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女の子のレベルアップは丁寧かつ慎重に


 

 ピンポーン ドンドンッ


 食べ終わった朝飯の片付けを台所でしていると、玄関のチャイムとドアが同時に鳴った。


 この感じは…。


 水を止め、濡れた手をスウェットパンツで拭きながら、ドアを開ける。


「えへへ、来ちゃった」


 肩までの黒髪を揺らして、ドアから顔を覗かせた美波がにっこり笑う。


「…来ちゃったじゃない。彼女かお前は」


 そんなシチュエーションは小説の中でしか知らないが。


「え!? こう兄、彼女できたの?」


 大きな目を更に見開いて、美波が部屋に上がり込んできた。


「お前分かってて聞いてるだろ」


「あ、ピヨちゃん! おはよー! 一週間ぶりっ」


 俺の言葉をガン無視し、テーブルの上で食後のオレンジジュースを飲んでいたPちゃんに駆け寄る。


「美波、くすぐったいですピィ」


 しゃがみ込んだ美波に、テーブルの上でスリスリされるがままのPちゃんが羽をパタつかせる。


 全然嫌そうじゃないし…。


「また7時に来たか…。で、今日バイトは? 学校の課題は?」


「バイトは休みもらっちゃった。日曜なのにごめんなさいだけど…。課題は昨日終わらせたよ」


 Pちゃんに頬を寄せたまま、俺を見上げた。


「母さんにはなんて言って出てきたんだ?」


「こう兄と遊んでくるって」


「ダンジョンのことは?」


「言ってない。こう兄が自分で言いたいかなと思って。こう兄、今日も一緒に行っていい?」


 美波の白く細い左手首に『守りのバングルブレスレット』が揺れていた。


「お前が腹ごしらえしたらな」


 俺は美波の頭をクシャっと撫でて、台所に向かった。






「美波、まずは眼調整スキルを取るぞ。これがないとよっぽど高性能なゴーグルやライトがない限り、移動が難しい階がある。これから向かうのは7階の沼地だ。暗いし、足元はほぼ泥だからな? 転ばないよう動けよ? でも上手くいけば駿足も向上するかもしれない。魔物は――」


 地下7階へ降りる階段の前で、紺色のジャージ上下を着た俺は、同じくあずき色のジャージを着た美波に説明する。


 二人とも胸に「田所」の黄色い刺繍が入った体育ジャージを着ていた。泥が跳ねても気兼ねしなくて良いのが助かる。俺が高校時代に着ていた物を実家から持ってきてくれたのだ。自分も中学時代のジャージを着ている。


 ちょっと美波のは小さめだな。背が伸びたのか。


 俺は、ピッタリだった。



「ピ、美波は魔物から警戒される匂いをしてますピ。絶対に航平から離れちゃ駄目ですピ」


 俺のジャージの尻ポケットから、Pちゃんの声が聞こえる。湯船に浸かっているような、上半身が出た状態だった。


 早く徹さんがバッグをくれると良いね…。


「…分かった。こう兄から離れず、辺りをよく見るね」


 髪をひとつに結いた美波が、真剣な顔で頷く。



 Lv8 田所美波(タドコロミナミ) 16才

 種族:人間

 職業:女子高生(高)

 生命力:160/160

 魔力:10/65

 体力:30

 筋力:20

 防御力:27+20

 素早さ:30

 幸運:62


 魔法:光魔法2

 スキル:恐怖耐性1 身体操作1 駿足1

 気配探知1 魔力回復1


 加算装備:守りのバングルブレスレット



 ダンジョンに入って10分。外だと41日かかるところが、美波の魔力が1ポイント回復していた。


「絶対防御も欲しいところだけど、今は『光のオーラ』と…『酔止め』…。よし、これで魔力が最低1ポイント残るから、魔力酔いしなくて済む。寒さ暑さも体感で1/3だ。70度でも24度くらいだな。後バングルブレスレットの代わりにこの『守りの指輪』を――」


「航平、過保護過ぎても、スキルは向上しないですピ。ある程度実感しないと、無意識がそれを求めなくなりますピ」


「いや危ないし11階、12階に行ったら…」


「それはその時にかければ良いですピ」


 俺が更に口を開こうとした時、美波がジャージの裾を引っ張った。


「こう兄、心配してくれるのは嬉しいけど、私も頑張って強くなりたい。いつかこう兄たちを守っちゃうくらいに」


 美波がふむぅっと小さな鼻から息を出し、両腕で力こぶを作ってみせる。


「…ああ、そうだな」


 俺は美波を強くするために、一緒にいるんだった。


 美波にかけた光のオーラを解除する。


「でもバングルブレスレットはしとけよ?」


「はいっ。こう兄師匠、ピヨちゃん先生、よろしくお願いします!」


 美波は嬉しそうに笑ってから、ペコリとお辞儀をした。



 

 チャッ チャッ…


「こう兄…真っ暗だね…。指先も見えないよ」


 靴にまとわりつくような泥の上を歩きながら、美波が俺のジャージを掴んでいる。片手にはオノカブトの手斧を持っていた。


「…ひゃっ、なに?」


「ピ、シダに似た植物に触っただけですピ。美波、深呼吸して落ち着くですピ」


「…はい」


 俺は初めから眼調整10があった。先輩や徹さんもレベル1で、すでに眼調整を持っていた。俺のは幸運、先輩たちは小さい頃からの修練の賜物だ。


「美波、怖くて当然だよ。だから無理はするな。戻るか?」


 目的を忘れ、つい口に出てしまう。


「大丈夫。…目をこらせ…周りを感じろ…美波」


 美波が自己暗示のように呟く。


 頑張れ美波…俺も呟いた時、


 ジャパジャパッ


 浅い水溜りの中で、何かが暴れているような水音が、正面から聞こえてきた。曲刀『雷光』を空間庫から手にする。


「こう兄! 何かいるの?」


 美波が音の鳴る方に、定まらない視線を向ける。


「大丈夫、カエルだよ」



 肉食系:棘蛙 Lv16

 攻撃パターン:棘舌による巻付き、ハタキ落とし、丸呑み

 弱点:火魔法、雷魔法、光魔法、腹、舌、首への物理攻撃



 体高3メートルくらいのね。


 茶色くぬらぬらした皮膚、金色の目に黒い瞳が縦に伸びる、爬虫類のような独特の目。


「美波見えるか?」


 雷光を構えながら、美波に聞く。


「何か大きな塊はぼんやり見えるけど…カエルかどうかは分からない」


「いいぞ、ぼんやり見え始めたんだな?」


 美波が頷いた。


「じゃあ俺が片付けてくるから、ちょっと待っ…」


 言い終わらないうちに棘蛙の舌が伸びてきた。美波に当たらないよう前に出る。


「ちょっと待ってろよっ」


 雷光に魔力を流し、鉛筆のような太さの棘が無数についた太い舌を叩き切った。


 グエッ


 潰れた鳴き声と共に、切った舌先が泥の上に落ちて消滅する。まだ残っていた舌は棘蛙の口へ戻っていった。


 棘蛙が怒り露わに、ビチャンビチャンッと近づいてくる。


「凄い…細いカミナリが斜めに」


 美波の言葉が後から聞こえ、棘蛙の第2攻撃に備えていた俺の腰回りに、何かが絡みついた。


「ピ!?」

「ピヨちゃん!!」


 俺が確認する前に、美波がジャージの尻ポケットに入っていたPちゃんを、何かから取り出そうとした。


「美波! 手を離せ!」


 

 吸血系:吸血ドジョウ Lv12

 攻撃パターン:噛みつき、出血毒、吸血、囲い込み

  群れで行動、巨大な相手も集団で囲み吸血する

 弱点:火魔法、雷魔法、体への物理攻撃



 長さ1メートルほどのドジョウが、俺の腰に巻き付いていた。よく見れば浅い水面から、吸血ドジョウの背中が幾つも見える。


 さっきの水音は棘蛙が暴れていたんじゃない。吸血ドジョウと戦っていた音だったのか。


「ピヨちゃん! 今出してあげるから…」


 Pちゃんが押し潰されている場所に手を滑り込ませ、ダイコンくらいの太さがある吸血ドジョウを引っ張る。


「俺が雷魔法で――」


 寄ってきた棘蛙を雷電2発で倒し、そのまま巻き付いている吸血ドジョウにも電撃を――。


「駄目だよ! ピヨちゃんが感電しちゃう!」


「いや美波、Pちゃんは――」


「このお! ピヨちゃんから離れてえ!!」


 美波が渾身の力で引っ張る。力を入れている俺の体は動かないが、吸血ドジョウはジリジリと腰から浮き上がり、ついに完全に離れた。


「ええい! 良くもピヨちゃんを!」


 美波が離れたドジョウの体に、手斧を叩き込む。切断された吸血ドジョウが、淡い光と共に消滅した。


「…やった」


 美波が、はっとして俺の尻に近寄る。


「ピヨちゃん! 大丈夫?」


「ピ! 大丈夫ですピ。美波のお陰ですピ」


 ポケットから半分出ているPちゃんの元気な声が聞こえた。多分片羽でも上げているんだろう。


 美波よ、Pちゃんはお前より10倍は丈夫だぞ…。


「良かったぁ。…私でも、役に立てたのかな…?」


 窺うように美波が俺たちを見る。


「ああ、ありがとな。助かった」

「ピ! ありがとうですピ!」


 俺の言葉に、美波が嬉しそうに顔の泥を手で拭った。白い頬に泥と血を残して。


「み、美波! 手見せてみろ!」

「ピィィ! 美波、早くピ!」


 右腕に吸血ドジョウに噛まれたらしい傷があり、そこからダラダラと血が流れている。


「か、回復を」

「ピ! 傷口を綺麗にしてから解毒をー」

「そうか! み、水魔法! えー、水洗! 解毒! 大回復!」

「航平は大回復はまだ使えないですピ!」


 俺たちがあたふたしているのを、美波がなぜか笑いながら見ていた。







読んでくれてありがとうm(_ _)m 感謝な日曜日

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― 新着の感想 ―
[一言] まだまだ安心に見れそうにないですね。
[一言] 毎日とても楽しみにしてます。 キャラクターが生きた動きをしているので、素直に感情移入しやすく、ノーストレスで読めます。 何度も繰り返して読ませていただいていましたが、お礼も言えずすみませんで…
[一言] 麦作様、ありがとうございますぅぅぅ 何があっても、鼻血はとめなぁぁい!!(鼻とめ) 美波のジャージ姿…鼻血ものだなぁ 桜猫誕生秘話(妄想) ???「ニャ!ミャアは妹の…じゃ無かった。世界の…
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