何者だ?
分かっていた。分かっていたんだ。先輩の言動はそれを裏付けていた。
走る車の外には、高さ2メートルはありそうな石の塀が、ずっと続いていたし。
塀の上には鋭く尖らせた鉄の槍のような物が、更に1メートル、塀を高くしてたし。
石塀が途切れ、澤井さんが運転する車が、黒く巨大な門前で止まった。
凝った装飾が施された鉄扉は、いったい何トンあるのか分からない。
(…何から何を守ってんだ? ここは)
(航平、ここは王城ピ? それとも砦ですピ?)
(いや、先輩の家だ…)
「澤井です。田所航平様をお連れしました」
運転席側の窓を開け、門の上に取り付けられたカメラに向かい頷いてみせる。
『ただいまお開けします』
どこからか声が聞こえた。
門が微かなモーター音を響かせ、ギイィーと重そうにスライドしていく。
再び走り出した車は、開いた門を通り抜け、中へと入っていった。
日本庭園を通り、ちょっとした芝生の広場を通り、東屋があって、また広場が…って門から遠すぎっ! ってか広すぎ! どこ、ここ!? ほんと日本!?
車がようやく止まると、そこには普通の大きさの…と言っても十二分にでかい日本家屋が建っていた。
良かった…Pちゃんの言うように城でも建ってたらどうしようかと思った。
ちょっとホッとする。
(ピ! 分かりましたピ! 薫は王族、もしくは有民層の人間で、航平は無民層の人間ですピ。この世界でも人間が区別されているようですピ)
バッグの中からPちゃんが俺を見上げる。
(なんだその有民、無民って…)
(ピ、有民とは富を有し、無民とは――)
(それ以上の解説は要らない)
「航平様、着きました」
後部座席のドアが開かれる。
「なんかすみません」
車から出ながら、なんとなく謝る。…どうせ無民です。
「いえいえこちらこそ…航平様、ひとつお聞きしたいのですがー」
澤井さんが何かを俺に聞こうとした時、
ガラッ!
玄関の引き戸が勢い良く開けられ、眼光鋭い、作務衣を着たおじさんが飛び出してきた。
「貴様か!! おのれー! 切り捨ててやるわっ!」
庭を照らす外灯の光に、おじさんが手にしていた日本刀が鈍く反射する。
「旦那様!」
澤井さんがすかさず間に入る。やっぱりこの人武術の上級者だ。
「澤井! 邪魔をするなっ!」
間に入ってくれた澤井さんが、ビクリと動かなくなった。
(ピ、航平)
(ああ、あのおじさん…旦那様っていうことは先輩のお父さんか。威圧スキルがある。しかも結構なレベルの)
「ほう。叫ばず、逃げず、腰も抜かさずか」
澤井さんの横を通り、俺に日本刀の切っ先を向ける。
「ええまあ、呼ばれて来たので。それにあにゃたのー」
腰は抜かさないが、噛んだ。
…ここは冷静に『あなたの剣に殺気はない』と言いたかったのに。
ちょっと気まずい空気が流れる。
ああ帰りたい! もう帰りたい!
Pチャンネルを通して、Pちゃんがしきりに、吐く? 吐く? と聞いてくる。
「父さん、落ち着いて。田所さんがわざわざ来てくれたんだからさ」
玄関からもう一人、見るからに仕立ての良い服を着た男の人が、片手を上げ近付いてきた。
先輩によく似た、クールイケメンだった。きっと先輩のお兄さんだろう。
顔良し頭良し、しかも性格も何となく良さそうな、有民。…世の中不公平で満ち満ちてるなっ。
心がささくれだったところに、クールイケメンが困った様に笑いかけてきた。
「田所さん、父が失礼しました。どうぞ中へ」
「あ、いえいえ…」
何が『あ、いえいえ』だっ。自分の返事ながら呆れるぜ! くそっ、全てが俺にはハードルが高すぎる!
そんな俺の目まぐるしく変わる気持ちを知らないクールイケメンが、丁寧に玄関まで案内してくれる。
玄関扉を開けようとした時、
「徹、彼の後に入れ」
と黙って付いてきたおじさんが、俺に先に入るよう促してきた。
いったいなんなんだ? 一応客だろ? 俺。
あーあ、さっさと先輩の様子確認して帰ろ…。
ため息混じりに玄関の木の引き戸を開ける。
「お邪魔します」
中に入ると、広い土間のような玄関があり、つなぎ目のない一本の木から切り出したようなアガリが1段あった。悔しいが、造りはめっちゃカッコいい。ここに忍者が控えていないのが残念だ。
「…田所さん、何か鍛えたりしてるのかな?」
戸を押さえながら、続いて中に入ってきたクールイケメン…もとい、先輩のお兄さんの徹さんが、軽く目を見開いている。
「まあ多少は…」
瞬間移動できますけど?
「やはりか」
今度はおじさんがしたり顔で言ってくる。
「やはり?」
「田所さん、この扉は100キロあります」
「はい?」
言っている意味が分からない俺に、徹さんが引き戸の端を指差す。
「父の趣味で、100キロの重しが付いているんですよ」
と、徹さんがにっこり笑った。指差した先には鉄の塊が鎮座している。鉄の塊と引き戸が、鎖で繋がれていた。
結構アナログ…いやいや、なんで扉に100キロ!? 趣味ってなに!?
「はあ…。あ、どうりで重いなと」
「貴様、何者だ?」
おじさんが土間からサンダルを脱いで、板の間に上がる。その後を徹さん、澤井さんと続いていく。
「何者と言われても…サラリーマンです」
(低)ですが何か?
「サラリーマン如きが薫を孕ますとは! そこに土下座しろっ」
ハラマス?
(ピ、航平、孕ますとはー)
(だああ! Pちゃん! その解説はしなくていい!)
「…あの、何がどうなってそうなったんでしょ?」
「ほら父さん! 田所さんが困っているだろ? とにかく上がってもらって、ゆっくり、みっちり、薫をどう思っているのか聞かないと」
あ、クールイケメンから闇魔法が…。
「甘いぞ徹! やはりここで切り捨てる!」
あ、おじさんから火魔法が…。
二人とも、取得しちゃってる?
読んでくれてありがとうm(_ _)m感謝に尽きないなー。




