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43日目 8月24日(火)

「寿命、あと8日」


 目を覚ますと、俺の横には愛羅がいた。俺の腕を枕にして横たわり、上目遣いに俺の顔を見ている。彼女は一糸まとわぬ姿で微笑んだ。


「とりあえず、服着るか」

「もうちょっとこのまま」

「えぇ」


 素肌での触れ合いが余程心地よいのだろう。抱きつくというよりしがみつくような勢いで、思うままに体を擦り付け、体温を分け合う。


「なあ愛羅、そろそろ」

「やだ」


 そこが可愛いのではあるが、我儘だ。しかし、寝起きの男には制御の効かない部位がある。それも、昨日のうちに愛羅には用途が知られているのだ。


「翔、またする?」

「さすがに朝からは遠慮する。昨日散々したからな」

「そう」


 少し残念そうな顔をされると、その気になってしまいそうな自分がいる。瑠美が帰ってくると絶望的に気まずいので理性の限りを尽くしてストップをかけたが。


「それより、愛羅は大丈夫か。体の調子とか」

「問題ない」

「無理しなくていいからな。痛かったろうし」

「初めは。でも、翔がたくさん好きって言ってくれたから」


 俺の胸の上でにへらと笑う愛羅の頭を撫でる。なんと健気で可愛らしいことか。


「今日はさ、昨日のお礼がしたいんだ」

「お礼?」

「瑠美や奏もそうだけど、愛羅だって、サプライズで結婚式を用意してくれただろ?」

「うん」

「愛羅は何か欲しいものはないか?」


 瑠美や奏には、引き出物というか、何かしら心がこもった、それでいて俺たちの存在証明となるような贈り物ができたら良いと思う。


 思えば俺個人として、あいつらに形として残るものをあげたことなんて殆ど無いのではなかろうか。瑠美も奏も、気を使ってか知らないが安上がりに済むお菓子くらいしか要求することがない。最期に一つくらい、見れば俺の存在を思い出してくれるようなものを贈りたいものだ。


 それはそれとして、夫婦で世話になった礼は夫婦で考えることにしよう。まずは愛羅へのお礼である。


「翔」

「ん?」

「欲しいのは翔」

「何言ってんだ。もう俺は愛羅のものだし、愛羅は俺のものだ」

「えへへ」


 他人が聞くと間違いなく惚気話だが、月並みな言葉であっても喜んでくれるのは素直に嬉しい。


「俺以外に愛羅が望むものってないか?」

「うーん、翔との子供」

「ひょ、ごほっごほっ」


 変な息の吸い方をしたせいで噎せた。裸で抱き合った状態でそれを言われて手出ししなかった俺は本当に特殊な訓練を受けているのではないかと思う。昨日の夜に散々欲望を吐き出したからだとは思うが。


「そもそも愛羅はその、月の物って来てないだろ」

「うん。それだけはできない」

「なら子供は無理だ。その、アレは注いだから、それで許してくれるか」

「わかった」


 そう言って愛羅は愛おしげに自らの下腹を撫でる。そこに命が宿ることはないが、愛羅は心底嬉しそうに笑う。


「さ、そろそろ服を着よう。油断するとおっぱじめかねない」

「私は構わない」

「俺が構うんだ」


 残り一週間とはいえ、家族と微妙な雰囲気になるのは避けたい。兄嫁と暮らしている時点で今更みたいなところがあるが。


「それで、子供以外でほしいものはないか? やりたいこととか」

「翔がしたいこと全部する」

「愛羅がしたいことはないのか?」

「翔がしたいことが私のしたいこと」


 きっと心からそう思ってくれているのだろう。しかし、俺のしたいこと全てを愛羅が楽しんでくれるとは限らない。それに、それではお礼っぽくない。夫婦になったのだから、一蓮托生ということでそんなことは気にしなくてもいいのかもしれないが。


「じゃあ買い物デートに行こうか。何がお礼になるかはわからないけど、とりあえず瑠美と奏に贈るものを決めよう。その間に何か思いついたら言ってくれ。俺も考えるから」

「わかった」




 そういうわけで、いつぞやに奏と来た、映画館のあるショッピングモールに来た。あまり服飾店は入っていない代わりに、インテリアなどの雑貨が揃っている。


 瑠美と奏に対する感謝は大きいといえど、あまり蓄えはない。あまりというか、ほとんどない。身だしなみやら旅行やらで使いすぎたのだ。そのため高価なものは購入できない可能性がある。


「結婚式の引き出物っていうと、こういうお皿とかだよな」

「瑠美と奏は喜ぶ?」

「うーん、どうだろうな。少なくともうちは食器に不自由はしてないし、俺の形見にもなるわけだから、毎日使うものはちょっとなぁ」


 俺の存在を忘れて欲しく無いとは思うが、かといって毎日思い出してしんみりして欲しいというわけではない。それに、お皿は割れる可能性がある。奏なんかはドジだから、一層やらかしかねない。形見が割れるのは縁起が悪いなんてものではないだろう。


「何か置物がいい?」

「そうだな。そういうタイプの方がいいだろう」

「これは?」

「ああ、そうそうこういう感じ」


 愛羅の手のひらに乗っていたのは、スノードーム。随分と季節外れではあるが、系統としてはこれに近しいものを想定している。


「でも、いくら何でも時期がな。それに、俺たちっぽさがないだろ」

「うん。選ぶの難しい」

「我儘言ってる自覚はあるんだけどな。これまで世話になってきたから、妥協はしたくないんだ」

「えらい」

「そうか?」

「うん。ちゃんと周りの人のことを考えてこそだから」


 背伸びをして俺の頭を撫でる愛羅は儚い微笑みを見せた。これまで実感することは少なかったが、この気遣うような表情の愛羅は死神なのだ。いや、死神としての仕事を目の当たりにすることは何度もあったが、もう既に慣れ切ってしまっていた。改めて死神という存在を意識するには至らなかったのだ。


「なあ愛羅、ちょっと前に、愛羅は生まれたてみたいなこと言ってたよな」

「ん、うん」

「あれって嘘じゃないのか?」

「どうして?」

「なんというか、直感的に」


 確かに俺と出会って感情が芽生えたというのは本当だろう。少なくとも、感情が表に出るようになったのは。しかし、俺と積極的に絡む前からなんとなく、俺を心配げに見ていたり、怒られるのを避けたりと、機械的な存在らしからぬ挙動があった。そこまではっきりと断言するほどの証拠ではないが、なんとなく気になってはいた。


 そして、それこそ直感的に思い当たったことだが、藍那の存在である。


「それに、藍那は明らかに変だろう。愛羅の妹を自称するからには後から生まれたんだろうが、それにしては反応が人間らしいというか」


 もちろん、今の愛羅だって人間らしいのだから、藍那だって誰かと出会い、その中で学んだということも考えられる。しかし、あのウザいキャラが一朝一夕で身につくかというと首を傾げざるをえない。


「嘘はついていない」

「あ、そうなのか。悪かったな、疑ったみたいで」

「構わない。でも、あまり話して楽しい話ではないから」

「そっか。ごめんな。今の愛羅は人間だ。死神の話なんてされたくないよな」


 つい思考に浸ってしまったが、今の愛羅は俺の恋人であり、人間として生きている。俺の寿命だって否応なく意識してしまうだろうし、死神についてなんて話したいとは思わないだろう。俺の短慮だった。


 何らか秘密みたいなことがあるようだが、言いたくないのなら夫婦であれそれをわざわざほじくり返す必要はない。残り一週間しかないのだ。それでギスギスするのは嫌だし、瑠美にも奏にも申し訳ない。


「今の話は忘れてくれ。今は瑠美と奏の贈り物だよな」

「うん。これはどう?」

「額縁? たしかに、いいかもな」


 中に何の写真を入れようとも、額縁を見て思い出してもらえるならそれでいい。せっかくだから、俺たち四人で揃った写真を撮ってもいいだろう。額縁の一部に名前を彫れば忘れることなんてないだろう。


「第一候補だな。値段は、げ。結構するんだな」

「たしかに。デザインが良いほど高い」

「なるべく長くもってほしいから、材質も考えると、ちょっと予算オーバーだな」

「他も探す」

「だな」


 とはいえ、一度良いものを見てしまうと、そう簡単に越えるものが現れることはない。結局これといったものが見つかることはなく、ショッピングモールの隅までやってきてしまった。


「翔、ここは?」

「見たことないな。最近できたのか?」


 最後の一店舗。明らかにインテリア系のお店ではない。というのも、ウィッグやら戦隊ものっぽい衣装やら、いわゆるコスプレ道具が並んでいるのである。


「めぼしいものは何もなさそうだな。仕方ない、戻って」

「ちょーっと待ったぁ!」


 踵を返そうとした途端、店の中から呼び声がかかる。不気味なので足早に立ち去ろうとするが、その腕をがしっと掴まれた。長い黒髪を振り乱して、さながらテレビからも出てくる女の霊のようである。出てきたのは店からだが。


「お兄さんもお姉さんも、顔がいいねぇ」

「は、はぁ。どうも」


 初見の褒め言葉でそれはどうかと思うが、掴まれているので退散することもできず、話を聞くしかない。


「あの、何の用ですか?」

「私、この店の店長で、ちょうど顔のいいバイトを探していたのです」

「は、はあ」

「見ての通りコスプレ専門店。今日開店したものの、知名度は最底辺。そこで! あなたたちにお仕事を頼みたい!」


 ドン引きしている俺に気づいた様子もなく、興奮して話す店長さん。つまり、俺たちをバイトに勧誘しているらしい。詳しく聞いてみると、この店のコスプレ衣装を着てこのショッピングモール内をうろつくだけでいいらしい。期間は今から数時間。短期バイトという形らしい。


「愛羅、どうする?」

「これをしたら、あれを買うお金になる?」

「そうだが、ちょっと怪しい気もするんだよな」

「翔と一緒なら構わない」


 俺も、愛羅と一緒ならバイトというのもやぶさかではない。それに、愛羅のコスプレ姿が見られるのはなかなかの利点である。


「わかりました。やります」

「本当ですかっ! 助かります!」


 お辞儀と共に大袈裟に揺れる髪。店長は変人だが、約束は守ると宣言するし、たとえ報酬がないにしても愛羅の特別な姿が見られるなら利益は出る。




 そういうわけで着替えとメイクを終えた。一言でいうなら、愛羅は令嬢で俺は執事。


 赤を基調とした、ゴスロリっぽいドレス。肩が開いているところを見るにパーティードレスという感じだ。しかし裾には多すぎるくらいのフリルが付いていて、大人っぽさと可愛らしさが同居している。


 色彩としても気の強そうなイメージを抱くが、驚くべきは吊り目に矯正された目元である。普段の愛羅はどちらかというと垂れ眼なのだが、特殊なテープだかを使って肌を引っ張り上げ、それを実現しているらしい。


 なるほど、店長は変人ではあるが、腕は確からしい。


「愛羅、可愛い。というか、綺麗だって言った方が似合うかな」

「ふふ。うれしい」


 その姿の愛羅が笑うと、普段は気を張っている令嬢が気を許した使用人に向ける笑顔のようで、いつもとはまた違うトキメキを感じる。


「翔もかっこいい」

「そうか?」

「うん。いつもかっこいいけど、一段とかっこいい」

「光栄にございます、お嬢様」


 照れ隠しも含め、キャラになりきってみた。何かのアニメのキャラらしく、俺は知らないが、執事というのだからこれで正しいだろう。


「ちょっと違う! もっと粗野な感じで」

「え、でも執事じゃ」

「俺様系執事だから!」

「なんだそりゃ」

「隙あらば令嬢の血を吸おうとする俺様系執事の吸血鬼ですから。そこのところよろしく」


 吸血鬼というなら、通りで顔を白く塗られたわけだ。


「血、吸う?」

「吸わせちゃだめだろ」

「なるべくなりきって、客引きお願いします」


 あまり愛羅に演技が務まるとも思えないが、愛羅は可愛いから立っているだけで十分に宣伝にはなるだろう。


「この格好で練り歩けばいいんだよな」

「うん」

「退屈だな」

「翔と一緒なら、大丈夫」

「そうか? キャラ的に手を繋いだりとかできないぞ」

「それは、さみしい」

「だろ」


 これで給料がいくらか貰えるのだから、耐え抜かねばならない。それに、我慢した方が再び触れ合った時の喜びも増すというものだ。


「とりあえず、映画館の方に向かってみるか。さすがにこの格好で見るのは無理だろうけど、何か愛羅の興味を惹くものがあれば」

「うん。行く」


 そうして映画館に向かうと、映画館から出てくる人が一定数いた。何かの上映が終わったところらしい。


 その人々は俺たちに気が付くと、驚いた様子で早足にやってきた。その勢いたるや、競歩選手もかくやというもので、咄嗟に逃げるという選択肢が浮かんだほど。しかし後ろにもそういう人が待ち受けている。四面楚歌であった。


「あのっ!」


 先頭の少女が声を上げた。


「写真撮っていいですか!」

「は」


 それほど知名度のあるキャラだと思っていなかっただけに、面食らう。どうやら後続の方々もそれが目当てのようで、目を輝かせていらっしゃる。


 動揺しつつ映画館の壁に貼られたポスターを見ると、俺たちが着ているのと同じ衣装のキャラたちが映っている。なるほど、絶賛上映中というわけだ。なんというタイミングのよさであろうか。きっと店長はそれを狙っていたのだろうが。


「愛羅、どうする」

「翔と一緒なら構わない」


 俺としても、別に構わない。ネットに投稿されようが、残り一週間で受ける影響など高が知れているだろう。


 俺が許可を出すや否や、撮影会かという勢いで周囲の女性がカメラを向ける。まさかこんなことになるとは、退屈しないのはいいが、疲れそうだ。


「ありがとうございました!」


 全力でお礼を言って去っていく女性たち。ちゃっかり店の宣伝も挟んだし、店長も文句はないだろう。


「あの、ノワール様!」

「俺か?」


 見ると、先頭だった少女がいる。今知ったが、俺がコスプレしているキャラの名前はノワールというらしい。


「つ、つつつ、ツーショットをお願いしてもよろしいでしょうか!」

「あー、まあ、写真を許したならそれもいいだろう」

「ありがとうございます!」


 自撮り棒を使ってアングルを考え始める少女。面倒ではあるが、拒むほどではないので待機していると、その少女に愛羅が近づいていく。


「この執事は私のものよ」

「え、あ、はい! すいません!」


 とがめられたと思ったらしく、少女は足早に去っていった。愛羅的には、私も映せということだったのだろうが。愛羅はキャラを真似ていたこともあって、結構な眼光だったし、無理もないことと思う。


「演技とかできたんだな」

「演技?」

「違うのか?」

「台詞は、店長に教えてもらった。翔が取られそうなときに言うといいって」

「へえ」


 教えてもらったのは台詞だけということだろう。あの明らかに憮然とした表情は作り物ではないということだ。つまり、嫉妬してくれたということなのだろう。


 それが嬉しくて、抱きしめたくなったものの、ここは公共の場ということで我慢する。代わりに、キャラに合わせて、軽く愛羅の首筋に歯を立てた。


「んっ」

「帰ったら、もっとしような」

「うんっ」


 体を離すと、少し頬が赤らんだ愛羅が微笑んだ。

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