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12日目 7月24日(土)

「おはよう。あと39日であなたは死ぬ」

「おはよう。今日も早いな」

「死神に睡眠は必要ない。早いも何もない」

「そうか」


 お決まりの挨拶と共に、今日もまた一日が始まる。明日は奏と映画に行く約束をしたが、今日は特に予定がない。死ぬまでに残された数少ない休日、できるだけ有意義に過ごしたいところだ。


 さて、土曜日ということもあり、瑠美が起き出すにはまだ時間がかかるだろうから、朝食を作ってしまおう。


「死神、手伝ってくれ」

「承知した」


 時間に余裕があるというのは良いことだ。包丁を使う作業は全て死神と分担ができるし、その分手の込んだ朝食が作れる。今朝はサンドイッチでも作ろうか。


 生活の質というのは食事に依存する部分があると思う。やはり食事が楽しみでなければ、面倒な家事や勉強などやっていられない。食事が全てと言うつもりは更々無いが、人生で睡眠の次くらいにかける時間があるのだから、あながち間違いとは言えないだろう。


 そんなことを考えながら、比較的上機嫌で朝食を作っていく。と言っても、包丁を使う作業が多いので、ほとんど死神の作と言って差し支えないが。俺がしたことと言えば、卵を焼いたり、最後にソースを作って挟んだりといったことくらいか。


 その最後の工程のときに、瑠美が部屋を出る音が聞こえた。それと同時に、洗い物をしていた死神の姿は忽然と消える。


「おはよう、瑠美」

「おあよ」


 今日の瑠美は完全にオフモードだ。部活がない上に、雨ということもあって誰とも遊ぶ予定を作らなかったのか、今日は一日ずっとパジャマで過ごすことに決めたらしい。ピンクのモコモコに包まれた瑠美がダイニングの椅子に座る。


 瑠美は欠伸をしながら、仕上げを続ける俺の方をちらりと見た。暫く目を瞬かせた後で、尋ねる。


「それ、作ったの?」

「ああ。早くに目が覚めたし、瑠美が起きてくるのが遅かったからな。作る時間は十分にあった」

「時間があったからって、そんなの作らないでしょ。余程暇なのね」

「なんだ、いらないのか?」

「そんなこと言ってない。気に入らないことがあったらすぐ物を盾にするの、みっともないから」

「うぐ。それはすまん」

「別に謝らなくてもいいけど」


 文句を言いつつも、俺の作業風景をじっと見る瑠美。視線を感じてちょっと恥ずかしいが、盛り付けるだけにわざわざそれを言及するほどの時間はかからない。


「こういうの、意外と良いなあ」

「ん? 何か言ったか?」

「別に。喋れば墓穴を掘る馬鹿は、黙って続けてて」


 何か言った気がしたのだが、こうすらすらと罵倒が出てくる口だ。わざわざ聞き直すほどの価値があることを言ったわけでもないだろう。


「ほら。完成だ。味わって食べてくれ」

「手間をかけたからって美味しいとは限らないでしょ。努力は認めてあげなくもないけど」

「そりゃどうも」


 いつも通りの口の悪さに苦笑いを浮かべながら、俺も瑠美の向かいに腰を下ろす。


「いただきます」

「いただきます」


 サンドイッチを口に入れる。コンビニで買えるものと、味自体に大きな差があるわけではないが、自分で作ったというだけあって、美味しく感じる。やはり挟むパンはこんがり焼いておく方が俺は好きだ。


 勘づかれないように、瑠美の表情を盗み見る。無愛想にしているかと思いきや、その口角はほんの少し上がっていた。それがどうしようも無く嬉しくて、つられて俺も微笑みを浮かべた。


 そうするとさすがに瑠美も気づく。何見てるのよ、と抗議されるかと思いきや、動揺したのか目を逸らした。そういえば、こんな反応が少し前にもあった。今日の反応を見るに、どうやら顔を見るのも嫌という意味ではないのだろうが、気になってしまう。


「どうかしたのか?」

「何が?」

「いや、最近顔を逸らすことが多い気がしてな」

「う」


 瑠美は短く唸ってから、姿勢を正して改めて俺の顔を見た。というか、睨みつけた。


「これで満足?」

「どうしても見て欲しいって話ではなくてだな。俺が悪いなら何が悪いか教えて欲しいってだけだ」

「別に、誰も悪いなんて言ってない」

「そうか?」

「そう。余計なことは考えなくていいから。その少ない脳みそは勉強にでも使いなさい受験生」


 それだけ言って、瑠美はもぐもぐとサンドイッチを頬張り続ける。口を開けば悪口雑言の瑠美も、黙って食事をしている姿は小動物系の可愛さがある。あまりまじまじと見ているとまた突っかかってこられそうなので、時折視線は外すものの、可愛いものは可愛い。


 そういえば、こうしてじっくりと瑠美の顔を見ながら食事をするのは久しぶりな気がする。勿論、毎回食事を共にしているわけで、物理的に見ないことは有り得ないわけだが、感想を持つほど瑠美の顔を見つめることはそうそうなかった。瑠美とテーブルを囲んでいながら、実質的には一人で食事をするのと変わりなかったのだ。


 今になってみると、それがとても惜しいことのように思えて仕方がない。瑠美とこうして食卓を囲むのも、もう百回かそこらだろう。限りがあると思うと、今まで何でもなかったこの時間が尊いもののように感じられる。もっと瑠美を見つめていたい、というと恋人のようだが、瑠美といられる時間を大切にしたい。それで機嫌を損ねようとも、それはそれで良いではないか。


「何見てんのよ」

「気にしないでくれ」

「そうじっと見られ続けたら気になるでしょ」

「んー、強いて言えば、瑠美と過ごす時間を大切にしたいと思ってな」

「何それ。馬鹿じゃないの」

「好きに言え。俺は瑠美と話せるだけで嬉しい」

「変なの」


 引き気味の表情で、牛乳を飲み干す瑠美。サンドイッチの皿は綺麗さっぱり完食されていた。


「ごちそうさま」

「お粗末さま。食器は流しに頼むな」

「わかってる」


 そんな他愛ない会話をする裏で、俺の今日の予定、というか希望が固まりつつあった。


 自分の部屋へ戻ろうとする瑠美の背中へ、声をかける。


「瑠美」

「なに?」


 瑠美は廊下への扉へ手をかけた状態で振り返った。


「たまには一緒にゲームでもしないか」

「はあ? なんで急に」

「強いて言うなら、瑠美との時間を大切にしたいと思ってな」


 瑠美はため息をつくと、そのまま部屋に帰っていってしまった。これはフラれたなと思うものの、予想の範疇であったため、誰に見せるでもなく苦笑を零しながら洗い物を始めた。


 丁度洗い物が終わったとき、再び瑠美の部屋の扉が開く音がして、トテトテと階段を降りてきてリビングに入ってくる。


 瑠美の格好は変わっており、パジャマからパステルカラーのシャツとデニムのショートパンツを合わせたスタイルになっていた。出かけるにしてはラフな組み合わせだが、折角着替えたのだからどこかへ行くのだろう。


「どこか行くのか?」

「はあ? どっちなの?」

「え?」

「ゲーム、するんじゃないの」

「お、おう?」

「仕方ないから付き合ってあげるって言ってるの! するならさっさとしなさい!」


 リビングのソファに深く腰掛け、俺の方を睨む瑠美。


 てっきり無視されたものと思っていたが、俺が思っているより、瑠美はよっぽど優しかった。


「で? ゲームって何するのよ」

「昔買った対戦ゲームがあったろ」

「小学生の頃のやつじゃない。ちゃんと動くの?」

「それはわからん」

「せめて確認してから誘いなさいよ馬鹿」

「悪い悪い」


 どれだけ罵られようとも、苦痛に感じない。それほどまで、瑠美が俺の誘いに乗ってくれたことが嬉しかった。


「お、ついたな」

「コントローラーちょうだい」

「はいよ。お前そのキャラ好きだな、昔から」

「一番使い慣れてるから。他のキャラに浮気しまくる馬鹿にいと違って、私は一途なの」

「浮気って、そういうゲームだろうが」


 新たなキャラを解放するためには、別のキャラを使う必要があったり、ミッションに挑んだりと、否が応でもキャラを変えて遊ばなくてはならないのだ。


「それに、そのセリフはその一途なキャラで俺に勝ってから言ってもらおうか」

「ぐむぅ」


 早速始めたところ、思ったより操作感というのは覚えているもので、難なく俺が一勝を納めた。


「たまたま一回勝ったくらいで調子に乗らないで。そういう思い上がりは見てるこっちが恥ずかしいから」

「負け惜しみか?」

「黙って」


 普段やられている分、思いつく限りの言葉を使って煽る。久々にやるゲームで、瑠美はすっかり操作のコツを忘れているようだが、手は抜いてやらない。


「また勝ったぞ。どうした? キャラ変えるか?」

「うるさい」


 俺は色々とキャラを変えて、瑠美に慣れさせないよう立ち回る。昔は瑠美もこのゲームをやり込んでいて、愛用のキャラにはどうやっても勝てなかった覚えがある。あの頃の悔しさを今が晴らす時だ。


「あー! また負けたっ」

「手抜いてやろうか?」

「ふざけないで! 二度と舐めた口がきけないようにしてあげるわ!」


 チンピラみたいなことを言っている瑠美。熱くなっている証拠だ。


「あっ、やべ」

「やったっ! 勝ったぁ!」


 操作ミスでステージから落下する俺のキャラクター。派手なエフェクトと共に瑠美の勝利が宣言される。


「ま、まあ、わざとだけどな」

「負け惜しみはみっともないわよ」

「くそっ。もう一回だ。次は本気出す」

「やれるものならやってみなさい」


 そうして、兄妹水入らずのゲーム大会は熾烈を極めた。結局、勝った総数が多かったのは瑠美。昼食時ということで、大会はお開きとなった。


「あー楽しかった」

「久しぶりにゲームするのも良いものだな」


 コントローラーを仕舞って、ゲームの電源を消し、一息つく。


「敗者は昼ご飯用意ね」

「終わった後に言うなよ。別にいいけど」


 どうせこの雨で外に出ようとは思わない。あるもので簡単に用意出来るものしか許さないとすれば、負担にもならないだろう。


「じゃあ何が食べたい?」

「うーん、軽いものが良い」

「軽いものか。うどんで良いか?」

「ざるうどんが良い」

「はいよ」


 茹でるだけなので、調理の手間的にも軽い。ソファに寝転んでゴロゴロし始めた瑠美を後目に、キッチンで調理を始める。


 何でもない日が楽しい。楽しもうとしているから、というのもあるが、今までの人生ずっと一緒だった家族と貴重な時間を共にしていると自覚することが大きいように思える。


「ほい。できたぞ」

「はやーい」


 そりゃあそうだ。五分とかからない。


 ゲームに勝って気分が良いからなのか、普段のムスッとした様子はなりを潜め、やけに上機嫌でうどんを啜り始める。


「胡麻いるか?」

「いるー」


 すり胡麻を入れて、また瑠美はうどんを啜る。どういうわけか、いつもの毒舌が発揮されることなく、それからずっと子供のような反応で美味しそうに食事を進めていった。


 負けず嫌いではあったものの、ここまで勝利の余韻に浸るなんていうタイプではない。まして、ゲームなどという簡易な勝負では特に。


 気にしても意味の無いことだ。単に、懐かしいゲームをして童心に帰っただけかもしれない。昔はよく奏を交えて三人で遊んだものだ。今の瑠美はその時の雰囲気に近いと言える。


 何にせよ、瑠美が楽しそうで俺も嬉しい。


 食後。ゲームの続きを、今度は協力プレイでもしようと思って誘ってみたが、反応は芳しくなかった。


 苦渋の決断というように表情を歪めてから、瑠美は俺にしょんぼりとした顔を向ける。


「課題があるから、また今度ね」

「そうか。わからないところがあったら言えよ」


 昔だって、宿題があれば終わらせてから遊ぶのが瑠美だった。俺への当たりの強さは変わってしまったが、真面目さは一切変わっていない今でも、それは変わらないだろう。


「大丈夫。教科書さえあればどうにかわかる課題ばっかりだから。それより自分の勉強したら? 仮にも受験生でしょ?」

「まあ、そうだな」


 気持ちを切り替えたようで、先程までの子供っぽさを抑えて、毒舌とまでいかないものの、苦言を呈して瑠美は部屋に戻っていった。


 本当は勉強をする時間も惜しいのだが、かといって期末テストでしくじって夏休み中に補習を受けるようなことは絶対に避けねばならない。


 そういうわけで、今日は俺も課題を済ませることにした。どうせ提出はテスト前なのだから、直前に答えを写せばそれで済むのだが、俺にも瑠美と同じ優等生の血が流れている。もし余命の話がなければ、今日よりも早いうちから手をつけていただろう。


 机に向かい、問題集を開く。三年にもなると、わからないところも多い。その分時間がかかるのは仕方がないこととしても、進まないというのはモチベーションに関わる。


 ちょうど行き詰まって、一人で唸っていたとき。机に伏せていたスマホが振動する。


 勉強中にスマホを気にするのは悪い癖だが、重要な連絡だったらいけないと思って開く。重要な連絡の例を尋ねられても、思い当たる節なんてこれっぽっちもないが。


 通知は瑠美からのメッセージだった。隣の部屋なのだから直接言えば良いものを。とは思うものの、勉強の邪魔をしないようにという配慮なのかもしれない。


『晩御飯は私が作るから』


 とのことで、本文は素っ気ないが、そのくらいの距離にいると認識できることが心地よかった。


 今日まで、瑠美との間に少し距離を感じていた。互いに互いを見ているようで、その実別の何かを見ているような感覚。しかしそれはきっと、思春期と呼ぶよりも単純なことだったのだ。一日一緒にゲームをしたら解決するくらいに。


「これ全部終わらせたら、何か手伝うか」


 そう一人で呟いて、課題に向き直る。


 若干だが、問題を進めていくことが楽しくなってきた。これを終わらせて、手伝うために部屋を出れば、また瑠美の顔が見られる。憎まれ口なんて気にする必要はない。今日の俺は何気ない幸せを味わうのだ。

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