浮気なんて
「よし、休憩終わり。行くか」
切り株の上で、空間庫から取り出した、美波お手製おにぎりを食べ終わり立ち上がる。
米は塩が利いて、具のニンジンのきんぴら風の何かも、意外に、ぼちぼち美味しかった。
まあ空腹は最高の調味料って言うしね。
「こう兄が絶対失礼なこと考えてる」
大きな目を細め、美波が睨んでくる。…何かのスキルを取ったのか?
「い、いや、美味しかったよ。腕を上げたと思ってさ」
「ピ! ちょっとしょっぱいけど、塩の塊が私には当たりましたピ」
「ピヨちゃんそれ、なんにも褒めてない」
「まあ、今後に期待ということで…じゃあテレポの所にちょっと行ってくる」
おにぎりを食べながら話し合った結果、俺が瞬間移動を使ってテレポに会ってくることになった。自分の匂いを知らない美波が、一緒に行くと目をキラキラさせたが、バイトの時間に間に合わなくなると言ったら渋々納得した。
「シールド」
光魔法4になって、中回復と一緒に、シールドも覚えた。
美波の体表面を覆っている光のオーラを、引っ張ってテントのような形のするイメージだ。縦横3メートル、高さ2メートルくらいか。これ以上伸ばすと、オーラが薄くなり、防御力、耐久性が落ちる。
中からは出られるが、外からは敵意あるモノや攻撃を弾く優れもの。まあ継続魔法でも1時間くらいしか保たないけど。俺が戻ってくるまでは大丈夫だろう。
「なんかうっすら光ってる…私もできるようになるかな?」
Pちゃん入りのバッグを抱いた美波が、光のテントの中から天井を見上げ呟く。
「光魔法をいっぱい使って育てて、レベル4になれば使えるよ。じゃあPちゃん、美波をよろしく」
「ピ! 行ってらっしゃいピー」
「行ってらっしゃい! こう兄師匠! ご武運を!」
Pちゃんが羽敬礼し、それを見た美波が同じく敬礼する。
俺は苦笑いし、テレポの巣に向け瞬間移動した。
「さてと、上手くいくかな…」
2分もかからず、テレポの巣から100メートルほど手前に到着する。中回復を3回唱えた。
瞬間移動1の時は、生命力が1秒で20ポイント減っていたが、瞬間移動3の今は、1秒で5ポイント、2分程度なら生命力600ポイント、魔力20の中回復を3回掛ければ元に戻る計算だ。
取得した時がっかりナンバーワンのスキルが、こんなに使えるとは思わなかったなぁ。
Pちゃんによれば『ニ歩一撃』『縮地』という歩法と似たような動きを、生命力を削って行なっているらしい。どっちもよく分からないが、武闘者、シーフ、賢者等が頑張れば取得できるモノで、スキルが向上すれば、生命力も削られなくなるという。
「武闘派サラリーマン(低)…強いのか弱いのか…」
ひとりごとを呟きながら、ゆっくりとした歩調に切り替える。気配探知にはすでに6匹のテレポを捉えていた。
見覚えのある巣穴の前に、6匹がなぜか並んで立ち上がっているのが見える。
なんだ? 何かあったのかな?
俺が5メートルくらいまで近づいても逃げることはなく、むしろテレポたちのほうから近寄ってきた。茶色の柔らかい毛、綿毛のような白い腹、三角耳…。
くううう、全て良し! 合格!
近寄ってきた6匹が一斉に仰向けになり、俺に白いフワッフワな腹を見せてくる。
「おおう…どうした? ん? 降参か? 俺のほうが降参だぞ?」
しゃがみ込んだ俺に、今度は3本の鉤爪がついた小さな手を差し出してきた。
こ、これは!? 敵意はありませんよ? からの、なんか頂戴おねだり攻撃!?
「おお、そうかそうか。んー、何が良いかな。板チョコは買ってないんだよなあ。ちょっと待ってろよー。甘いのが好きなんだろお?」
空間庫から、ゴールドスライムの原液が入ったラップ付のコップを取り出す。
これは蜂蜜みたいに甘いし、きっと貴重な……。はっ!? いかんいかん!
慌ててコップをまた空間庫にしまう。
危なかった…テレポが可愛すぎて我を忘れ、貢いでしまうところだった…。恐ろしい子たちっ!
「これなんかどうだ?」
先輩に買ってもらったチーズケーキを取り出す。
ショートケーキとチョコケーキは一昨日Pちゃんが食べていて、俺はその時一緒にチーズケーキを食べていた。
あと残りショートケーキ、チョコとそれぞれ1個ずつあるから、Pちゃんも許してくれるだろう。
もともと計画では、以前魔力丸と板チョコを『等価交換』したように、何かと魔力丸を交換に持ち込めないかと思っていた。ビッグホーンの肉とか、魔石とか。
もちろん魔力丸を見てからの交渉のつもりだったが…。こう可愛いと先に出してしまったのもしょうがない。
差し出したチーズケーキに、2匹のテレポが飛びついてきた。2匹でチーズケーキを上手に持ち、えっほえっほと巣穴に持ち帰っていく。
何このメルヘン…。キュン死するっ
俺がうっとり帰っていく2匹を見送っていると、他の4匹は興味無さそうに、まだ手を差し出している。
味の好みでもあるのか?
今度はショートケーキを取り出す。
今度は3匹のテレポがやってきて、しきりに匂いを嗅ぐと、キュキュっと言いながらショートケーキをお持ち帰りしていった。
最後の一匹…最後のチョコケーキ。Pちゃんが今日のおやつに楽しみにしているケーキだった。
Pちゃんか、テレポか…究極の選択を迫られる。
テレポが差し出した手を下ろし、キュー…と鳴いた。
テレポ側に、心の天秤がガタンと傾く。
「大丈夫! あるよ、もちろんお前の分も! これ好きかな? …あれ、お前トリッキースネークの毒にやられたテレポだろ?」
確か一番レベルが高かった、リーダー的な子だったはず。
キュキュッ
差し出したチョコケーキを小さい体で頭の上まで持ち上げ、嬉しそうに巣穴に帰っていった。
「はあ…可愛かったなあ、テレポ」
家でぜひとも暮らしてほしいが、エサはダンジョンミミズだし、土も無いし無理だよな…残念!
誰も居なくなった巣穴の前でひとり佇んでいると、巣穴から5匹のテレポが出てきた。
お…これはもしかして?
テレポたちの小さな手から、しゃがみ込んだ俺の手のひらに、魔力丸が置かれていく。
「…ありがとうな」
一匹一匹の頭を、指で軽く撫でる。
キュキュキュッ
5匹が跳ねるように巣穴へ帰っていった。すれ違いに、チョコケーキを持ち帰ったリーダーっぽいテレポが、近寄ってくる。
キュキュ
小さな手に持っているのを、俺の手のひらにそっと乗せた。
魔力丸…違うな。色が薄い。土の色…。
この感触、重さ…俺はこれを知っている。
「…鑑定」
テレポドロップ:土魔法オーブ 土魔法3
「…土魔法のオーブ。これ、くれるのか? お前のだろ?」
キュキュッ
肉食系(ダンジョンミミズのみ):テレポ Lv46
攻撃パターン:怖くなると相手を転移させる
土魔法Lv5
弱点:耳、強い光、物理攻撃
好物:チョコレート
ちゃんと土魔法は残っていた。良かった。
好物のチョコレートはまあ、突っ込まないでおこう…。
キュー!
テレポはひとつ、可愛らしく鳴くと、自分の巣穴に帰っていった。
今度は空間庫に、色んな種類のチョコやお菓子を常備しておこう。
「あ、Pちゃんのチョコケーキ…」
心の天秤がPちゃんに戻った。
…まさかエネルギー砲なんて、撃たないよね?
さすがにない……あり得る。
俺はPちゃんに、なんて言い訳しようか考えながら、瞬間移動で帰りを待つ二人のもとヘ向かった。
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