賢者の家!
SS級宝玉『願玉』ーそれは失われた世界の復元ドロップ品。触った時に願った物に変化する、一度限りのハイレア宝玉。かつて魔樹木で作られた宝石箱に入れられ、王族に献上されたという…。
「もし時間が戻るなら『人前で緊張して吐きませんように』って願うのに…」
「願玉は物質変化ですピ。性格は変わりませんピ」
雷電を水虫の巣穴に撃ち込み、指先でドロップ品の確認、回収を繰り返しながら氷壁を登っている俺に、バッグに戻ったPちゃんが訂正を入れる。
「そっか…じゃあ金だ。い、1億円とか、金銀財宝…」
「願玉ひとつに対して物質ひとつですピ」
「そ、そうか…1万円札か、宝石ひとつだけか…」
宝石を売ろうにも鑑定書がないと、買い取ってくれないんじゃないか? プラチナや金なら重さで買い取ってくれるらしいが、買取店に持っていくにしても、大きすぎれば目立つし、空間庫から出せるわけない。
…しかも出処を聞かれたら吐いちゃうな、俺。
「このスニーカーで良かったかもな…欲を言えば靴下も新品が欲しかったけど」
靴下も足の指が出ているから、ちょっと気持ちが悪い。でも願玉が変化した、白いスニーカーの履き心地は抜群に良かった。あつらえたようにサイズもぴったりだ。でも更に欲を言えば、もっと汚れが目立たない色が良かった。白なんて中学時代地歴部以来だ。
「…ピ、なぜか航平が有民になるビジョンが浮かびませんピ」
「よし! 出たぞ!」
落ちた出発点の氷の縁を掴み、体を持ち上げ外に飛び出る。Pちゃんの呟きはよく聞き取れなかったが、きっと腹が減ったとでも言っていたんだろう。
「やっと出れたぁー。結構時間かかったな…Pちゃん今何時?」
「11時27分15秒になりますピ」
「じゃあちょっと早いけど、昼飯にするか。レベル上がって、賢者の家も久々に大きくなったみたいだし」
「賛成ピ!」
Pちゃんが大きく両羽を上げた。氷の裂け目から少し離れ、楕円の出入り口を出す。
「さてさて、どうなっているか…」
もう慣れた独特の感触を感じ、中へと入っていった。
「…なるほど、こうなるわけね」
15メートルだった立方体の辺が、30メートルになっていた。家は丸太小屋から、白い壁に渋い赤色の屋根がついた、平屋になっている。家の前の草原だった場所には、小さな庭ができており、薔薇か何かの花が咲いていた。
「何か絵本とか童話に出てきそうな家だな…。母さんや美波が喜びそうだ」
家と庭の他には草原が広がっている。青かった空は少しオレンジがかり、夕方が訪れる前の静かさが…。
「…青空じゃない…? Pちゃん今、何時?」
「地球時間、日本国、東京で11時30分40秒ですピ」
Pちゃんがバッグから肩に乗ってくる。
「…ここの時間、分かる?」
「…わかりませんピ。標準となる太陽も、経度も不明ですピ」
羽根で腕組みしながら体を傾けた。
「検証が必要だな…Pちゃん今からの時間を計っておいて。地球の秒数で良いから」
「了解ですピ」
Pちゃんが敬礼をする。
「じゃあ家に入って、昼飯くおう」
「ピ!」
更にもう片方の羽で敬礼し、変なバンザイみたいな形になった。
「でもさ、この庭は誰が手入れしてくれてるんだろうな」
綺麗に整えられた小さな庭。家の玄関扉まで敷かれた、平らな飛び石を踏みながらドアの前に立った。
「分かりませんが、気持ちの良い庭ですピ」
「確かにね。ここに椅子とか持ち込んで、ご飯が食べられるようにしても良いな」
微かに匂ってくる花の香りが、気分をリラックスさせてくれる。
「ではでは…お邪魔します」
一枚扉についた、丸太小屋の時とは違う、白い陶器製のような丸ノブをカチャリと回し、押し開いた。
「…いいね、実に母さんたちが喜びそうだ」
広さは丸太小屋の倍くらい、板張りの床は変わらず綺麗に貼られ、ソファーがあり、3畳ほどになった白いふわふわラグが敷かれている。ソファーの前に置かれたローテーブルはそのままで、キッチン近くに2脚の背もたれ椅子が置かれた、ダイニングテーブルが新たに加わっていた。
仕切りのないキッチンには、かまどの代わりに黒い2口コンロが置かれ、その下にはオーブンらしき取っ手がついた鉄っぽい小さな扉が付いている。
流しの銅色シンクは白い陶器製になり、傘の柄のような形をした蛇口が付いていた。
「水は、と…」
取っ手を触ると、また羽で撫でられたような感覚があり、そのままひねると水が勢い良く流れた。水が白いシンクの底に刻まれた魔法陣に吸い込まれていく。
「バッチリだな。あと気になるのは…あの扉」
これはアレだろう。
リビングにできた木の扉。開けてみると、
「よしっ! トイレができた!」
水を貯めるタンクもない、白い陶器製の洋式便器がぽつんとあった。便座の上蓋や上げ下げするU字型の蓋もないが、尻が落ちないような曲線をしている。そして何より、便器の内側一面に、目立たないが魔法陣が刻まれていた。
「ちょっと失礼」
Pちゃんを肩から降ろし、ドアを閉め、便器に座る。
「おおう…尻が一瞬くすぐったいが…うーむ」
用が終わると水が掛かり、人肌の風が当たる。
「これは、完全なるシャワートイレ…」
立ち上がると、モノは既に魔法陣によって吸い込まれていた。匂いも全くない。
今までダンジョン内で大はしたことないが、小は何度かしてきた。Pちゃんによれば有機物ならなんでもダンジョンに取り込まれて、ダンジョンの栄養になるらしいが…。これで心置きなく腹が壊せる。
「…うちにも欲しい」
今住んでいるアパートのトイレより確実に上等だ。ただ尻が一瞬くすぐったいのと、トイレットペーパーが無いのがおしいっ。
「ん? これなんだ?」
便器の根本のほうに小さな蓋の付いた窪みがあり、窪みの内側には魔法陣が彫られている。どうやらここに魔石を入れるらしい。
空間庫からキラーアントの魔石を取り出し窪みに置いてみると、一瞬魔法陣が薄く光り、蓋が閉じた。
「うん、これで座っても尻がくすぐったくならないな」
俺は最高に満足してトイレを出た。
「人間は効率が悪いですピ」
ソファーでゴロゴロしていたPちゃんが肩に飛んでくる。
「まあ確かに。さて、昼飯だ」
ダイニングテーブルに澤井さんからもらった紙袋と、ストックしておいた残り物スープをカップに取り出す。
サーモンとクリームチーズサンド、ベーコンと卵、乾燥トマトのサンド。
「うんまいっ」
「ピー! いくらでも入りますピ」
紙袋の中には、綺麗な袋に入った手作りのチョコチップクッキーも入っていた。
有り難すぎる! Pちゃんのおやつ一食分が浮いた。もちろん今はPちゃんには黙っておく。
「ピィ…航平、チョコケーキも食べたいですピ」
体の倍以上あるサンドウィッチを食べ終え、スープを飲み干し、更にチョコケーキ…。
「やっぱり、人間のほうが効率良いと思うぞ…」
「ピ?」
チョコケーキを皿に出しつつ呟いた。
「さてと…行くかPちゃん」
テーブルを水魔法のミストと、風魔法の弱風で綺麗にしてから表へ出た。
辺りの色はさっき来た時と同じ、夕方前をしていた。
「どれくらい経った?」
「ピ、50分40秒ですピ」
「よし、出てみよう」
庭を通り抜け、半透明の楕円の膜からダンジョンに戻った。
「どうかな? Pちゃん?」
白い息を吐きながら、肩に乗ったPちゃんを見る。
「この世界では11時40分50秒ですピ」
「入った時は11時30分…今40分。賢者の家では50分過ごしたのに、こっちじゃ10分しか経ってないのか…」
時間経過は1/5…。前にオノカブトと戦った後、賢者の家で1時間昼寝をしたことがあったが、1時間じゃなく、5時間寝ていたということか。
道理でやけにスッキリしたわけだ…。
「…これは賢者の家でなら、多く時間が使えるってことじゃん!」
「ピ、航平! 魔力を確認してみるピ!」
Pちゃんは違うことが気になるらしい。
「あ、ああ」
Lv29 生命力2700/2700 魔力790/1220
雷魔法を使い過ぎてかなりギリギリだった魔力が、少し回復していた。まあレベルアップで多少回復するらしいし、ダンジョン内なら10秒に1ポイント回復するしね。
「ピ! 航平! 賢者の家のある世界には魔力が流れ込んでいないと言いましたが、どうやら少し訂正したほうが良さそうですピ」
「ん? どういうこと?」
「賢者の家は復元された世界、航平の世界ですピ。魔力の薄い世界では、魔力回復が100分に1ポイントですピ? でも航平の魔力は100秒で1ポイント回復してますピ」
「おおう…? で?」
興奮しているPちゃんが俺の頬を突っつく。
「賢者の家にいれば、ダンジョンより1/10のスピードですが、魔力が回復するということですピ!」
「おお! じゃあ外よりよっぽど効率がいいじゃないか!」
「そうですピ! それにしても賢者の家は未知な世界ですピ…」
Pちゃんがなんだか楽しそうだ。目がキラッキラしてるし。
頭が混乱しそうだが、魔力が流れ込んでいるとなれば、まだ確認しなければならないことがある。
「で、Pちゃん、俺の世界に魔物は誕生しないよね?」
「多分…ピ」
魔物出現が『有り得ない』から『多分』に変わっていた。
読んでくれてありがとうm(_ _)m感謝砲よおい!




