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2日目 7月14日(水)

 朝。昨日と同じく、目覚ましが鳴らないうちに意識が覚醒する。もっとも、昨日のことがあるので、明晰夢ともわからないが。


 恐る恐る、目を開ける。自称死神少女の胸部は見えない。やはり昨日のあれは夢だったのだろう。正夢かのように眠気が起こらないが、二度寝と洒落込むべく目を閉じる。


 すると、ギシとベッドが軋んだ。寝返りを打ったわけではなく、何かがベッドに上がってきたのだ。俺が横たわるすぐそばのマットレスが陥没する。それが四ケ所。人が原因だった場合、四つん這いで俺に覆いかぶさっているものと推測される。人でない場合など想像したくもないが。


「る、瑠美? 瑠美なのか? ここはお前の部屋じゃないぞ。ちゃんと自分の部屋に戻って寝るんだ」


 返事はない。寝息も聞こえないし、この体勢で寝られるとも思えない。瑠美が寝ぼけてやってきたという確率は著しく低いだろう。酷く嫌な予感がする。


 再び恐る恐る瞼を上げた。油の切れたおもちゃのようにぎこちない動きで視線を下に向けると、無機質な表情を浮かべた銀髪の美少女がこちらを見ているではないか。よくよく確認せずとも、昨日の自称死神である。


 昨日のように叫ぶ寸前、少女はその小さな手で俺の口を封じた。瑠美を呼ばれたくないのだろう。幸いにして今日は刃物を所持していないので、俺も落ち着けるというものだ。


 昨日と同じく制服姿。胸元の隙間から豊かな谷間がチラチラしているが、本人に一切の気にした様子はない。暗くとも至近距離なら認識できる、人形のように整った容貌と豊かな胸囲はあの美川渚にも引けを取らない。やはり美しいとは思うのだが、呑気に見とれてばかりもいられない。


「えっと。どちら様でしょうか」

「死神。寿命の宣告に来た」


 予想通りの回答である。浮世離れした美貌は確かにそれで納得だが、それ以外はてんで謎だ。


「個体識別番号は、A16」

「は、はぁ。その、とりあえず退いてくれないか」

「逃亡、及び叫喚を禁止する。了承できるか?」

「ああ」


 俺が頷くと、死神は立ち上がった。彼女が虚空に手を翳すと、どこからともなく物騒な鎌が現れる。


「た、頼むからその刃物をしまってくれ。そうしないとつい叫ぶかもしれない」


 努めて平静を装って交渉すると、死神は若干眉を顰め、やがて了承したと言うように頷き、鎌を手放した。凶器がフェードアウトしたことで俺の心は少しばかり平穏を取り戻したのだが、死神は少しばかりソワソワしている。彼女のアイデンティティなのだろう。はた迷惑なアイデンティティもあったものだ。


 俺は落ち着いて、椅子に腰かけた。話くらいは聞いておかなければならないだろう。二日連続同じ夢なんて、流石にあり得ない。厨二病患者の悪戯だとしても、不法侵入について厳重注意せねばならない。もっとも、霞のごとく消え去った鎌のことから、一般人ということはあり得ないだろうが。


「詳しく話してくれないか」

「私は死神。あなたはあと49日でその命を終える」

「俺は健康体そのものだぞ。持病もない。どうしてそんなことが言える」

「神が仰った」

「それを信じろって?」


 死神はこくりと頷いた。表情が変わらないので、嘘を吐いているのかも判然としない。


「信じても信じなくても、あなたは49日後に死ぬ。私はあなたの魂を回収するだけ。それさえできるならあなたがどうしようと私は待っている」

「お前が死神だって証拠はないのか」

「さっきの鎌が死神の証。不満?」

「いや、いい。出そうとするな」


 俺が制止すると、死神は若干名残惜しそうに、出しかけた手を下ろす。


「ならば、これはどうか」

「は?」


 死神は、突如として俺の目の前から姿を消した。辺りをキョロキョロと見渡すも、影も形もない。


 そして数秒の後、突然俺の目の前、さっきより一歩近づいた、場所に現れた。


「うおっ!」

「死神は人間から姿を隠すことができる。こんな風に」


 死神が再び姿を消したかと思うと、すぐに俺の肩が叩かれた。やはり、彼女の姿はどこにもない。


「どこかにいるのか」

「そう。人間には今の私をどうあっても視認できない、らしい」


 足元を見ても、人の影らしきものは見当たらない。なるほど、人間にはありえない事象だ。確信がなさそうなのは、自分では確認できないからだろう。本当に見えていないとアピールするように、適当に手を伸ばした。ただの確認のつもりだったのだが、幸運か不運か、俺の手はふにゅんという感触を掴んだ。


 死神がその姿を現す。案の定、俺の右手は彼女の豊かな球体を鷲掴みにしていた。


「す、すいませんでした!」


 即座に手を放し、ビンタを覚悟して頭を下げた。瑠美の着替えを意図せず覗くといった、俗に言うラッキースケベのような状況になった場合、ビンタが飛ぶというのがもはや慣例となっている。その背景から、俺は歯を食いしばっていた。


「謝罪の意図が不明。それより、本当に見えていなかった?」

「あ、ああ」


 予想とは異なり、お咎めなしとなった。死神に人間の感性など備わっていないと言わんばかりである。呆気に取られて見つめていると、死神は小首を傾げて言う。


「何?」

「い、いや。何も」

「そう。なら信じた?」

「お前が死神というのは、分かった。認めよう。だが、俺の寿命があと49日っていうのは信じられない。というか、実感が湧かないんだ」

「そう。なら、あなたの未来の一つを経験させてあげる」

「は?」


 俺が間抜けな声を漏らすと同時に、視界が真っ白に染まる。




 次に目を開けたとき、俺の目には見慣れた天井が映っていた。


 いつもの俺の部屋、いつも通りの時間。死神の少女など、影も形も存在しない。果たして、彼女が夢だったのか、それとも、彼女の言う通り、こっちが夢なのか。


 これが49日後だというのなら、日付を確認すれば済む話だ。スマホの待ち受け画面をたちあげる。


 案の定というか、本当に49日後だった。俺の未来を経験させようというのは本当だったらしい。というか、これは確認せずとも分かっていたことだ。いくらなんでも暑すぎる。そのうえ、蝉が煩いくらいに鳴いているのだから、これが未来でなくて何だというのか。


 俺の計算が正しければ、今は夏休み。部屋から一歩も出ないことだって可能だ。俺が死ぬ運命にあるというなら、試してみよう。


 エアコンをつけて、熱中症の可能性を下げる。水を飲んで、脱水症状も予防。外に出ないのだから、交通事故も起こりえない。そして極めつけに。


「瑠美、今日一日中家にいるか?」

「え? うん、予定はないけど。というか妹の予定聞き出してどうする気? この年にもなって兄妹で出かけるとか言い出さないよね。キモイんですけど」

「そこまで言わなくてもいいだろ。ただ、ちょくちょく俺の様子を確認して欲しいんだ」

「は? 妹に生活管理ってか監視して欲しいとか、変態すぎてドン引きなんだけど。私そんなに暇じゃないし」

「監視とまで言ってないだろ。一時間に一回、俺が生きてるか確認するだけでいいんだ」

「どういうこと? 何か病気とか?」


 瑠美は一瞬にして切り替わり、至極真面目に、俺を労わってくれる。こんな優しい眼差しを受けたのはいつ以来だろうか。彼女の真摯な気持ちを利用するようで申し訳ないが、一番説明が省けて楽かつ真剣に心配してくれそうなので、乗っかっておこう。


「まあ似たようなものだ。見た目は変わらないが、今日が峠らしくてな。倒れたりしないように、大事をとって」

「さっさと休め馬鹿にい!」


 俺が言い終わるより先に、瑠美の怒号が飛ぶ。圧倒されそうな剣幕で、俺は自室に押し込まれた。とはいっても、いつものどこか恨みさえこもったようなパンチとは全く異なり、俺の体に当たる瑠美の拳は勢いの欠片もなかった。


「絶対安静! どうしてもっと早くに言わないのよ、この馬鹿!」

「す、すまん」

「謝って済むと思わないで」


 俺をグイグイとベッドまで押し込み、瑠美は背を向けて言った。


「絶対治してくれないと、許さないから。死んだりしたら、絶対呪ってやるわ」


 肩と声を震わせた瑠美は、朝ご飯作ってくると言い残して、部屋を出た。


 とてつもない罪悪感に苛まれること数分、瑠美が帰ってくる。その手にあるお盆には、湯気を立てるお粥があった。


「体調は?」

「全然大丈夫だ。悪いな、心配かけて」

「本当よ。さっさと治しなさい、馬鹿にい」


 お盆を俺に手渡した瑠美は、部屋を出ていくかと思ったのだが、赤みがさした目で、俺のことを見つめて動かない。


「そう見られていると食べづらいんだが」

「黙って食べて。馬鹿にいは今日一日監視対象なんだから」

「監視って」

「馬鹿にいが言い出したんだからね」

「いや、監視を言い出したのは瑠美だろう」

「お黙り」


 じとっと睨んでくる瑠美をどこか微笑ましく感じながら、有難く朝食を頂く。


「ごちそうさま。ありがとう、瑠美」

「べ、別に。インスタントだし。いいから休んでなさい」


 心なしか嬉しそうにして、瑠美はツインテールをフリフリと踊らせて食器を片付けに出ていった。


 しばらくして、瑠美が部屋に戻ってくる。先ほどの緩んだ顔はとうに引き締まっており、その仏頂面のまま俺が横たわるベッドのそばで座布団を引いて座った。


「おい瑠美、まさか本気で監視するつもりか?」

「まあね。頼まれた仕事はきちんとこなすから」


 そこまで頼んでないとは言いづらい雰囲気だった。何はともあれ、作戦通り、急に心臓発作が起こったとしても、俺のことを凝視している瑠美がすぐに通報してくれるだろう。また一つ死の危険を遠ざけたわけだが、これで本当に今日死ぬのだろうか。


 ともかく、できることは全てやった。瑠美によって全ての行動が制限されるだろうし、そもそも行動を起こす気がない。大人しく、平穏無事な生活を夢見て眠ることにした。




 次に目を覚ますと、既に日は頂点にまで上っており、カーテン越しにも真夏の強い日差しを感じられる。


 のそりと上体を起こし、伸びを一つ。随分と眠りこけていたらしい。未来の俺は寝不足だったのか、まあどうでもいいことだが。


 ともかく、状況確認。日付は相変わらず未来のまま。体に不調はなく、寧ろ元気いっぱいだ。病に倒れて死ぬ予感など全くしない。周囲の様子も確認。特に眠る直前と変わった点はない。ただ、瑠美が俺のベッドに顔を転がして寝息を立てていることくらいか。


「こうしていると可愛い妹なんだがなぁ」


 いつから兄に向かって暴言を吐くような子になってしまったのか。可愛らしい寝顔をした妹の頭を撫でつつ思う。黙っていれば、いくらでも愛でていられる愛玩動物なのだが、何の因果か目を覚ました途端噛みついてくる猛獣なのである。


「んにゃ?」

「起きたか」


 うっすらと目を開けた瑠美。その表情はあまりにふやけており、つい衝動に駆られて撫で続けてしまう。すると瑠美はまるで猫のように目を細め、いひひとだらしなく笑った。悶えそうになるほど可愛い。長らく瑠美のこんな甘えた姿を見ていなかったので、衝撃も一際大きい。


「可愛い」

「んん、ふぁっ!? 何!?」

「おはよう」

「あぁ、おはよ。って、その手を退けなさい! 女子高生の寝顔を覗いた上に頭を撫でるなんて、とんだ変態ね! 通報するわよ!」

「警察の人が困るだろうが。やめなさい。俺はただ瑠美が撫でて欲しそうだったから撫でていただけで、他意はない」

「撫でて欲しそうって、私どんな寝顔してたのよ。まぁ、鉄拳制裁は勘弁しておいてあげるわ」

「そりゃどうも」


 怒りというよりは羞恥に顔を赤くした瑠美は、眠そうに目をこすりながら立ち上がった。


「女子高生の体に気安く触れるような変態と一緒にいられないわ」

「そう言いつつ、昼食の用意してくれるんだろ。ありがとう」

「ふ、ふん。自分のついでなんだから、いちいち感謝しなくていいわよ。そんなこともわからないの?」


 照れ隠しなのだろうが、言葉の攻撃性が迷走している。


「それに、これから監視員の交代が来るから。出迎えてあげないと」

「奏か?」

「そ。よかったわね、心配してくれる友達が一人でもいて。言っとくけど、奏ちゃんに変なことしたらぶっころだからね。私は晩御飯の買い出しに行かなきゃだけど、遠隔でも警察を呼ぶことはできるから。家に変態は出没したって」

「はいはい。何もしないよ。ってか、どうやって察知するんだよ」


 瑠美がいつものように憎まれ口をたたくと同時に玄関がガチャリと開く音がする。


「言ってるそばから来たみたいだな」

「あれ? 約束にはまだ一時間もあるのに」


 その一瞬、猛烈な悪寒が走った。まるで、体が死を予感したかのように。一気に鼓動が加速する。それこそ、心臓がどうにかなってしまいそうなほど。


 嫌な予感が的中したようで、聞こえてくる足音はあの温厚な幼馴染とは似ても似つかないほど荒々しい。


「瑠美、警察に電話してくれないか。部屋の隅で、なるべく音を立てないようにどこかに隠れて、声も小さく」

「わ、わかった」


 瑠美がベッドの下に隠れたのを確認して、俺は部屋の扉付近へ。生憎、鍵なんて便利なものはついていない。俺は其の身一つで、懸命にドアを押さえた。本来、俺は俺が死ぬ未来を否定するために来たわけだが、こうなっては事情が変わる。例えこの身を犠牲にしても、瑠美だけは守らなくてはならない。


「子供だけで住んでるなんて噂の割には、結構いい家じゃねぇの」

「だな。ガキがビビってるうちに、さっさと通帳見つけておさらばしようぜ」


 どうやら、俺たちの存在はバレているらしい。靴の形跡から判断でもしたのだろう。犯人は少なくとも二人以上。通帳さえ見つければ大人しく帰ってくれるかもしれない。うちには頼れる幼馴染がいる。お金を根こそぎ持っていかれても、少しの間なら養ってもらうことはできるだろう。金よりも何よりも瑠美の安全が第一だ。


 扉を死守する決心を固めたところで、扉に力が加わった。足を限界まで踏ん張って、それを許すまいとする。


「おい! ガキがいるのか!」


 野太い声が、扉を貫通して部屋に響く。恐怖でどうにかなりそうだったが、どうにか足の力だけは緩めなかった。


「こっちは二人いるんだ! ぶち破ろうと思えばわけないんだぞ! さっさと返事しろ!」


 馬鹿を言え。そう思うのも無理はないだろう。恐怖で狂いそうな人間が呑気に返事などできるか。そう思いつつも、扉を破られて良いことは一つもないので、要望通り、声を出すことにした。


「つ、通帳なら和室だ! 箪笥の二段目!」

「お、わかってんじゃねぇか。てめぇの殊勝な態度に免じて扉は開けないでおいてやる」


 そのまま足音は遠ざかっていく。ほっと胸をなでおろすのも束の間、俺は自分のミスに気が付くことになる。外からパトカーの音が聞こえ始めたのだ。


「やべぇ!」

「クソ! ガキどもが呼んだのか!」


 途端にバタバタとあわただしくなる。そして、扉が成人男性二人分の膂力に耐えられず開けられるまで数分となかった。


「おいガキ! お前は人質だ!」


 問答する暇もなく、俺は体を無理やり掴まれ、抵抗らしい抵抗も見せられないまま、その場で組み伏せられた。うつ伏せのまま視線を向けると、おびえ切った瑠美の姿が目に映る。絶対に出てくるなという旨をアイコンタクトで伝えながらにして、俺は後ろ手を縛られていた。


「よし! これでサツも手出しはできねぇはずだ。さっさと逃げるぞ」

「おらガキ! しっかり歩け!」


 俺は玄関まで連行されながら、これでよかったのだと自分に言い聞かせる。瑠美さえ守れれば、と。しかし、俺の自己犠牲は、容易く裏切られることとなった。


「お兄ちゃんを放せえええ!」

「がっ!」


 玄関に至る直前、後ろから悲鳴に似た少女の叫び声。それとともに、犯人のうち一人の呻き声が聞こえてくる。


「てめぇ!」


 それを認めたもう一人が、俺を瑠美に向かって投げ飛ばした。俺と瑠美はぶつかり、ともに倒れる。そこへ、包丁を持った犯人が近寄ってくる。


「人質は二人もいらねぇよな」


 そういって包丁を振りかざし、縛られて動けない俺の背中めがけて、それを振り下ろした。


「お兄ちゃん!」


 耳元で瑠美の悲鳴が聞こえるが、俺はそれに答えてやることができなかった。痛みで涙が出てくる。体が言うことを聞かない。刺された箇所はこんなにも熱いのに、体の末端からはどんどん体温が失われていく。


「お兄ちゃん! ねえ返事してよ! ねぇ!」

「騒ぐなガキ!」

「やめて! はなして! おにいちゃぁん!」


 だんだん瑠美の涙声が遠のいていく。身を焼かれるような激しい苦痛を受け、瑠美を守り切れなかった無念を心に抱いて、俺の体も意識も粉々に砕け散ってしまった。




「おかえりなさい」


 寝汗びっしょりで目覚めた俺を迎えたのは、無表情の死神だった。


「今のは、夢?」

「それに類似したもの。49日後のあなたに今のあなたを投影した」

「俺は絶対にああやって死ぬのか」

「未来の事象だから確定はしていない。しかし、神の思召す未来に最も近い形」

「神様ってのは、サディストなんだな」

「あなたが死の運命に抗ったから。もっと簡単な死因も用意できる」


 俺が必死に絞り出した軽口も、死神は取り合ってくれない。そろそろ限界が来そうだった。


「死神、ごみ箱を」

「? これ?」


 差し出されたそれに、胃の中のものをぶちまける。死神はやはり俺の無様な姿を無機質な目で見つめ、何事もないように口を開く。


「あなたの運命、信じた?」

「ああ、信じた、信じたよ。だからあんなもの二度と見せないでくれ」

「ならよかった」

「何がよかっただ」


 俺がそう吐き捨てるより先に、死神は姿を消していた。寝起きでもともと少ない胃の中が空っぽになると同時に、ドアがノックされる。未来を見ている間に随分と時間が経ったらしい。


「馬鹿にい、朝。寝坊なんて子供のすることでしょ。これだから馬鹿は」


 平常運転の暴言に安心すら覚えるが、瑠美の姿を眼に映す勇気はまだ生まれなかった。


「悪い、瑠美。今日は学校休む」

「え。熱でもあるの?」


 少しだけ、声音が気づかわしげになった。事実、心配してくれているのだろう。


「いや、気分が悪いだけだ」

「あっそ。あんたが休もうと私はどうだっていいけど、奏ちゃんには連絡しときなさいよ」

「ああ。心配してくれてありがとう」

「別に。心配なんてしてないわよ」


 そのまま足音は遠ざかっていく。それに安堵するように息を吐いて、奏に短文のメールを送り、恐怖を忘れようとしきりに夢の世界へ渡航を試みるのだった。

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