お針子のつぐみさん
先輩の魔除け&まじないグッズが呪われていると分かってから、5日経った土曜日、
[バッグができたよ。渡しに行きたいんだが、都合はどうだろう]
徹さんからのli○eが来たのは、朝8時。
今は18時…。さっきまでPちゃんとマシロと一緒にダンジョンに潜って、帰ってきたところだった。
だってさ、li○eなんて美波くらいとしかやらないし、最近スマホ自体触ってないから、気付くのは至難の技なんだよ…。
自分にいい訳をしながら、いかに相手を不快にさせない文章にするか考え、正直が一番と開き直り、返信する。
[すみません。今気付きました。俺はいつでも大丈夫です]
一瞬にして既読が付く。
早っ!
[ダンジョンに行ってるかとも思っていたから、気にしないでくれ。ところで今からそちらに行ってもいいだろうか?]
返信も早っ! 俺気付いて送信まで、5分はかかったぞ…。
[今ダンジョンから出て来ました。これから夕飯の買い出しに行くので]
焦った俺はここで一回送ってしまい、[今日は難しい]と追加で送ろうとした時、
[良かったら夕飯は持っていくよ。Pさんとマシロちゃんの分も]
[ありがたく頂きます!]
即打ちした。
[Pさんは人間の食べ物も食べられて、マシロちゃんは何を食べるだろう? ふたりとも好きなものとかあるかな?]
[ふたりとも人間と同じで大丈夫です。後は甘いものが好きです]
[分かった。30分後に着くよ。後ー]
30分後!? 早くね!? どこにいるんだよ、徹さん…。
徹さんとのli○eを終えて、俺はうーんと唸ってしまった。
「どうしたんですピ? 航平」
「キュイ?」
ベッドの上で跳ねて遊んでいたふたりが、俺の両肩にそれぞれ乗ってくる。
「今、徹さんと話していてさ…。知り合いを連れてくるみたいだ」
「知り合いピ?」
「キュイ?」
「ああ、あの忍者コスプレ作った、『精鋭イレブン』のひとりだって」
ピンポーン
一回だけのチャイム。ドアも叩かない。
「徹さんが来たみたいだな。どうしようか…とりあえずPちゃんはヒヨコの真似を、マシロは…なんだ? オコジョ? スナネコの赤ちゃん? でも手足短いし尻尾ないし…ああ、とにかくふたりともぬいぐるみになりきって!」
「ピ!」
「キュ!」
2匹がパタリとベッドの上に倒れる。ぴくりとも動かない、完璧な擬態だった。
「今晩は、田所くん。押しかけてすまないね」
ドアを開けると、うっとりするほどの笑みを浮かべ、徹さんが立っていた。
「いえ、こっちが連絡遅くなったんで…あれ? もう一人は?」
開けたドアの向こうには徹さんだけで、『精鋭イレブン』の姿が見当たらない。
「いるよ」
ドアから死角になっているほうへ、徹さんが手を伸ばす。
「ほら、つぐみさん。怖がらないで大丈夫、田所くんは毒男じゃない。すまないね、ずいぶん人見知りなんだよ」
毒男って…なんだ? と言うか、このやり取り…。
否が応でも思わずにはいられない。なぜなら小説では、これはめちゃくちゃ可愛い子が登場する流れだから。
少し、ドキドキする。
徹さんに引っ張られるように、開けたドアに隠れていた人がそっと現れた。
「……」
「……」
目の前にそびえ立つ、坊主頭のマッチョ男と、無言で見つめ合う。
「あ、ああ。と、とりあえず中へ、入ってくだちゃ…」
噛んだ。色んな想像も、噛んだ。
坊主頭のデカマッチョが、無言のまま少し笑った。
「お邪魔するね…ふたりのことは言ってないから、安心して」
大きな紙袋を持って、徹さんが何事もなかったかのように部屋に上がり、デカマッチョが30センチはあろうかという靴を脱いで、その後に続く。
男3人、いや、ひとりは1.5人分のいる6畳部屋は、えらく狭く感じる。思えばこの部屋に自分以外で2人以上の人間がいるのは、母さんと美波が来た、引っ越しの日以来だ。
ガラステーブルを挟み、向かい側に徹さん、台所を背に、誕生日席にデカマッチョが正座で座っている。
「じゃあ、まずはー」
徹さんがデカマッチョを促す。
「……しま…つぐ…」
デカマッチョがボソリと言う。
地獄耳は油断して、発動していない。
「しま、つぐ? …ああ! 島継ぐ! 漁師さん?」
「田所くん、なんでそうなるかな。…彼は鹿島継実さん、28才。私のイメージを形にしてくれるエキスパートだよ。普段はデザインやお針子をしているんだ」
お針子の、つぐみさん…。
紹介されたつぐみさんが、恥ずかしそうに俯く。
これが世に言うギャップ萌だろうか。
「で、こちらが田所航平くん。薫と私の恩人だ」
徹さんの言葉に、はっとつぐみさんが顔を上げる。
「…ありがとう」
なぜかお礼を言われた。
「どういたしまして?」
なんとなく返してみる。
「じゃあ紹介も終わったところで…つぐみさん」
つぐみさんは隣においた紙袋を、俺に差し出した。
「作った」
今度はハッキリ聞こえた。
「バッグですね?」
俺は両手で紙袋を受け取ると、中からバッグを取り出した。
「…おおお」
横に長い長方形の黒いバッグ。徹さんが着ていた黒装束を、もっと何重にも重ねたような厚い布地に、大きなポケットが左右に分かれ、それぞれに丸い覗き穴がひとつ付いていた。
「ウエストバッグだよ。基本は腰に巻く形だけど、田所くんが以前持っていたボディバッグのように斜めに掛けても、バッグ本体と紐の間のワイヤーで常に水平を保てる。中は2つの部屋に分かれていて、小型の冷暖房完備、覗き穴は耐熱冷防弾ガラス窓、中からは開くけど外からは水圧風圧を受けても開かない、特殊マグネットを使用してー」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
慌てて止めると、徹さんとつぐみさんが俺を見た。
「これを5日で、作ったんですか?」
ふたりがなんでもないように頷く。良く見れば、徹さんは少し痩せたように見えるし、つぐみさんも目の下には濃いクマが浮かんでいた。…元々かもしれないが。
「…Pちゃん、マシロ。おいで」
こんなに頑張ってくれた人たちに、ちゃんと使う本人たちが感想を言わないと失礼だな。
「ピ! 航平、ぬいぐるみごっこはもういいんですピ?」
「キュイキュイ!」
動き出したふたりがテーブルの上に飛び乗る。
つぐみさんがビクッと一瞬動いたが、慌てもせず、声も出さず、じっとふたりを見つめていた。
置かれたバッグを興味深そうに、片羽根を口に当てPちゃんが眺めていると、マシロも小さな手を口に当て、真似をして眺める。
「これは、良いものですピ」
「キュイ」
「Pさん、一番は居心地ですよ。入ってみてください」
徹さんが勧め、つぐみさんも頷く。
俺は立ち上がると、バッグを腰に装着した。天辺は硬く黒い鉄板が貼られている。ファスナーのようなものはついていない。
「密閉性の高い、ファスナーのようなモノだよ。これは企業秘密で。ここを押すとー」
シュサッ
鉄板が自動ドアのように横にスライドし、バッグの中の、2つに区切られた柔らかそうな布地が見えた。
Pちゃんとマシロがそれぞれの部屋に入り込む。
「ピィ! 航平、柔らかくて気持ち良いですピ!」
「キュキュイ!」
丸い覗き穴のガラスを押し開けて、ふたりが羽と手を振る。
「…ほんとに凄いな。ありがとうございます。ふたりとも気に入ったようです」
俺がお辞儀をすると、
「…もふもふ…天使がいる…」
ずっと黙っていたつぐみさんが、ボソッと呟いた。
なんだか仲良くなれそうな、そんな予感がした。
読んでくれてありがとうm(_ _)mまだまだ道は遠い…かなどうかな?




