疑似餌
「ええっと…。賢者の家の5日間は、通常では1日。魔力が1ポイント回復するのに、賢者の家なら100秒、ダンジョンが10秒、通常が100分…えっと6000秒…って、ややこしいっ」
考えるのを放棄し、氷の岩場を飛び越える。
俺たちは一路、もうひとつの、気配探知に引っ掛かった白い点を目指していた。回復魔法を使わないよう、普通に移動中だ。
「もう何か作業する時は賢者の家使って、魔力回復はダンジョン内か、ポーションでいいや」
心は既に白い気配に向いていた。もうかなり近づいている。
「それを人間社会では『投げやり』と言いますピ」
バッグの穴からPちゃんがくちばしを出す。
「違います『優先順位』です」
だって結果スニーカーになっちゃったけど、SS級のお宝があったんだ。もうひとつも…ってなるだろ?
賢者の家くらいの魔力濃度では、もし魔物が生まれても脅威にはならない、弱い魔物だろうと聞いて安心したのも大きい。できれば小動物寄り、ウサギやリスや鳥が生まれてほしいところだ。
馬もいいな。もっと賢者の世界が広くなったら遠乗りとかいいんじゃないか? あ、でも体高5メートルとかはいらないんで…あくまで弱い魔物でお願いします。
途中、8階層にいた水晶鼠のトゲが氷になったようなハリネズミ魔物と戦ったが、雷光のバリバリとした雷混じりの斬撃がよく効いて、あっさり倒せた。
水晶鼠の親戚か?
ドロップ品を回収し、確認は後にする。
「この近くのはずだ。次のお宝はどんなのか、Pちゃんだってー…あれ?」
白い気配と重なる所に、高速道路のトンネル並みに巨大な、氷の柱が倒れている。天井を見上げると、そこには同じような氷柱がいくつも垂れ下がっていた。
あそこから落ちたのか…砕けてもないし、相当硬そうだ。
「あんなのが直撃したらヤバいな…宝箱を早く見つけて撤収だ。Pちゃん」
「了解ピ!」
宝箱、潰れてたりしないよな…?
白い点はまだ消えていない。倒れた氷柱と氷面との隙間を覗き込む。
うずくまっている黒目の白ウサギがいた。
「…ほう、メチャクチャカワイイ」
白ウサギと言えば赤目だが、黒目も良い。
がしかし! 俺も学んだ。なぜ白い気配の所に白ウサギがいるのか。きっとトリッキースネークみたいな魔物が潜んでいるに違いない。従ってあれはモフモフ心を踏みにじる『疑似餌』だ。
初めは可愛いなーって近寄っていったんですよ。でも…騙されてたんです。俺の心をもてあそんで…うぅ。
経験者は語るだ!
空間把握と気配探知、探索をもう一度放つ。
どうだ! 隠れてても無駄だぞ!
しかし予想を裏切り、目の前には白い気配だけだった。
コテンと白ウサギが首を傾げる。
「おおー、どうした? ん? なんだ? 出たいのか?」
「ピ! 航平!」
Pちゃんが肩に乗ってきた。
「大丈夫だPちゃん。赤い反応も出ないし、疑似餌でもない。落ちてきた氷柱に挟まれたみたいだ」
なんとか抜け出そうとしたんだろう。氷面には引っ掻いた跡が残っている。
「怖かったなぁ。もう大丈夫だよ。今出してやるから」
氷柱を雷光で削るか…。でも少しでも魔力が通ると電気出るし…危ないな。雷魔法ダメ、水魔法…凍るか。
「まずは」
光のオーラを白ウサギにかける。これで周りの氷を削っても怪我は無いだろう。
「よし…『ドリル』」
手の先から風魔法5、高速回転する小さなトルネードを放つ。家を吹き飛ばすほど大きくもできるが、今は小さく密集、高速回転させ、始点を尖らせるイメージだ。
操作がムズい…しかもカッテぇー
集中し、白ウサギの周りに乗っている氷を削っていく。除雪車から排雪されるように、削れた氷が舞い上がり、白ウサギに被っていく。
「頑張れよ…もう少しだから」
結構時間がかかったが、なんとか大きめの穴が空いた。
白ウサギが鼻をヒクヒクさせながら、削られた氷から顔を出し、俺をジッと見つめている。
「かき氷ウサギみたいになっちゃったな。もう大丈夫だよ」
顔だけ出したウサギの頭を軽く撫でた。
ん? なんか手触りが硬いような…。撫でていた手を残して、ウサギが消えた。
「えええ…なんでえ!?」
「ピ! 航平、その削られた氷を退けてくださいピ」
「んあ? あ、ああ、分かった」
パッパッと、かき氷のような小山を払っていく。
「ん? なんだこれ」
小山が崩れ、中から白い石でできた、ミカン箱くらいの箱が出てきた。
「航平、さっきのウサギは宝箱ですピ」
「はい?」
「あれは移動する宝箱で、捕まえないと開けられない仕掛けですピ」
「…なんでウサギ?」
「足だけ生えて移動することがほとんどですが、この氷柱に挟まれ抜けられなくなったところに航平が来たので、人間の気を引くために、庇護欲をそそるモノに変化したと思われますピ」
あのウサギも、ある意味『疑似餌』だった。
「恐らく出されたら逃げるつもりだったのが、航平が一生懸命だったので、逃げるのをやめたと思われますピ」
「同情!?」
思わず白い箱に触る。箱が微かに動いた気がした。
「ピ、どちらかと言えば憐れみ…ピ」
…憐れみの宝箱。
「でも航平、宝箱は宝箱ですピ」
このダンジョンには普通の宝箱はないのか!? 木の、こう…普通の! ミミックみたいなヤツ!
「…まあ、有り難く貰っとくよ」
白い宝箱の上蓋を押し上げる。
「これは…マジか」
「…ピ、航平」
肩に乗っているPちゃんの息を呑む音が聞こえた。
願宝:SS級宝玉
願った物に変化する(1回限り)
「Pちゃん…SS級っていっぱいあんの?」
「…ありませんピ」
「じゃあなんで…3つもあんの?」
宝箱の中に、丸い氷のようなあの願玉が3個入っていた。
緊張しているのか、足の裏に汗が出て、スニーカーの中が気持ち悪い。
思わず手を伸ばした俺に、
「ピ! 何も願ってはいけませんピ」
と声が飛んだ。触る寸前で手を握る。
危なかった…。今触ったら、今度は願玉が靴下になるところだった。
「…とりあえず空間庫に入れておくよ」
「ピィ。それが良いですピ」
Pちゃんがほっとしたように、ため息をついた。
それから俺たちは素早いヒョウを2匹…心ではヒョヒョーと呼んでいたが、こおりヒョウを倒し、レベルを上げたところで、一度10階に戻った。
美波が強制転移され、試すことができなかったことをするためだ。
「そうだ、あのウサギの宝箱は、中身が無くなったら動かないのかな?」
平野を移動しながら、肩にいるPちゃんを見る。
「そうですピ。でもまた宝が転移してきたら、動き出しますピ」
「へえー、じゃあ1回開けて宝を取っても、また取れるんだ?」
「同じ物とは限らないし、時間がどれほどかかるか分かりませんが、宝箱は宝箱ですピ」
宝箱を取り尽くすことは無いってことか。うん、夢があるな。
「ただ、SS級のあのような宝が出るのは、稀中の稀ですピ。大事に使った方が良いですピ」
「分かってるって…お、いたぞ」
地下10階のテレポたちの巣が見えた。気配探知にも8匹、全員揃っている。
俺はゆっくり、ゆっくりと近づいていく。
手にはチョコチップクッキーの袋を持って。
Pちゃんがガン見してくるが、これは言っていないおやつなので、そのまま知らん顔した。
8匹のテレポが警戒するように立ち上がり、こっちを見ていた。
「やあ、こんにちは。この前はどうも。これ持ってきたんだけど、リーダーいるかな?」
クッキーの袋を掲げて見せる。言葉は通じないだろうが、気持ちが大事だ。
8匹の中の1匹が、こっちに近づいてきた。俺はしゃがみ込むと、袋の、ネジネジされた金色の針金を外し、クッキーを取り出した。
肉食系(ダンジョンミミズのみ):テレポ Lv53
攻撃パターン:怖くなると相手を転移させる、土魔法Lv7
弱点:耳、強い光、物理攻撃
近づいてきたテレポは、6階のテレポより三角耳が少し長く、茶色いフェネックにも見えた。
くうう! こっちもこっちで可愛いなおい!
差し出したチョコチップクッキーと、俺の指の匂いを嗅いでいる。
そしてクッキーを小さな口でカリッと噛むと、驚いたように黒い潤んだ瞳で俺を見上げた。
仕草が天使、マジ天使…。触ってスリスリしたい衝動を抑え込む。
「いいよ、持っていきな。でも代わりに…」
空間庫から取り出した魔力丸を反対の手のひらに乗せ、
「これと交換してほしい」
クッキーと魔力丸を交互に出しては引っ込めた。
テレポはクッキーの袋を抱えると、巣穴にいる仲間の所へ帰っていった。
「伝わったですピ?」
「どうかな。まあ伝わってなくても、ご挨拶代わりと思ってるよ」
しばらくしてさっきのテレポを先頭に、残り7匹もやってきた。
またしゃがみ込んだ俺の前に、一匹ずつ魔力丸を置いていく。
手のひらに…とはいかなかったが、等価交換に成功した。
1回抱っこさせてくれてもいいんだぞお?
俺の邪な心を感じ取ったのか、魔力丸を足元に置くと、皆さっさと巣穴に戻っていってしまった。
残念…。
でもこれで魔力丸が全部で12個になった。いざという時のために、美波や母さん、先輩にも渡しておける。
「よし、Pちゃん帰ろうか。明日からまた仕事だ」
「ピ、夕ご飯はなんですピ?」
「そうだな、新品のスニーカーも、願玉も手に入ったお祝いに、焼き肉かな」
いっぱいあるからね、ビッグホーンの肉…。俺少し飽きてきちゃったよ?
「嬉しいですピ!」
Pちゃんが両羽を上げ喜んでいるから、まあ、良しとしよう。
読んでくれてありがとうm(_ _)m 一人ひとりに感謝の握手を。あ、そろそろ千駄木家が動き出しそうです。 誤字報告ありがとう!∠(`・ω・´)




