徹さん
「ボクが買収…」
ファイルに書かれた会社名を眺めながら先輩が呟く。
「そうだ」
千駄木オヤジがコロコロと、魔石を手のひらで転がしながら頷く。
「父さん、ここ最近薫が勉強していたのを、私は知っています。ギルドのことを調べていたのでしょう」
横から徹さんが先輩を見ながら言う。
「だからなんだ?」
「その買収は私がやります」
「駄目だ」
「なぜです?」
「経営するというのは、机上だけでは分からんことが多い。禍根も残しやすい。実際の者を知る機会を、お前が奪うな」
徹さんが黙ると、先輩が俺のほうを向いた。
「航平君、ボクは全力で協力すると言った。その言葉に二言はない。必ず買収を成功させ、父さんに『真石』を買わせてみせる…クククッ! フゴッ!」
「分かってます。俺は先輩を信じてますから」
俺ができるのはそれぐらいだ。それでも家族以外の人間を信じたのは、初めてだった。
「ああ、ありがとう」
先輩が嬉しそうに笑った。
「…あ、すみません。トイレをお借りしても?」
(緊張が緩んだ…。Pちゃんはちょっと待っててな)
(はいピ)
バッグを外しソファーから立ち上がる。
「田所さん、私が案内しますよ」
徹さんがドア前に立つ澤井さんに軽く頷いて、立ち上がる。俺は徹さんに連れられ、一緒にリビングを出た。
「田所さん…本当に『真石』がダンジョンにあると?」
俺の前を歩きながら、振り向かず言う。
「はい」
俺はその背中に頷いた。
「父が電気販売事業に手を出せるほどの数が、揃いますか?」
「はい、問題ありません」
魔物は数が増えると、縄張り争いで魔物同士が戦い、レベルが上がっていくらしい。
強くなられるのもなんだし、これからダンジョンが増えていくなら、供給が減ることはないな。
まあその分、俺は働かないといけないが…。
「では、レベルアップやスキルもありますか?」
「はい?」
「『真石』とは魔力の石、『魔石』ですよね? ということはモンスターも?」
はいい!?
「あ、トイレはここです」
徹さんが何事もなかったように立ち止まる。
「はいっ」
今のでチビリそうになってた俺は、慌ててトイレのドアを開け中に入った。トイレは広く良い匂いがしたが、今はそれどころじゃない。
どういうことだ!? なぜ分かった? いかん! 落ち着け俺!
……ああ、ちょっと落ち着いた。
自動で水が流れ、手を洗い外に出る。
徹さんが待っていた。
「…徹さん、ダンジョンを知っているんですね?」
「ええまあ、浅く狭くですが。コミュニケーションツールのひとつです」
「…いつから気づいていたんですか?」
徹さんがパンツのポケットから、ピンポン玉大の魔石を取り出す。
「薫の具合が悪くなった時、部屋で見つけました」
初めに俺の部屋で先輩に渡した、アンシリの魔石だった。
「薫は変な儀式や仮面、怪しいまじないグッズを集めるのが、子供の頃から好きでね。これもその一種で、薫に悪い影響でも与えてるのかと、排除しようと思っていたんです」
…薄々は気づいていたが、徹さんはかなりの妹心配症だな。なぜか同じ匂いがする。
「そしてあの時、私は見ていたんですよ。田所さんが薫の額に手を当て、眩い光を放って治すところを。あれは、治癒魔法ですか?」
徹さんがにっこり微笑む。
「まあ、はい…似たようなもんです」
思わず見惚れ、頷いた。
危なっ! 耐性あって良かった! いや、耐性あっても認めちゃった!
「…やはりそうですか。初めは怪しげな商法に引っかかっているかと…あ、すみません」
「いえ、わかります」
「…翌日、薫がインスタライブでダンジョンの話を私たちに振った時、確信しました。真の力の『真石』は、魔の力の『魔石』であると」
ん?
「薫がダンジョンなどというワードを出すこと自体、あり得ないのでね。しかも最近、あの玄関の扉を簡単に開けるようになりました。運も上がってきているようだし」
んんー?
「…徹さん、先輩のフォロワーですか?」
「ええ、『精鋭11人』ーああ、また8人に戻りましたが、精鋭の一人ですよ」
「少ないフォロワーのひとり…」
「ちなみに他の7人も知り合いです。海外へ転勤になって時間が合わなくなり、抜けた3人も。年齢はまちまちですが、信頼できる人たちです」
「え?」
「薫のインスタ設定をしたのは私なので。薫に変な虫がつかないよう、非公開にしてますから」
そう言って魅惑の微笑みを浮かべる。
ええ!? ちょっと…徹さんの妹思いが重すぎて怖いんですけど。
…さすがに俺はここまでじゃないな。良かったうん。我がふり直せ、だ。
「先輩は気づいてないんですか?」
徹さんが両肩を軽くすくめる。
「鍵アカにはしてないと本人には言ってあるし、気付いてないですね。自分に自信がない子ですから、人数もこんなものだと思っているようです。…でも最近は、どうすればもっとフォロワーが増えるのか聞いてきましたよ。仮面を外せば良いと言ったら、悩んでましたけどね」
先輩は色々変わろうとしてくれている。
…俺は?
「あまり遅くなると、二人に訝しがられますね。戻りましょう」
考えていた俺に徹さんが促し、歩き出した。
「そうだ、田所さん」
徹さんが振り向く。
「薫はレベルが上がっているんですよね?」
「ええ、まあ」
「私もダンジョンへ連れていってくれませんか?」
徹さんがこれ以上ないほどの、誰もが魅了される笑みを浮かべた。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 感謝の魅了発動! 不発…




