ムンクの叫び=財布
宝箱にガッチリと絡みついていたのは、ビッシリと吸盤が付いた綱引きロープに似ていた。
俺、こういう吸盤とかボツボツとか…駄目なんだよ。ぞわぞわってする。
いやいや、そんなこと言ってる場合じゃないっ。
吸盤ロープに引かれ、白テレポの宝箱が湖底に沈んでいく。
びっちり蓋が閉まっているからか、空気の泡も上がっていない。木でできた宝箱にはかなりの浮力があるはずだが、お構いなしで吸盤ロープは底へ底へと引っ張っていく。
…ありゃなんだ?
息を止めたまま、宝箱を追いかける。
湖底に吸盤ロープの持ち主がいた。
肉食系:綱貝 Lv31
攻撃パターン:絡み付き、痺れ毒、水魔法Lv4
吸盤の付いた長い触手は500メートルに達し、
水際にいるモノを捕らえ、水中に引き込み捕食する。
殻は硬く鋼の剣でも傷付かない。
弱点:雷魔法、触手、殻内部への物理攻撃
デカいな…昔読んだ恐竜図鑑に載ってたやつに似てる。ペロペロキャンディみたいな…そう、アンモナイトだ。
殻から伸びた触手が掃除機のコードを巻き取るように、宝箱を絡め取ったままシュルシュルと戻っていく。
お前に渡すかって!
スニーカーの足底から水魔法『渦潮』を操作して、スクリューのように放ち一気に加速する。
手を伸ばし宝箱を掴んだところで、触手と一緒に殻の中へ入り込んだ。顔や手に感じていた水の感触が、柔らかい肉の感触に変わり、生臭いドーム型の場所で触手が止まった。
内臓…胃の中か? 足が膝下まで、柔らかく沈む。周りの赤黒い肉厚の壁が、モニュモニュと動いていた。
「うげっ…気色悪い。宝箱は返してもらう」
雷魔法…駄目だ。確か白薔薇魔樹木は雷魔法に弱かった。宝箱に電撃が当たったら、壊れて中の白テレポが怪我をするかもしれない。
空間庫から雷光を取り出す。宝箱に巻き付いている、吸盤ロープだけを切った。
「おっと」
支えを失った宝箱が落ちそうになるのを、キャッチする。蓋を開け、中にいる白テレポの様子を確認すると、花びらに埋まったテレポが周りを見渡してから俺を見た。
「キュイ…」
「大丈夫。もうちょっと中にいて」
蓋を閉め、宝箱を両腕に抱えてから『光のオーラ』を掛ける。
「これで水も雷も大丈夫だろ…『雷電』!」
四方の肉壁に『雷電』を撃つ。
辺りがスパークするように強く光り、肉の壁が一瞬硬直し動きを止める。どこか遠くから、くぐもった低い音が聞こえ、綱貝の内部が光に包まれた。
レベルが上がりました。生命力40ポイント、魔力20ポイント…
アナウンスが流れる中、水中にまた戻った俺は、綱貝の魔石とドロップ品と思われるモノを拾い、宝箱を持って水面に上がっていった。
「おい、大丈夫か?」
転移してきた時の岩場に戻り、水操作で濡れた髪と体を乾かす。
宝箱のオーラを解き、蓋を開けると、中にいた白テレポが花びらから顔をのぞかせた。
「キュイ」
ほっと息を吐く俺を見上げていた白テレポが、宝箱から肩の上に飛び乗ってきた。
「おいおい、どうした?」
白テレポが手足を伸ばし、ぺったりとうつ伏せになって動かない。
肩に白タオルを引っ掛けたような格好だ。
はああ…。皆にこの姿を見せたい。写メを…先輩のインスタに…!
「お前…無防備過ぎだぞ?」
「キュイ?」
注意しながらも、肩をあまり揺らさないようしてしまうのは、しょうがあるまい。
「さてと、行きますか」
今度こそ魔力丸を飲み込み、Pちゃんと美波の場所に戻った。
「あ! こう兄!」
「ピ! 航平!」
10階に転移すると美波と、美波に抱かれたPちゃんが駆け寄ってきた。
「あれ、そんな時間かかった?」
『シールド』が消えている。1時間以上経ったのか? 綱貝を倒したのはもっと早かったはずだ。
…あ、こいつにチョコブラウニーあげてたからか。確かに一番時間をかけたかも…。
「1時間以上だよ! もう心配したんだからっ」
「ピィ! 美波はその間魔物を一匹倒して、ドロップ品を手に入れましたピ」
「空中を走るトカゲでね、鞭のスキルを覚えたの! 素早さが上がるこのブーツもドロップ…」
あずき色のジャージパンツをインした革製のショートブーツを、足を持ち上げ見せようとした美波の動きが止まった。
「…こう兄、なんでその子がそんなに懐いてるの?」
片足を上げたまま、俺の右肩にペッタリうつ伏せで寝そべっている、白テレポを見つめる。
「テレポがこんなに懐くのも珍しいですピ。やはり生成されたばかりだと思われますピ」
「ん? あー、アイスココアとブラウニーをあげたから?」
頭をかきながら白状すると、Pちゃんが一瞬のうちに反対の左肩に飛び乗り、高速で頬を突いてきた。
「いででっ! 耳は止めてっ!」
「こう兄ずるい! ピヨちゃんもいるのにこの子まで!」
「そんなこと言っても…」
はっ!? これはもしや噂に聞く!?
「ハーレムってやつ?」
「……」
「ピ…」
なぜか二人が憐れむように俺を見る。
「…もう、まあ良いけど。でもどうするの? この子」
「どうするって、後は17階か6階のテレポに…」
「航平、白薔薇魔樹木は17階から転移されたですピ。テレポに」
左肩に止まったPちゃんが片方の羽を上げる。
「…じゃあ、6階の」
「今この子がいるってことは、直ぐには受け入れてもらえなかったんでしょ?」
「ここに置いていきますピ?」
「それはできないだろー?」
宝箱がいくら頑丈とはいえ、ビッグホーンに突かれたり踏まれたりするかもしれない。
「ピィ、…連れて帰りますピ?」
Pちゃんがため息混じりに呟いた。
「魔物をダンジョン外に出せるの!?」
「え!? いいの!?」
美波の食いつきが凄い。
「ピ、ただし常に魔力を譲渡していないと、弱っていずれ消えますピ」
「俺がこいつに魔力をあげればいいのか?」
「『酔止め』を1時間に一回、かければ良いですピ。ただ単純計算でダンジョン外では、1回100ポイントの魔力を使うので、24時間で2400ポイントの魔力を必要としますピ」
「俺は基礎魔力量が1400…ダンジョンで回復しないと間に合わないな」
「それか魔力回復ポーションを作るかですピ。どちらにしても光魔法5が必須ですピ」
「…分かった。とりあえずダンジョンで魔力を回復しながら、こいつの面倒を見て、居場所を探していこう」
白テレポが大きなあくびをする。
「良いなー。私も魔力量上げて、いつか家でこの子と遊びたい!」
「まあそのうちな」
「出た、こう兄のそのうちな…。で、こう兄のジャージのパンツ、ハーフパンツになってるのはどうして?」
ぷっと膨れた美波が俺の足を指差す。
「え?」
いきなり言われ、白テレポとPちゃんと一緒に、自分の足を見る。
紺色のジャージパンツが、膝上の長さになっていた。切れた縁は、熱で溶けたように硬くなっている。
「あれ!? 『雷電』で!? いや俺の体は通さないはず…」
そして思い出す。
「ああ…デカい貝の胃袋で、溶けたのね…」
俺の高校時代の思い出が…あ、大してなかった。
「こう兄…パンツまた買わないとね」
「チョコレートブラウニーとアイスココアも下さいピ」
「キュイ」
戦闘服代と大食いヒヨコと、その片鱗をみせるテレポが加わって、俺の財布がまた絶叫しそうです。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 感謝もふ。




