鉄は熱いうちに打て
……ウマい…美味すぎる。この一朝一夕では出せない深みのあるタレ、身のふっくらした柔らかさ…至高か?
てっきりプラスチックパックでのお持ち帰りかと思っていたが、木箱に1.5匹分のうなぎが敷き詰められていた。
(航平! もう駄目ですピイィ!!)
背中側のベッドから、音量全開でPちゃんの悲痛な叫びが頭に響く。振り返るとPちゃんはくちばしからよだれを垂らし、マシロはピンクの鼻をしきりにヒクヒクさせている。
よだれって…オイル漏れか? オイルで動いてたっけ?
(ごめんPちゃん! 耐えてくれ!)
「航ちゃん聞いてる? ベッドがどうかしたの?」
大きなひと切れを頬張りながら、誕生日席にいたゆんがベッドを覗こうとする。
「いや、何でも…」
ちらりと徹さんを見ると、Pちゃんたちの事には触れず、美しい所作で静かにうなぎを味わっていた。
「で、なんだっけ?」
「だからさ、薫のインスタライブにおじいちゃんが誘われて、出来もしないのに受けちゃって。男同士の約束だ! とか言ってあたしに泣きついてきたわけ。そらそうよ、インスタライブをインド人スターの生き様を観ると思ってたらしいし。それはライフだって」
インド人スターの生き様…ちょっと観てみたいな。
「ライフと間違えるだけでも、凄いと思うな。サダナリさんには悪い事をしたよ」
静かに食していた徹さんが、困ったようにゆんを見る。
「いいのいいの! 頼まれて嬉しそうだったから。おじいちゃん徹さんファンだし。あたしはなぜか会った時から、徹さんの目を長く見つめちゃいけない気がしてるけど」
ヘヘッとゆんが笑った。
ん? ……ゆん、ごめん! ちょっと見せてもらうよ。
Lv1 小山内唯(オサナイユイ) 23才
種族:人間
職種
職業:鍛冶師見習い(高)
生命力:80/80
魔力:ー
体力:12
筋力:13
防御力:10
素早さ:7
幸運:55
スキル:身体操作1 鑑定1 火系防御1
どういう事だ……。何で見習いでも(高)がついているんだ!? 俺なんて…。いや、今はいい。それよりやっぱり鑑定持ちか。それと火系防御?
火系防御:火力に対する防御。火傷を負いにくい。火に関わる職種の者が取ることもある。
統合上位スキル:絶対防御
俺の絶対防御は、防御の上位スキルだったのか。衝撃波を出すブラッドバットにはお手上げでしたけど?
それこそ革の鎧ひとつ装着するだけで違うらしいが。布の服だけで地下5階に行く探索者などいないと、Pちゃんに呆れられたからね…。
「田所くんどうだい? ゆんは行けそうかな?」
徹さんも鑑定しているんだろう。箸を置いて、真っ直ぐ俺を見つめる。
「…ゆんは、ハサミとか作れる?」
「ハサミ? 作ったことないけど、でもやってみたい。おじいちゃんは良い刀を打つけど『野鍛冶』なんだ。人が生活する、生きて行く上で必要な道具を作ってきたの。あたしはその弟子。あたしのモットーは必要とする人に必要な道具を! 使われる道具は幸せである! です!」
「面接に来たみたいだなあ」
俺が笑いながら言うと、大真面目な顔でゆんが頷いた。
「面接でしょ? 徹さんがおじいちゃんに頼もうとしたくらいだもん。それがとても必要なんだろうなって。腕はまだまだだけど、自分で、おじいちゃんみたいに必要とされる道具を作りたい」
なるほどね、見習い(高)なわけだ。
「はい、合格です。Pちゃん、マシロもういいよ。おいで」
「ピーちゃん? 真っ白?」
なに? と言うようにゆんが眉間にシワを寄せ俺を見る。
「ピ、航平! 長いですピ!」
「キュィィー…」
背にしたベッドから、Pちゃんとマシロが両肩に乗ってきた。左肩のPちゃんはソフトな両羽根で俺の首を掴み、マシロは右肩で白いタオルのように、のっぺりとうつ伏せになる。
「ごめんって! ほら、ふだりの、も、ある、がら」
首を揺さぶるの止めてー! 喉潰れる! てかPちゃん羽根力強っ!
ガクガクしている俺を、ゆんが同じくガクガクして見ていた。両手で口元を押さえている。
まあそうだよね。自分の目、疑うよね。
「お口に合えば良いですが。さあどうぞ」
徹さんがそんな空気などお構いなしに、ニコニコしながらうな重を用意している。やはり先輩の兄と言うべきか。
「ピ、徹、ありがとうですピ!」
「キュイッ」
ふたりが礼を言い、うな重の乗ったテーブルに着地する。
「こん、」
「こん?」
「コン?」
「こんなに可愛い子たちがいるの!? うわっ、あたし初めて見た、完璧な愛玩ロボット。あれ? こんなに科学って発達してたっけ? え? なに? もしかしてここ未来? タイムスリップしたの? あたし」
ゆんが完全にダンジョンとは違う迷宮に入り込んでしまった。
「ピ! これはSS級の味……とろけますピィ」
「キューイィ」
「それは良かった」
体をくねらすPちゃんとマシロを愛でながら、徹さんが微笑む。
頭を押え首を振る度に、たゆんたゆん揺れる胸、うなぎを一心不乱に食べる水色ヒヨコと、胴体の短い白オコジョ、それを魅惑の笑みを浮かべ見つめるイケメン。
たゆんたゆん、ガツガツ、フフフ。
「ゆん、大丈夫。未来じゃない。現在進行中のカオスだ」
「はえ?」
「ふたりはロボットじゃないぞ? ほら、美味そうにうなぎ食べてるだろ。な?」
「うん…食べて話してる方が大丈夫じゃないけど」
「ヒヨコがPちゃん、白いオコジョっぽいのがマシロだ」
「ピ!」
「キュイ!」
ふたりが片手を上げ、ゆんに挨拶をする。
「ど、どうも」
ゆんが照れたように、軽く頭を下げた。
「よし、落ち着いたかな? ゆん、明日ヒマ?」
「え? んー、薫とネズミー行きたかったんだけど、忙しそうだからさ。あ、もしかして航ちゃん、一緒にー」
ゆんの顔がぱっと明るくなる。
「一緒にダンジョンに行こう」
「ん? どこって?」
「ダンジョン」
「ああ、ダンジョンね。前に薫のライブでも話題に出たよ。リアルにあったらレベル上げまくるって、皆で言ってたんだよねー。うん、行く行く!」
ゆんがニカッと笑った。
驚きもしない。しかも前向き。つぐみさんや徹さんから聞いてたのかな?
徹さんを見てもPちゃんとマシロを愛でるのに夢中で、こっちの会話は聞いていないようだった。
「あっ」
マシロが肝吸いのお椀をひっくり返した。さっと徹さんがマシロを掴み汚れないようにしてくれた。
「すいません、徹さん」
「ダンジョンかあ。そんなアトラクションがあるんだねえ」
台所に布巾を取りに行った俺は、ゆんの言葉に気付かなかった。
読んでくれてありがとうm(_ _)mダンジョン出現まで53日。まだまだ続く…。




