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14日目 7月26日(月)

 休日が楽しかったせいか、学校に行くことが億劫に思える。長らく遊びに行くようなこともなかったので、久しく忘れていた感覚だ。欠伸を噛み殺しながら、ベッドから出る。


「おはよう。あなたはあと86日で死ぬ」

「おはよう」


 死神とも挨拶を交わし、リビングに出て朝食の準備をすると、瑠美が降りてきた。


「おはよう瑠美」

「おはよ」


 相変わらずそっけない態度だが、目は見てくれるようになった。一昨日一緒にゲームをしたのは正解だったと言えるだろう。俺にだって変化はあった。いつも死神ばりの無表情で、ただの義理とばかりに挨拶をしていたのが、自然と瑠美に対して笑顔が浮かんでいる。


「なんかその顔気持ち悪い」

「ひどいな」


 生憎と、瑠美には評判が悪いみたいだ。しかし、意識せずとも明るくふるまえるというのは良い兆候だと思う。笑う門には福来るという言葉は、鵜呑みにするわけではないが、ある程度的を得ていると思うのだ。笑顔を浮かべているだけで幸福感を促すホルモンか何かが分泌されるとかいう話も聞くし、意外に脳というものは騙されやすいものだ。現に今、多少の嫌なこと、例えば瑠美の罵倒なんかでは気分を一切害されないくらいには精神状態が安定している。あるいは、瑠美のことをそういうものだと認めて、半ば諦めているからこそなのかもしれないが。


「最近学校はどうだ?」

「なにその気持ち悪い質問。親戚でもあるまいし」

「いや親族ではあるだろう。で、何か楽しいこととかないのか」

「馬鹿にい。馬鹿にいは朝歯を磨くことに感想を抱くの?」

「ん? いや、特には」

「そういうこと」


 瑠美にとって、学校生活は歯を磨くことと変わらないらしい。さすがにそんなことはないと思うのだが、確かに俺だって、唐突に学校であった楽しい話はないかと振られて、咄嗟に何か答えられるかと言われれば、不可能だ。


「楽しかったことじゃなくても、何かなかったか? ほら、部活の話とか」

「馬鹿にいは妹のことなんて気にしないで勉強して」


 取り付く島もない。そんなに俺に隠したい部活が何なのか、とても気になるところだが、ここであまり詮索しても嫌な顔をされるだけだろう。


 諦めて苦笑いをして、そこで俺は瑠美の動きがいつもよりゆっくりであることに気が付いた。


「あれ、瑠美、今日は友達と先に行かないのか?」

「ん、まあ。休みなんだって」

「一緒に行くか?」

「奏ちゃんと一緒に行く」

「つまり俺と一緒ってことなんだが」

「馬鹿にいはついてこないで」

「泣いていいか?」

「冗談だから。5メートルくらい離れててくれるならついてきていいわよ」

「それも大概酷いだろ」


 俺の抗議に耳を貸すことなく、瑠美はごちそうさまと呟いて、学校と同等だという歯磨きをしに洗面所に入っていった。




「奏ちゃん、いつもうちの馬鹿にいがお世話になっててごめんね」

「いいよいいよ。もう慣れっこだから」

「ちょっとは否定してくれたってよくないか?」


 瑠美と奏が喋りながら歩く後ろを、5メートルではなく、1メートルほど遅れてついていく。これが瑠美に許された最低限の距離感だった。俺って本当に兄なんだろうか。


「昨日だって、家に鍵を忘れたとかで上げてもらって」

「ああ。あれはまあ、メロの遊び相手になってもらったからってことで」


 俺の文句により無理やり言わせた感が強い。瑠美も同じ感想らしく、振り返ってキッと睨んできた。それに関しては弁明の余地もない。


「それはそうとして、久しぶりに翔君と遊ぶのは楽しかったよ。瑠美ちゃんとも今度遊びたいな」

「うん、いいよ。何がしたい?」

「そうだなぁ。買い物とか?」

「いいけど、それだとこの間と一緒じゃない?」

「そういえば、二人はよく出かけてるんだったな」

「まあね」

「ちょっと黙ってて。今から予定立てるんだから。というかなんで知ってるのキモイんだけど」

「辛辣だな」


 瑠美は全く話してくれないが、瑠美と出かけた次の日には必ず奏が話してくれるのだから、知られたくないのなら奏に言ってほしい。それでも口の軽い奏は嬉々として話すだろうが。


「そうだ瑠美ちゃん、翔君も一緒に出掛けるっていうのは」

「絶対嫌」

「食い気味すぎるだろ」

「残念だったね翔君。振られちゃった」

「勝手に告白して振られるのやめてもらえるか?」

「あはは。ごめんごめん。ついてきたそうな顔してたから」

「どんな顔だよ」

「奏ちゃん、そんな馬鹿放っておいて予定立てよ」


 二人が仲良く歩いている姿を捉えながら、時々奏が振ってくる話に答え、瑠美に一蹴される。そんな他愛もないループが出来上がっていた。


「あ、瑠美ちゃん。おはよー!」


 学校が近づくと、弁当を届けるときに出会った瑠美の友達が、元気に走り寄ってきた。それまで奏と談笑していた瑠美の雰囲気が変わる。なんというか、笑顔に淑やかさが混ざったのだ。その直前に、瑠美が小さく、げっと呟いたことに俺は気づかないふりをした。


「おはようございます」

「翔君、私たちは行こっか」

「え? あ、ああ」


 奏にしては珍しく、瑠美にバイバイの一言も言わず、俺を引き連れて三年の教室へと向かった。代わりに、奏は瑠美にサムズアップしていたが、何か意味があるのだろうか。予定の話も途中だったように思うし、次に会う時間を決めるハンドサインだったりするのかもしれない。


「なあ、なんでさっさと瑠美から離れたんだ? 挨拶位する暇はあったろう」

「さあ。なんでかなぁ」


 それくらい教えてくれてもいいだろう、と言いそうになったが、美川に言われたことを思い出して、追及はしないでおく。


「ん?」


 登校して、下駄箱で靴を履き替えるわけだが、俺の靴箱に何か入っている。


「なにそれ。ラブレター?」

「多当折にされたラブレターがあるか?」

「そうだね、どう見ても果たし状だね」


 苦々しげにそれを見つめ、鞄の中に入れる。上靴をとりだしてひっくり返してみると、案の定画鋲が音を立てて床に落ちた。


「言い訳もしたのに、美川さんファンはしつこいね」

「そうだな」


 奏はまさか自分のファンだとは微塵も思っていない様子で同情の目を俺に向けてきた。


「おはよう」

「お、今日も同伴出勤とはいい身分だねえ、一ノ瀬」

「何が同伴出勤だよ。学校をどういう場所として見てるんだ」


 ご挨拶なやつだ。友達になったばかりの人間に振る話がそれか。しかしそのくらいの方が、遠慮なく話せてよいかもしれないが。


「どう見たってそうじゃないか。毎朝一緒に来てるんだから」

「そうだよ。私が保護者だから、そこだけは間違えないようにね」

「あれ、奏さん?」


 味方だと信じて疑わなかった奏に、当然のように裏切られた。というか、奏はおそらく同伴出勤の意味をわかっていない。とはいえどいつもこいつも、学校をなんだと思っているのか。


「やっぱ付き合ってるんじゃないの? あたしは応援するよ?」

「馬鹿を言わないでくれ。ただの幼馴染だ」

「そうだよ。その話はこの間したでしょ。しつこいのは嫌われるんだよ」

「へえ。あくまでしらばっくれるんだ」

「くどいぞ」

「まあそっか。毎朝一緒に登校してくるくらいだし、無自覚で一緒に出掛けることはあるよね」

「え。ちょっと待って。なんで知ってるの?」


 たいていのことはほわほわと笑って聞く奏だが、こればかりは驚いたらしい。まさかこいつ、奏のストーカーじゃないだろうな。さすがに冗談だが、怖いことには変わりない。


「あたしの友達に、昨日二人でフードコートにいたのを目撃したやつがいるんだよね」

「そいつ、よくそれが俺だってわかったな」

「最近雰囲気が変わったからだろうね。でも本当かどうかは疑わしかったから、そこであたしがカマかけたってわけ」

「げ。してやられたって感じじゃん」


 美川のときといい今回といい、俺のプライバシーはどうなっているのか。


「幼馴染ってのは男女でもそんなに仲良しなものかい?」

「そりゃあ昔は毎日のように遊んでたからね。最近は疎遠だったから、たまにはと思って」

「そうだな。たまたまだ。だからとりあえず眼光の鋭い男どもを何とかして欲しいんだが」

「やだね。自分で何とかしたらどうだい」

「お前が撒いた種だろうが」


 コイツが話を振ってこなければ、また殺意のこもった目で睨まれるようなこともなかったのに。これも明日ならまだ良かったのだが、残念なことに今日。体育のある今日に起こってしまった。


 体育というのは、どう足掻いても女子と引き離される授業である。一時間丸ごと彼らのある意味熱い視線に耐えなければならないというのは、はっきり言って地獄だ。


 まず着替え。前の授業が終わった瞬間ジャージを持ってトイレに駆け込む。着替えた後は、ギリギリ間に合うくらいまで籠り、チャイムと同時に先生の視界に入る。


「今日でサッカーの授業は最後になる。これまで学んだことを活かして、3チームに分かれて試合を行う」


 生徒たちから歓声が上がるが、収めなければ試合が始まらないことはわかりきっているので、すぐに収束する。


 1チームは練習ということで暇になるらしい。残念ながら、俺のチームは最後の一試合が休みとなった。


 準備体操の後、程なくして試合が始まる。俺の実力はといえば、足でまといには辛うじてならない程度だ。基本的にボールを遠目から追いかけるだけで、ほとんど触れることはない。


 そう思っていたのだが、今日はやけにボールの方から近づいてくるような気がする。そのため、意図せずとも観戦状態にはならない。


 そして同チームの生徒がボールを離し、少し距離が空いたときだった。


 安心した俺の元へ、正確には俺の顔面目掛けて、相手チームの少し離れたところにいたサッカー部がここぞとばかりに本領を発揮し、スナイプを行ったのだ。


 強い衝撃に尻もちをつく。真っ先に駆け寄ってきたのは、チームメイトではなく先生だった。


「大丈夫か一ノ瀬」

「あ、はい」

「気をつけろよ。怪我しないようにな」


 先生は完全に偶然だと思ったようで、蹴った彼には軽く注意だけしてコートの外に出ていった。確かに、まだ完全に意図的だと決まったわけではない。何せそこそこの距離があったのだ。サッカー部とはいえそこを正確に決めてくるとは思えない。


 試合が再開される。今度もまたボールの方から近づいてきて、それに付いて先程のサッカー部も近づいてくる。何かまずいと分かっていても、先生の手前、ボールに背を向けるわけにもいかない。


 ディフェンスの役割を一瞬でも果たすべく、立ち塞がったのは良いものの、やはりというか、サッカー部の彼は先生にバレないように、トラップと見せかけて嫌がらせのように俺の脛を思い切り蹴ってくる。


「ぐっ」


 俺の動きが硬直した後で、彼は悠々と俺を抜き去った。傍から見れば狡い嫌がらせだが、やられた身としては、悶絶するほど痛い。


 そのサッカー部の彼がゴールを決めて、その試合は終わりとなった。続いて第二試合が行われる。


 今度は敵チームにサッカー部はいないが、運動に関して万能な野球部がいる。さすがにスナイプの心配はないだろうが、警戒するに越したことはない。


 そうして、なるべく不自然にならないようボールから距離を取りつつ、試合は進んでいく。男子たちも先程の試合で溜飲を下げたのか、無理に狙いにくることはなかった。


 そのまま無事に終わるかと思われたその直後。後頭部に衝撃が走る。そのまま前のめりに倒れながら、俺は原因を考えていた。


 ボールは俺の正面方向で飛び交っているし、休憩組だって視界に捉えている。背後にあるものといえば、女子たちが同じく試合をしている別のコート。


「翔君ごめーん!」

「お前かよ!」


 膝を付いたまま、思わず突っ込んでしまった。


「ごめんってばそんなに怖い顔しないで」

「いや、別にいいんだけどな。奏なら悪気はないだろうし」

「当たり前だよ。幼馴染を何だと思ってるの」


 走ってきた奏に、立ち上がった俺は後頭部へぶつかってきたボールを渡す。


「ありがと。あーあ、膝に思いっきり砂ついてるよ。払ってあげるからじっとしてて」

「いいよ。余計なことしないでくれ」

「まあ! なんて口の利き方。そんな子に育てた覚えはなくってよ」

「お前に育てられた覚えはねえよ」


 奏はその場でしゃがみこんで、俺の膝あたりをはたく。背中に男どもの視線が刺さる刺さる。だから嫌だと言っているのに。


「あれ、何この痣」

「痣?」

「脛のとこ。青くなってる」

「どこだよ」

「ここ」

「いっ!」


 奏は無遠慮に患部を押し込んだ。その瞬間、身が縮こまりそうなほどの痛みが再来する。


「おまっ、加減というものを覚えろ」

「ごめんごめん。そんなに痛いと思わなくて。どうしたのこれ」


 正直に蹴られたと言って、奏はどう行動するか予想する。サッカー部の彼はクラスメイト。だからこそ、奏は何かと詰め寄ったりするかもしれない。それで注意でもしてくれれば、この嫌がらせも収まるかもしれない。


 しかし、それで奏の立場も悪くなる可能性だってある。何せ、あいつはサッカー部。学校一モテる部活に所属する人間であり、慕う女子も多いだろう。彼女らにハブられる可能性だってあるわけだ。


「わからん」


 勿論、そんなことを一瞬で考えたわけではない。実際のところ、幼馴染にチクって解決してもらうなんてみっともないと思っただけである。


「わかんないってことないでしょ。そんなに痛いんだったら」

「わからんものはわからん。ボール蹴ったら内出血でもしたんじゃないか」

「血管弱すぎでしょそれ」

「悪いが試合中だから、じゃあな」

「あ、うん」


 強引になったが切り上げて、ボールを追いかける振りをする。


 直接的に痛めつけられることも予想していたし、内出血するほどでないとはいえ、実際こんなこともなかったわけではないが、心配させるような傷は無いに越したことはない。


 となれば、根本的に俺が狙われる状況をどうにかするしかないわけだが、一体全体どうしたものだろうか。




 昼休みになり、今日は奏たちと昼食を摂ることなく、第二体育倉庫に逃げ込むことにした。


「あら。いらっしゃい。幼馴染にも愛想をつかされてさみしくやってきたの?」

「また疑惑が上がったばかりだからな。あんまり不用意なことは言えないと思って」

「へぇ。逃げてきたの?」

「確かにそうとも言う。だが、他の目的もあるんだ」


 美川の嫌味を気にすることなく、俺は持っている果たし状をひらひらとさせ、美川に見せる。あえて軽薄な態度を見せたが、一人で開けるには度胸が足りなかったのだ。開いて殺害予告の文字を見た瞬間後ろからグサリ、なんてホラーゲームのような展開は御免だ。さすがにそんなことはないと思うが。


「そんな時代遅れのものを渡す古臭い人間の話なんて聞く必要はないと思うけれど」

「応じるかはともかく、読んでみないと中身はわからないだろ」


 姿勢良く跳び箱に座って弁当を食べている美川を視界の隅に捉えつつ、果たし状を開く。


「北条に近づくな、ねぇ」

「あら、北条さんへのラブレターだったのね」

「ラブレターにはならんだろう」


 大きなため息をつく。まだ差出人がサッカー部の彼と決まった訳では無いが、何がそこまで彼の癇に障ったのか。俺と奏が幼馴染で、毎朝一緒に登校する程度には仲が良いことは分かっていたはずだ。それを知っている人間が、高々一緒に遊びに行ったくらいで豹変するものだろうか。


「なあ、お前が何か吹き込んでいたりしないだろうな」

「誰に、何をかしら?」

「これの差出人に、奏と俺の関係について」

「さあ。どうかしらね」

「答える気はないってことか」


 こいつはいったい何がしたいのか。俺と自身の言わばスキャンダルをわざと流し、俺を奏のコミュニティに入れたかと思えば、今度は俺と奏の仲を引き裂こうとする。全くもってチグハグだ。


 もしかすると、この事態は予想外で、あえて首謀者のフリをしているのかもしれない。何のためにそんなことをするかといえば、そんな理由はないわけで、可能性としては無いに等しいだろう。


「では、解決策を考えましょうか」

「なんだ、お前の考えた通りに動けってことか?」

「そうは言っていないわ。あなたが判断して行動しなさい。人をさも悪者のように扱うのはクズよ」

「含みしかないことを言うからだろう」


 苦言を呈するものの、俺一人で考えたところで保守的な案に落ち着いて解決にはならないだろう。例えば、正直に奏と距離をとって、諦めて美川崇拝者の尋問に応じるとか。俺の身が保証されることはないだろうが、奏に迷惑がかからないのならその方が良い。


「あなたに名案を授けてあげるわ」

「自分で言うかよ」

「誰も傷つかないのだから、最善に近いでしょう」

「誰もってことは、俺もか?」

「ええ。底辺ではあるけれど、あなたは一応人間として認識しているわ」

「そりゃどうも」


 底辺であることは否定しない。死神に余命宣告される時点でお察しというものだ。


 誰も傷つかないと美川が豪語するのだから、きっとその通りになるのだろう。その点で言えば名案と言うのも頷ける。


「あなたは今から別人になるのよ」

「はぁ?」


 その自称名案とやらが意味不明であること以外は完璧だったのだが。




「翔君、どうかしたの?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

「そう? ならいいんだけど」


 どうしたものかと考えながら、奏と一緒に下校する。いくら実力行使に出たサッカー部の彼とて、奏の前では何もしないだろう。彼が所属する部活も引退試合前ということで、まだやっている。奏と別れた瞬間を背後からということもあるまい。


「翔君、昼はどこ行ってたの? 居場所があるとも思えないけど」

「奏、オブラートって知ってるか?」

「本来は苦い薬を包む膜で、それが転じて相手を刺激しないように遠回しな言い方をすることだよね?」

「うん、完璧。出来れば活用してほしかった」


 親しき仲にも礼儀ありという言葉を脳髄に刻みつけてもらいたい。


「で、どこ行ってたの? 便所飯?」

「違う。良い隠れ場所があるんだ」

「え。どこどこ?」

「教えない」

「えーいいじゃん」


 口の軽い奏に教えて、他の誰かに漏れようものなら俺が美川に殺されかねない。改めて思うが、俺の周囲に身の危険が多すぎる。


「そうだ奏、実は考えていることがあるんだ」

「露骨に話を逸らしたね。というか、さっきの答えは嘘だったんだ。悲しいなあ」

「う、まあ。奏に言ってもどうにもならないからな」


 苦しい言い訳をすると、奏は露骨に不機嫌そうに頬を膨らませた。


「えー。私いろいろ役に立つよ? 今翔君が学校に行けるのだって私のおかげだったりするんだから」

「それは本当に助かってる。ありがとう」


 誠意を示すべく直角にお辞儀をすると、満足したように奏の頬は萎んだ。


「で、考えていることって?」

「いや、それがな。作戦を変えようと思うんだ」

「作戦って、美川さんファンから身を守る作戦?」


 頷く。結局、俺の作戦を採用することはなく、美川の自称名案を採用することにした。可能か不可能かで言えば不可能寄りだが、リスクに見合う対価がある。それに、失敗したところで今より悪くなることなどない。


「端的に言えば、軽薄な人間になる」

「お、おぉ?」

「処そうと思わないほどあいつらと仲良くなって、有耶無耶にするんだ」


 奏はキョトンとした顔で俺を見つめる。


「え、別人になるの?」

「そうだ」

「それは無理でしょ」

「俺もそう思う」

「どないやねん!」

「エセ関西弁は関西人に嫌われるらしいぞ」

「今朝もやったよそれ!」


 額にチョップが飛んでくる。甘んじてそれを受け、お返しに質問を返した。


「どうすれば別人になれると思う?」

「んー。そうは言ってもねえ」

「やっぱり無理だと思うか?」

「や、でもさ。翔君は自分が昔の自分と同じ性格だと思う?」

「ん、それは違うな」


 色々と経験して、幼少期とは別人とまで言わないものの、だいぶ変わった自覚はある。こう訊ねられて、次の言葉など決まっているだろう。


「次にお前は、じゃあ昔に戻れば? と言う」

「じゃあ昔に戻れば? ハッ!」


 大仰に芝居を打つ奏。確かに、過去の俺だって俺なのだから、なれないということはないだろう。


「昔の翔君は今より明るかったもん。絶対うまくいくと思うよ」

「ふむ、そんなものか?」

「うん。小学生に戻ってみようよ」

「わかった。明日試してみよう。何も考えない人間になるだけだからな」

「小学生のとき何も考えてなかったんだね」


 否定はしない。小学生の頃のことなどほとんど覚えていないだけということもあるが。


「朝からだよ。明日会ったときには小学生の翔君だからね」


 そう言って奏は家に帰っていった。俺は思わず浮かんだ渋い顔を解しながら、俺も自分の家に入ったのだった。

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