君の名前は
水晶鼠の弱点は物理攻撃、水魔法。雷竜と同じように、腹側に潜り込み水魔法の『水樹』を打てば仕留めることはできそうだ。
でも俺は剣技を上げるため、曲剣を選んだ。
先輩を近くにある水晶の塊の後ろに座らせ、Pちゃん入りのバッグを預ける。
「先輩、すぐ終わるから、Pちゃんとここで待っててください」
「…分かった。でも無理はするなよ?」
「しませんよ」
先輩たちが巻き込まれない程度に距離を取る。
丸まって動かない水晶鼠に、こっちに注意が向くよう、水晶柱の山に向け水刃3重を放った。
太い水晶を10本以上切り離したが、大きなダメージを与えたようには見えない。モヒカンにちょっとバリカンを入れた程度だ。
水晶鼠が後ろ足で立ち上がる。更にデカくなった。
腹の部分には尖った水晶は生えておらず、柔らかそうな薄橙の弛んだ皮膚が見える。
これはこれで気持ち悪いな…。
立ち上がった水晶鼠が素早く体を前屈させた。背中の水晶柱がその勢いのまま放たれ、飛んでくる。
水晶飛ばしかっ
飛んできた水晶を縫うように避け、先輩たちから更に距離を取った。思った以上に攻撃範囲が広い。
一本の水晶が先輩たちの隠れている水晶塊に向かう。
やばっ
慌ててその間に割り込み、尖った先端に刃を当て、押し切る。裂けるチーズのように水晶柱が左右に分かれた。
曲剣すげぇ…
まじまじと曲剣を見つめる。まるで、何か斬りました? と言わんばかりに黒い刀身が光る。
水晶飛ばしの状態のまま、頭を更に腹の下に入れ丸くなった水晶鼠が鳴いた。
来るっ
ガガガッガリガリガリッ!
巨大水晶ボールが向かってくる。
横にダッシュし水晶ボールを避けると、転がり続ける水晶鼠を追う。やがてピタリと止まり、水晶鼠が立ち上がった。
今だ!!
薄橙の弛んだ腹に向けて駆け寄る。俺を見失ったのか水晶鼠は立ったまま動かない。
またボールになられる前に仕留めるっ
思い切り大理石の床に両足で踏み込み、跳ねる。グンッと浮かび上がった正面には広い胸元、心臓部。
体を後ろに反らせ、渾身の力で振り下ろす。
キキキッ!
曲剣が稲妻のような一瞬の輝きを放ち、刀身より深く、広く繰り出された斬撃が心臓部に届く。重力に逆らわず、落下するままに水晶鼠の足元まで振り抜いた。
キッ…
微かな鳴き声を残し、淡い光となって水晶鼠が消える。
レベルが上がりました。
生命力55ポイント 魔力30ポイント
身体能力各10ポイント
身体操作4に向上しました
駿足4に向上しました
剣技2に向上しました
瞬間移動1を取得しました
うっし! 剣技向上だ! 身体操作、駿足共に3から4!
…そして
「瞬間移動来たー!」
テレポの魔力丸に頼らなくても、もう好きな時に帰れるじゃないかっ
ワクワクが止まらない。
いつもPちゃんに聞いてばかりだったスキル鑑定を、久々にしてみる。
瞬間移動:後足と前足をほぼ同時に出し跳ぶことにより
素早い移動が可能。無意識発動、生命力20ポイント/秒
…なんか、想像してたのと違う。
テレポーテーションじゃないの? 両足ジャンプ? ウサギ飛びか? 生命力20ポイントも使うし…しかも秒で。
うん、俺には駿足4があるから大丈夫だ。瞬間移動中に、生命力が切れたらシャレにならない。
「…さてと、二人の所に戻らないと」
ちょっとがっかりしつつ、水晶鼠が消えた後を確認する。そこには野球ボール大の魔石、何か装飾品が2つ、そして光るオーブが転がっていた。
水晶鼠ドロップ:守りのバングルブレスレット、守りの指輪(レア)
水晶鼠の体内で練られた魔力白金、魔力水晶でできている。
身に着けることにより、肉眼では見えない光の膜が覆う
バングル、物理防御力+20
指輪、光魔法耐性2、物理防御力+35
:光魔法オーブ 光魔法2
バングルは繋ぎ目のない輪っかの水晶に、プラチナの輝きを持つ蔦のようなものが、ぐるりと巻き付いた装飾が施され、レアドロップらしい指輪は、太いプラチナの輪、台座にはオーブ位の透明な玉が付いていて、中に小さく光る六角柱水晶が浮いていた。
「どうやってできてるんだこれ?」
指輪を振っても、中の淡く光った六角柱水晶は同じ位置に浮いたまま、内側にぶつかることはなかった。
「まあ、いいか」
それらを空間庫に収納すると、先輩たちが待つ場所へ駆け出した。
「先輩、お待たせしてすみません」
「ああ、良かった。無事だったか」
バッグを抱えるように、体育座りをしていた先輩が細くした目で俺を見上げた。
Pちゃんはまだ眠っているようだった。
「楽勝です。雷竜の曲剣…『雷光』が良い仕事をしてくれました」
俺の武器『雷光』…くうー、カッコいい! もうサラリーマンじゃなく剣士かな?
「『雷光』か、いい名をつけたな」
「はい。そうだ先輩、今、レベル上がりました?」
「いや、さっき走っていた時以降、上がっていないが」
ここは水晶鼠を倒した場所から100メートルくらい離れている。
倒した魔物の魔力移譲は、一定以上離れると吸収できないようだ。
水刃のような遠距離魔法で倒す時は気をつけないとな。まだ威力が維持できる範囲は20メートルくらいだけどね…。
「よし、行きましょう。先輩」
俺はバッグを受け取ると、先輩の右手を掴んで引っ張り上げる。
「ああ、頼む…」
先輩が立ち上がり、少し戸惑ったように自分の左手を握りしめた。
「どうしました?」
「いや、なんでもない。行こう」
先輩の手を引き、9階へ続く階段に急いだ。
「…航平君、ボクはどんどん人間離れしていくんだが」
あれからアンシリ5匹を倒し、角が水晶のサイ(こんな所にいた)にぶつかる前に水刃で消滅させ、水晶鼠を『雷光』の斬撃で一匹倒している。
ドロップ品を回収している俺に、レベルが10になり、駿足1、眼調整2、身体操作2、隠密2、気配探知1になった先輩が躊躇いがちに言う。
「死なないため、悪い奴に利用されないため、これくらいでも低いくらいですよ」
ちなみに俺もレベル23になり、剣技も3になっていた。
「でもボクは、何も――」
「先輩! 階段がありました。行きましょうっ」
50メートルくらい先に、階下に伸びる階段が口を開けていた。先輩に声をかけ走り出す。先輩も眼調整2になり、目を細めなくても見えるようになっていた。
「…ああ」
俺たちはようやく目的地の地下9階へ降りていった。
読んでくれてありがとうm(_ _)m感謝の腹筋10回目標




