初めての宝箱でした
…うん、よし。怪我はしてない。滑って降りたのは最初だけで、ほぼ落下したのに、怪我もないとは…さすが絶対防御4。
「…Pちゃん、大丈夫か?」
立ち上がり、ジーンズに付いた細かな氷を払い落とす。
「…ピ、大丈夫ですピ」
バッグからひょっこり顔を出した。
落ちた衝撃で、Pちゃんはバッグの中に無事戻ったようだ…良かった。
「ここは、あの亀裂の底かな?」
「ピィー、そのようですピ」
見上げれば100メートルはありそうな高さで、俺たちが落ちてきた氷の割れ目が見える。左右の切り立った氷壁の幅は5メートルくらいで、奥は後ろも前も行き止まりのようだった。
「参ったな、この氷の壁を登っていくしかないか…」
「浮かれ過ぎは命取りですピ」
見つめてくるPちゃんの目の冷たいこと、氷の如し…。
視線をそらし、もう一度壁を見上げる。
丁度足をかけられるくらいの穴が、いくつも氷の壁に空いていた。体を入れて休めそうな穴も、中腹辺りに見える。
「これなら登れそうだ」
全集中をして、空間把握と気配探知を放つ。登ってすぐ魔物に出迎えられたら、Pちゃんに今度は何を言われるか分からない。
周りには魔物の気配はない。魔物はいないが…。
「…Pちゃん、宝物が宙に浮いてる」
「ピ?」
気配探知に白い点が宙に浮いて見えた。ここから50メートル範囲内で。
「あそこだ。壁の中腹に空いてる大きな穴の中だ」
あんな所にあるとは…。これは落ちて良かったと言わざるを得ない。
「よしっ、あそこに行くぞ。Pちゃんしっかり掴まっとけよ?」
Pちゃん入りバッグを背中にかけ直すと、まずは4、5メートル上に空いている穴めがけ、ジャンプし右手をかけた。
みよ! この身体能力! 地歴部をなめるなよ?
片手懸垂のように、体を持ち上げ、更にその上の空いた穴に左手をかける。
フリークライミングやったら俺世界取れるな!
30メートルくらいを2分とかからず登っていく。
たださっきから気になるのは、穴に手をかける度に、妙な感覚があるのだ。くすぐったいような、痒いような…。穴に差し込んだ足にも同じようなむず痒さ。
「Pちゃん…手がなんか変だ。足もなんだかむず痒い」
背中側で見えないPちゃんにぼやく。
「水虫ですピ」
言ったのが間違いだった。
「…俺は水虫じゃない」
穴にかけた左手を引き抜き、次の穴へ…。
引き抜いた手に、30センチくらいの長さの、ニョロニョロした青いヘビが付いてきた。ガッチリと手の甲に噛み付いている。
「うおっ!?」
手を振り引き剥がそうとするが、なかなか離れない。
「なんだこれ!? 気持ち悪っ!」
眼のない青いヘビ、というよりミミズっぽい。
肉食系:水虫 Lv15
攻撃パターン:食いつき、溶解、水魔法Lv2
氷、水のある場所に巣穴を作り生息。
眼はなく、鋭い歯で体の中に潜り込む。
弱点:火魔法、雷魔法、物理攻撃
…ぎえええ!
こんなのが体に入ったら、体の中が蟻の巣状になってしまう。
じゃあさっきからむず痒かったのは、こいつが噛み付いていたのか!?
左手に渾身の雷魔法4『雷樹』を放つ。水虫の体に雷の枝が巻き付き、貫く。
青いニョロニョロが光になって消滅した。
…カンッ
下に魔石が落ちた音が聞こえた。
左手のむず痒さが消えると、今度は穴に引っ掛けたままの、右手に『雷樹』をまとわせ、放つ。
穴の中からカランッと、魔石が氷にぶつかる音が聞こえた。指先で確認し、そのまま空間庫に入れる。
Lv24 生命力1320/1640 魔力420/970
地味に生命力が削られている。痛くなかったけど、痒かった…。
「ピ、水虫ですピ」
背中からPちゃんの声がする。
「…そうだな…あ? あー!? 俺のスニーカーが…」
スニーカーのつま先がなくなり、そこから足の指が全て見えていた。水虫付きで。すかさず両足の先から雷樹を出す。時間差で魔石が下に落ちる音が聞こえた。
「…これだけしかないのに…両方ともやられてる」
つま先から見えている指をニギニギと動かす。
「また買えば良いですピ」
「くっ…また財布が絶叫する」
俺の嘆きを聞けと言わんばかりに、穴という穴に今度は『雷電』を撃ち込んでいった。
レベルが上がりました
レベルが上がりました…
レベルが上がっても、俺のスニーカーは帰ってこない。
「Pちゃん、着いたよ」
水虫が消滅した穴を全て回り、手を突っ込んではドロップ品を見ないで回収していたら、結構時間がかかってしまった。
氷壁の中腹に空いた穴に、体を滑り込ませる。中腰で立てるくらいの高さがある横穴だ。
「この奥に反応がある…」
だが何がいるかわからない。慎重に奥へ進んでいく。
途中、水虫が飛びかかってきたが、雷電で薙ぎ払った。横穴で雷光が使えないのが痛い。魔法ばかりじゃ剣技も上がらない。
「あった…あったぞ」
横穴の最奥に、箱…と言うよりは氷で作られた、中は見えないが箱型の物が置かれていた。
「宝箱じゃない?」
「ピ、宝箱ですピ。ダンジョンの宝箱は、その階層の特色のもので作られていますピ。中は魔物のドロップ品だったり、まれに形状記憶魔力で復元されたアイテムが入っていることもあるようですピ」
俺は氷でできた宝箱の蓋を開けようと手を伸ばしかけ、そのまま雷電を放った。
「ピ!? 航平?」
慌てたようにPちゃんが肩に乗ってきた。氷の宝箱がドゴンッと砕け散り、氷のツブテが飛び散る中、何かが光って消滅した。
レベルが上がりました
「Pちゃんが浮かれすぎるなって言ってたろ? 何か変な感じがして気配探知かけても反応がなくてさ。鑑定かけたら、氷菌糸っていうのが絡みついてるのが分かったんだよ」
「氷菌糸…、気付きませんでしたピ」
氷菌糸は魔物というよりは字面でも分かるように、菌に近いモノだった。触ると僅かな傷口から入り込み、内側から冷却、仮死状態となり、最悪そのまま死んでしまうらしい。そんな冷え性はイヤだ。
「罠解除も久々に使えたし、スキルレベルが下がりそうだったから良かったよ。…まあ宝箱は木っ端微塵になったし、氷菌糸は魔石さえドロップしないし、無駄足になったなあ」
無駄足どころか、スニーカーを失って大損だ。
砕けた宝箱の後に残った、丸い氷の欠片をなんとはなしに拾う。
拾った途端、丸い欠片が光り輝いた。
「おお?」
丸い氷の欠片が、左右揃ったスニーカーに変わる。
「おおお!? か、鑑定!」
26.5センチのスニーカー(新品)
SS級宝玉、願玉の変化後の姿(1回限り)
所有者:サラリーマン(低)Lv27タドコロコウヘイ
「P、Pちゃん…SS級ってどれくらいです…?」
「ハイレアですピ。でも航平の賢者の家はSSS級――」
肩の上で片羽を上げながら説明するPちゃんの言葉は、もう耳に入ってこない。呆然と新品スニーカーを見つめる。
「ピ、航平、新しいスニーカーが手に入って良かったですピ」
Pちゃんが羽でポフポフと、呆然とする俺の首を叩いた。
読んでくれてありがとうm(_ _)m感謝を胸に頑張るマン




