賢者の家?
こちら雨です。雨の日は洗濯も掃除もやらないと決めていました。昨日漫画を読まずに掃除をしていればと絶賛後悔中です。
戦闘中に生命力がやばくなったら、賢者の家に逃げ込めばいい。
1㎥らしいが、体育座りくらいできるだろう。
そして回復後、離脱だ。
「戦闘中は敵として強く認識されるため、パーソナルスペースは発動できませんピ。賢者の家スキルもたぶん同じですピ」
俺の必勝法が、あっさり崩れた。
「でも戦闘に入る前になら、万全の状態で挑めますピ。生命力、魔力回復MAXは凄いスキルなので、賢者の家と併せれば最強ですピ」
がっくりしている俺を気の毒に思ったのか、Pちゃんはバッグから出てくると、パタパタと重そうに飛び、俺の肩に止まった。
飛ぶの苦手そうなのに。辛辣なんて思ってごめんよ。
「うっし、じゃあ1度、賢者の家スキル使ってみようかな」
肩に止まったPちゃんの頭を指でなでる。うん、気持ち良し。
「いくぞ…。賢者の家!」
手のひらを目の前の通路に向ける。
ファンッ
膝からヘソまでの高さで、縦の方向に少し長い、楕円の白く半透明な膜が現れた。
お下げの女の子がベロを出しているキャラクターの、薄いキャンディみたいな形だ。
「なんだこれ?」
膜を横から見下ろすと、そこには膜さえ無かった。
それだけ薄いということか?
正面から膜にそっと触ってみる。
弾力のあるシャボン玉を触ったら、こんな感じかもしれない。一瞬柔らかな感触を感じ、すぽっと手が入った。
横から覗き込むと、中に入れた手首から先が消えていた。慌てて手を引き出す。
「良かった…持っていかれたと思った」
手を閉じたり開けたりしながら、今度は屈んで、宙に浮いている膜の中を覗き込む。
中には緑の上に木製の丸椅子が、ぽつんと置かれているのが少し歪んで見える。
ほう、4本脚の良い椅子だ…。こういうシンプルなやつ、俺好き…って、なんで椅子!?
俺は覚悟を決め、膜に顔を入れた。一瞬目を閉じ、息を止めてしまったのはしょうがない。
目を開けるとそこは、野原だった。
いや、正確には1メートル四方ずつの、椅子が置かれている下の面が芝生、膜がある面も含め残り5面は青空。
ただその空には光の線が細く入っていて、形が正六面体だとわかった。
椅子と芝生が、空に浮かんでいるような錯覚を覚える。
これが賢者の家…1立方メートル…。って家ないけど。
上半身を入れ、中の側面、青空に手を伸ばすと、さわれた。硬くもなく柔らかくもない、不思議な手触りだった。
入れるか?
上半身を入れたまま、芝生の上をほふく前進のように入ってみる。
…椅子が邪魔だ。
一度出て、膜の外へ椅子を引っ張り出そうとしたが、膜に跳ね返され、出すことはできなかった。
くそー、入れん!
上半身だけ入れて、芝生の上に突っ伏していると、
「聖域とは違いますね…ピ。他のパーソナルスペースとも違いますピ。さすがゴールドスライムのはぐれドロップですピ」
Pちゃんがいつの間にか俺の肩から丸椅子に移っていた。
「あれ? Pちゃん入れるの? 俺が許可しないと入れないんじゃなかったっけ?」
「私は航平のナビゲーター、魂の絆で結ばれていますから、当然入れますピ」
そういえばステータスに「魂の絆 叡智P」ってあったな。
目の前の椅子の上で、Pちゃんはごろりと寝そべっている。
ぽってり腹が可愛すぎだろっ。…くそう、俺はこんなに窮屈なのに!
とりあえずワシワシ腹をなで、悶えるPちゃんを残して外に出た。すると楕円の膜から吐き出されるように、ぽんっとPちゃんが出てくる。
「強制退去させられましたピ。面白いスキルですピ」
Pちゃんが珍しく興奮しているのか、俺の周りをパタパタ飛び回っている。
「はいはい、分かったから、バッグに入りなさい。これ消す時どうするんだ?」
「解除ですピ」
Pちゃんがバッグに潜り込む。
俺は半透明の膜に向かって「解除」と唱えた。
出現した時と同じ様にファンッと消える。
「微妙すぎる…あの椅子はなんなんだ? 狭いしさ」
「レベルに依存のスキルですから、航平が強くなれば変化していきますピ」
「うん…まあ、行きますか」
レベル上げ、頑張ろ…。そう新たに決意した。
空間把握で感じた通り進み、階下を目指す。途中キラーアント8匹目を倒した時、包丁が折れた。
「良くもったほうか。武器もないし、一度戻るかな」
折れた包丁を空間庫に仕舞う。
「そうか、これが使えるか」
空間庫収納一覧を見た時、キラーアントの牙が3本あったのを思い出した。
「キラーアントの牙は今まで使っていた武器より耐久性、性能共に上ですピ」
空間庫からキラーアントの牙を取り出し、振ってみる。
刃渡りは30センチくらいか。鎌のように曲がっているが、切ることも刺すこともできそうなほど、鋭利で黒光りしている。
「直接握って、俺の手切れない?」
「刃が当たってる時、絶対防御2は鉄の鎧ですピ」
階下を目指している時、出会うのはキラーアントばかりだった。
経験値が美味しいミミックもおらず、キラーアント17匹目を消滅させた時、レベルが9に上がった。生命力と魔力が上がっただけで、スキル向上は無かった。
でもまあ、キラーアントの牙は欠けもせず、俺の手のひらも無傷。スキル様様だ。
「あった。階段だ」
目の前には石の階段が下へと続いていた。
いよいよ地下2階だ。ドキドキするな。
慎重に階段を降りていく。降りきると、そこは上と同じような石の通路が伸びていた。
空間把握を使い、さらに下へ向かう階段の位置を確認する。
「おかしいな…。Pちゃん、魔物がいないぞ?」
地下3階への階段にずいぶん近付いてきたが、一匹も見かけていない。
「航平がこの階の魔物より強いから、出てこないですピ」
「え? そうなの? 俺強いの?」
「強いですピ。地下5階くらいまでの魔物なら余裕ですピ」
マジか! えへへ、ちょっと調子に乗っちゃうよ?
「じゃあ一気に5階まで行きますかっ」
俺は階段に向かって、勢いよく走り出した。
そして調子に乗ってはいけないことを、この後嫌と言うほど思い知ることになる。
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