呪いの解放
「つぐみさん、良いんですか?」
ズチャッ…
白いスニーカーに泥が跳ねる。次の瞬間には泥は剥げ、綺麗なスニーカーのままだ。7階の沼地は相変わらず湿度が高く、どこからか蛙の鳴き声が聞こえて来た。棘蛙か? 空間把握と気配探知を打つ。
「……やられるより、マシだ」
オノカブトの兜から、つぐみさんのやや籠もった声がした。フルフェイスの空いた穴から、不安そうなぱっちり二重が覗いている。呪いが掛かっていた事、呪いの解除はまだ出来ないが、抑え込む事は出来たと説明した上での選択だった。
「それと、さっき頼んだ事、よろしく頼む」
上半身裸の兜男が呟いた。
「…分かりました」
「はは、確かにね。よく似合ってるよ、つぐみさん。ここの明るさはどうだい? 私には1階と同じで夕方くらいなんだけど」
日本刀を持った徹さんが辺りを見渡しながら、つぐみさんに声を掛ける。
「ここは、1階より少し明るいか」
つぐみさんが自分の指先を見つめる。
お?
「つぐみさん、さっきのハサミムシを倒して、レベルアップしてますよね? 今スキルどうなってます?」
「眼調整1…身体操作1、手忠実2」
「ひとりで暗闇の中を魔物に追われていたんです、必然と無意識が求めた結果ですピ。つぐみは頑張りましたピ」
「キュッ」
バッグの丸窓からPちゃんとマシロが顔を出す。
「そっか。ピッピちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなぁ。マシーも褒めてくれるの? いやあ、あのハサミムシがライトに照らし出された時、もう死ぬかと思ったんだよぉ。俺子供の時から、脚がいっぱいある虫が苦手でさぁ。あー、思い出しただけでも身震いするよ」
饒舌!?
「徹さんは元々の修練で、眼調整を持っていました。妹の美波はここで眼調整スキルを覚えたんです。つぐみさんもこの階と次の階で、レベルアップしましょう」
「……分かった」
無駄のない返事。…さっきの饒舌はどこへ?
「あー、じゃあ行きますか」
「ああ!」
「ピ」
「キュイ」
「……」
「つぐみさん! そいつに刺されると出血毒入れられて、血を一滴残らず吸われます!」
吸血系:デビルモスキート Lv16×3
デビルモスキート Lv14×2
攻撃パターン:吸血、出血毒
相手の血がなくなるまで吸血し続ける
弱点:火魔法、雷魔法、光魔法、体への物理攻撃
飛んでくる軽自動車並みの蚊を避け、大きな体で右往左往しているつぐみさんに叫ぶ。
「無理だ!」
「田所くんは防御魔法を掛けてくれているよ! 行けるさ! つぐみさん!」
「虫は嫌だ!」
指先くらいしか見えていないのに、見事に避けている。虫嫌いが成せる技か。
「ファイアブレード!」
徹さんが火魔法を唱える。炎の刃がデビルモスキートの羽根を焼き切ったが、まだ消滅しない。羽根を焼切られた蚊が、泥の中でもがいているところを日本刀で頭を突き刺し、消滅させた。
「やりますね、徹さん」
「ファイアブレードはあと3回しか打てないけどね」
「後で魔力回復します。魔法使って、基礎魔力量上げて行きましょう。魔力酔いしないよう、酔い止めはしてるから大丈夫」
「分かった。…ちょっとつぐみさんのところに行って来るよ」
「徹さん、待って」
逃げ回っているつぐみさんに、加勢に行こうとする徹さんを止める。
背中を向けているつぐみさんに近寄り、兜に触りながら『解除』を唱えた。
「ん? ……んがああ!」
黒い兜が光り、つぐみさんが両腕を突き上げ、叫んだ。
「…田所くん? あの兜『呪われている』と鑑定に出るんだけど」
徹さんが呆然として、つぐみさんを見つめた。一階で『バーサーカー』化したのを、徹さんは知らないので、驚くのも無理もない。
「ええ、見境なく攻撃をする『呪い』を抑え込んでいたんですが解除したんです」
『なぜ?』
「つぐみさんに、もし敵に囲まれたらそうして欲しいって、兜の説明をした時頼まれたんですよ」
「がああああ!」
つぐみさんが目の前の蚊を薙ぎ払うと、地面に落ちたやつをメッタ切りにし、飛んで来たもう一匹の蚊の足を掴み、引きずり寄せ、これもメッタ切りにし消滅させた。
最後に残っていた蚊には手斧を投げ、腹に刺さった手斧にぶら下がり、そのまま下へ引き裂いた。
全てのデビルモスキートが光って消滅するのを確認する事もなく、つぐみさんがこっちに近づいて来る。
「…田所くん、つぐみさんがシューシュー言っている」
「ええ、ちょっと呪い抑えて来ます」
「ぐがああ!」
振り降ろされた手斧の刃を避け、正面からアイアンクローのように兜を掴むと『抑呪』を唱えた。
「んが……はっ! バカでかい蚊は!?」
「つぐみさんが倒しましたよ」
辺りをキョロキョロ見渡しながら、後退りするつぐみさんに、
「つぐみがやっつけましたピ」
「キュイッ」
バッグの丸窓から顔を出した二人がペチペチと拍手した。
「そうなの? いやあ、さっぱり覚えていないけど、この兜のお陰かな?」
つぐみさんが照れたように兜の後ろに手を当てる。
「つぐみ、ステータスを確認した方が良いですピ。呪い中は頭に声が響いても分かりませんピ」
「そうだね…あ、レベルが6に上がってる! 身体操作も上がってるよ! ピッピちゃんとマシーが応援してくれたからだね!」
いやいや、さっき兜のお陰って言ってましたよ…。
「つぐみさん、あんまり呪い使い過ぎると、どういう影響が出るか分からないからー」
「…溶けるのか?」
つぐみさんが兜の上から頭を押える。もうちょっと溶けちゃったんじゃないかな?
「溶けやしないと思うけど、なるべく自分の力で戦った方が、頭には良いと思います」
「しかし、呪いがないと俺は…」
「呪いがなくても、レベル6は強くなりましたピ」
「キュッ」
「うん。…でも不安だな。俺は元々気が弱いんだ。体を家で鍛えたのは、人から絡まれないようにする為でさ。見掛け倒しなんだよ…俺は」
つぐみさんが俯く。
「知ってた」
「知ってました」
俺と徹さんが同時に頷いた。
「へ?」
「それでも呪いの力を借りてまで、強くなろうとしてるじゃないですか。それってちょっと、凄くないですか? でも呪いを利用して、体をおかしくしたら、元も子もないです」
「…分かった、田所航平」
「もちろん私たちが危険な時は、バーサーカーになって助けてくれて構わないよ?」
神妙に頷くつぐみさんの肩に、徹さんが笑顔で手を置く。
「ああ、必ず助ける」
兜で顔は見えないが、きっと照れ笑いを浮かべている。目が嬉しそうに笑っていたからね。
読んでくれてありがとうm(_ _)mみんな色々あるよね




