Pちゃんは食いしん坊
「じゃあ、ピーちゃん、マシロちゃんまたね!」
水色のパンプスを履きながら、ゆんが俺の両肩にいるふたりに手を振る。
「ピ!」
「キュイ!」
Pちゃんとマシロがそれに倣って羽根と手を振った。
「あはは、写真撮りたいわー」
笑いながら旅行バッグを持ち直し、玄関ドアを開けた。
「きゃっ」
「わっ! ごめんなさい。……あれ? もしかして、えーっと……美波ちゃん?」
「…そうですけど」
美波?
開いたドアの向こうに制服を着た美波が、身構えるように立っているのが見えた。
「どうした美波? こんな時間に」
「……連絡はしたよ」
「じゃあ、あたしはこれで。皆またね」
美波がドアの横にずれると、
「美波ちゃんとも、またすぐ会うと思うよ?」
ゆんがニカッと美波に笑いかけると、美波が戸惑ったように会釈をした。
「こう兄、今の人誰!?」
ゆんの姿が見えなると、美波が部屋に上がって来るなり叫んだ。
「すっごく可愛かった! 胸もすっごく大っきかった!」
「ああ、鍛冶屋の唯さん」
「かじやのゆい? 変わった名前だね」
「…鉄をトンカンする鍛冶職人の小山内唯さんだ」
ガラステーブルに麦茶を置く。
鍛冶職人とかカッコいい…こう兄が惚れてる? でもさっきの感じだと唯さんの方が……いや、ないね。
ブツブツと美波が独り言を呟く。
全部聞こえてますけど? いや、ないねって、兄に対して失礼極まりないな!
「で、何しに来たんだ? 学校帰りだろ?」
「うん、先週来られなかったし、ピヨちゃんとマシロちゃんに会いたくてさ」
えへへと照れたように美波が笑う。
「母さんには言ってきたのか?」
「あ、お母さん買い物してから来るって」
そう言って、麦茶をゴクリと飲んだ。
「へ? 母さん来るの?」
「うん、私は学校、お母さんは仕事帰りで、こう兄の部屋に集合する事になったの」
「どうしてそうなった?」
「それもメッセージで送ったのに。唯さんとデートしてて見なかったんでしょ?」
俺の言葉を無視して、美波がにやりと笑った。
「デートじゃない。ダンジョンだ」
「一緒じゃない?」
「違うだろお。断じて違うだろお?」
デートとはもっとこう、甘酸っぱい感じの、手と手が偶然触れて、さっとお互い引っ込めるような……。毒ムカデをかち割ったり、口だけ魔物の糞を触るようなものでは決してない。
「まあそれはいいや」
……興味を失うのが早いな。
「何かスーパーで買ってから来るって、ずいぶん前にメッセージが来たから、もうそろそろ着くと思うけど」
「夕飯の材料かな。そっか……早いうちに話さなきゃとは思ってたけど。今日かあ…。あー、Pちゃんたち、どうしようかな。ご飯の我慢が難しい子たちだから」
「ピ! 失礼な!」
「キュイ?」
「だってこの前、うなぎでよだれ垂らー」
「そんなヘマはしないですピ!」
肩に止まっているPちゃんが、耳たぶを引っ張る。
「いででっ! 分かった! 信じる!」
いつか俺の耳は、福耳になるんじゃないだろうか?
ピンポーン コンッコンッコン
「航、美波」
玄関ドアの向こうから、おっとりした声が聞こえてきた。美波と、なぜかPちゃんやマシロとも見交わす。
母さんだ!
「航、久しぶりね。あら美波、ありがと。重いわよ?」
母さんが持っていたトートバッグとスーパーの袋を、美波がさっと持つ。Pちゃんとマシロは、ベッド上でぬいぐるみごっこ中だ。
「母さん、仕事帰りだって? どうしちゃったのさ。急に来るなんて珍しい」
「ふふ、航の顔を見に来ただけよ? お邪魔します」
母さんが部屋に上がってくる。背はまだ美波より高いが、ひょろっとしていて筋肉がない、細い体。目は細く、鼻も口も小さい。浴衣を着て柳の木の下に佇めば、10人中全員が悲鳴を上げるだろう。
「体力無いんだからさ、言えば俺が実家に行くのに」
「大丈夫よ。最近航がくれるお肉いっぱい食べてるから、力がついたみたい」
ふふふっと母さんが笑う。なぜか寂しそうに見えてしまうのが、母さんの成せる技だろう。
「じゃあ、俺が夕飯作るから、母さんは座ってて」
「あら嬉しい。航のご飯久しぶりね」
座布団に座って、辺りを見渡している母さんにはオレンジジュースを出す。なんとなく少しでもエネルギーを補充して欲しい感じなのだ。
「で、何買ってきたの?」
「ふふ、航は板チョコが好きでしょ? 板チョコと、美波には大福。あとは航の歯ブラシと台所用洗剤と缶詰」
「……うん、そんな気はしてた。完全に一人暮らしの息子に送る荷物だな」
「あら航、上手いこと言うわね」
母さんが寂しげに、楽しそうに笑った。
「肉があるから、ステーキにするよ。ご飯は炊いたのがあるから、すぐ出来る」
台所に立つと部屋から声が聞こえてくる。
「やった! こう兄のステーキ!」
「うふふ。あのSランクのお肉かしら?」
「A以外にSランクがあるの?」
「さあ?」
「もうお母さん、いい加減なんだから!」
はは、相変わらずだな。
一緒に暮らしていた頃、よく聞いたやり取りだ。
空間庫からビッグホーンのサーロインを取り出し、丁寧に筋切りをしていく。肉を焼いている間に、ブロッコリーの芯をすり潰して、作り置きのコンソメスープと合わせポタージュを作り、ブロッコリーサラダも用意した。ステーキ肉が焼け、バターたっぷりのソースをかける。
「んー良い匂い! いただきます!」
「ほんとに。航、ありがとう。いただきます」
ステーキを嬉しそうに食べる二人を見ると、なんだか幸せな気持ちになる。
「ところで航、そこで寝ている子たちのご飯は良いの?」
ステーキをゆっくり食べていた母さんが、首を傾げて言った。美波の手が止まり、俺はスープを吹き出しそうになる。
「え?」
「ベッドで寝てたんでしょ? もう起きたみたい。その子たちのご飯、用意してあげないと可哀想よ? よだれ出てるもの」
……Pちゃん。
読んでくれてありがとうm(_ _)m ようやく登場! 母さんもよろしく!




