った」

「そうなんだ。ありがとう愛羅ちゃん」


 瑠美と奏の仲がいいのはいつものことだが、それとなく愛羅も仲に加えてくれているようで嬉しい。たまにこうして親目線になってしまうのは、自分でもよくわからない。


「結婚式の後の写真もあるのね。というか撮りすぎでしょ」

「愛羅ちゃんのドレス姿は可愛いからね、仕方ないね」

「わかるか、奏よ」

「勿論ですぜ兄貴。このくびれのとこなんてもう、ぐへへ」

「気持ち悪い」

「バッサリ?!」


 無論ロールプレイだが、愛羅が突っ込むとは思わなかった。言った本人は割と本気で言ったらしく、奏が傷ついている。


「次はこの間の水着の写真ね。愛羅さんやっぱりスタイルいいわ」

「ほんとだよ。翔君、撮るの楽しかったでしょ」

「めちゃめちゃ楽しかった」


 さすがに海で堂々と撮影会をするわけにいかず、愛羅の写真はホテルで着替え終わった後の写真ばかりだが、被写体に海がなくてもとても楽しかった。それに、愛羅もノリノリでポーズもとってくれた。ちょっと違うと思うが、グラビアの撮影もこういう気持ちなのかと思ってしまった。


「うわ、結構際どいのあるじゃない。こういうの、簡単に人に見せるんじゃないわよ」

「あー、それはごめん、愛羅」

「瑠美も家族。問題ない」

「じゃあ奏ちゃんには記憶を消してもらうということで」

「そんなっ! 私何もしてない!」

「ふふ」


 愛羅といると落ち着いた時間が流れるイメージだが、瑠美や奏がいると一気に賑やかになる。


「あ、浴衣のツーショット写真。いいなぁ幸せそう」

「愛羅さん、結構大胆ね。私も焚き付けたけど」

「くっつくのは好き」

「愛羅は甘えん坊だからな」

「イチャコラしやがって」

「奏ちゃん、幸せそうって言った直後にキレるのは、さすがに私も引くよ」


 せっかく撮った写真だが、こうして振り返る機会というのは中々ない。それも面白い副音声付きとなると、写真の話題は正解だった。


「これ、なんで馬鹿にいの寝顔単体があるのよ」

「え、俺は撮った覚えないぞ」

「そりゃそうだよ。自分の寝顔を撮るとか特殊すぎるし」

「愛羅か?」

「うん。可愛かったから、撮った」

「なんて純真な眼差し。これは馬鹿にいが不純な気持ちで撮った写真を同じファイルに入れておけないわね」

「ちょっ、削除しようとすんな!」


 懇願してデータ消去を踏みとどまってもらい、ついに写真は最後になる。


「誰よ、このおばあさん」

「翔君、浮気はよくないよ」

「そんなわけないだろ! というか、これ付き合う前の写真だし」

「へえ、そうなんだ。んでこのおばあさんは?」

「知らない人」

「なんか、最期に自分の存在を他の人のデータとして残しておきたい、みたいな? とにかく一緒に写真を撮ってほしいって頼まれてな」

「そんな奇特な人がいるんだねえ」

「まさか、その男が寿命を背負ってるとは思わないでしょうね」


 確かに。あの人はまだ健在だろうか。少なくとも、俺より先に亡くなるようなことはないと思いたい。


「翔、このおばあさんと一緒にいた人だけど」

「ん? どうした?」


 愛羅が何か言う前に、列が進む。代わりに筐体から出てきたのは、まさかの、白髪で老年の女性。


「えぇっ? 翔君、あの人、さっき写真に写ってた人だよね?」

「あ、ああ。多分」

「きっと好奇心旺盛なんでしょうけど、こんなところにまで来るとは思わないわよね」

「付き添いも一緒」


 出来上がった写真を眺めて何やら談笑している。どんな出来か気にならないわけではないが、一度であっただけの人間のことなどそう覚えていまい。知り合いばかりというわけでもないし、声をかけることはないだろう。


「あら? あなたたち」


 そう思っていたのだが、向こうの方が気づいたようだ。俺たちは出入り口側にいるので、視界に入ることはわかるのだが、まさか覚えているとは思わなかった。


「お久しぶりねぇ。覚えているかしら」

「はい。久しぶりというか、二回目ですけど」

「今日はお友達が一緒なのね。あんまりお邪魔しない方がいいかしら」

「全然大丈夫です。おばあさんもプリクラ撮るんですね」

「ちょっと奏ちゃん、言い方失礼よ」

「あら。いいわよ。孫みたいで可愛いもの」


 奏にその気はないのだろうが、確かに煽りのように聞こえる。もっともこのおばあさんはうちのばあちゃんもかくやという穏やかさなので気にした様子はない。


 それよりも、愛羅と付き添いの女性がずっと見つめあっているのが気になった。


「愛羅、どうかしたか?」

「ううん。今は別にいい」


 思うところがあるようだが、何か目と目で通じ合ったように二人は同時に視線を外した。


「おばあちゃん」

「ええ、そうね。ここで会ったのも何かの縁でしょうし、これを渡しておくわ」


 付き添いの女性が声をかけると、頷いたおばあさんは俺に小さな封筒を手渡した。


「これは?」

「お茶会の招待状よ。こんな老い耄れの主催だと若い人には楽しんでもらえないかもしれないけれど、よかったら。あ、別に都合が合わなければ無理に来なくたっていいのよ。二人で相談して決めてちょうだい」

「は、はあ。どうも」


 相変わらず突拍子もない提案だが、受け取っておいて損はないだろう。なんだかわからないが、謎の親近感を覚えるし。


「それじゃあ、私たちは行くわね」

「あ、はい。さようなら」


 瑠美と奏に気を遣ってくれたのか、おばあさんはそのまま去ってしまった。


「なんだったの?」

「わからん」

「行くか行かないかは私たちには関係ないわよ。二人でってどう考えても馬鹿にいと愛羅さんだし」


 いつの間にか進んでいた列に従って瑠美と奏は筐体に入っていった。俺たちも続こうと思ったが、ぼそりと愛羅が言う。


「行った方がいい」

「え? そう思うのか?」

「うん」


 そういえば、先ほども付き添いの女性がどうのと言いかけていたし、あのおばあさんには何かあるのかもしれない。とはいえ、少なくともここで考えることではないだろう。


「何してるのよ。撮影始まるわよ」

「ああ、すまん」


 今は楽しむことが先決だ。それが瑠美と奏への恩返しにもなる。俺も愛羅を連れて暖簾をくぐった。


「ポーズ指定とかあるから、慣れてない愛羅ちゃんは特に、遅れないでね」

「わかった」


 妙にきゃぴきゃぴした声が機械から聞こえてくると同時に、画面上にポーズの見本が表示される。もちろんと言うと悲しく感じるが、俺もプリクラというものを初めて撮るので、どうにもおぼつかない。しかし、ただ写真を撮るだけだろうと思っていたが、こうしてみると飽きさせない工夫を感じる。


「こら! 翔君ぼーっとしない! 変顔して!」

「ん、任せろ」

「んははは。やっぱりそれ好き」


 昔から披露している変顔。奏は随分気に入っている。また、瑠美は変顔なんてしないイメージだったが、マシンからの要求には素直に応じるらしい。愛羅は困惑しているが、俺たち三人を真似して頑張っている。振り切れていないのがまた可愛い。


「次、翔君真ん中立って。背中曲げて」

「こうか?」

「次愛羅ちゃん乗って。翔君の背中に」

「乗る?」

「早く早く!」


 もはや愛羅の重みは慣れたもの。ふにゅんという柔らかな感触も心地いい。しかし、その次に奏が乗ってから雲行きが怪しくなった。そして瑠美もそれに重なる。


「ちょっ、重い!」

「女の子に重いなんて失礼だよ」

「三人重なって重くないのは人間じゃねえよ」


 どれだけ低く見積もっても百キロはあるのだ。シャッターを切る一瞬の間とはいえ、それを支える身にもなってほしい。


「さーて、思いっきり落書きするぞー」

「そのあたりはわからん。任せた」

「任されたわ。愛羅さんも、こっち来て一緒に馬鹿にいの顔を塗りつぶしましょ」

「俺が入った意味は?!」

「うん」

「愛羅?!」


 女子高生に混ざってお絵かきに興じるほど俺は美的センスが良くない。だからといって顔にモザイクをかけるのはやめてほしい。そして愛羅も加担しないでほしい。


 こうして遠巻きに女子を眺めていると、どうにも年を取ったような気分になる。体裁的にはもっとまずいのだが、いくら何でもかばってくれるはずだ。


「よーし、できた。翔君見て見て」


 完成したらしい画像。そこには、三人の美少女に囲まれて中途半端に笑う男。それも目には線が入っている。


「アウト!」


 完全に事案発生だった。


「はい。みんなの分。これシールになってるから、好きなところに貼るといいよ」

「おま、ほんとにあれでやったのか?」

「冗談に決まってるでしょ。いくら馬鹿にいでも残りの人生を務署で過ごすのは可哀想だし」

「可哀想なのは愛羅ちゃんでしょ」

「お前ら、普通にひどいな」


 俺が呆れつつ財布に写真をしまうと、愛羅が俺の服の袖を引いた。


「どうした?」

「どこに貼ろう」

「どこでもいいぞ。愛羅の好きなところだ」

「じゃあ翔の部屋に貼る」

「好きなところって、そういう意味じゃないからな?」


 自由に貼っていいということであって、場所として好きなところに貼れという意味ではない。そう言ってくれるのは大変嬉しいが。


「ねえ奥さん、あの人たちまたやってますわよ」

「奏ちゃん、私を近所の奥さん役にするのやめてくれる?」


 難しいと首を傾げる愛羅をよそに、奏はいつもの調子でからかうのだった。


「ずっと持っていたいのに」


 そう呟く愛羅の声は、俺にしか聞こえない。

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