ご招待
「母さん!」
美波の鞭で傷を負ったトリッキースネークの尻尾、偽もふウサギが高速で母さんに迫る。
「はいっ」
大縄跳びを飛ぶように気合の声を出し、母さんがそれを躱す。躱した直後に一瞬動きが止まったトリッキースネークの顔面に向け、手をかざした。
「ライトニングスラッシュ!」
光魔法2の光の刃が、口を開け毒を噴射しようとしていたトリッキースネークの両牙を折る。
「美波!」
「任せてっ!」
母さんの掛け声に美波が応え、瞬時にトリッキースネークの前に出た。魔力が流れ、キラキラ輝く白薔薇の鞭を大きく振るう。
ヒュヒュンッ
鞭が光の残像を残し、トリッキースネークの首をはねた。偽もふウサギと共に、切り離された頭も光って消滅する。
「ナイス! お母さん」
「ふふ、ありがとう。美波は立派な鞭使いね」
「えへへ。あ、レベル上がったよ。私16になった! 歳と一緒! イエーイ」
「お母さんもさっき大きなムカデを倒した時、レベル5になったわ」
「やっぱり! 反応もジャンプも凄かったもん」
「うふふ、町内運動会出てみようかしら。短距離走、優勝賞品がお米5キロなのよね」
「いいんじゃない? お母さんならぶっちぎりの1等だよ。お米はもらったね!」
「……あのー、ちょっと良いですかね?」
きゃっきゃうふふと、美波と母さんが話しているところに割り込む。母さん! と叫んだだけで、今の戦いに参戦していない俺には、参加権がない。母さんの魔法発動の詠唱にも突っ込まず、我慢したのだ。
「そろそろお時間の方が……Pちゃん今何時?」
「21時37分30秒になりますピ」
「あら、もうそんな時間。帰らないと」
母さんが残念そうに細い目を更に細めた。
「あーあ、楽しかったのになぁ。時間って無情ー」
二人がドロップ品の解毒剤の小瓶1本と、魔石を拾い俺に渡してくる。それを空間庫に収納し、辺りに魔物がいない事を確認して、マシロに声をかけた。
「よしマシロ、一階に戻ってくれるか?」
「キュイ!」
丸窓からマシロが手を降った。
「キュキュキュー」
「まあ帰ってから、取得したスキルを確認するだけの時間はあるから大丈夫」
「キーキュッ!」
マシロの『頑張ってます』鳴き声と浮遊感と共に、俺たちは地下1階へと戻った。
「ただいまっと」
美波が土階段から、勢い良く部屋のフローリングに飛び乗る。お前土足……。母さんはフローリングに腰を下ろし、美波から借りたブーツを脱いでいた。
「母さん、スカイランナーのブーツ回収しとくよ」
「ええ、ありがとう」
差し出されたブーツを収納すると、代わりに母さんが履いてきた黒いパンプスを渡す。
「なあに? またダンジョンに入るの?」
母さんが不思議そうにしながらも、パンプスを受け取った。
「なになに? また行くの?」
だからお前は土足なのを忘れて……。まあいい、またすぐ靴を履くから。
「二人にまだ見せてない、俺の得意技があるんだ」
ベッドを元の位置に戻し、空いたスペースに向け手をかざした。
「賢者の家」
ファンッ
見慣れた、高さ2メートル横幅1メートルほどになった楕円形の膜が出現する。
「……何これ? 特大シャボン玉製造機?」
「そんなスキルはない。俺のユニークスキル」
「こう兄の?」
美波が恐る恐る膜に触れると、ポヨンと指先が弾かれた。さてさて、どうかな。
「母さん、俺の手を掴んで。美波はあとからついてきて。母さんには触らずにな」
母さんの手を掴むと、そのまま膜の中に入った。
「こう兄! お母さん! シャボン玉が消えちゃった!」
膜の外で美波がオロオロしているのが見え、すぐに部屋を覗くように頭だけ出す。
「ごめんごめん」
「ひいい……! 首だけ。こう兄が首だけになって……」
わなわなしている美波はおいといて、膜の内側で辺りをキョロキョロしている母さんに声をかける。
「母さん、ちょっと出るよ」
俺が膜から出た途端、母さんも膜の外へぽんっと出てきた。
「あれ? 航、さっきの場所は……? あら美波、なんで半べそ?」
母さんが首を傾げ、恐怖で震えていた美波を見つめる。
「うーん、まだこの辺には変化なしか…。美波の方はいいとしても、俺が出ると中の人も出ちゃうのはなんとかならないかな……」
「ちょっとこう兄! どういう事!?」
ムフーっと鼻息荒く、美波が詰め寄って来た。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと検証を。よし、今度は美波は母さんの服を掴んで。母さんまた入るよ?」
「ええ、いいわよ」
頷く母さんの手を取り、中へもう一度入る。母さんのブラウスをつまんだ美波も、今度は中に入って来られた。中に入るには俺と繋がっているか、俺とつながった物に触れているか……だな。人数制限の上限も、5人以上に増えている。
「わあ……こう兄、ここは」
「航の力なの?」
「たまたま運良く貰っただけだけど。まあ、気持ちの良い場所だろ?」
まだ青空のままの空、風が草花をサラサラ撫でながら通り過ぎていく。
「ええ、とっても」
「すんごく良い!」
二人が今日一番の笑顔を見せる。
「Pちゃん、マシロ、出て来ていいぞ」
バッグの開閉ボタンを押し、天板が開くとふたりが顔を出した。
「キュイッ」
「ピ! またですピィ。マシロ、待つですピ!」
飛び跳ねながら、先に見える薔薇のアーチ門に向かって行くマシロをPちゃんが追いかける。
「こう兄、家がある……カワイイ家」
「ほんとねえ。子供の頃、あんな家に住みたいって思ってたわ。誰かいらっしゃるの?」
「ちょっと入ってみる?」
俺が歩き出すと、二人もためらうように後に続いてきた。
「良いの? 入れるの?」
「うん、初めは椅子だけだったんだけど、レベルが上がって家が出来た」
「……と言う事は」
「ああ、あれは多分俺の家」
「……キャー! ピヨちゃん! マシロちゃん! 待ってー!」
美波がふたりの後を追って駆け出す。
「もう、美波はいつまでも子供なんだから……」
母さんがそわそわと落ち着かない様子で言う。
「母さんも行ってくれば?」
俺の一言に母さんの細い目が、くわっと見開いた。おう!?
「美波ー! お母さんも見たい!」
パタパタと美波を追って行く母さんの背中が弾んでいる。
「はは、母さんも子供みたいだ」
仰ぎ見た空はどこまでも青く澄み、辺り一面に草花が咲き乱れ、風が土と花の微かな匂いを運んでくる。
俺は、この日を決して忘れない。
読んでくれてありがとうm(_ _)m まだまだ課題は残るけど、まずは当初の目的とりあえず達成です。感謝!




