格好良い人
5月18日月曜日、田所航平はいつもと変わらず、無愛想で静かに――
「先輩、おはようございます」
後ろからの、滑舌の良い綺麗な声の持ち主に挨拶する。
淡いピンクのブラウスに白のパンツを履いた先輩は、今日も綺麗だった。
「おはよう航平君。段々と朗読する長さと、振り返る速さとが反比例を成してきているな。クククッ! フゴッ」
「先輩がいつも通りで…、元気そうで安心しましたよ」
鼻が鳴ればいつも通りと思われるのも、どうなんだろうか?
「ありがとう。航平君のお陰だ」
気にしていないようだ。
「今日も公園で落ち合おう」
先輩が急に耳元で囁くので、少しドキッとした。
「今日のお弁当は何かな? ククク、フゴッ。…失礼」
気の迷いだった。
「で、昨日ボクはインスタライブを久しぶりにしたんだが…精鋭が11人から8人に減ってしまった」
公園のベンチで、俺のビッグホーン焼き肉弁当をもりもり食べながら、先輩が悲しそうな顔をした。
「ずっと2年くらい、8人だったんだ。最近ようやく11人に増えていったんだが」
「何を放送したんです?」
先輩と交換した豪華弁当を食べながら聞く。
「ゲームや小説に出てくるような世界になったら、どう動いていくか、というような内容だ」
「今までとまるっきり違う、検証されない話題じゃないですか」
そりゃあ外されるわ。
「でも面白かったんだぞ? なぜか皆詳しくてな。もしゲームと同じなら、ひたすらレベルを上げる、チート? と言ったか、スキルを取りまくる、俺強いをするとか言っていたな。まあボクには半分も言葉の意味が分からなかったが…クククッ! フゴッ」
ひたすらレベルを上げる…今やってる、俺。
Lv30 生命力:2820/2820 魔力:1270/1270
チート、だと思う。上手く使いこなせてない感はあるが…。
スキル…取りまくってる。
俺強い? は、まだ20階にも行けてないし分からない。
「先輩が威圧や地獄耳持ってるって知ったら、皆どう思いますかね?」
「離れていくだろうね。威圧と地獄耳、雷魔法、恐ろしい仮面女としか思えない」
…確かに。
「それでな、面白いことに、魔石を皆知っていたぞ?」
「え?」
箸が止まる。
「なんでも小説とかに出てくるらしい。モンスターを倒すと出てくる石だと」
えええ!?
「…俺、Pちゃんに聞くまで、知りませんでしたよ」
ドラ○エには出てこないぞ?
「…徹さんやオヤジさんが知ってる可能性は?」
あ、オヤジって言っちゃった。
先輩は気にも止めてないようで、弁当を食べ続ける。
「兄さんはー…、分からない。どこまでの知識があるのか、いまいち掴めない。父さんはまず知らないだろう。後、ダンジョンのことも知っていた。もしできたら一番乗りしてレベルアップすると。私がレベル10なのは航平君のお陰だから、居心地が悪かったよ…ククク」
先輩はあまり嬉しくなさそうだった。
「先輩は、これからもダンジョンに潜って、レベル上げしたくないんですか?」
俺の言葉に、先輩は首を降った。
「航平君の『空間庫』はぜひとも欲しいが、強くなりたいとは思わないな」
「そうですか」
空間庫のスキルを取得するまでに、結構強くなりそうだけど。
「そうだ。もしモンスターと戦う世界なら『ギルド』が必要になるとも言っていた」
「ギルド?」
「この世界にもあるぞ。ヨーロッパの中世頃からある職業別組合だ。自治団体だな。モンスターを倒して生活をしていくなら、フリーランスと同じだからな。ある程度の保障、交渉をしてくれる組合があったほうが便利だ」
そういえばPちゃんが失われた世界には、探索者登録所みたいなのがあったと言っていた。レベルタグで管理するとか…。
「……あああ!!」
びっくりした先輩の手から弁当が落ちるのを、素早く掴んで返す。
「ど、どうした? 航平君?」
「先輩! 俺、見つけました」
「ん? 恋人かい? クククッフゴッ」
『始まりを知る者』として、ずっと引っ掛かっていた。
人前…というか人が苦手な俺が、最初に知ってしまったのは、人類にとって最悪のことではなかったのか。
もし他の誰かだったら、上手く世界中に知らせ、ダンジョン出現時の対処、指針を発信できるんじゃないか。
…俺のせいで、死ななくても済んだ人が、死んでしまうかもしれない、罪悪感、恐怖。
「うっ…」
吐き気がして、ベンチの後ろに吐いた。
「航平君! 大丈夫か!? 食あたりか!?」
「…いえ、ちょっと目をそらせていたことを、直視したもので」
辺りに誰もいないことを確認し、水魔法で吐いたものを綺麗に流す。
「そうか。危なくお弁当を作ってくれた三好に『スタンガン』を撃ち込んでやろうかと思ったぞ…クククッフゴッ」
「…止めてください。それに今撃てませんからね? 魔力1が残るようにしてるんですから」
俺はため息混じりに言った。
そうか、サンドウィッチやクッキーを作ってくれた専属シェフは、ミヨシさんというのか。
「それで、もう大丈夫かい?」
先輩が優しく笑う。うん、クールじゃなくビューティー。
「ええ、すみません。食事中に」
「いいさ、ボクの食欲はこんなことで落ちたりしない。特に航平君の満点弁当を前にしてはな…ククククッフゴッフゴッ!」
うん、惜しさも満点。
「で、何を見つけた?」
先輩が再び弁当を食べつつ聞いてきた。
「ええ、前に先輩に『協力者』になってもらいたいと言ったの、覚えてますか?」
「無論だ。だからこうして一緒にいる」
「俺は先輩に、インスタライブで協力してもらおうと思ってたんですが、ちょっと変更です」
「うん? まあボクもP様を守るため、インスタでは言わないつもりだが?」
先輩が不思議そうに俺を見る。
「先輩には、表舞台に立ってもらいたいんです」
「表舞台とは?」
「探索者ギルドの設立」
「…んぐ!?」
先輩が弁当の最後の一口を慌てて飲み込む。
「いったいどういう…ダンジョンが出現したら、国が管理していくだろう? 航平君も言っていたじゃないか? 国に魔石を買い取ってもらうと」
「ええ、でもそれだと多分遅い。先輩の精鋭8名は魔石、スキル、ダンジョンのことも知っていた。ミステリーばっかり読んでた俺でも、魔石以外はなんとなく知っていました。そんな下地がある中、ダンジョンが出現したら、真っ先に知ってる人は入っていく。入っていける人は、強くなっていくでしょう」
「まあ、8名と話している時、そうは感じたが…」
「そういう人たちを支える、ギルドが必要です」
Pちゃんが言っていた。強くなるため、誰かを守るため、戦う人間はいて、それを支える人たち、無関心な人、反発する人…色んな人がいると。
俺は、母さんたちを守りたい。そのためにもダンジョンが広がるのを防がないと駄目だ。
強い探索者が大勢いれば、生き残る可能性が上がる。『賢者の家』は最終手段だ。
「ボクがギルドを設立したとして、航平君はどうする?」
「イチ探索者になって、先輩を守ります」
「ブホッ!」
先輩がお茶を吹き出した。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。そのなんだ、守るというのはー」
「美波や母さん、Pちゃん、澤井さん、徹さんにミヨシさんも」
千駄木オヤジは…まあ大丈夫だろう。
「縁の下から守りますよ」
「ああ、そういう…コホンッ。うん、分かった。仕事を辞めてくる」
そう言って先輩が立ち上がった。
「へ?」
「引き継ぎがあるし、すぐには責任上辞められないからな。今から言えば1ヶ月後には退職できるだろう」
「いえ、別に今すぐじゃなくても…」
「バカタレッ!」
出た。
「ボクは全力で協力すると言っただろう! 片手間にギルド設立なんてできるか!」
「…はい。ありがとうございます」
「さてと、昼休憩が終わる。航平君、戻るぞ」
千駄木先輩がニッコリ笑った。
爽やかな男前の笑顔だった。徹さんとそっくりだ。
…俺が女なら、惚れてるな。あれ? 色々逆か?
まあ、どっちにしても格好良い人だ。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 感謝百裂拳




