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18日目ー4 7月30日(金)

 今日はテスト最終日であり、一学期の最終日でもある。午前中はテストを受け、午後からは終業式だ。


 テストはここ二日と同様に現在の力を出し切ったという点では満足のいく出来だったと思う。ただし、その現在の力とやらがどれほどのレベルかといえば、決して高くないと言える。具体的には、補習を免れるか怪しい程度だ。


 心の中の小学生に従い、終わったことは気にしないとばかりに伸びをして、昼食後体育館に向かう。


「おっと、すまん一ノ瀬」

「いや。気にすんなよ」


 ただでさえ暑いというのに、人が密集するせいで更に暑苦しい体育館。その暑さのせいでぼーっとしていた俺の胸に、前の男子の背中が当たる。座るための間隔調整をしていて後方確認が疎かになったらしい。胸に付いた校章が押し付けられ、軽い痛みがやってくるも、気を荒立てるほどでは無い。というか、そんなことをするエネルギーが勿体ない。


「なんでこんなクソ暑い中、体育館に押し込められないといけないんだろうな」

「ほんっとそれな」


 振り返った男子は、俺の愚痴に律儀に反応してくれた。そこからこそこそと世間話をしつつ、余りの暑さに起きたままうなされそうになりながら終業式を乗り切った。もう少し続いていたらストレスでのたうち回りそうなくらいだ。


「ちょっと一ノ瀬」

「はい?」


 終業式が終わると、皆が各自の教室に帰る中、俺だけが担任に呼び止められた。


「校章、ちゃんとつけろよ」

「え?」


 見てみると、校章がなくなっていた。どこかで落としたのだろう。


「すいません」


 校章をしない生徒の存在など日常茶飯事なので、担任もそう口うるさく言うわけではない。しかし、暑さで気が立っている俺は憮然として体育館を出ていった。お世辞にもあまり良い態度とは言えないわけだが、落としたものを咎められるのは腹が立つのだ。


「それでは、また二学期に」


 エアコンのついた教室で涼み、ストレスレベルが下がりきったときにはもうホームルームも終わり。担任はそう言って教室を出ていった。


「ちゅうもーく!」


 そこで俺が代わりに教壇に立ち、何事かと俺を見る生徒たちに声をかける。


「人生最後の一学期の終わりに、皆で集合写真でも撮らないか?」


 普通ではありえない提案に首を傾げる生徒たちを少々強引に集めて並ばせ、廊下を通りがかった他クラスの生徒に写真を撮らせた。


「ありがとう! 俺はこのクラスに入って良かった!」


 終始一方的な展開で進んだ撮影だったが、俺の様子がおかしいのはもうそういうものだと割り切ったらしく、撮った写真には皆笑顔で写っていた。


「良かったね、翔君」

「ああ!」


 これだけ馬鹿なことをしていた方が、皆の記憶にも残るだろう。俺にとっても皆にとっても、良い手向けになったのではないだろうか。




 さて、今日やるべきことは、美川のミッションである。律儀に従う必要はないと言えばない。しかし、出されたミッションをクリアしないでは、自称精神年齢小学生の名が廃るというものだ。


 ただ、美川が出した条件を現実にするのも難しいのは確かだ。結局のところ、ミッションの可否は運任せなのである。


 はてさていったい、どこへ向かうべきか。


==============================

選択肢

1、屋上

2、体育館

3、自宅

4、第二体育倉庫

==============================


 女子と二人きりになるというのなら、美川と二人きりでも良いわけだ。それならば話は簡単で、訪れる場所は決まっている。問題は、美川の方が来るかどうかだ。


 そんな心配は杞憂に終わった。俺が第二体育倉庫に行き、扉を開けると、そこには足を組んで本を読んでいる美川の姿があった。


 彼女は突然開いたドアに驚いてバッと顔を上げたが、俺だと知るや否や顔を顰めた。


「報告はいらないと言ったでしょう」

「そもそも報告するようなことがないんだけどな」


 ミッションはこれから達成するのだから、報告などできるはずもない。


「女子と二人きりって言うなら、美川でも良いんだろう?」

「良いわけないでしょう馬鹿」


 寧ろこれが本当の狙いだったのではないかとばかりに自信を持って言ったのだが、一蹴されてしまった。


「私は、あわよくば恋人関係になれと言ったのよ?」

「ああ、そうだな」

「どうして私があなたみたいな馬鹿と付き合わなければいけないの」

「色々失礼だろ」


 俺に対しても、もしかしたら俺が関係を築いていたかもしれない女子にも。


「今からでも遅くないわ。さっさと他の女子のところに行きなさい」

「嫌だと言ったら?」

「うーん、待つのは死かしら」

「物騒すぎるだろ!」


 しかし、そんな脅迫紛いの言葉をぶつけられても、体育倉庫から出ていこうという気にはならなかった。二人きりで会話をするだけというならともかく、もし付き合うことが前提となるならば、美川が良いと思ったのだ。


 口を開けば罵倒が飛び出すこの少女の何処が良いかと言えば、ぶっちゃけ顔である。別に俺とこいつが人として釣り合うなどと不遜なことを考えているわけではなく、人生最後なのだから、夢はでっかくというやつである。


「それに、私では意味が無いのよ」

「付き合う気がないってことか?」

「そうね。まあ少し違うのだけど。いや」


 美川は言いかけて、悩むような素振りを見せる。


「もしかすると、良いのかもしれないわね」

「へ?」

「付き合ってあげるのもアリかもしれないということよ」


 言っていることが無茶苦茶である。先程は俺を馬鹿と罵って忌避感を顕にしたというのに。


 とはいえ、俺に魅力を感じたとかそういう訳では一切なく、どことなく死神を彷彿とさせる無表情。仮にも女子高生が付き合うという単語を発しているときの顔とは思えない。


「それじゃあ今から恋人同士ということにしましょう」

「そんなおままごとみたいなノリで言うことかよ」

「言うまでもないけれど、私は本気であなたのことを好きでいるわけではないわ」

「言わんでいい」


 誤解するつもりは更々なかったものの、実際言葉に出されるとどうしても実感が籠るのだ。渋々付き合ってもらっている感が出るとも言える。


「じゃ、じゃあ、しましょうか」


 義務的とさえ言えるテンションで付き合い始めたわけだが、早速美川が顔を赤くしながらそんなことを言い出した。というか、俺の返事などというものは全く勘定に入れてくれないらしい。


「え、えーっと。何を?」

「決まっているでしょう。恋人同士がすることよ」


 言わせるなとばかりに目を泳がせながら美川は言った。もしかして、もしかすると、期待しても良いのだろうか。そもそも、ハジメテが倉庫だなんて、美川はそれで良いのか。それとも、そういうのが燃えるのか。


 俺のそんな不埒な妄想は、奪い取るとばかりに握られた手に打ち砕かれることとなった。


「こっちは、見ないで」

「お、おう」


 一昨日の出来事がフラッシュバックする。一昨日だってこいつは恋人繋ぎで手を繋いだだけで顔を限界まで真っ赤にしていたではないか。この美川渚という少女は、スマホが普及した現代には珍しい、スーパー純情ガールなのである。


 ただ、口約束でも恋人関係になったためだろうか、彼女の柔らかな手の感触を楽しむ時間は一昨日よりもずっと長かった。


 その間、気まずさに会話はなし。このままではまずいと、先陣を切って口を開くことにした。


「明日から夏休みだな」

「ええ」

「夏休み中、どうやって会えばいい?」

「私はいつでもここにいるから」


 沈黙の間に動揺による敬語モードも解除された美川は、当然のようにそう言った。


「まるで地縛霊だな」

「もう少しセンスのある例えをしなさい。仮にも恋人でしょう」

「うぐっ。ハチ公とかでどうでしょうか」

「更に悪くなってるわよ」

「恋人って難しいな」


 苦言を呈しながらも、やはり恋人関係となったおかげか、彼女の表情は本気で嫌だと思っているという様子ではなく、寧ろ呆れのようだった。それで改善と呼べるのかは、定かではない。


「はい。おしまい。じゃあまた明日」

「おう。また明日な」


 結局、地縛霊の真相を話してくれるようなこともなく、下校時間も迫っているということでお開きとなった。


 手を離した瞬間に恥ずかしさが込み上げてきたのか、美川は荷物を引っ掴んで足早に去っていった。


 美川がいなくなった倉庫で、ぼんやりと考える。冷静になってみると、あの美川と恋人同士というのは尋常ではない。


 人生最後ともなると、予想だにしない出来事が起こるものだとしみじみ思うのだった。

渚ルートに続きます

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