精鋭たち
ピンポーン
…どうしようかな…。腹が痛くなったって言って、止めようかな…。いやいや、一度オッケーしたことを…でも緊張するし…。
ピンポーン
「はい…」
朝の8時、朝飯を食べ終わり、緊張して待っていた俺は、ためらいがちにドアを開ける。
「田所さん、おはようございます」
そこには爽やかな笑顔を浮かべた徹さんが立っていた。その後ろには澤井さんもいる。
「…おはようございます。なぜにその格好を?」
徹さんの爽やかな笑顔が、更に破顔する。
「ダンジョンといったら、やっぱりこれかなと」
黒い布を首周りから引っ張り上げ、口元を隠す。黒い装束、同じ色の防水性の高そうなリュックを背負い、肩から日本刀の柄がのぞいていた。
「忍者です」
うん、一目瞭然ですけど…コスプレ? コスプレイヤーなの?
黒装束から覗く涼し気な目元。確かに似合ってるが…がしかし!
「うーん、今日ダンジョンはー」
職業:忍者は渡さないぜっ!
「航平様、これを」
後ろにいた澤井さんが、紙袋と2リットル魔法瓶を渡してきた。
「シェフの三好からです。お二人の昼食だそうです。糖分補給として、自慢のチョコレートブラウニーが入っているそうでー」
カタッ
ベッドのある部屋から音がした。バッグに入っているPちゃんが、跳ねたんだろう。
「ありがとうございます!」
俺が今度は破顔して、紙袋と魔法瓶を受け取る。
やった! 昼飯とPちゃんのおやつ代が浮いた!
「もしよろしければ、行こうとなさっている所まで車でお送りしますが…」
「いえ、車では行けない所なんで、大丈夫です」
「そうですか…では徹様」
「ああ、ありがとう」
澤井さんが乗る黒い車が走り去るのを見送ると、俺は覚悟を決め、徹さんを部屋の中へ入れた。
「こんな所に…」
ベッド下の土階段を降りながら、徹さんが辺りを見回す。頭にはLEDヘッドライトが装着されている。しかも5点灯だ。俺の『ライト』くらい明るく、辺りを照らしている。
先輩と歩いた時はヒールの足音が石の通路に響いたが、今は足音一つしない。
「徹さん、やっぱり食料は俺が持ちますよ。重いでしょう?」
通路を進みながら振り返る。
「大丈夫ですよ。連れてきてもらったんです。これくらいなんともありません」
忍者衣装の肩に、リュックが結構食い込んでるけど…。
空間庫のことはまだ言っていなかった。
早く言わなきゃな…。自分のスキルはあまり明かしたくないが、これから一緒に魔物を狩る以上、秘密もないか…申し訳ない気持ちになってきたし。
「田所さんはダンジョン内で、どうやって動いているんです?」
「スキルで目が良くなってるんで、灯りは使いません。それから荷物は…」
手のひらにPちゃんのチョコケーキを出し、またしまった。
「『空間庫』というスキルも持っています。だから荷物は持ちますよ」
「アイテムボックス持ちですか…凄いな。荷物が小さなバッグだけだったんで、もしかしたらと思ってましたが」
その小さなバッグにも、入っているのは水色のヒヨコだけという。
「やっぱり知ってましたか。だから持ちますよ。…重いと動き辛い。何が入ってるんですかこれ?」
俺は徹さんのリュックを外しながらその重さに驚く。
「大した物は入ってないです。赤外線スコープ、アンプ型センサー、小型金属探知機、スタンガン、寝袋、神社の聖水…」
いや、入ってる入ってる。
「…その腕のはアームガードですか?」
部屋でヘッドライトと一緒に装着していた、黒装束の左腕前腕から指先まで覆っている黒くメタリックなモノ。
「ああ、これは私が考案した試作品のフォグガードです。左手第3、4、5指と連動、カートリッジ式で噴霧時間は今5秒に設定していますが、最高5分の噴霧が可能です。第1指、親指と連動しているのは『矢』です」
リュックから厚めの単行本に似たステンレスケースを取り出し、ぱかっと開ける。中には万年筆のような銀色の筒が差し込まれ、対面には先の尖った太めの矢が綺麗に並んでいた。
「交換用です。どちらもかなり危険な液体が入っているので、噴霧時、射時は近くにいないでくださいね?」
「…はい。絶対射程内に入りません」
そんな素敵な笑顔で怖いことを……そうだった。徹さんは『装備品開発』の人だった。魔物と戦う気満々じゃないですか…。
(ピ、航平。徹を敵に回してはいけませんピ)
(…そうだね、激しく同意する)
俺は徹さんの荷物を空間庫にしまった。
「…徹さんの仕事って、こういう物を作っているんですね」
「いえ、これは趣味です」
どんな趣味いい!?
「本当はラボにでも籠もって、こういった装備品や武器を作りたいんですがね、なかなか」
徹さんが苦笑しながら、斜めに掛かっている組紐を外し、背中に差していた刀を手に取った。
「この刀は精鋭11人のひとり、薫のフォロワー仲間が打ってくれたんですよ。かなり変わった人ですが、腕は良いんです」
スラリと鞘から刀を抜く。
「へえ、カッコいいですね」
…良いな。俺の雷光にも、相方の鞘が欲しい…。抜身じゃ俺は平気だけど、Pちゃんに当たったら大変だ。
「実はこの『黒装束』を作ってくれたのもフォロワーのひとりで、撥水性、伸縮性、ムレ防止、全てにおいて最高の着心地なんですよ。フォロワーは仕事関係で知り合った人が多くて、腕は良いので前に頼んだんです。まあ、かなりの引っ込み思案で、実際の会話は…」
…良いな…俺も黒装束欲し…!!??
徹さんの言葉に、俺は『雷電』を食らったかのような衝撃を覚える。
「……おお!!」
こ、これは…。
大いなる方が手を振って応援してくれている気がした。この出会いも、俺の幸運200MAXが最高の仕事をしてくれていると感じる。
「モンスターですか!?」
素早く徹さんが辺りを警戒する。
「…徹さん、レベルアップしましょう」
「はい。薫よりは上げて、護れるくらいには…」
通路の先を油断なく見ながら、徹さんが答える。
「そして先輩のフォロワー…『精鋭』さんたちにも一度ダンジョンに来ていただきたいです」
「え?」
徹さんが構えていた刀を下ろす。
「徹さん、魔物のドロップ品は魔石だけじゃありません。素材や武器も落とします。ただ、鎧のような防具が出ません」
呪いの兜は出たけどね…。
「…なるほど」
徹さんが俺の着ていた『ちゃんぽんジュニア』の茶色いトレーナー、ジーンズ、白いスニーカーと視線を動かし、同情するかのような眼差しで頷く。
…まあ、それはいい。
「精鋭の方たちに、妹の美波や母さんに合う、装備や武器を作っていただきたい!」
俺は深々と頭を下げた。
「うーん…確かに素材だけ渡しても、これはなんだ?となりますね…。でもなぜ妹さんや母上に? このダンジョンに入りたがっているんですか?」
「美波は一度、潜っています。母はまだですが…」
もうひとつ、徹さんに言っていないことを俺は告げた。
「徹さん、今は俺の部屋にイレギュラーでダンジョンができましたが、66日後、7月28日に世界中にダンジョンが出現します。ダンジョンが広がり続けると、世界が終わります」
それから俺は、どうして美波たちに防具や武器を作ってもらいたいのか話した。
「…そうですか。暴徒化するかもしれない人間に備えてのレベルアップですか」
一瞬の間をおいて、徹さんが呟いた。
「分かりました」
良かった。もう少し人間を信じろ、国の組織を信じろと言われたらどうしようかと思った。
「それでしたらこちらからお願いしたいくらいです。皆ダンジョンなんて聞いたら、目の色変えますよ」
「驚かれないんですか?」
「はは、田所さんが家の玄関を軽く開けたあの日から、驚きの連続ですよ。ただ今は、心が躍ってます」
黒装束から見える目が、子供のように輝いていた。
「でも田所さんはその情報をどこで?」
「ああ、それはですね…」
(Pちゃん)
(ピ!)
「それは『叡智』として創られた私が、航平に教えたからです……ピ」
バッグの穴からくちばしだけ出したPちゃんの声を聞き、徹さんが首を傾げる。
威厳のあるように言いたかったのだろうが、最後のピがそれを邪魔したようだ。
「腹話術ですか?」
「…いえ、Pちゃんです」
「ピ! 徹! もっと驚きなさいピ」
「ひっ! ぬいぐるみが……呪われている」
「失礼な! ピィ!」
バッグから徹さんの肩に飛び乗り、Pちゃんが頬を突く。
硬直し、されるがままになっていた徹さんが、そっと黒い布を頬が隠れるまで引っ張り上げガードしたのを、俺は見逃さなかった。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 感謝は続くよどこまでも




