油断は禁物
「あらまあ、本当にダンジョンなのねえ」
土階段を降り切り、ライトに照らされた石畳の通路を見て、母さんがなぜか感心している。
「1階から4階までは石の通路、地下に潜るほど形状が変わって、魔物は強くなって行くんだ。時々浅い階層に強い奴がいる事もあるから注意ね」
そう言いながら空間把握と気配探知を放ち、辺りを探る。こっちに向かって来るものはいない。
やっぱりここは6階か、10階かな。
「魔物を倒して魔力移譲されたら、母さんも自分のレベルが分かるようになるよ。マシロ」
「キュイ?」
バッグの丸窓からマシロが顔を覗かせる。
「6階に行ってくれ」
「キュイ!」
「美波、マシロに転移してもらう。母さんの手握っとけ」
「マシロちゃん転移使えるの? さすがテレポと白薔薇のハーフ」
美波が嬉しそうに母さんの手を取った。
「キュキュキュー」
マシロの茶色い三角耳がパタリと折れ、閉じる。
「行くぞ!」
「キーキュッ!」
マシロの体が銀色に輝き、浮遊感と共に俺たちは6階へ転移した。
「ここは……森?」
「この森にはね、ヘビにカブトムシ、ムカデ、蜂とかもいるんだよ」
辺りを見渡す母さんに、美波が得意気に説明する。どうやら母さんと一緒に潜れるのが嬉しくてたまらないらしい。
「あら、虫除けスプレー持ってきた方がいいかしら?」
美波よ、そりゃあ普通に森にいる生き物の紹介だ。
「ここは地下6階。美波が言っている魔物も、サイズが都市バスくらいあるから、注意してよ? 母さん」
「そんなに大きいの……分かったわ」
空間把握、気配探知っと…。
近くに赤い反応が2つ。地表じゃない。
「魔物が向こうから飛んでくる」
木々の間を注視していると、美波が近寄って来た。手には渡した白薔薇の鞭を持っている。
「ホントだ、私の気配探知にも今引っかかった。蜂?」
「いや、もっと遅い。蝶の方だ」
木々の間から空に現れたのはアゲハ蝶に似た、片方の羽が畳3枚はある2匹の蝶。6畳部屋以上の大きさだ。
吸血系:眠り蝶 Lv10×2
攻撃パターン:強制睡眠、吸血、切り裂き
睡眠効果のある鱗粉を散布、眠らせ吸血する。
羽の縁は鎌のように鋭利になっている。
弱点:全ての魔法、体への物理攻撃
「美波! 前にも言った通り眠りの鱗粉に気をつけろ。母さんと一緒にいてくれ」
「うん、お母さんを守る!」
俺が言う前に眠り蝶が飛来する方向と母さんの間に立ち、空を見上げた。
「よし、頼んだ」
俺は更に二人の前に出る。2匹の眠り蝶が剣や槍は届かない上空で止まり、ホバリングをする。綺麗な紋様の羽からキラキラと光る物が舞い降りて来た。
「航! 何か降ってきたわ! 逃げて!」
母さんの悲鳴のような声が後ろから響いた。
「大丈夫! 上昇気流!」
風操作で地表から上空へ風を流す。キラキラ光る鱗粉も上空へと消え行く。眠り蝶は一瞬バランスを崩しながらも、まだ同じ所を飛んでいた。
「風刃!」
「キラキラカッター!」
美波と同時に風と光の刃を放ち、風が一匹の胴体を切り裂き、キラキラ眩い光がもう一匹の片方の羽を切り落とす。
ドサッと、美波の目の前に片羽を失った眠り蝶が落ちて来た。
「やったよこう兄! キラキラカッター一回でやっつけられた!」
美波が動かない眠り蝶に近づく。まだ消滅していない。
「美波不用意にー」
「美波!」
母さんが背後から美波の両脇を抱き、自分ごと後ろに倒れた。その直後、そこにはもうない美波の腹辺りを、体を回転させた眠り蝶の羽が通り過ぎた。同時に雷光の切っ先を、眠り蝶の頭に深く刺し込む。
「母さん! 美波!」
光って消滅する間を通り抜け、倒れた二人に駆け寄った。スパッツ丸見えで、仰向けで倒れていた美波が跳ね起きる。
「お母さん! 大丈夫!?」
下敷きになっていた母さんがむくっと起き上がった。
「ええ、大丈夫。ちっとも痛く……痛いわ」
薄い桜色のブラウスから黒いパンツへと、両手で擦っていく。
「お母さんが、私のせいで怪我しちゃったあ……ごめんなざいぃ」
大きな目に涙を浮かべ、母さんに抱きついた。
「違うのよ美波、大丈夫だから……アイタタ」
母さんが美波の頭を撫でながら、眉間にシワを寄せる。
「美波落ち着けって。お前も覚えてるだろ?」
「ぶえ?」
鼻水を拭きなさい、鼻水を。
美波を離すと、母さんに手を貸し立ち上がらせる。
「母さん、今レベルいくつ? ステータスって思ってみて」
「ステータス? ……あら、ゲームのコマンドみたいなものが、頭に……。レベルはそうね、3だって」
「痛いの、治ったでしょ?」
俺の言葉に、母さんがびっくりしたように細い両モモを擦った。
「本当に。さっき頭の中に声がしたと思ったら、急に筋肉痛になったのよ。でも今はなんともないわ。それどころか凄く体が軽いの」
細い目を嬉しそうに細め、母さんがぼんやりしている美波の鼻を、ポケットティッシュで拭く。
「ほらほら、お母さんは大丈夫。もう、16才なんだから鼻垂らして泣かないの」
「だって……私がもっと気をつけてれば」
「そうだぞ美波、魔物は光って消滅するまで油断するな。はい」
「はい?」
「ほら繰り返す」
「……魔物は光って消滅するまで油断するな」
「よし。気をつけろ。俺にとったら二人とも大事だからな」
クシャッと、しょんぼりしている美波の頭を撫でる。
「……はい、師匠」
美波が赤い目をしてにっこり笑った。
「ピ、航平、私は?」
「キュイ?」
バッグの丸窓からPちゃんとマシロが顔を出す。
「……もちろんPちゃんもマシロも大事です」
「じゃあチョコアイスを下さいピ」
「キュイィ」
「あ、私も!」
じゃあってなんだ、じゃあって。しかもどさくさに紛れて、反省していた美波がなぜ手をあげている……。
「あら良いわね。じゃあちょっと休憩しましょう。航、アイスがあるなら皆んなに」
「……母さん、休憩早くない?」
「そう? ……アイタタタ」
母さんが急に腰をさすり出す。
「……はいはい、休憩ね」
母さんは皆んなを甘やかし過ぎだ。
「あ、航。どこか良い場所探して来てね?」
……俺以外。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 誤字報告ありがたやー。感謝です!




