表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/68

28日目 8月9日(月)

 一瞬、背筋が凍りつくような感覚があった。それは言葉通り瞬時に消え去ったが、深夜であっても俺を起こすのには十分なインパクトを持っていた。


 またか。そう思う程度には、俺の心持は落ち着いていた。どうせ愛羅がなんとかしてくれるだろう。今の悪寒はたまたまだと考えることにして、もう一度眠りにつこうと意識をだんだんシャットダウンしていく。


「ちょっぴしヤバいね」


 しかし、それは聞いたことのない少女の声によって妨げられた。愛羅の声とは違って、もう少し少女らしいというか、幼げな声である。もちろん聞き間違えるはずもないが、瑠美とは違う。それに、二人ともこんな言葉遣いはしない。愛羅は言わずもがな、瑠美はあまり俗っぽい単語を使いたがらない。


「これ、やっぱ厳しいんじゃね?」

「それでも、これが私たちの役目」


 どうやら、俺の知らない少女は愛羅と会話しているらしい。ということは、以前言っていた仲間というやつだろうか。


 それより、厳しいとはどういうことか。あの悪寒が知らせてくれた通り、今が丑三つ時で大量の亡霊がにじみ寄っているのであれば、その厳しいという言葉は、俺の何らかの安全に関わるということになる。俺の背筋に再び冷たいものが走った。それは直感というより、俺の理性が発した危険信号のようでもある。


 俺は薄目を開けて、状況を確認しようとする。とりあえず、俺のすぐ近くにまで亡霊が迫っているという事態にはなっていない。部屋の中央に目を向けると、愛羅と、それから見たことのない少女が互いに背を預けて立っていた。


「どうせこの人、あと23日もすれば死ぬっしょ?」


 こいつ、俺のことを諦めようとしているのか。面倒なのはわかるが、人の命をそう簡単に諦めないでもらいたい。


「この人が死ぬのは、嫌」

「へぇ」


 俺の知らない方の少女が、笑った気がする。そして一瞬、俺の方に顔を向けた。すぐに亡霊が現れたため、その少女は顔を逸らしたが。


「A16がそんなこと言うなんて、人間世界って何が起こるかわからないもんだね」

「私の名は愛羅。ここではそう呼ばれている」

「へー、それもこいつが名付けてくれたってわけ?」

「そう」

「見せつけてくれちゃってまぁ。そんなにこいつのこと好きなの?」


 瞬間、不覚にも胸が締め付けられた。なんだこの反応は。これではまるで、俺が愛羅のことを気になっているみたいな、わかりやすい恋愛小説なり漫画に出てくる人間のようではないか。


「そう」


 しかも愛羅は動じることなく、無表情でそれに頷いた。愛羅らしいなと思う気持ちと、それがどうしようもなく嬉しいと思ってしまう気持ちが混濁する。


「だってさ。彼ぴっぴ」

「ぅえっ?!」


 その見知らぬ少女は、急に俺の方を向いてそう言った。明らかに俺を示している言葉に動揺を隠しきれず、驚いて声が出てしまった。


「起きていた?」

「ん、まあ」

「お目覚めのチッスはしなくていいのん?」

「仕事して」


 やたらと俺と愛羅をからかおうとしてくる少女。その背後へ近づいてきた亡霊を両断するため、愛羅は少女の背中すれすれに鎌を振るった。数センチずれていたら少女の背中がざっくりいかれていたのではないかと、傍から見ていても冷や汗ものである。


「すいやせん、姉御」

「私は愛羅。姉御ではない」

「うっす」


 当然、実際にそれを体感した少女の方が怖かったに決まっており、真面目に亡霊退治を再開した。彼女が使う得物は鎌ではなく、両手に持った拳銃である。絶え間なく発砲しているが、弾切れを起こす気配も、空薬莢を落とす気配もない。


「で、彼ぴっぴは今の告白聞いてどう思ったん? ん?」

「うわ、うざ」


 思わず口をついて出てしまった。今まで薄目だったためよく見えていなかったが、この少女も愛羅と同じく可愛い成りをしているくせに、人をからかうときの笑顔がうざい。


「ひっどーい。藍那、傷ついちゃった」

「うわあ」

「ちょっ、ごめんて。可哀そうなものを見る目で見ないでぇ」


 愛羅と同じく死神であるだろう少女は、名を藍那というらしい。愛羅よりも頭一つ分身長が小さく、瑠美ほどではないものの、胸部にも脂肪がない。よく言えばスレンダーな体形だ。


「ちょっち、今失礼なこと考えたっしょ」

「いや、別に」

「嘘つけぃ。目が泳いでんだよ、目が」


 愛羅と同じ銀の髪で、長い髪を一括りにしている。いわゆるポニーテールで、快活な雰囲気だが、その本人はその印象以上に活発というか、騒がしい。


「ってかそれより、愛羅っちの告白、ちゃんと返事してあげなよ」

「はあ。藍那だったか、あれが本気の告白に思うか?」

「本気も本気。ちょー本気っしょ。だって愛羅っちがそんなこと言うなんて、ぶっちゃけあり得ないわけだし」

「確かにそうだが、ちゃんと意味を理解しているかどうか」

「なことどうでもよくない? 男なら、好きって言ってくる女の子から逃げるとかダサすぎっしょ」

「む。それは確かに」


 器用なもので、藍那は亡霊を百発百中で撃ち抜きながら、俺との会話に応じてくる。


 確かに、愛羅の言う好きを真面目に取り合ったことなどなかった。幼稚園児が先生に将来結婚すると言っているようなものだと、心のどこかでそう思っていたのである。それに喜んでしまうあたり、俺の感情は完全にそう思っているわけではないようだが。


「ほらほら、今ここで返事返しちゃいなよ」

「ムードもくそもないな」


 絶賛亡霊が部屋を飛び回っており、愛羅と藍那はそれらを切ったり撃ったりと大忙しなわけだ。俺も不用意に動くことはできず、寝転がったままだし。


「おら、さっさと答えろ。そして死神ネットワークに話題を提供しろ」

「お前の本音はそれか」


 死神ネットワークとやらが何かは知らないが、そんなゴシップネタになるために愛羅と向き合うのは嫌だ。ここは黙秘し、また改めて。


「私は聞きたい」

「え」


 ここで、愛羅がそんなことを言い出した。今まで愛羅の言葉の中に、何々がしたいなんてワードが入った試しがあっただろうか。もしかすると、良い悪いのイメージが欲望に関連し始めたのかもしれない。


「おおッ。いいぞいいぞぉ」

「じゃあ、また朝にな。今は頼むから、お化け退治に専念してくれ」

「承知した」

「なんだよ意気地なし」

「うっさいだまれ」


 今は藍那の相手などしていられない。愛羅の言葉に返事をしなければならないのだ。それ相応の言葉を尽くさなければ、俺の気が済まない。俺はいったい愛羅のことをどう思っているのか。その言葉が愛羅にどう影響を与えるのか。考えることは尽きない。


「はぁ、はぁ。なんとか終わったぁ」


 俺がああだこうだと考えているうちに、時刻は午前二時半。あれだけ大量にいた亡霊はその存在を消し、ぐったりとした藍那といつも通りの愛羅が残った。


「A17。協力感謝する」

「藍那って呼んでよ。その方が姉妹っぽいでしょ、お姉ちゃん」

「承知した。藍那」


 さらりと俺の知らない情報がカミングアウトされた。藍那の型番はA17。A16である愛羅の妹ということになるらしい。とりあえず、俺も労った方がいいかと思って口を開く。


「お疲れ様」

「うわ、原因が何か言ってる」

「やっぱり俺に引き寄せられてるのか」

「え、愛羅っち、こいつ何も知らない感じ?」


 愛羅が頷くと、藍那はやっべと口にして、それから口をつぐんだ。


「もしかして、神様にお目通っちゃったり?」

「多分、会ったことはある」

「まじかー。今の聞かなかったことでよろ」

「そんなに重要な機密だったのか?」

「ん、まあね。別にここまでなら大丈夫っぽいけど、これ以上はマジ禁足事項って感じ。特に神様に会っちゃったタイプの人類にはね」

「それを知ると、俺の生存ルートが断たれるってことか?」

「げっ、なんでそこまで」


 藍那はそう言うと、愛羅の方をちらりと見た。愛羅はいつも通り無表情だが、何かを読み取ったのか、焦ったような表情で鼻の頭をかく。


「あー、じゃあ今日言ったこと全部なしで。全部忘れてもろて」

「無茶言うなよ」

「まじごめんって。からかったこと謝るから、全部気にしないで」


 そう言われると、余計に気になってしまう。しかし、その好奇心と天秤にかけるのは自分の命だ。覚悟なしに追及して藪から毒蛇が出てこられても困る。


「わかった。気にしないことにする」

「マジ助かるわ。愛羅っちもそれでいいっしょ?」


 愛羅は二拍ほど遅れて頷いた。いつもならタイムラグなどほぼ皆無なのに。


「それじゃ、また応援には来るから」


 そう言って、藍那は姿を消した。死神は色々と観察対象に隠し事があるらしい。




 朝。だんだん白んでいく空を視界の端に収めながら、俺の顔を見つめる愛羅に挨拶をする。


「おはよう、愛羅」

「あなたはあと23日で死ぬ。おはよう」


 いつもの口上を口にして、愛羅は微笑んだ。なんだか浄化されそうな気分だ。だんだん朝日に照らされていく愛羅の笑みは、俺にとっては太陽そのものである。


「愛羅は今日も可愛いな」

「嬉しい」


 寝ぼけているのか、そんな甘ったるいことを言ってしまった。それでも愛羅は律儀に喜んでくれたようで、笑顔を向けてくれる。アホ毛もぴょこん。まるで恋人同士の朝だ。


「なあ愛羅、夜のことは触れない方がいいんだよな?」


 そう尋ねると、愛羅はやはり二拍ほど遅れて頷いた。死神の役目的にもその方が良いのだろうが、何か思うところがあるらしい。


「俺の気持ち、聞きたいのか?」


 自惚れかなとも思ったが、愛羅が初めて口にした欲望だ。もしかすると俺が気にしていなかっただけで初めてではないかもしれないが。とにかく、愛羅の欲望であり、渋る理由もそこにあると考えたのだ。すると予想通りだったようで、愛羅は小さく頷いた。


「えっと、そうだな」


 改めて言葉にすると思うと、照れてしまう。子供の言うことを本気にする大人のよう、というのもあるが、この気持ちがあまりに気恥ずかしいもので。


「俺は、愛羅のこと、好きなんだと思う。最近愛羅のことばっかり考えてるし、愛羅が笑ってくれると、どうしようもなく嬉しくなる。この気持ちはたぶん、好きってことなんだと思う。もし、もし。愛羅に迷惑がかからないなら、これからも、死ぬまでずっと一緒にいたい。俺と」


 付き合ってほしい。そう言葉にしようとした瞬間、愛羅に口を塞がれた。柔らかいものが唇に当たる。しかしそれは漫画か小説のように愛羅の唇ではなく、愛羅の手だった。


「ありがとう。とても嬉しい」


 そう言う割に、愛羅は笑っていなかった。アホ毛だって、少しも反応していない。少しの間、二人とも黙ったままになる。愛羅は俺の口から手を離し、言葉を続けた。


「でも、その先は、いけない。死神と人間は違うものだから」

「そんなの関係あるか。好きなものは好きだ」

「それでも、許されないことだから」

「そんな」


 じゃあどうして。


「なんで、俺の気持ちが聞きたいなんて言ったんだ。俺の気持ちに応える気がないなら、聞かなきゃよかっただろ」

「それは」


 愛羅は言い淀む。口を閉ざして、何も言おうとはしなかった。


「禁足事項ってか」

「そう」

「なんだよ! 人の気持ち弄びやがって! だったら最初から、俺になんて構うんじゃねえよ!」


 そう言うと、愛羅は姿を消した。傷つけてしまっただろうか。そんな罪悪感が痛みとなって、俺の胸を刺す。でも、仕方がなかったんだ。


 結局、愛羅も俺を騙していたのかもしれない。アホ毛なんてただの演技で、触れないふりをしていただけ。感情だってもともとあって、気持ちを顔に出さないことが異常なまでに得意だった。それを利用して、自分から好きだとまで言って、どんどん愛羅に惹かれていく俺を見てあざ笑っていたのだろうか。


 そんなことがあるはずないと、頭ではわかっている。愛羅は本当に俺と過ごすことに良いイメージを持っていて、それで一緒にいてくれたのだと、そう信じたい。でも、裏切られたことも事実だ。いくら俺のためだとわかっていても、愉快犯などではないとわかっていても、その事実は変わらず存在し、俺の心を蝕む。


 わからない。愛羅の気持ちが。


 やっぱりこの好きだという気持ちは、偽物なんだろうか。愛羅は俺のことを思ってくれている。そう信じることができないこの気持ちは。


 だったら、もう愛羅とは関わらない方がいいんじゃないのか。愛羅は、俺が好きだと言うことを迷惑に思っているんじゃないのか。


 それでも、きっと明日も愛羅は現れる。それが彼女の仕事だと、俺は知っている。


 俺は、どうしたらいいだろうか。俺は、どうしたいのだろうか。


 このままでいいのか。


 このまま、愛羅との関わりを断って、別のことを考えて生きていけばよいのか。


 いいや。よくない。


 俺は愛羅のことが好きだ。今日ようやく、自分の気持ちに向き合って知った。たとえそれが俺の定義で、愛羅に迷惑だとしても、俺はこの気持ちに蓋をして、なかったことにはできない。


 たとえ再びこの気持ちを裏切られたとしても、愛羅を好きだという気持ちは変わらない。


 なぜなら、俺は今泣いているからだ。


 愛羅に裏切られたと思って、傷ついて。それで愛羅自身に八つ当たりをして傷つけて。それは俺が、愛羅のことを好きでいることの裏返しに他ならない。


 しかし、俺がそれで良くても、愛羅はきっと傷つくだろう。俺が怒鳴られることがわかっていて、あえてそう言ったくらいなのだから、俺が死ぬことを相当悲しむはずだ。


 でも、我儘かもしれなくとも、俺の気持ちはもう決まっている。


 もし俺がこのまま愛羅に思いを伝えたら、俺は約二十日後に死ぬ。


 それがどうした。


 好きな人と生きるためなら、残りの寿命くらいくれてやる。


 それが俺の幸せだ。


 誰が、たとえ神様がそれを不幸だと断定しようと、俺の幸せは俺が決める。


 だから、愛羅に悲しい思いなどさせない。


 俺があと百年生きるよりも、二十日を愛羅と過ごす方が幸せなんだと、証明して見せる。


 何も悲しむ必要なんてないんだと、わからせてやるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ