仲間を増やせ!
「ピ! このチキンはピリッとして、さらなる食欲を呼び起こしますピ!」
「キュー…」
皿に盛られたタンドリーチキンをはむはむ食べながらPちゃんが絶賛する横で、マシロは一口食べ、ペッペしている。
「マシーは辛いのが苦手みたいだね。じゃあこっちのピカタの方が好きかも。これは卵や粉チーズを使っているから辛くないよ? ピッピちゃんもう一枚いる?」
低く優しい声の持ち主が、マシロとPちゃんの皿にそれぞれおすすめしたチキンを、甲斐甲斐しく盛っていく。
「…つぐみさん、俺にもそれ、取ってもらってー」
「……」
差し出した皿に、無言でピカタを乗せる。
対応あからさまっ! マシーってなんだよ!? マシロだぞ! ピッピちゃんて!?
「いやあ、つぐみさんがこんなに楽しそうに話すのを、初めて聞いたよ。田所くんも?」
徹さんが美しく笑って、ワインを勧めてきた。
話す相手はPちゃんとマシロのみですけど?
「いや、俺下戸なんで」
「ああ、そうだったね。つぐみさんと同じだ」
嘘だろ? 一升瓶一気飲みだろ?
坊主頭に短いあごひげ、ぱっちり二重で顔は良いのに、黒いタンクトップから伸びる、牛をも締め落しそうな太い腕に目を奪われ、顔に集中出来ない。
服を縫うのに畳針使ってんじゃないのか?
じっと俺が見つめているのに気づいたつぐみさんが、ふいっと目をそらす。
「つぐみさんは無愛想でいかつく見えるけど、美容師と話すのが苦手で自分で頭を剃るような、恥ずかしがり屋でね。だから人と関わるのも苦手で、ネットで自作の服を販売していたんだ。それを私が注文して、そこから知り合ったんだよ」
「…仕事回してくれて、助かった」
つぐみさんがボソリと呟く。
「欲しい物を作ってくれる人がいなかったから、私が助かっているんだ。仕事が増えたのは何よりつぐみさんの腕が良いからさ」
その世界では、かなり有名な人らしい。
つぐみさんはそれには答えず、Pちゃんたちにアップルジュースのお代わりをあげながら、
「田所航平には聞きたい事があるが、嫌ならやめる」
とジュースの瓶の蓋を閉めた。
「良いですよ。バッグも作ってもらったし」
まあPちゃんやマシロの事か、ダンジョンの事だろうけど。
「薫と付き合っているのか?」
「はい?」
予期しない言葉過ぎて、思わず聞き返してしまった。
「千駄木薫を泣かせたら、俺は、許さない」
アップルジュースの蓋をさらに締めながら、つぐみさんが目を細める。
「いやいやいやっ! 付き合ってないです!」
「本当か?」
「本当に?」
徹さんもどさくさに紛れて聞いてくる。
「ホントですよ! そもそも女性として見たこともないです」
「本当か?」
「本当に?」
二人が少し表情を和らげた。
「先輩ちょっと変わってますしね。人間的には良い人ですけど、女性としての魅力となるとー」
…調子に乗り過ぎた。
人間って、こんなにゾッとするような表情を作れるんだね…。
「…女性としてももちろん魅力的ですが、僕にとっては綺麗な姉のような感じです!」
「俺には、妹のような感じだ。仮面で素顔は見たことないが」
「会った事、ないんですか?」
「つぐみさんは家から出ないから。この筋肉だってジムじゃなく、自宅だよ。だからインスタライブの薫しか知らない」
「徹、インスタライブが始まる」
つぐみさんがカーゴパンツのポケットから、携帯を取り出した。
「もうそんな時間か。田所くんすまない、ちょっと参加させて」
「どうぞどうぞ」
話題が逸れて助かった。
徹さんとつぐみさんが携帯をいじっている間に、ご飯をお腹いっぱい食べて眠そうなふたりを、それぞれのベッドに入れてやる。今日はダンジョンに朝から潜ったから、疲れたんだね。
一瞬携帯を見ていた二人が名残惜しそうにこちらを見た。
「どうですか、先輩のライブは?」
「しっ! 静かに」
徹さんとつぐみさんが画面を凝視している。
「どうしたんですか?」
気になって覗き込む。
「薫がバロンの仮面を、取った」
覗き込んだ画面の向こうで、髪を下ろした先輩が引きつった笑顔を浮かべていた。
「…薫、頑張ったな」
涙声で徹さんが呟くと、ハートマークを連打し始めた。
「……」
画面を食い入るように見つめているつぐみさんを、つい観察してしまう。
その時俺は、人が恋に落ちる顔を、初めて間近で見たんだ。
…って小説っぽく言ってみたけど、わかりやす過ぎ! 顔真っ赤だし、漫画ならぽーって湯気出てる!
「つぐみさん、もしや恋にー」
「落ちた」
ボソッと呟いてから、驚いたように顔を上げ俺を見る。
「いや、今のは…」
オロオロと徹さんを見るが、徹さんはハートを先輩に送り続ける事に夢中で聞いていない。
…これは、良い事を思い付いてしまった。人の恋心を利用するようで、少し気は引けるが、思いついちゃったのだから、しょうがない。
「つぐみさん、千駄木先輩が以前インスタライブで、ダンジョンの話をしていたのを、覚えていますか?」
「ああ。俺も現実にあるなら行ってみたいと送った」
先輩のライブが気になるようで、ちらちらと画面に目を向けながら答える。
「実はつぐみさんが作った忍者服を見て、徹さんに、それを作った人に会わせて欲しいとお願いしていたんです」
「あの忍者服は普通の服じゃない。徹が材料と素材、仕様書を送ってきた。一点物だ」
「ええ、知ってます。今日、忍者服を作った人を連れてくると聞いて、Pちゃんやマシロを教える気はなかったから初めは悩みました。でもあんなにすごいバッグを作ってくれたつぐみさんなら信用出来ると思って、ふたりを会わせたんです」
「…そう言ってくれると嬉しい」
つぐみさんが照れたように顔を背ける。
「で、お願いしたいのは、一緒にダンジョンに行って欲しいんです」
「…どこへ?」
「ダンジョンです。ほら、ここに」
テーブルをずらす時、徹さんが驚いてようやく顔を上げた。
「ベッドの下はダンジョンです。レベルアップや魔法もありますよ」
「…本当か? いや確かにぬいぐるみのヒヨコ、ピッピちゃんはAiロボットにしては動きが滑らかだし、物を食べる時点でおかしいと思っていた。マシーは見たことのない動物…もしかしてふたりは魔物?」
つぐみさんがじっと土の階段を見つめる。ずいぶん話してくれるようになってきた。ダンジョン知識も大丈夫だろう。
「マシロはそうですが、Pちゃんは、ダンジョンナビゲーターですね」
「…それで、ダンジョンに行って、俺に何をしろと?」
「魔物は素材もドロップします。その素材で、防具を作って欲しくて」
「…楽しそうだな。それは凄く、楽しそうだ」
「それと、もうひとつ」
「なんだ?」
「千駄木薫先輩に、今『ダンジョン探索者ギルド』を立ち上げてもらおうとしていまして」
「田所くん? そこまで言う理由は?」
先輩のインスタライブが終わったようで、徹さんも加わって来た。
「俺、自分でダンジョンに潜ってて、洋服代が痛い出費になってるんです」
「ああ、確かに焦げたりしていたね、田所くんの服」
…ちゃんぽんトレーナー、ちゃんぽんジュニア…皆イッてしまった。
「ギルドは探索者の為…。つぐみさんにはぜひ、魔物やダンジョンの環境に耐えられる、防具や服の制作をお願いしたいんです」
そう言って俺は深く頭を下げた。
「…突然だな。だがダンジョンは田所航平の部屋にしかない。探索者たちを部屋に上げるのか?」
「いえ、これから先、ダンジョンは世界中に現れます」
「は!? …いや、そうか。ダンジョンとはそういうものか…。本当なんだな?」
俺が頷くと、つぐみさんが複雑な顔で、もう一度ベッド下の階段を見た。
「先輩が立ち上げてるギルド内…もちろん外でギルド直営としてでも良いので、防具屋を開いて欲しいと…」
ピクリと、つぐみさんの凛々しい片眉が上がる。
「先輩のインスタフォロワーとして、さらに実際の協力者としても」
ピクピクッと、両眉が上がり、鼻の穴が開く。
「徹は、どう思う?」
つぐみさんに聞かれ、徹さんが軽く肩をすくめる。
「つぐみさんがやりたいなら、やればいいと思うよ。ゆっくり考えてー」
「やる!」
即決だった。
読んでくれてありがとうm(_ _)mセーフ? 誤字報告本当にありがとうございます!(アスファルト上でスライディング土下座)アウッ




