有民
目を閉じ、腕組みをしている千駄木オヤジ、『真石』のファイルをジッと見つめている徹さん、隣でそんな二人を見ては、俺を見てくる先輩。
俺は目の前に置かれたオレンジジュースのストローを咥える。
…うまっ! オレンジジュースってこんなにうまいの? お高いの?
(ピ! 航平! 私にも)
(はいよ。喉乾くよな)
そっとグラスを膝の上に置いたバッグに近づけると、穴から出てきた黄色いくちばしにストローを持っていった。
ズゾゾゾッー
恐ろしい勢いでオレンジジュースが減っていく。
カランッ…
無くなった。
氷の当たる音がやけに大きく聞こえるくらい、豪華なリビングは静まり返っていた。俺は慌ててグラスを口元からテーブルの上に戻す動作をする。
(ピィィ! 美味しいです航平! もう一杯下さいピ!)
(Pちゃん、この雰囲気でお代わりは…)
「澤井、オレンジジュースを航平君に。もう少し大きいグラスで持ってきてくれ」
リビングのドア前に立っていた澤井さんが、小さく頷くと部屋を出ていった。
ヤダ先輩男前…
(ピィ! 薫、太っ腹ですピ!)
「では田所さんは、この『真石』をその…ダンジョンで手に入れたと?」
ためらいがちに、徹さんが沈黙を破った。
「そうです」
魔物のことは言っていなかった。言っても信じてはくれない。…いや、俺がまだ二人を信じられていないのか。
とにかくまずは膨大なエネルギーを持つ『真石』がどこにあるか、そしてその利用法だ。
「日本か?」
今度は目をつむったままの千駄木オヤジが口を開く。
「はい」
「…そうか。薫も確認したんだな?」
「はい。場所は言えませんがダンジョンに入りました。『真石』もありました」
俺が話すまで、先輩はダンジョンや魔石のことを秘密にしてくれていた。随分追及されたと思うけど…。
「…そして0.9気圧、911.7ヘクトパスカルで、この石はエネルギーを出し始め、1気圧で安定すると?」
徹さんがさっき俺が言ったことを繰り返し、ファイルを読み直し始める。
Pちゃんによれば富士山の3776メートルが0.65気圧、660ヘクトパスカルくらい。俺の部屋のダンジョンは、最下層まで4000メートルらしいから、今富士山6合目までダンジョンアタックしている感じか。
「そうです。それ以外は徹さんが調べた通りだと思います。一番効率が良いのは0.6気圧の場所に『真石』を置き、タービンを置けば回転します。それ以上気圧を下げるとエネルギーが一気に出過ぎて、タービンが壊れます。イメージは止まない風力、水不足にならない水力、燃えない火力、爆発しない原子力と言ったところです。使えば無くなるし、環境にも人体にも害を与えない、クリーンエネルギーですよ」
はあ、Pちゃんから聞いたこと、上手く伝わったかな?
この話を聞いて、ダンジョンの下層に行けば行くほど、魔物が強くなる理由もわかった。
そう考えると『Lvタグの箱』の、最下層120階で伐採された魔樹木って凄くない? どれくらいの気圧だったんだろうか…。いや、そもそも失われた世界とは『1気圧』自体が、すでに違うかもしれない。
「航平くん。私は『勘』が良い。『運』もな」
うん、知ってる。鑑定2持ちだし、幸運値99だし…。
千駄木オヤジが、閉じていた目をゆっくり開けた。
「…フハハハ! この『真石』とやら1個で電気量1億kWh、10日間持続だと? 3個あれば東京の電気使用量10日分? しかもダンジョンがある限り半永久的な供給が可能? 面白い! 実に面白い! 俺が乗る!」
膝を手で打ち鳴らし、立ち上がる。「私」が「俺」になっていた。
「はあー…」
「はあー」
「はー…」
徹さんと先輩が同時にため息をついた。俺の前にオレンジジュースの入った、大きなグラスを置いた澤井さんも。
え? なんでため息?
「父さん、まだ確定されたわけでは…」
徹さんがファイルを手に持ち、千駄木親父を諌めようとする。
「たわけっ!」
た、たわけ?
「早く動き、情報を操作した者がその主権を握る。で、薫」
千駄木オヤジが先輩を見下ろす。
「はい」
「お前は何を動いている?」
先輩がはっと息を呑む。
「なぜ都内に物件を探している?」
「それは…」
「許さんぞ?」
「いえ、譲れませんっ」
先輩が膝に置かれた両手を握りしめ、キッと千駄木オヤジを見上げる。
徹さんと澤井さんが、驚いたように先輩を凝視した。
「これはボクと航平君との約束です」
「いや、駄目だ! 同棲など許さん!」
「フゴッ!?」
「ヘ?」
今度は俺も千駄木オヤジを思わず見上げた。
いやいやいや…おかしな流れに。
もしもーし! 『勘』間違ってますよ?
「父さん、確定じゃないから…ここは二人がどう思っているのか、ゆっくり、みっちり聞くのがー」
あ、徹さんから闇魔法が…ってデジャヴ!? これ前にもあったよね!?
「あの…ちょっと、いいですか?」
先輩と千駄木オヤジの間に割って入るように声を上げる。
「航平くん」
千駄木オヤジが国会討論の政治家のように促してきた。
「先輩が付き合ってくれてるのはー」
付き合ってと言うところで先輩の鼻が再び鳴り、千駄木オヤジが口を開きかけ、徹さんがファイルをクシャッと潰したが、気にせず続ける。
「協力者になってくれたからです。これから先輩に組合を立ち上げてもらおうとしてます。『真石』収集に関してのもので…。でも家族であるお二人にも話を通すべきでした。申し訳ありません」
立ち上がり二人に頭を下げていると、
「分かった。まずは聞こう。座りなさい」
と、千駄木オヤジがソファーに座った。
「じゃあ薫が探していた物件というのは、その組合『ギルド』の事務所なんだね?」
徹さんの言葉に先輩が頷く。
「『真石』を回収する者にその対価を払い、集めた石を国に売るつもりだったか。薫、国は止めておけ。この石の利用価値が分かれば搾取され、抵抗すれば捕まるだけだ。どんなに安全な国でも、それは変わらん」
千駄木オヤジがふんと口を曲げる。
あれ? 徹さん、その国に…。
「父さんが『乗る』なら、私は仕事を辞めたほうが良いですね」
徹さんが苦笑いをしながらも、ためらうことなく言った。
「いや、お前はそのまま続けていい」
「父さん…、一番口が固い人たちですよ?」
「だからだ。その分絆は強く、そして脆くもある」
「…分かりました」
「では父さんはどこに『真石』を売れというんですか? ギルドも収益がないと回せません」
先輩の言葉に、千駄木オヤジがニヤッと笑った。
「薫、会社を辞めたらー」
徹さんのファイルの裏に、何かを書いて先輩に渡した。
「この会社を買収しろ」
「…フゴッ! ここは」
「小さいが見所のある会社だ。金だけじゃ動かない可能性もあるが、お前が交渉しろ。最近は威圧感も出てきたし、案外上手くいくかもしれん」
フハハ! と千駄木オヤジが笑う。
「あの…何がどうなってるんでしょう?」
話に全く入れない俺が手を挙げる。
「航平くん、定期的に一定数を納品できるなら『真石』は私が買い取ろう」
「…買い取ってどうするんです?」
「なに。ちょっと電気を作り、売ろうかとね」
千駄木オヤジが軽く両肩をすくめた。
その言葉に思わず息が漏れる。
「…もしかして、買収しようとしている会社って、JEPMに登録している会社ですか?」
俺も電力会社関係の端くれだ。なんとなく想像はつく。
JEPM(Japan Electric Power Market)日本電力市場の通称だ。
「そうだ。今から登録するには時間がかかる。タービン発電機を回す動力も内密にしたい。こういうのは早さが重要だと言ったろ?」
悪い顔をしたイケオジが、にやりと笑った。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 感謝は溢れ大河となる




