母さん
「えっと、こっちの水色のヒヨコがPちゃん、白いオコジョっぽいのがマシロ」
ガラステーブルにPちゃんとマシロが並んで立っている。
「今晩は、航平と美波の母です」
「ピ! 今晩は母」
「キュイ!」
ふたりが元気良く手を上げた。
「うふふ。可愛らしいわね」
寂しげに笑いながら小さな手と羽根をそっと握ると、
「えーと…。ピンちゃん? 明日の天気はどうかしら?」
母さんがPちゃんに顔を寄せ、優しく語りかけた。
ん?
「ピ、明日の東京は曇り、時々雨が降りますピ。降水確率60パーセント、洗濯物は室内にー」
Pちゃんが嬉しそうに話す。どこと接続してんだ?
「凄いわねえ、これが聞けば色々教えてくれる物知りの『知り』さんね?」
母さんが感心するように、教えてくれてありがとうと、Pちゃんにお礼を言っている。
「……こう兄、お母さんが盛大な勘違ー」
「……いいんじゃないか? 本人たちが楽しそうだから」
ステーキをがっつり食べているふたりを、母さんが細い目を更に細め、寂しそうに眺めていた。
かなり気に入っているようだ。
「『知り』のピンちゃんもご飯食べるのねえ。不思議だわ。なにで出来てるのかしら?」
「ピ、私は叡智ですピ。食べ物は全てエネルギーに変換されますピ」
もぐもぐとステーキを食べ、米を頬張る。
「H製ね、食べ物がエネルギーになるなんて、人間と同じね」
ふふっと笑い、自分の肉をマシロとPちゃんに分けてあげた。
「母さん、肉はいっぱいあるんだから、自分の分はちゃんと食べなよ」
「美味しそうに食べてるから。つい」
母さんが昔、子供だった俺や美波に食べ盛りだからと、自分の少ないおかずを更に分けてくれていたのを思い出す。母さんはそういう人だ。
そういう人だからこそ、悪い奴なんかにやられちゃいけない。
「……母さん、聞いて欲しい事があるんだ」
俺の口調に反応して、美波が箸を置いた。
「なあに?」
「この部屋に、ダンジョンが出現したんだ」
「……だんじょん? この部屋に?」
母さんが目を細め、首を傾げる。
「うん。そこは魔物がー」
「こう兄、ダンジョンって言ってもお母さん分からないよ」
美波の慌てた声に、はたと言葉を止めた。つい先走ってしまった事に気づく。
「ああ、そうか…えっと」
なんて言おうか……。母さんにも分かる言葉はなんだ?
「お母さん、こう兄の部屋にね、地下迷宮が突然現れたの」
美波が考えながら言い、真剣な顔をして母さんを見る。
「地下迷宮?」
更に母さんが目を細める。もうつむってるんじゃないかな?
「美波、地下迷宮の方が分かりにくいだろ」
「えー、こう兄の方が分かりにくい」
「いや、ここはストレートにだな」
「お母さんが怖がっちゃうじゃん」
ああだこうだと美波と言い合っていると、母さんがふふふっと笑った。
「もう二人とも、どうしたの?」
やっぱり信じられるわけがない。こうなったら光のオーラ、守りの指輪で完全武装させて、無理矢理にでも連れて行くか。
「まるでそこにはモンスターがいて、倒すとレベルが上がったり、宝箱があったりするダンジョンみたいな言い方して」
「へ?」
「え?」
「懐かしいわ。お母さんが子供の頃、ドラ○エが大好きでね。復活の呪文をノートに書いて、書き間違えるともう…。あれはやり切れなかった」
ふふふっと今度はほんとに寂しげに笑った。ふと、ゲームに夢中だった頃を思い出す。
俺や美波がやってたドラ○エ、誰が買ったんだ?
「……家が貧乏でもドラ○エがあったのは」
「懐かしくて、ついね。Ⅲまでしか買えなかったけど」
細い肩をすくめて母さんが笑う。
そうだった。そこに落とし穴があるとか、そこは一度落ちないと行けないとか教えてくれたのは、母さんだ。
「…母さん! 行こう!」
俺はすくっと立ち上がった。
「行くって? どこに?」
「ダンジョンだよ! ほら、ここにある」
ベッドをズズっとずらす。見慣れた土階段が姿を表した。
「あら、階段が……。これ、ダンジョンなの?」
母さんが興味津々に覗き込む。
「母さん、今から52日後、7月28日に世界中にダンジョンが出現するんだ。イレギュラーでなぜかこの部屋に出来て、俺と美波は中に入ってレベルを上げて、強くなってる。この先、ダンジョンに潜る人が多くなれば、悪い奴が出てくるかもしれない。自分を守る為に母さんにも、レベルを上げて欲しいんだ」
俺は今まで黙っていた分、母さんが心配な分、熱を持って説得を試みた。
「お母さん、私からもお願い」
美波が母さんの手を握る。
「ふふ。嬉しいものね。子供たちに心配してもらえるのって」
握っている美波の手をトントンと軽く叩く。
「いいわ。お母さん頑張っちゃう」
筋肉のない細い腕で、力こぶを作った。
「じゃあさっそくー」
「でも今日は止めておくわ」
「え? どうして?」
美波と同時に思わず聞いてしまう。
「今日のブラウス、美波の初お給料のプレゼントなの。この服を汚したくないもの」
美波の驚いた顔が、ちょっと照れたような顔に変わった。
そうか、美波は母さんにブラウスを。……俺には板チョコと弁当だったな。
「分かったよ、母さん。汚れないよう魔法をかける。時間もないし、いざとなれば母さんをおぶって降りる」
魔法、という言葉に、母さんの目が1.5倍に見開いた。
「魔法……。航平、魔法使えるの?」
「うん。美波も覚えた。母さんも適性があれば」
目は更に開き、2倍へと拡張する。こうして見ると、母さんは結構綺麗だ。
「うん…。どうする? 母さん」
「行きましょう」
即答だった。
読んでくれてありがとうm(_ _)mこんな感じでスローです。それでもこうして読んでくれたり、気になってくれたりして、嬉しいなと、しみじみ思うわけです。




