表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/68

24日目 8月5日(木)

「おはよう愛羅」

「おはよう。あなたの寿命はあと27日」


 目を覚ました瞬間、目の前に美少女がいた。それが愛羅だということは勿論わかっているのだが、制服姿でないというのは新鮮である。それに、私服姿の美少女に起こされるというのはとても気分がいい。


「早速仕立ててもらったのか?」

「そう」

「やっぱり似合ってるな。可愛いと思うぞ」

「そう」


 愛羅本人はやっぱり無表情だったが、アホ毛は素直なもので、ぴょこんと存在感を示している。だんだん愛羅の無表情がただの照れ隠しなのではないかと思えるようになった。実際は顔に出したくても表情筋の動かし方がわからないといったところなのだろうが。


「仕立ててもらったのはそれ一着だけか?」

「他にもある。着替える?」

「そうだな。じゃあ一着だけ。それ以外にあるなら、それはまたの楽しみにとっておくよ」

「後と今で変わる?」

「あー、なんというか、楽しみは一気に味わうんじゃなくて、何回かに分けた方が長く楽しめるだろ? もちろん一気に見た方がいいって意見の人もいるけど」

「理解した」


 また一つ疑問を解消してから、愛羅は姿を消した。愛羅が着替えている間に、俺も寝間着から着替える。ここのところ、美川の言いつけ通り、家を出ない日であってもなるべくお洒落を心がけるようにしている。こう早起きしていると朝の時間が余るかと思われるが、案外髪のセットに時間を取られていたりするのだ。


「着替えが完了した」

「お、そうか」


 背後から声がしたので振り返る。そこには、アプリで調べた際に俺が良いんじゃないかと言った衣装を纏っていた。シンプルな花柄のワンピース。全体的に薄桃色で、花柄といっても近づいて見ないとわからないほどうっすらだ。


「やっぱり愛羅は何着ても似合うな」

「そう」


 さも当然のことと思っているような口ぶりと表情だが、アホ毛はぴょんぴょんと存在をアピールしている。嬉しいらしい。


「あなたに褒められるのは、良いイメージ」

「たまにはイメージじゃなくて、感情を言葉にしてみたらどうだ?」


 俺がそう言うと、愛羅は少しの間顔を俯けて、それからまた俺の方を見て言った。


「嬉しい」

「そうかそうか」


 子の成長を感じたときの親というのはこういう気持ちなのだろうか。俺は愛羅が初めて自ら感情を口にしたことに感動にも似た喜びを感じていた。


「これで嬉しいって気持ちは理解できたか」

「恐らく」


 そう言いながら、愛羅はベッドに座ろうとしたのだろう。くるりと反転してベッドの元まで歩こうとする。しかし、それより早く俺は声を上げていた。


「お前っ、なんで後ろ半分ないんだよ!」


 愛羅の後ろ姿は、ただの下着姿と言って差し支えなかった。傷一つない白くしなやかな背中には、ただ黒い紐が渡っているのみ。そして同じく真っ白で、ツヤとハリのある臀部には黒のパンツ。


「写真では前しかわからない」

「だからって後ろ作らなくていいわけないだろ!」

「そう」


 俺の喜びは、愛羅の恥じらいの無さを前にぬか喜びとなるのだった。


「なんで嬉しさは理解できて、恥じらいはこれっぽっちも理解できないんだ」

「わからない」

「下着は簡単に見せちゃいけないってこの前言ったろ」

「そう」

「なんとか悪いイメージに結びつかないか?」

「あなたに見られることは悪いイメージではない」

「はぁ」


 ため息も漏れるというものだ。この調子では、俺の次の相手にもこういった行為をしでかすことになるだろう。そうなると、次の相手が自らの運命に自暴自棄になって愛羅に襲いかかるともわからない。愛羅はそれにも何も感じないと言うのだろうが、倫理的に許せるわけがなかった。


「さっきの服に着替え直してきなさい」

「承知した」


 ふっと愛羅の姿が消える。どうしたら愛羅は自らを大切にするということを学んでくれるだろうか。


 ふと、人道的には悪と断ぜられるが、あの愛羅を学習させるにはもってこいの方法が思いついた。簡単な話だ。悪いことをすると、相応の罰が待っていると思わせればいい。そうすれば否が応でもその行為に悪いイメージを抱くようになるだろう。奏が愛犬メロにするのと同じことだ。


「着替えが終了した」

「そうか」


 しかし、愛羅はこれでも少女のナリをしている。これに手を上げるのはあまりに良心が痛むし、愛羅なら痛みに何も反応しないということも考えられる。となれば、あまり男に対して誘惑を続けるようならどうなるかということを教えてやる他ない。


「それじゃ、俺は朝ご飯食べてくるから」

「承知した」


 とはいえ、それは今すぐではない。そんな心の準備が今すぐ出来るかといえば、そんなことは決してない。それに、今は愛羅だって何もしていないのだ。そこでこれまでの罪を体罰というのは理不尽というものだ。


 しかし、実際次にそのときがやってきたとして、それを実行する度胸があるかどうかは、そのときの俺に任せることにしよう。




「そういえば愛羅、食事はできるよな」

「肯定」

「じゃあ睡眠はどうなんだ?」


 欠伸が出るような昼下がり。エアコンの効いた過ごしやすい部屋で眠気に襲われた俺は、ふとそんなことが気になって聞いた。睡眠が不要というのは聞いているが、それでは可能なのかどうか。


「不必要。ただ、眠ること自体は可能、らしい」

「らしいっていうのは?」

「私は眠ったことがない」


 それはそうだ。睡眠が必要でない愛羅からしたら、時間の無駄としか思えないだろう。果たして愛羅がそれをもったいないと感じるかはわからないが。


「じゃあさ、眠ってみないか?」

「不要」

「そう言わずに。食事と一緒で、案外良いものかもしれないぞ」


 俺が睡眠に勧誘すると、愛羅は若干迷ってから頷いた。もしかすると、未知の体験への恐怖のようなものを感じているのかもしれない。


「悪いイメージがあるか?」

「そうかもしれない」

「それはたぶん、怖いってことだ」

「怖い」

「人は安全性が保証されていない知らないものとか、そういうものが出てくるかもしれない状況に対して怖いって思うんだ。きっと愛羅も、まだ知らない眠るという行為に恐怖を感じているんじゃないか?」

「そうかもしれない」


 曖昧ではあるが、愛羅は頷いた。そしてその恐怖に立ち向かうことを選んだようで、拒否することなく俺を見ていた。


「どうしたらいい」

「まずそこに寝転がってみろ」


 愛羅が腰かけているベッドを指す。そうすると愛羅は小さく頷いて、まるで棺に収められた眠り姫のように、手をお腹の前で組んで横たわった。愛羅の容姿があまりに整っているもので、ただ横たわっただけのことに神秘性を感じてしまう。


「そのまま目を閉じて、力を抜くだけだ」

「何も起こらない」

「睡眠っていうのはそういうものだ」


 横たわった瞬間眠りに落ちるという経験は、残念ながらない。微睡みのない状態で寝転がったのなら尚更だ。きっと睡眠が必要ない愛羅には微睡みという状態も存在しないだろう。


「もしその体勢で頭が安定しないなら、寝返りでもすると良いんじゃないか」

「こう?」


 愛羅はコロンとベッドの上で体を転がした。顔がこちらに向く。どうやってバランスをとっているのか、仰向けのときと一切姿勢を変えずに体の方向をこちらに向けている。


「それじゃバランス悪いだろ。力を抜くなら腕や足をもっとバラバラに配置するんだ」

「こう?」


 愛羅は少しだけ膝を曲げ、ピッタリ揃えるのもやめて両足がベッドに接地するように動かした。そのとき、スカートがほんの少し揺れる。それに目がいってしまうのは誘惑などではなく俺の邪心が強いだけだろう。そして腕も同様に重ねることなく接地させた。


「それと、胴体が地面に垂直っていうのもバランスが悪そうに見えるな。そこは愛羅の感覚だが、どうだ?」

「どうとは?」

「その体勢で力を抜けるかどうか」

「難しい」

「そうか」


 それはその体勢でなのか、力を抜くこと自体なのかは分からなかったが、さすがに文脈的に前者だろうと思い、俺がよくやる戦法を教授する。


「このタオルケットを抱えるようにして、そのタオルケットに寄りかかってみたらどうだ?」

「実行する」


 愛羅を寝た状態のままにして、俺は愛羅の足元で放置されているタオルケットを手に取った。そのときに改めて、俺のベッドに美少女が眠ろうとしているのだと実感してしまい、少し恥ずかしくなる。なるべく愛羅の体を見ないようにタオルケットを投げ渡す。


「あ、悪い」

「構わない」


 ノールックだったせいで思い切り顔に被せてしまった。愛羅は機嫌を悪くすることなく、俺が言ったとおりいそいそとタオルケットを丸めて抱き枕代わりに使う。


「どうだ?」

「安定性の向上を確認」

「それは何より。呼吸しやすいように首の角度も変えろよ」


 愛羅は小さく頷く。そのとき、ふと視線が愛羅の顔から下に動いてしまった。夏らしく薄手の服に包まれた彼女の立派なものが、柔らかな素材であるはずのタオルケットに負けてふにゃりと形を変えているのがわかる。


 愛羅は既に目をつぶっている。もう少し鑑賞していてもバチは当たらないかと思っていたのだが、突然愛羅が目を開けた。驚いた俺はバッと目を逸らした。


「これが眠るということ?」

「いや。これは前準備みたいなものだ。しばらく目をつぶっていたら、意識が段々薄れていって眠れるだろう」

「そう」


 言った通りに目を瞑る愛羅。しかし数分とせずにまた目を開けた。


「何も起こらない」

「もうちょっと我慢してみてくれよ。ゆっくり呼吸をして、力を抜くんだ。呼吸のリズムと、体にかかる重力だけに意識を集中して」


 もはや頷くこともせず、愛羅は俺の言うことに従った。それでも難しいというのなら、どうしようか。


 そこでふと、昔瑠美と同じ布団で眠っていたときのことを思い出した。当時甘えん坊な時期だった瑠美の頭を、瑠美が眠るまで撫で続けたような覚えがある。


「もし嫌なら言ってくれ。寝れそうなら、何も言わなくていいから」


 俺は最近朝愛羅がしているようにベッドに腰掛けると、愛羅の頭をそっと撫で始めた。


 すると、わざとらしい深呼吸だった愛羅の呼吸は段々自然になって、体が穏やかに上下するようになった。


「寝たか?」


 頭を撫でながら、小さな声で囁く。愛羅は反応することなく、ただ穏やかな呼吸を続けるだけだった。


 そういえば、死神でも呼吸はするんだな。愛羅のことだから、必要ないと言いそうだが。それでもこうして眠っている間に呼吸しているのだから、何らかの意味はあるのだろう。


「おやすみ」


 俺はまた小さく囁く。愛羅の体は完全に脱力していて、俺の言葉に返事をするようなこともなく、自然に口が開いているほどだった。あどけない寝顔である。


 俺は愛羅の頭から手を離して、机に向かった。たまには静かに勉強でもしてみようと思ったのだ。


 ただ静かに過ごしているだけで、今俺の後ろで愛羅が穏やかに眠っているのだと思うと、自然と笑みが零れた。




 それから数時間。愛羅は目を覚ますことなく、未だすやすやと寝息を立てていた。愛羅の寝顔は勿論可愛いわけだが、こうしてほとんど動かないまま長い時間が経つと、戻ってこないんじゃないかと心配になる。


「愛羅ー? そろそろ起きたりしないか?」


 囁きをやめて普通に喋ってみるが、起き出す気配はない。時間的にもうすぐ瑠美が帰ってくるので、いつでも姿を隠せるように起きていてもらいたいのだが。


「ただいまー」


 玄関の方から案の定瑠美の声が聞こえた。瑠美とてわざわざ俺の部屋を訪れるような用事などないだろうが、用心越したことはない。


 俺はそっと愛羅が抱えるタオルケットを奪う。すると、ぐらりと愛羅の体が揺れて、寝返りの如く仰向けになる。それでも安らかな寝顔のまま眠りこけている愛羅にため息を零しつつ、タオルケットをめいっぱい広げて愛羅に被せた。ちょうど愛羅の体がすっぽり覆われる大きさである。


「馬鹿にい、いるんでしょ?」


 今までこんなに自らの行動を賞賛したいと思ったことはない。俺の心配は杞憂とならず、瑠美は俺の部屋の扉をノックしたのだ。


「どどどどうした?」


 返事も聞かず扉を開ける瑠美。部屋の中まで入られるとさすがにバレると思い、俺は扉のすぐ前で応対を開始した。


「お菓子買ってきたから、息抜きにお茶でもどうかと思って。勉強してたんでしょ?」

「まーな!」

「やけに自慢げだけど、普通のことだから」


 とかく注意を引くために、ジェスチャーだろうが何だろうが使って存在感をアピールする。しかしそれが逆に怪しかったのか、瑠美は部屋の異変に気がついた。


「馬鹿にい、ベッドのあれ何? あんな大きいのあったっけ?」


 まずい。即興で言い訳を考え、どうにかして瑠美を部屋から追い出さなければ。


「あー、あれな。抱き枕、買ったんだ。ネット通販で。最近眠りが浅いんだよな」

「そうなの。運動もしてないし、そりゃそうね」


 どうにか誤魔化せたらしい。


「お菓子、ありがとな。勉強しながら食べるよ」

「あっそ。どうでもいいけど、休憩は休憩でちゃんと時間取った方がいいんじゃない」

「そ、そうかもな。参考にさせてもらうよ」


 一刻も早く出ていって欲しい気持ちがどこかに出てしまったのか、瑠美は少し機嫌を悪くしたようだ。折角優しさを見せてくれたのが、憮然として出ていってしまった。


 とはいえ、乗り切った。瑠美のアフターケアは後で少しするとして、今は愛羅を起こそう。


「愛羅。起きてくれ」

「私は抱き枕?」

「違うわ。って、起きてたのか」

「今起きた」


 愛羅はおもむろに体を起こし、目を擦る。抱き枕にしたら心地よく眠れそうだとは思うが、愛羅のことを抱き枕だとは思っていない。


 綺麗な髪が、寝癖のように少し絡まっている。新しく仕立ててもらった服も、着崩れてしまっていた。そこを注視しないよう気をつけつつ、俺は口を開いた。


「よく眠れたか?」


 愛羅はいつもよりキレのない、力の抜けた頷きを返す。重力そのままといった感じで縦に振られた頭に合わせて、髪もふわふわと動いた。その所作といつも見ている無表情とのギャップを感じ、不覚にもドキッとしてしまった。


「また寝たくなったら、瑠美が帰ってこない時間にな」


 自分の気持ちを隠すように、俺は苦笑いで言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ