Pちゃんの秘密
「ボクとしたことが、ヘッドライトを忘れるとは…すまないね、航平君」
「いや、気にしないでください」
光魔法のライトで通路を照らしながら歩く。
ダンジョンから出たら、Pちゃんに光のオーラを掛け直さないとな。
バッグの中で、時々寝言を言いながら、すやすや眠っているPちゃんを見る。
くそっ、可愛いな! あれがなければ、触りまくるのに!
「あとこれも、大事な物なんだろ?」
先輩が首に掛けている水晶を軽く持ち上げる。防御力+15の、アンシリの守りのネックレスを念のため渡していた。
「あー、妹か母にあげようと思っていたんですけどね。先輩にあげますよ」
美波たちを連れてくるのはまだ先だし、先輩の防御力は高くなったとはいえ、この前のように高レベルの魔物に遭遇しないとも限らない。
あの時だって先に渡しておけば良かったのだ。1階や2階の魔物は俺を避けるし、安全だろうという俺の油断、判断ミスだった。
「しかしそれでは妹君とお母様に悪い――」
「先輩、ゆっくりと威圧や地獄耳を制御していくのと、早く制御できるのと、どっちが良いです?」
「それはもちろん、1日でも早く…」
「ですよね。Pちゃんが言っていました。先輩が雷魔法の他に、隠密、威圧と地獄耳も取得したと教えた時、身体操作スキルがあっても、威圧や地獄耳のようなスキルは違うコントロール法になると。多分先輩はそれで辛くなるはずだから、協力してあげようってね」
元々威圧スキルは魔物と一部の人間しか取得できず、地獄耳は盗賊やシーフ、戦闘者、賢者などが取得しやすいスキルで、皆コントロールする術を持ってから取得するものらしい。
先輩が地獄耳を取得したのは、雷竜に追われている時よっぽど音に集中したんだろうと、Pちゃんが言っていた。
やっぱり相当怖かったに違いない。俺は異常耐性があるからか、疎かったんだと思う。
「…P様、なんてお優しい」
「まず、地獄耳対策から行きましょう。これから地下8階に転移します。それから1階降りて、目指すは地下9階、死の土地ダンジョン」
「死の土地? …何やら不安を掻き立てる響きだな」
「まあ俺もその下と上の階は行ったことあるんですけど、地下9階は初めてなんで」
「よく知らない…ということか?」
「はい」
俺が真顔で頷くと、先輩がぶるりと震えた。
「よし、P様を起こそう」
「ちょ、ちょっと待ったっ! Pちゃんを起こさないでっ」
俺は慌ててPちゃんが寝ているバッグを抱え込み、先輩に背を向ける。
「何故だ?」
訝しがる先輩に、俺は話しておかなきゃいけないと悟った。
まさかもう秘密を打ち明けることになるとは…。
「…実は今日の朝」
今日の朝、いつものように枕元で寝ていたPちゃんの、ぽってり腹が可愛くて、我慢できずワシワシ撫でてしまった。ぱっと飛び起きたPちゃんにお早うと声をかけると、まだ眠っているようで、目を閉じたままだった。
「そうしたら…Pちゃんが寝ぼけたまま、聞いたことのない言葉…、言葉なのかすら分からないことを呟いたんです」
「ほう…」
「そうしたら…」
俺はゴクリとつばを飲む。
「そうしたら、Pちゃんのお腹が光って、その光が首元から顔へ移動して、口が開いて…。俺はとっさにくちばしを摘みました…」
驚く先輩に意を決して告げる。
「あれは、ビームを出そうとしてましたね」
「…ビーム?」
「そうです。チュッドーン! ってやつです」
先輩がバッグの中で眠るPちゃんを、考え込むように見つめる。
ショックを受けている。
まあそうだろう。Pちゃん信者の先輩にとって、衝撃の事実なはず…。
「…航平君、ボクはビームはよく分からないが、P様はあの体は器で、器が無くなれば、光の粒になると言っていたと記憶する」
「はい? ああ、そうですね」
「チュッドーンではなく、寝ぼけて器から出かけたんじゃないか?」
「!?」
衝撃の事実だった。
「でもまあ、また寝ぼけて出られても困るから、P様は起こさないでおこう」
「…そうですね」
熟睡しているPちゃんをそのままに、俺は先輩の手を取ると、テレポの魔力丸を飲み込んだ。
「眩しくて、よく見えない…」
地下8階、白い大理石の床に水晶の塊が目に飛び込んでくる。隣の先輩が目を細め呟いた。
眼調整1があっても、かなり眩しいはずだ。
魔法のライトを消し、先輩に光のオーラをかける。まあ眩しさは変わらないだろうが、魔法防御、物理防御共に上がったはずだ。
「先輩、ここにはアンシリというやや妖精がいます。あと他にもいると思いますが、俺は遭遇してないので分かりません。ただ目的は階下の9階なので、駆け抜けます」
「やや妖精というのが気になるが…分かった。航平君に従う」
俺は先輩の手を握ったまま、空気把握と気配探知を放ち、走り出した。
先輩はほとんど目をつむっている状態だ。
上から魔物の気配を感じる。アンシリが一匹、あの嫌な高音を出そうと、のっぺらぼうの顔に口が現れるのが見えた。
俺は今眼調整MAXだ。眩しさで見失うことはない。
走りながら左手を上に向け、水刃3重を放った。
3枚の水の刃がアンシリを分断する。悲鳴を上げる間もなく、アンシリが光と共に消滅した。
カランッと、上から落ちてきた魔石を収納し、また走り出す。
「航平君、いきなりレベルアップしたぞ?」
目を細めている先輩が驚いたように、走りながら俺の手を握り返してきた。
「それは良かったです。何か取得しました?」
「いや、取得は何も。ただ生命力、魔力、体力、素早さが向上した」
駿足でも取得するかと思ったが…。やっぱり経験吸収2倍の差は大きいのかもしれない。
「このまま走ります。まだ行けますか? 先輩」
「無論だ」
水晶を避けながら、だだっ広い大理石の間を走る。向かう先に、高さ幅共に5メートルはある、大きな水晶の塊が見えた。そこから魔物の気配を探知する。
吸血系(魔力のみ):水晶鼠 Lv24
攻撃パターン:転がり、水晶飛ばし、光魔法2
弱点:水魔法、腹、心臓部への物理攻撃
ねずみ? 水晶山だろ?
「止まりますっ」
キュッと大理石の床が鳴る。10メートル先の水晶山が動いた。
「…ねずみというか、アルマジロだな」
水晶の根本から4本の短い足が出る。背中には無数の水晶を乗せていた。
いや、ハリネズミ寄りか?
水晶鼠が体を丸くする。トゲトゲした巨大な水晶ボール…。ぼんやり見ていると水晶鼠が、鳴いた。
やばいっ!
先輩を引っ張り、横に逃げる。
ガガガガガッ! ガコッ!
大理石の床を破壊しながら、どでかい水晶ボールが突っ込んできて、避けた俺たちの後ろで停止する。
「航平君! 何が起こっている!?」
先輩が困惑したように強く手を握ってきた。
「大丈夫です。すぐ終わります」
また怖がらせすぎて、変なスキル覚えたら面倒だしね。
俺は空間庫から、雷竜の曲剣を取り出した。
読んでくれてありがとうm(_ _)mお礼に曲剣の舞を…




