玉に願いを
宝箱が目の前を走り去るのを、思わず見送ってしまった。
復活早くない? 中身入ってないとか…。
「田所くん…どうする?」
シャカシャカ音と共に、白い箱が遠ざかっていく。
「どうするって…捕まえるでしょ!」
俺が走り出すと徹さんも後に続いてきた。
俺たちが追っているのに気づいたように、宝箱がスピードを上げ出す。
(航平! 瞬間移動を使えば良いですピ!)
(ムリムリ! 自分がどこに行くか分かんないから!)
そう、瞬間移動は階段なら階段、テレポならテレポと、探知した点に座標を合わせて移動する感じだった。こうして近くを動いているモノに使って、ちょっとでも座標がズレれば、遥かに追い越してしまう。
こんな所に徹さんだけ残したら、千駄木オヤジに何されるか…。
クソー! 熟練度が足りない!
駿足だけで、シャカシャカと逃げる宝箱を追う。まだ徹さんもついてこられている。宝箱が逃げる先に、観光バスくらいの氷塊が見えた。
氷塊の前で止まるかと思いきや、脚を氷の側面に突き刺してよじ登るという、ポテンシャルを見せる宝箱。
どんな宝箱だよ!? あの可愛い擬態ウサギはどこに?
動く宝箱:***
動いている時は宝が入っている
宝を取り出すと数時間で消える
入ってるー!
「中身は分からないけどなんか入ってますよ!」
「魔法のスクロールとか!」
「徹さん魔法欲しいんですか!」
「もちろん! 3番目に欲しいモノだよ!」
「スクロールじゃなくてオーブですけど、可能性はあります!」
「良いね! 実に…」
俺たちは子供のように声を上げながら、氷塊の向こうに消えた宝箱を追いかける。
氷に手をかけたその時、徹さんが失速した。
「田所くん…。ごめん、ちょっと息が…」
徹さんが苦しそうに止まり、膝に両手をついた。
そうだった、ここは富士山の6合目くらいの気圧だった。体が酸素を効率良く使えない。
「ハアハア、すまない、先に行って…」
「徹さん、良いんですか? 宝箱ですよ? もし待ってるなら『シールド』かけますけど」
「ハア…ああ、お願いするよ。宝箱は欲しいけど、ハアハア…私は、動かない、普通の宝箱を、探すよ…ハアー」
黒い布を口元からずり下げて、徹さんが大きく息を吐く。
「ないですよ?」
「え?」
「ないです。普通の宝箱。俺見たことないです」
「…ダンジョンなのに?」
俺が黙って頷くと、
「マジか…」
徹さんらしからぬ呟きが聞こえた。
俺が冗談で言ってるわけじゃないと分かったのか、徹さんが覚悟を決めたように、黒い布を口まで引き上げた。
ついてこられるのか?
俺の心配をよそに、首の後ろをもぞもぞ触り出す。
シュー…
微かなカス漏れのような音が、徹さんから聞こえてきた。
「スーハアー…。この黒装束の口元には、酸素が出るよう細工がしてあってね。いざという時に使うつもりだったけど、それが今だと分かる。でも5分が限度なんだ、急ごう田所くん!」
徹さんがひらりと氷塊に飛び乗る。
…ホント、それ作った人紹介してほしいわ…。
元気になった徹さんの後に俺も続いた。
「いましたよ、徹さん」
宝箱がゆっくりと歩いている。氷の岩の陰に隠れた俺たちに気づいていない。
どうやって捕まえよう…。
風魔法で持ち上げるか、雷魔法で痺れさせるか、土魔法で囲むか…。
俺が一瞬悩んでいる間に、徹さんが岩の陰から飛び出た。
「徹さん!」
徹さんが左手にハメていたフォグガードを、一度胸に近付けてから宝箱に向ける。まるで忍者戦隊モノの主役のように。
「捕獲ネット発射!」
黒いメタリックなフォグガードから黒い網が飛び出し、白い宝箱に絡みつく。
「おお!」
「ピイ!」
Pちゃんと思わず声を上げる。
宝箱は少しの間もがいていたが、やがて4本脚がなくなり、普通の白い石の箱になった。
「左手の第2指、人差し指と連動して、ここの手首の所から12Kカーボンファイバー製の網が出るんだよ。回収できないのが課題なんだけどね」
その装置あったら…魔法、要らなくね?
「さあ、開けよう! 田所くん!」
徹さんが宝箱に絡みついた網を取り外す。
「徹さんちょっと待って」
念のため鑑定をかける。『氷菌糸』がいたら大変だ。
「…大丈夫、徹さんが開けてください。この宝箱は、徹さんの戦利品です」
菌糸はいなかった。罠解除も反応しない。もう普通の宝箱だ。
「いや、でも」
「ピ、徹のですピ」
遠慮する徹さんをPちゃんが後押しし、俺も頷く。
「分かった。ありがとう」
徹さんは嬉しそうに笑い、宝箱の蓋に手をかけ、ゆっくりと開けていった。
「…これは…オーブ?」
え!?
俺も慌てて宝箱の中を後から覗き込む。
宝箱の中に、氷のような丸い玉がひとつ。
これは、願玉だ!!
「徹さん! 触るの待っ…」
「え?」
宝箱の中から願玉を拾い上げ、徹さんが俺を見上げた。
その瞬間、願玉が淡い光を放ち、一巻の巻物に変わる。
「…やった! スキルスクロールだ!」
「おお!?」
徹さんが飛び上がらんばかりに立ち上がる。
「田所くん! 開けても?」
「ええ、も、もちろんですよ」
徹さんが巻物を開いていく。
巻物から放たれた光が、徹さんを照らし、氷の洞窟が一瞬輝きを増す。
「……鑑定4」
徹さんが、放心状態で呟いた。
え? …えええ!?
「田所くん! このスキルスクロール、鑑定4だったよ!」
「…はは。良かったですね」
俺も放心状態で返事を返す。
(…あれ? Pちゃん…願玉ってスニーカーとか、1万円札とか…)
(ピ、願玉は願い玉、ひとつの願玉に対してひとつの物質ですピ。スキルスクロールというものは初めて聞きましたが、徹が願ったから、変化しただけですピ)
(…マジで?)
俺は、ものすごく、貴重な物を手に入れたんじゃないか? 空間庫に願玉あと3個あるし…。
って、スニーカーもったいなっ!
「田所くん」
徹さんが改まって俺を見た。
「はい?」
スニーカーに心を奪われ、呆然としながら返事をする。
「田所くんをちょっと鑑定してみても?」
「あ、俺のことは鑑定できません。徹さんより鑑定レベルが高いから」
「マジか…くそっ! どれくらい強いのか見たかったのに」
形のいい眉が釣り上がってから、すぐにハの字に下がった。
「あはは、残念でしたね。鑑定4を育てていけば、いずれは? もしかして? そのうちに?」
ハの字眉があまりにも徹さんに似合わなくて、俺はからかうように言う。
徹さんが一瞬驚いたような顔をしてから、
「絶対見てやるさ」
と、なぜか嬉しそうに笑った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m また感謝の滑り込み! 願い1日1更新…。




