白テレポ
「さてと、まずは…」
テレポの巣まで300メートル。宝箱を静かに草の上に置き、真正面に座る。なぜか正座をして、姿勢を正してしまう。
「もう起きてるかな? …開けてすぐの強制転移はやめてくれよ?」
祈るように、そっと上蓋を開けた。
キュイィ…
花びらの中であくびをし、小さな手足をウ~ンと伸ばしたテレポが、ふと俺を見上げた。少し眠そうな黒目がちな目と、ニヤついているであろう俺の目が合う。
おほっ! なんだこの愛くるしさは…。
「…おはようさん。よく寝てたなあ、お前」
「キュイ?…キュッ」
白テレポはびっくりしたのか、花びらの中に慌てて潜り込んだ。
「ごめんごめん、俺は敵じゃないよ。取って喰いやしない」
重なった花びらの隙間からピンクの鼻をヒクヒクさせ、少しだけ顔を覗かせる。頭の上には花びらが乗っていた。
はあぁぁ! ギブギブ! もうたまりません!
「…は、腹減ってないか? 喉は?」
「キュイ?」
白テレポが首を傾げた。頭に乗っていた花びらが、はらりと落ちる。思わず手を伸ばし、鼻先に指を持っていくと、スンスンとテレポたちがやっていたように、匂いを嗅いできた。
ウンウン、好きなだけ嗅ぎな。敵じゃないよ。
白テレポは、あまり警戒心がないようだった。生まれたてで、それがなんなのか分からないといった感じか。これなら急に脅かさなければ、転移されることもなさそうだ。
手をそっと離し、Pちゃん用に作っていたアイスココアを、同じくPちゃん用のシリコンカップに入れて近づけてみる。
もうPちゃんは、普通の皿とコップで飲み食いしてるから良いだろう。
「お前が何を食べて飲むのか分かんないからな。飲んでみる?」
宝箱の中にこぼしたらまずいので、匂いを嗅がせた後、草の上に置いてみる。
テレポが宝箱の縁に手をかけ、じっとシリコンカップを見つめてから、俺をちらりと見た。
「うん、いいよ。何もしない。飲んでみな?」
「キュ」
白テレポはぴょんと、宝箱から草地に降りると、もう一度シリコンカップの中のアイスココアを嗅いで、ペロッと赤い舌で舐めた。
「キュイッ」
一度可愛らしい声で高く鳴いてから、カップに顔を突っ込んでピチャチャッと高速で舐め始める。
「喉が乾いてたんだな、美味しいか? これも食べるか?」
千駄木家専属シェフの三好さんが作ってくれた、チョコレートブラウニーの欠片を指先に乗せ、近付けてみる。スンスン匂いを嗅いでから、欠片をぱくっと食べた。
手からじか食べ…もう強制転移されても良いとも! ドンと来い!
味を気に入ったのか、食べ終わった白テレポが、もっと欲しそうに俺の指をペロペロ舐める。
俺は次々にブラウニーの欠片を繰り出す。切り分けたパウンドケーキの大きさだったが、いつの間にか全て食べきっていた。
「お前も体に似合わず食べるなぁ。Pちゃんには敵わないけど」
…あ、チョコレートブラウニー。…まあ1個くらい良いだろう。Pちゃんも「極力」使うなと言っていただけだし。
「ケフッ」
アイスココアも飲みきった白テレポが小さくゲップをする。
ゲップさえ可愛いとは…恐るべし。
「ん? あーあ、口の周りが汚れちゃったな」
空間庫からトイレットペーパーを取り出し、短くちぎると、白テレポの茶色くなった口周りを拭いた。両手を下ろし、白テレポは大人しくされるがままだ。
…まずいな、あまりに警戒心がなさ過ぎる。懐いちゃったら離れなくなるぞ。
……俺が。
「なあ、お前の仲間が近くにいるんだ。ちょっと行ってみないか?」
「キュ?」
俺が立ち上がると、白テレポがきょとんと見上げ、トテテッと宝箱の中に入りこんだ。
まあ、このまま運んだほうが安心するか。
草地に置いた宝箱を再び持ち上げ、テレポたちの巣にゆっくり近づいていった。
「やあ、この前は交換ありがとうな」
地面からひょっこり顔を出した、リーダーらしきテレポに挨拶をする。しきりに鼻を動かし、宝箱を気にしているのが分かる。
…確か白薔薇魔樹木の花びらは、それぞれにとって良い匂いがするって鑑定だったな。
これは、チャンスだ!
「あのさ、このテレポなんだけど」
俺は笑いながら宝箱の蓋を片手で開けた。白テレポがひょこっと顔を出す。
「お前たちと同じテレ――」
リーダーテレポが一瞬にして耳を閉じ、茶色い毛をガチッとひき締める。
あれ?
「キュ!」
リーダーテレポが甲高く鳴いた。その途端、あの浮遊感…胃が浮くような感覚が襲ってきた。
聞く耳持たず!?
いやああー…
宝箱を抱えたまま、俺は転移された。
「ああ、やっちまった…Pちゃんの言った通りになったなあ…。で、ここどこ?」
立っている足元の岩場以外は、目の前に青くきらめく湖面が広がっていた。
「端が見えないな…。お前、大丈夫?」
宝箱を抱えながら上蓋を開け、花びらの中を確認する。
「キュイ?」
「うん、大丈夫だ」
白テレポがいることを確認してから、空間把握と気配探知を放つ。
赤い気配、青い点、白い点…全てがこの水の下にあった。
「地底湖か…この中に入るのかぁ…」
何か嫌だな…でも白い点があるし。
まあとりあえず10階に帰るか。
「10階のテレポは駄目だったけど、17階も、6階にもテレポはいるからな。もしかしたら受け入れてくれるかもしれないよ」
宝箱から顔を出している白テレポが俺を見上げる。
「魔力丸で…ちょっと蓋閉じるぞ」
上蓋を閉じ、魔力丸を手のひらに取り出す。飲み込もうとした時、
ザボンッ
一瞬宝箱が動いたと感じた時にはもう、手の中に宝箱はなかった。何か紐のような物に引かれ、青い水の中にゆらゆらと宝箱が消えていく。
「ちょっ!?」
気付けば宝箱を追って、湖に飛び込んでいた。
読んでくれてありがとうm(_ _)mやっぱりテレポも好きなんです。




