アマゾネス
ピンポーン コンコンッ
「おはよう! 航ちゃん」
ドアを開けると、ゆんが旅行バッグを手に立っていた。昨日はジーンズにTシャツだったが、今日は白いカットソーワンピースに水色のパンプスを履いている。
「…おはよう。どうぞ」
「お邪魔しまっす!」
もう、たゆんたゆんが止まらないな…違う、そこじゃない!
「ゆん…今日のダンジョン、それで潜るの?」
ドアを閉めながら、一応確認する。
「都会のアトラクションなら、そんなに汚れないでしょ? 街も歩くし、ちょっとお洒落をね。おはよう! ピーちゃん、マシロちゃん」
アトラクション? まあアトラクションと言えなくも、ないか?
部屋に上がり、隅に旅行バッグを置くと、ベッドの上にいるふたりに挨拶をした。
「ゆん、おはようですピ」
「キュイ」
「可愛い…。あ、旅行バッグ置いて行っていい?」
「もちろん。でも街は歩かないよ?」
「え? じゃあどうやってダンジョンまでー」
ガラステーブルを動かし、ベッドをどかす。Pちゃんとマシロが動くベッドになぜか大喜びだ。
「ほらPちゃん、マシロ行くぞ」
「ピ、了解」
「キュッ」
前側に着けたつぐみさん製バッグに、ふたりが入り込む。
「……ちょっと待ったああ!」
「ピ!?」
「キュ?」
丸窓からPちゃんとマシロが顔を出した。
「この階段、なに?」
わなわなと震える指先で、露わになった土階段を指差す。
「何って…ダンジョン?」
「…本物の?」
「ああ、魔物にレベル、魔石に魔法、ステータス付きだ」
「ステータスをおまけみたいに言わないでよ…。うわー、ほんとに階段だ……これ、徹さん知ってるの?」
先の見えない土階段を覗き込みゆんが呟く。
「知ってるよ。先輩…薫さんも、同じフォロワーのつぐみさんも」
「…つぐみさん? つぐみんの事? 彼女も来たの? 意外!」
「彼女って…。会った事あるの?」
「ううん、会った事はないけど、ライブ参加中話す事はある。大人しそうな人だよね。…ねえ! 脱衣所借りていい?」
「脱衣所はない。ユニットバスだよ」
「ちょっと着替えてくるから、待ってて!」
旅行バッグから洋服を取り出すと、風呂場のドアを閉めた。1分もしないで、着替え終わったゆんが出てくる。
「いつもこれで、槌を振るってるんだよ」
ジーンズを履き、黒いTシャツには黄色い向日葵が、大きい胸にのびのびと咲いている。そして頭に白いフェイスタオルがキッチリ巻かれていた。
「良いね。向日葵?」
「マリーゴールドだよ! やっぱり男はだめだねえ」
わざとらしくため息をつきながら、バッグから黒いハイカットシューズを取り出す。
…だって、持ち上げられた花が、のびーっと。
「準備完了! ピーちゃんマシロちゃん、待たせちゃってごめん。さあ、行こうか!」
切られたフローリングの端に座り、ハイカットシューズを履いたゆんがニカッと笑った。
「明るいねえ。森のダンジョンか」
「さっき話した通り、ダンジョン内で魔物を倒したら、ステータスが見られるようになる。そしたら、まず確認ね」
キョロキョロしているゆんにもう一度説明しながら、気配探知と空間把握を放つ。
地下6階、近くに数匹の魔物の気配を掴んだ。ここを中心にゆんのレベルを上げていく。まあ魔力丸が残り1個になり、テレポたちと交換交渉に来たとも言う。
空間庫には昨日徹さんから頂いた、Pちゃんたち用チョコアイスが6個入っていた。
「近くにいる。ゆんは強くなりたいんじゃなくて、鍛治師になりたいんだよな?」
「うん」
つぐみさんが使っていた手斧を渡し、光のオーラをかける。
「これは、この階にいる魔物からドロップした物だよ。それから防御魔法もかけた。とにかくレベルを上げて、色んな物を鑑定しまくれ」
「分かった!」
ガサッと茂みが揺れる。そこに現れたのは、いつものエセもふもふだった。
「うわ、可愛いのがいる!」
「あいつは偽物だ。いけ好かないヘビだぞ。傷を負うと毒吐いてくるから注意して!」
こちらを誘うように白ウサギもどきが動き、茂みの中に隠れる。もちろん追わない。するとしびれを切らしたのかトリッキースネークが顔を出した。
「毒ね! 分かった!」
ゆんがザザッと近づく。不意をつかれ、トリッキースネークが鎌首をもたげた。
「うりゃああ!」
気合いの叫びと共にがら空きの首に手斧を振りかざし、躊躇うことなく振り抜く。まるで、槌を振るうかのように。
「…痛恨の一撃」
「ピ…」
「キュイ…」
俺たちは呆然と光を放って消えて行くトリッキースネークと、ふんっと手斧を構えているゆんを見つめていた。
辺りに魔物がいない事を確認し、光のテントを張る。
「おおー、凄いね」
中に入り、尖った天井を見上げながら、ゆんがヒューっと口笛を吹いた。
「航ちゃん、色々助けてくれてありがとね」
「……いや、全てはゆんの力だ。今レベルは?」
今までダンジョンに入った人間の中で、一番男らしい戦いっぷりだった。
もう鍛治師じゃなくて、アマゾネスに転職してるんじゃ…。
「えーと、レベル6。さっき鑑定2になったよ」
上々の滑り出しだろう。
「うな重美味しいですピィ」
「キュイィ」
Pちゃんとマシロが昨日余分にもらった、うな重をガツガツ食べる。
「凄い戦いっぷりだったよ」
「そお?…でもこの手斧凄いね、非力な私でも斬れる。これ魔力が練られてるんだよね?」
座った足元に置いた手斧を、そっと触る。
「そうだな。魔物のドロップ品は余った魔力が体内で練られるらしい」
「そっか。あーあ、こんな良い武器が出て来るなら、鍛冶屋はお役御免だねえ」
「いや、そうでもなさそうなんだ」
「え?」
俺は徹さんやつぐみさん、美波の時のドロップ品にゆんについて話した。
「…ドロップ、しなかった?」
考え込むようにゆんが繰り返す。
「ああ、俺がひとりで戦った時はドロップ率が高い。徹さんやつぐみさんが戦った時はドロップしなかったり、しても魔物素材だけだったり」
「でも妹さん、美波ちゃんだっけ? ブーツをドロップしたんでしょ?」
「そこなんだよ。初めはドロップってそんなもんだと思ったんだけどさ。なんか違和感があって、Pちゃんに後で聞いたんだけど」
ゆんが先を促すように頷く。
「武器や防具がドロップしたのは、俺の幸運値のせいじゃないかって。普通幸運は100が上限なんだけど、俺は上限超えの200だから」
「…マジで? 羨ましい」
そうか? 宝くじは駄目だぞ?
「美波が靴をドロップした時、俺はいなかったんだけど、Pちゃんが一緒にいたんだ」
ちらっとPちゃんを見ると、こっちを向いて羽根を上げた。
「私と航平には『魂の絆』がありますピ。航平の幸運も繋がってますピ」
言うだけ言って、またうな重に戻る。
「な? だから他のダンジョンでも言えるかはまだ分かんないけど、今後ダンジョンが出現して、民間に開放された時、武器や防具が圧倒的に足りなくなると思うんだ。ただ、素材は落ちる」
「……やばいよ、それ。おじいちゃんに知らせなきゃ…。作製上限数ぎりぎり打っといてって。…ああ、でも数が足りない。…ねえ、知ってる? 日本刀打つには、許可が必要なの。年間で作れる本数も決まってる」
うなだれていたゆんが、顔を上げる。
「ああ、なんせ俺には叡智のPちゃんと、先輩がいるからね。その辺は考えてある。ギルド立ち上げで必要だからさ」
「どういう事?」
ゆんが首を傾げる。
「法律に触れない所をね、ついていくんだよ」
多分俺は、悪い顔をして笑ったんだろう。
「…航ちゃんて、前科あり?」
ゆんがドン引きしたように呟いた。
まだ…いや今までも、真っ当に生きて来ましたけど!
読んでくれてありがとうm(_ _)m 感謝は更新で返す!




