23日目 8月4日(水)
「おはよう、愛羅」
「おはよう。あなたの寿命は残り28日」
今日はいつもの時間に目が覚めて顔を起こすと、すぐ近くに愛羅の顔があった。改めて見てみても、夜中に亡霊の対処をしていたとは思えないほど、あっけらかんとした表情である。いつでもこうなのだが。
「愛羅。寝る前に思いついたんだが、服ってそれだけなのか?」
「肯定。代替品はあるが、全て種類は同じ」
「他に作ってもらったりとか、ないのか?」
「申請することは可能。しかし、不必要と判断」
「それだな。今日は女性らしさというか、女子力を高めるために服について学ぼう」
「承知した」
とはいえ、ほとんどネット頼りになるだろう。俺は自分の服でさえ美川に選んでもらったのだ。まして女性用の服なんて知るはずもない。俺の検索履歴がどんどんよくわからないことになっていくが、いつでも消せるものに頓着する必要はないだろう。
「よし。じゃあ見てみるか」
俺のスマホには、美川からおすすめされたアプリも入っている。お店の人が自社製品を使ったおすすめのコーディネートをアップしているとかで、その店で買う気がなくても有用だとか。女子はよくもまあそんな情報を当然のように仕入れられるものだと感心した。
「何か気になったものはあるか?」
「わからない」
これに関しては俺が出しゃばって良くなる保証もないので、とりあえず愛羅に尋ねてみたが、愛羅にそれが判別できないのも自明というものだ。お店の人が出していて、美川が勧めたからにはこのアプリ内のどれを選んでも悪くはならないのだろうが、それで愛羅が悪いイメージを持っても困る。
「これとか良いと思うんだが、どう思う?」
「よくわからない」
試しに言ってみたが、埒が明かない。こうなれば、悩んでいても仕方ないだろう。俺たちでわからないのならば、聞いてみるしかない。愛羅のことを話すわけにもいかないので、無論知人に聞くわけではない。このアプリを配信しているのと同じ、お店の人にである。
「愛羅。出かけるぞ」
「承知した」
「待て待て。姿は消すな。お前の服を見に行くんだ。お前がいないでどうする。それと、またこの間のパーカーに着替えてくれ」
「承知した」
「下着も付けてこいよ。絶対だぞ」
「理解している」
何が理解しているだ。この前忠告しなかったおかげで裸パーカーで出てきたくせに。この間の奏のスカート捲りの件でちゃんと理解しているといいのだが、果たしてどうだろうか。
「完了した」
「ちゃんと穿いたな?」
「確認が必要?」
俺が再三に渡って確認を促すと、愛羅はパーカーの裾を持ってそう言った。俺が頷けば、そのままパーカーを引き上げるつもりなのだろう。そういうところがわかっていないというのだ。しかし、提案としては大変情欲を煽るもので、青少年として少し興味も持ってしまうのが悲しいところである。
「愛羅を信じる。行くぞ」
「そう」
なんとか理性を総動員して愛羅の無自覚な誘惑を回避した。それにあの黒い下着はもう何度か見ている。ここで改めて見せてもらう必要はないだろう。いや、その理論でいくなら、俺は愛羅のパンツに何ら興奮を示さないということで、確認した方が良かったのではないか。なんて変態じみた思考はさすがに家の外に持ち出す気にならず、家を出ると同時に考えるのをやめた。
向かう先は、美川とも訪れたアウトレットモール。電車にも乗る必要があり、知人と出会う可能性もあるわけだが、瑠美と奏以外、愛羅の存在を知られたところでどうとでも言い訳が利く。
駅に向かうためには学校の前を経由するのが最短経路だが、それでは万が一瑠美と鉢合わせたときにゲームオーバーとなるので、遠回りとなるが迂回する。
「愛羅。電車の乗り方はわかるか?」
「わからない」
「この切符をそこの穴に入れるんだ。そうすると向こうの穴から出てくるから、それを回収しながら改札を通り過ぎる。いいな?」
愛羅はこくりと頷いた。愛羅の見た目上、周囲からの視線が増えるのは仕方のないことだが、きっと傍から見ると、初めて電車に乗る外国人に俺が教えているだけで、まさか愛羅が死神だと考える人はいないだろう。
「愛羅。こっちだ」
愛羅に限ってそんな心配はないと思うが、先導しつつ、迷子にならないように逐一愛羅の姿を視界に収める。やはり心配は杞憂なようで、ゲームでついてくる仲間のごとくピッタリと追従してくる。少し足元に視線を向けてみると、二人三脚でもしているのかというくらいに足運びが揃っていて、若干不気味なほどだった。ちなみに、今日は家を出るときから愛羅の歩幅をきちんと考慮し、少し遅く歩いている。
「愛羅、乗ったな?」
丁度電車がやってきたところで、少し駆け足になったため確認する。無事乗り込めていたようで安堵した。まるで子供を連れた親の気分だ。実際、夏休みということもあって子供連れで電車に乗っている人は多かった。というより全体的に人が多い。そのおかげで愛羅の存在が目立たずに済んで助かっている。
「もう少し詰めるぞ」
予告してから、壁に背を預けた状態の愛羅に近づく。今止まった駅でさらに乗車する人が増えたのだ。だが、俺の予想より人が多かったようで、無理やり乗り込むために人混みが俺の背中に圧力をかけてきた。咄嗟に反応ができなかった俺はどうにか愛羅の顔の横に手をついたものの、いわゆる壁ドンのような体勢になり、愛羅の顔と俺の顔が急接近する。傍から見れば、満員電車にかこつけてキスをするバカップルのように見えるかもしれない。愛羅の表情を見ればそんな気は全く失せるだろうが。
「悪い。次の駅までこのままになりそうだ」
「構わない」
愛羅の顔が見えている人は、いっそ俺を哀れに思うかもしれない。偶然にも壁ドンしておきながら全くの無反応なのだから。
言うまでもなく、俺の体勢は辛い。右腕一本で体重のある程度を支えることになっているのだから。それでいて、少しでも力を緩めれば俺の身体は愛羅の胸部についた柔らかなものに着地することになる。それはそれで役得といった感じだが、わざと押し付けていると勘違いされて通報されようものなら目も当てられない。愛羅の表情を見て、これが合意の上だと思う人間はいないだろうから。
「早く終わってくれぇ」
周囲の目がある点で、子供を抱えて電車に乗るよりよっぽど体力が必要だ。子守りはしたことがないのであくまで勝手な予想だが。
苦労しつつも、愛羅を連れて目的地に到着した。既に疲労感でいっぱいだが、本番はこれからなのだからそうも言っていられない。
「愛羅、どこから回る?」
「任せる」
予想通りの答えである。迷っているだけ時間の無駄なので、手当たり次第に入店していくことにした。どうせ俺と愛羅では何もわからないのだから、当たって砕けろの精神で店員さんに声をかけていくしかないのだ。
「あの」
「はい。なんでしょうか」
「この子に似合う服ってどういうのでしょうか」
「わあ。可愛い彼女さんですね。お人形さんみたい」
張り切って服を選びだす店員さん。彼女にとって、男女ペアはカップル以外にあり得ないらしい。アウトレットモールに異性と来るなんて、そりゃあそう認識されても仕方ないと言えば仕方ないのだが。何かと奏と二人で行動することが多い俺は、大人は子供に対してそういう邪推をしたがるものだと勝手に認識していた。
「綺麗な髪ですね。留学生さんとかですか?」
「ええ、まあ。そんなものです。まだ服が送られてこなくって」
「なるほど、それで。海外と日本とで流行とかも違うので、彼女さんも不安ですよね」
「そう」
怒涛の勢いで話しかけてくる店員さんにも、愛羅は相変わらずの塩対応だった。それを文化の違いと肯定的に認識してくれたらしく、服を選びながらも積極的に話しかけ続けてくれる。
「こちらでどうでしょう。一度試着してみますか?」
「そうします。愛羅」
愛羅は店員さんから服を貰い、試着室へ。着替えている間、俺と店員さんはその外で待っているわけだが、好奇心旺盛というか、店員さんは俺に対して質問を投げかけてくる。
「彼女さん、モデルとかしてらっしゃるんですか?」
「え、いや」
「えー。すごい綺麗なのに。絶対人気出ますよ」
「本人にその気がないので」
「残念ですね。ちなみに彼氏さん、どうやってあの子を落としたんですか?」
「え」
「お兄さんも結構イケメンですし、やっぱりお兄さんから?」
「いや、俺が何しても動じるようなタイプじゃないので」
「そうなんですか? 私なんてコロッと落とされそうなのに。やっぱり綺麗な人は慣れてるんですかね」
「さあ」
すごくグイグイくる。精神年齢を意図的に巻き戻して以来、ここまで圧倒されるのは初めてだ。
「あ、愛羅。終わったか?」
「終了」
「じゃあ開けますねー」
俺と愛羅が動くより先に、率先して店員さんが試着室のカーテンを開けた。
「はぁぁぁぁ」
そして、誰よりも早く口を開くのも店員さんだった。濁点が付きそうなほどのため息は、どうやら愛羅の外見が予想以上に可愛らしく変わっていたからだろう。
「愛羅、似合ってるぞ」
「そう」
褒めてみても、本人が何ら反応を示す様子はない。その代わりに小さなアホ毛がひょこっと生えていた。心の内では褒められて嬉しいらしい。
「あ、あの。自分写真いいですか」
「ダメです」
店員さんが錯乱するほど愛羅は魅力的だった。俺だって、愛羅から視線が離せなくなっている。
セーラーブラウスというらしい、セーラー服にリボンやらフリルやらを付け足した可愛げのあるブラウス。それでいて、その内に秘めているのは高校生らしからぬボリュームというのだから、いっそ犯罪級である。そして下半身にも、これまたフリルのついたミニスカート。ロリータファッションとはまた違うのかもしれないが、それを彷彿とさせるフリフリ感で、可愛いを体現したようなコーディネートである。
そして、店員さんのこだわりは足元にもあった。肌の色が透けて見えるような薄い白地のニーハイソックスで、太腿にあるその端には視線を集めようと言わんばかりのダメ押しフリルがついている。
「すごいすごい。めっちゃ似合ってる!」
愛羅の姿は店員さんも丁寧口調を忘れる程の完成度で、あまりに彼女が騒ぐものだから試着室に野次馬がぞろぞろ現れた。
「え、やば」
「めちゃくちゃ可愛くない?!」
集まりすぎる前に、俺は試着室のカーテンを閉めた。ブーイングともとれるざわめきを聞きながら、俺は愛羅に元の服へ着替えるよう指示を出した。
「少し離れた店にするか」
あの流れのまま店に滞在するのは不可能だったため、俺と愛羅は足早にモール内を移動していた。
先程は可愛いタイプのお店だったため、今度は大人っぽい感じのする店へ。それが果たして一般にもそう思われているのか、はたまた俺個人の感想なのかはわからない。
「あの、こいつに合う服ってどういうのがありますか」
「若い方でしたら、この辺りがオススメです。外国人の方だと、肌とか髪色とかで印象も変わりますから、私はよくわかりませんが」
とりあえず、少なくとも店員さんは大人っぽいことが今の応対でわかった。決して出しゃばってくるようなことはせず、自らの意見は添えるだけ。個人的には、こういう接客の方が好感が持てるものの、今この時に限ってはもう少しグイグイ来て欲しかった。
「えっと、どれを合わせたら良いとかありますか」
「あの辺りのロングスカートで、色は濃いめが良いと思います」
「ありがとうございます」
「試着室はあちらにあるので、ご自由にどうぞ」
俺がお礼を言うと、店員さんは軽く会釈をして、試着のためか乱れた商品を改めて畳直していた。そう慇懃にされると、商品を手に取ることも申し訳なくなるが、それはそれで店の意志と異なるだろう。勧められた商品と愛羅を試着室に押し込んだ。
「どう?」
今度は愛羅の方からカーテンを開けた。先程褒められたのは本当に嬉しかったようで、愛羅自ら感想を聞いてくるほどだ。
今度の衣装は、真っ白なブラウスにうぐいす色のロングスカート。この間美川と来た時、美川も似たようなシルエットのコーディネートだったような覚えがあるが、愛羅のブラウスに関してはデコルテの辺りが透けており、より色っぽい。
愛羅の髪は白銀で、色の明度で言えば最高に当たる。それがこの全体的に明るいコーディネートに、夏らしい爽快感を追加しているような気がする。
「綺麗だよ。完璧だ」
「そう」
返事は素っ気ないものの、アホ毛はピコピコと動いていた。それを確認してから見ると、愛羅の無表情がどことなく微笑んでいるように見えて、こちらも嬉しくなってしまう。
「ふぅ。色々回ったな」
帰りは瑠美より早く家に着く必要があるため、お出かけにしては早めに帰路につくことになった。結局何も買っていないわけだが、これで愛羅の洋服コレクションにも制服以外のレパートリーが増えるだろう。
「見ているだけでも楽しいものだな」
「そう?」
以前のゲームのときと同じだ。自分が着るのでなくとも、非常に可愛いだとか、綺麗だとかいうものを見るとき、人は快感を覚えるものだ。
「愛羅は楽しかったか?」
「わからない」
「じゃあ嬉しかったか?」
「そう、かもしれない」
「そうか」
愛羅が笑わない代わりに、俺が笑った。すると彼女はよくわからないといった風に首を傾げたが、それもなんだか微笑ましかった。




