策士溺れる
「じゃあ、Pちゃんの説明を聞こうか」
地下9階で、地獄耳スキルのコントロールができるようになった先輩と共に、魔力丸で帰ってきていた。
もう夜の11時を回っている。
部屋に到着すると、先輩はすぐ澤井さんに待機しているようにと電話をかけていた。
「ムグ、それはエネルギーの凝集、解放ですピ。もぐ」
ガラステーブルの上で、ハグハグもぐもぐと、どら焼きを頬張っているPちゃんがなんでもないように言う。
「さすがP様、素晴らしい」
先輩がシリコンカップにオレンジジュースを継ぎ足す。
「薫のどら焼きも素晴らしいですピ」
「嬉しいことを。ありがとうございます」
P接待かっ
「エネルギー砲で蓄積分を使ったので、幾らでも食べられますピ。美味しいですピィ」
「ビームが撃てるのは置いといて、Pちゃんがなんでビーム撃ったのかって話だよ」
部屋で撃たれたら、修繕費いくら払わないといけないんだ?
その前に俺、生きてるかな…
「睡眠中は活動停止状態ですピ。停止中にこの体がなんらかの攻撃を受けたと判断した場合、防衛的にエネルギーが解放されますピ。起きている時は危機判別できるので、解放しませんピ。お腹がもの凄く空きますのでー」
話を早々に切り上げ、オレンジジュースを飲む。
やっぱり今朝のビーム未遂は、ぽってり腹ワシワシのせい、さっきのはマカス(強)の窒息か絞め殺しのせいだった。
…早急に、一刻も早くPちゃん専用ベッドを作ろう。
俺の寝相は悪くないと思うけど、枕元は危険すぎる…。
「ビーム…エネルギー砲は途中で止められるのか?」
「開口部を閉じれば、解放したとしても体に損傷を与えますので、またエネルギーを再取り込みしますピ」
くちばし摘んで、良かった。
「ボクはP様がその体から、抜け出しそうになったのかと」
オレンジジュースを吸い上げるように飲んでいたPちゃんが顔を上げた。
「もうこの体に馴染んでいて、抜け出すことはないですピ。体が消滅、もしくは著しく損壊した時に、粒になりますピ。ただ記憶は消去され、ナビゲーターになることもありませんピ」
「え? だって雷竜に襲われて、Pちゃんがひとりで残ろうとした時、また会えますって言ってなかった?」
「ダンジョンを彷徨ってますから、見かけることがあるかもですピ」
…なんか、よく分からないがモヤっとした。
「…ではP様を守り続ければ、このままでいられるわけですね?」
「ピ、体が消滅しない限りこのままですピ」
Pちゃんが片羽を上げ、またどら焼きに戻る。
「…クククッ。航平君! ボクはやってやるぞ! フゴッ!」
先輩が鼻を鳴らし、スクッと立ち上がった。
「へ?」
「ダンジョンでは航平君の守護にかなわないが、この世界が相手なら、ボクにもやれることがある!」
「え?」
「ダンジョン出現前に、インスタライブにP様に出てもらい信用を得て、フォロワー11名の精鋭により世界中に黎明期到来を拡散、事前情報を売り込み、備えてもらおうと思っていたが、世界を救う野望は捨てた! クククッ」
「はい…?」
良い野望だと思うけど? 捨てちゃうの?
「インスタライブに出演したら、不届き者に連れ去られるかも知れない。ボクのフォロワー11名に限ってはそんなことはないが、世界中に知らせれば必ず出てくる。そんなことは決して許さん! フゴッ」
どっかで聞いたような…あ、俺か。
「先輩落ち着いて…Pちゃんを出さなくても知らせる方法があるかも…」
「バカタレッ!」
バカタレ…。
「誰が信じるかっ。航平君やボクが魔法を使っても、インチキ扱いだ。超能力でもギリギリ無理と思っていた。P様の愛らしさと知性でなんとか数%…世界人口の1%、7700万人が信じるかどうかと考えていたんだぞ?」
こうしちゃいられないと、先輩が玄関に向かった。慌てて俺も後に続く。
「航平君、明日は土曜日だ。夜になれば兄さんが実家に来る。魔石だけでは信用してもらえないかもしれない。どうだろう、このネックレスもこのまま貸してくれないか?」
先輩の胸には守りのネックレスが光っていた。
「もちろん、それはもう先輩にあげたものです。あ、そうだ。先輩これ食べて」
俺は空間庫から光魔法オーブを取り出し、先輩に渡した。
「これは?」
「光魔法2です。回復系はまだ育てないと使えませんが、ライトや光弾、刃は作れます」
「ほう」
先輩がオーブを口に入れる。
「…航平君、すまない」
口から光魔法オーブを取り出し、ポケットから出したハンカチで拭いた。
「この前とは違い、舌がビリビリと痛む。オーブも硬いままだ」
そう言って俺に返してきた。先輩には光魔法の適性はなかったようだ。
でもそのハンカチ、9階で鼻かんでませんでした?
俺が微妙な顔をしていたのだろう。
「航平君、そんな顔をするな。細い目が更に細くなってハニワのようだぞ? 気持ちは有り難いが、仕方がないこともある。ボクには雷魔法があるしな。それにボクの体は『サイ』がぶつかってきても軽傷で済むんだろう?」
失礼なことをさらりと言われた気がする。
「今の先輩なら軽傷も負いませんよ」
「クククッ、更にこの守りのネックレス。兄さんが信じなかったら、雷魔法とこの防御力を使って…ククククッフゴッ! ひれ伏すがいい! フゴッ!」
何をする気なんだ!? っていうか先輩がいつもの先輩に戻っているな。
「では航平君、P様、失礼します」
ドアを開け、先輩が出ていった。
「薫様、心配しました。…おや、何か良いことがありましたか? 威圧感が無くなってます」
外から澤井さんの低い声が聞こえてくる。
「クククッ、澤井。これから忙しくなるぞ…フゴッ」
「いつもの薫様に戻られたようで、安心しました」
車の走り出す音がして、外が静かになった。
「なあPちゃん、先輩の威圧がコントロールされてる。今日は地獄耳対策だったよな?」
玄関から部屋に戻ると、Pちゃんがまだ食べていた。
テーブルの上はどら焼きを剥がしたビニールで一杯だ。
「ムグ…薫は地下8階の時点で、威圧スキルが無くなっていたはずですピ」
「うーん、そうか?」
異常耐性の中に威圧耐性もあるから、細かくは分からない。
「威圧は人間で言うなら王族、絶対的強者が取得するスキルですが、薫は雷竜の時に、強がることで取得したと考えられますピ」
地獄耳といい、どれほどの恐怖だったのか。
「8階で何もできない自分に失望しスキル喪失、9階で自信を自ら取り戻し、強がる必要もなくなり、威圧スキル再取得、薫にはアナウンスが流れたはずですピ。今度は必要な時に発動できるよう、コントロールできるはずですピ」
はぐはぐ、もぐもぐ。
どら焼きを食べ続けるPちゃんを見つめ、Pちゃんが寝ていて知らないであろうことを話す。
「ちなみに地獄耳は、前日に話していた通り、マカス(強)…ああ、魔残か。ゴースト系で(強)がついて、肉体を得るとゾンビキングになるモノと先輩を会わせ、精神汚染から地獄耳をコントロールするよう言えって言ってただろ? コントロールできたよ。先輩」
「良かったですピ。人間は時に、聞きたくない言葉もありますピ」
「…これも、Pちゃんの計画通り?」
「当然ですピ。全て想定内です、げふ」
どら焼き10個全て食べ尽くし、Pちゃんが幸せそうにガラステーブルに寝転がる。
俺の分…。
「…Pちゃん、時にこの世では、想定外のことが起こるもんだ」
「ピ?」
羽根を広げ、寝そべっているPちゃんと目が合う。
口の周りも羽も、アンコが乾燥してカピカピだ。
「驚くなかれ。今Pちゃんには、光のオーラが掛かっていない」
「ピ? …ピィ!?」
「よし行こう! 誰かの完璧な計画のおかげで、俺も汗だくだ」
「航平ひどいですピィィ…」
ぽってり腹の叡智Pを掴み、俺はご機嫌で風呂場に向かった。
読んでくれてる皆さんありがとうm(_ _)mまだ1週間ですよ? びっくりでしょ? 自分もです。




