出会いのきっかけはフレンチトーストです
ベッドの下のダンジョンが見つかってしまった。
「うわっ、穴が空いてる!?」
階段があるのは、暗くて見えてないらしい。
これはごまかせる!
「あ、ああそうなんだ。危ないから近寄るなよ?」
「地盤沈下って初めて見た…これ危ないんじゃないの? 大家さんには言ってあるの?」
「まあ、な」
「ねえこう兄、家に帰っておいでよ。ここに居たら危ないよ」
大きな目が心配そうに俺を見る。
優しい子に育って…お兄さんは嬉しいです。
「大丈夫、落ちやしないさ」
潜ってるけど。
「私なら部屋も要らないし」
実家は2DKのアパートだ。
家を出たのは通勤時間が最たる理由だが、年頃だった美波も自分の部屋が欲しいだろうと、母さんと相談したのも理由のひとつだった。
「子供が変に気を使うんじゃない」
美波の頭を、クシャッと撫でる。
「ちょっとおー、私もう16ですけど!」
「15才かと」
「びみょーな…。まあいいや。ねえこれ食べていい? 作ってきたおにぎりと交換」
俺がいいと言う前にフォークを手に持つ。
「美波が作ったのか?」
確かに袋はコンビニだが、中にはラップで包んだ、小さいおにぎりが4つ入っていた。
「そうだよ。学校のお弁当も自分で作ってるんだから」
褒めろと言わんばかりに、無い胸を張る。
「そっか、母さん体力無いから、有り余ってるお前がフォローしてるんだな」
「こう兄はこれだから、彼女ができないんだよ」
美波がふくれっ面で、Pちゃんの皿のフレンチトーストにフォークを突き刺した。そのまま持ち上げ、カプリと大きくかじりつく。
「おいしーい! これこれ、こう兄のフレンチトースト最高!」
もぐもぐと口を動かし、美波が満面の笑みで目をつむる。
「ピー! それは私のですピ!」
ベッドからPちゃんが叫んだ。
「はいっすいません! …んぐ…」
とっさに謝った美波が、辺りを見回す。誰もいないのを再度確認すると、びっくりしたように俺を見た。
「…何? こう兄の腹話術?」
そんなスキルは持っていない。
(Pちゃん、静かに!)
(…私のフレンチトーストピィ)
(まだ俺の分がある。後であげるから)
「ねえ、食べていいの?」
「ああ食べていいよ。朝から来てお腹空いてるだろ?」
「えへへ、そうなんです。育ち盛りなもので」
美波がさっきのPちゃんの叫びをもう忘れ、再びフレンチトーストに手を付ける。
「お前、ほんとに美味しそうに食べるよな…」
「だって美味しいもん」
この辺はPちゃんに似ているかも知れない。
ぼんやり眺めていたのが悪かった。
美波が俺の皿に手を伸ばし、これも? と聞かれた時、思わず頷いてしまった。
「ヘヘ、こう兄のフレンチトーストは、いくらでも入りますねえ。こう兄は私のおにぎり食べてね?」
美波が2枚目を口に入れた途端、
「ピー!! 警告! エネルギー充填!」
「うええ!? ちょっと待ったあああ!」
俺はとっさにベッドへダイブし、腹の中側を光らせているPちゃんのくちばしをつまんだ。
(航平! 止めないでくださいピ! フレンチトーストの危機、ひいてはエネルギー補充危機で生存の危機ですピ!)
(なんだその安直な関連付けは!)
「こう兄! 誰かベッドにいる! 彼女!?」
こいつはこいつで、あくまで彼女に居てほしいらしい。
警告し、エネルギー充填する彼女なんて嫌だ。
これはもう、ごまかしようが無い。
ダンジョンのことはまだ黙っておくとして、Pちゃんは紹介したほうが良さそうだ。
「…ハア。彼女じゃない。ヒヨコ…ヒヨコっぽい何かだ」
ベッドの端に座り直し、両手の中のPちゃんを見せる。エネルギー砲はすでに再吸収されていた。
「はい?」
「だから、ヒヨコっぽい俺の親友? だ」
「…癒やしの手触りピヨピヨちゃんが?」
俺は真剣に頷く。
(ピ、親友とは仲の良い友人、心友、真の友と書いて真友とも言われー)
(…今は、解説いいから)
「ピヨピヨちゃんが親友…。こう兄、一緒に家に帰ろう!」
美波がむんずと俺の腕を掴んだ。
「え? なんで?」
「こう兄は気づいてないかもだけど、ピヨピヨちゃんは喋りません。ああ、お母さんに言わないと! こう兄が腹話術まで会得して、ファンタジーの世界にー」
あ。怪しい奴認定された。
「美波、落ち着くですピ」
Pちゃんが手の中で、片方の羽を上げる。
「あれ…ピヨピヨちゃん、羽があったんだ?」
いや、そこじゃないだろ?
「飛ぶこともできますピ」
Pちゃんがパタパタと、ガラステーブルまで飛んで、美波の前に着地する。
「…ホントだ。すごいね」
美波がフォークを持ったまま、こくんと頷いた。
「私も食べたいですピ」
Pちゃんがフレンチトーストを羽で指す。
「あ、どうぞ」
美波がススッと皿をPちゃんに寄せた。
「ありがとうですピ。…ピィー、フレンチトースト最高ですピィ」
両羽をくちばしにつける。丸い背中で見えないが、きっと半目になっていることだろう。
「こう兄…いえ、航平お兄様」
ん?
「美波は、ピヨピヨちゃんと帰ります」
「駄目です」
今にもニギニギしそうにPちゃんへ差し伸べられた手を、ぺしっと叩く。
「なんで?」
手を引っ込めた美波が半泣き顔で睨む。
あ、この顔は…。
昔『スーパーメイド☆魔法乙女ルルカちゃん』のステッキを、俺が段ボールで作ってあげた時の顔だ…。
「なんでってお前…」
あの後、駄々こねて大変だったんだよなあ…。
「私のものはこう兄のもの、こう兄のものは私のものでしょ!?」
なんだその謙虚なジャイ○ンみたいな言い草は。
「Pちゃんは俺のナビゲーター。だから渡せないんだよ」
「なんのナビゲーター?」
「ダンジョンナビゲーターであり、航平の人生ナビゲーターですピ」
フレンチトーストを食べながら、Pちゃんが片羽を上げる。
「そうなの!?」
人生ナビゲーターだったのか!?
「なんでこう兄が驚いてるの? 私が驚くところでしょ。…で、ダンジョンナビゲーターって何?」
「ベッド下の穴は、ダンジョンへの入口ですピ」
Pちゃん、黙ってる約束は…?
「ダンジョンてあの、モンスターとか、宝箱とか出てくる?」
「そうですピ。魔法もレベルアップもありますピ」
「…それは良いね」
「良いですピ」
「私にもナビゲートしてくれないかな? ピヨピヨちゃん」
「いいですピ。航平が連れていきますピ」
二人で会話をどんどん進めていく。
でもまだ美波を連れていくのは早い。
「美波止めとけ。魔物は怖いぞ? 喰われたらどうする?」
「だって、こう兄が守ってくれるんでしょ? なら安心だもん」
そんなキラキラした目で見られたら…。
「…まあな。じゃあ、ちょっとだけな?」
結局予定より早く、美波を連れてダンジョンヘ行くことになってしまった。
ダンジョンに行く前に、カエデの葉っぱが3本横に切られマークに『adios』とロゴの入った黒い半袖Tシャツに着替えたら、『アディオス』って!?と、美波に大笑いされたのは心外だった。
読んでくれてありがとうm(_ _)m感謝感激感涙。う。




