千駄木オヤジ
先輩に探索者ギルド設立をお願いしてから、4日経った。
先輩はその翌日から出社していない。
「何かあったのかなー」
「連絡を取れば良いですピ」
金曜の夜、夕飯を食べ終わり、デザートのプリンを食べながらPちゃんが言う。
「そんな簡単に言うなよ。取りようがないんだから」
そう、俺は先輩の連絡先を知らない。会社の人に聞けるはずもない。
迂闊だった。会社で会えると油断していた。
「まあ、今度会った時聞けば良いさ」
「ピ、航平が薫に連絡先を聞けるとも思えませんピ。聞けたら驚きですピ」
ズゾゾッと、プリンをすするヒヨコのほうが驚きだ。
「…今日は久々にPちゃんも風呂に入るか?」
「ピ!? なにを…」
プリンを食べ終わったPちゃんが、後ずさりする。
「ウサギの宝箱を見つけた時、光のオーラを一度解除してるからなあ、汚れちゃったよねえ?」
「ピィィ!?」
ガシッとPちゃんを掴んだ時、
ピンポーン
ドンドンッ
チャイムと同時にドアがノックされた。
(どっちだ!? 美波か? 澤井さんか?)
(ピ! とりあえずヒヨコの真似を…)
「航平君! いるかい?」
先輩だった。
Pちゃんを離し、ドアを開ける。
「良かった、居たか」
ジーンズにTシャツの、ラフな格好の先輩が立っていた。
「とりあえず、一緒に来てくれないか」
Pちゃんがすかさずバッグに入って待っていた。
俺はあれよあれよという間に澤井さんの運転する車に乗せられていた。
「急にすまないな」
後部座席で隣に座っている先輩が、バッグから覗いているPちゃんにも軽く頭を下げた。Pちゃんが片羽をそっと出す。
「どうしたんですか先輩。会社にも来ないし、心配しましたよ」
「ああ、ちょっと色々あってな…」
先輩には珍しく、何か奥歯に物が挟まったような言い方だ。まあ人間、言いたくないこともあるだろう。
問題は、だ。
「で、なんで俺を呼んだんですか?」
「すまない。それも家についてから話させてくれ。ただひとつ、嫌な思いをしたら、ボクに遠慮せずさっさと帰ってくれて構わないからな?」
先輩が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「…分からないけど、分かりました」
先輩は軽く頷くと、流れていく車の外を見つめ、黙ってしまった。
「澤井さん、先日はサンドウィッチご馳走様でした。美味しかったです」
運転中の澤井さんに声をかける。
「いえ、あれはシェフに作ってもらった物でして。美味しかったと伝えたら喜びます」
落ち着いた低い声が返ってきた。
澤井さんはいつもと変わらない様子だ。
(ピ、航平、きっと魔石で何か分かったのかもしれませんピ)
(うん、俺もそう思う。でもエネルギーの変換の仕方とかそういうことは分かってないだろ? 多分組成が分からないとか、そのへんかな?)
黙ったままの先輩の隣で、あーでもないこーでもないとPチャンネルで話している間に、先輩の家に到着した。
「やあ田所さん、急にお呼び立てして申し訳ありません」
相変わらずクールイケメンの徹さんが、玄関の前に立っていた。
「い、いえいえ、どうも」
魅了耐性持ちの俺でも噛みそうになる。…いつものことだった。
「どうぞ中へ。…また開けてもらっても?」
徹さんが申し訳なさそうな、嫌そうな感じで言う。
あちゃーというように、先輩が額に手を当てる。結構昭和なリアクションだ。
「大丈夫ですよ先輩。前も開けてますから。お邪魔します」
ちょっと建付けが悪くなっている玄関の戸を開け、中に入ると、澤井さん、徹さん、先輩の3人が同時に戸を掴んだ。
ん? なにして…なんで引きずられてんの!?
引き戸がズルズルと3人を引きずりながら閉まっていく。
「フハハ! 引っかかったな!」
アガリの上で作務衣姿の千駄木オヤジが、仁王立ちで笑みを浮かべていた。
「はい?」
「あの戸は今800キロだ!」
「はいい!?」
戸が閉じないよう、3人が赤い顔をして押さえている。
(…ピ、航平、このオヤジさんはアホですピ)
(ああ、俺もそう思う)
俺はため息をつくと、戸を押さえた。3人が崩れるように戸口に膝をつく。
「大丈夫です?」
「ああ、すまない」
「申し訳ありません」
「すまない、田所さん」
3人が中に入ったのを見届けてから、ゆっくりと戸が壊れないように閉めた。
「3人でも押さえられん戸を、お前は片手で開け閉めしたんだ。もう言い逃れはできまい! 言え、どこの流派だ? 探っても道場ひとつ出てこない。薫に近づいた目的はなんだ? 言って楽になってしまえ!」
鬼の首を取ったとばかりに、鼻息荒くまくし立てる。
「800キロとはどういうことですか?」
「ん? ああ、初めは500キロだったんだがついオマケで付け足した。キリが悪いのは認める」
いやいや、そこじゃないだろお!? そしてむしろ800キロを3人が押さえていたのを認めて!?
「…探ったとは?」
フツフツと怒りが込み上げてくる。
「薫に近づいてきたんだ。どんな奴か調べるに決まってる。家族構成も含めてな」
まさかこのオヤジ、母さんたちも?
フツフツしていたのが、一瞬にして頂点に達した。
「千駄木オヤジ」
「千駄木、オヤジ…?」
「3人が戸に挟まれてたら、大怪我じゃすまんだろ? それにもし母さんたちに近付いたりしたら…」
俺はくるりと踵を返すと、戸に付いていた太い鎖を引きちぎり、500キロの重しの上に乗った100キロずつの重しもろとも持ち上げた。
「これはあなたが持てばいい」
そのまま千駄木オヤジのほうへ放った。
「おう!?」
千駄木オヤジが後ろに飛び退く。
ドガッ! バキバキッ
アガリの一本木が、真っ二つに折れた。
(ピ、航平がこんなに怒ったのは、モフモフ疑似餌以来ですピ! やってやりましたピ)
Pちゃんの無邪気な声に我に返る。
(ああ。やってやり…やってしまった)
あああ、しまった!
いくら!? あの木いくら!?
「…航平くん」
千駄木オヤジが真っ直ぐ俺を見る。
「…はい」
魔石で支払い可能ですか?
「航平くんの言う通りだ。ちょっと理性を失ってた。すまない」
そう言って頭を下げてきた。
「皆もすまなかった」
3人がびっくりしたようにコクコクと頷いた。
あれ? この流れはもしかして…弁償しなくても?
アガリにめり込んだ鉄の重しを、こっそり玄関の端に置いておく。ついでにV字になったアガリも両端を下げておいた。
「航平くん、上がってくれ。話したいことがある」
千駄木オヤジに促され、先輩たちのほうを振り返ると、皆が一斉に頷いた。
「まずこの話しからしよう」
革張りソファーに座り、目の前の重厚なテーブルの上にピンポン玉大の魔石が置かれる。
「これはいったいなんだ?」
千駄木オヤジが口元で指を組んだ。ほんと黙ってれば渋いイケオジなのに。
「『真石』です」
どうぞ、と澤井さんがグラスに赤ワインを注ぐ。俺にはオレンジジュースだ。下戸でコーヒーも飲まないことは伝えていた。隣に座る先輩にはコーヒーが置かれた。
「それは聞いた。徹」
隣に座った徹さんがファイルをテーブルの上に広げる。
「田所さんからお借りした真石の組成表です。…ご覧の通り不明ばかりです。削ろうにも削れず、火成岩なのか堆積岩、変成岩なのかさえも分かりません。そもそもこれは『石』なんですか?」
「と言うのは?」
「熱しても溶けず、冷やしても変化なし…ただひとつ変化があったことが」
そう言ってファイルをめくった。
「『気圧』です。気圧の変化によって、何かしらの『エネルギー』が計測されました。ただし陽圧過ぎても負圧過ぎてもエネルギーの停滞が確認されてます」
…凄いな。俺が言わなくてももう気圧にたどり着いてる。石なら直接負荷をかけるぐらいで、測定は終わると思ってたけど。
1気圧1013ヘクトパスカル、台風の中心気圧は950ヘクトパスカルくらい。ダンジョン内は地下に行くほど気圧が下がる。それはこの世界を成している理とは正反対で、高い山を下に登っているのと同じらしい。
まあ俺は3回聞いても、よく分からなかったけどね…。
「田所さんはこれで薫を治したと言った。これはいったいなんですか?」
「兄さんそれは…」
「その前に、聞いてもいいですか?」
俺はひとつ深呼吸をして言った。
「なんだ? 言ってみろ」
「どうぞ」
前に座った2人が同時に俺を見る。
「もしこの石が、新たな時代を告げる鍵だとしたら、どうします?」
「それはどういう…」
言いかける徹さんを、千駄木オヤジは手で制すると、
「心が躍る」
と、にやりと笑った。
やっぱり先輩のオヤジさんだ。笑い方がそっくりだった。
読んでくれてありがとうm(_ _)m感謝足りてるー? ノオオオオщ(゜д゜щ)




