最恐キャリアウーマン
5月14日木曜日、今日も田所航平は挨拶を自分からはしない。そういう男だ。昨日ボクを家に連れ込んだのに。もう知らない仲では――
「千駄木先輩っ、おはようございます!」
真後ろに立った先輩に振り返り挨拶をする。
「やあ、おはよう。おや? 笑顔が固いな」
世間一般では引きつっていると言うんです。
「先輩…周りの目もあるから、変なこと言わないでください」
周りからの殺気が半端ない。
「じゃあまた昼に公園で。ククク、逃げちゃ駄目だぞ? 聞きたいことが山ほどある」
先輩がにっこり笑う。周りの殺気が一段と高まる。
いやいや皆ちゃんと見て!? この笑顔見て! 絶対威圧スキル取得してるよ…。
「…はい」
「まず聞きたいのは、ボクはどうなっているんだろうか?」
「はい?」
昨日の残りのチンジャオロース弁当の蓋を開けた時、隣でコンビニのサンドウィッチを取り出しながら先輩が言った。
「昨日帰ってからな…」
まず、いつもの重厚な玄関扉が簡単に開いたことから始まり、目をつむり風呂に入っていたら、階下のリビングにいる澤井さんと父親の会話が聞こえたらしい。リビングはがっちり防音されていて、しかも風呂場までは遠いので、聞こえるのはあり得ないのだという。
「他にもあるが、何より体が軽い。それとボクは昔から運に見放されているんだが、妙についているというか…小さいことだがね」
これは、結構上がったんじゃないか?
「先輩、ちょっと『ステータスオープン』って言ってみてください」
「ステータスオープン?」
千駄木先輩が首を傾げ、問うように呟く。そして、ビクッとベンチから腰を浮かせた。
「…なんだこれは…。名前、種族? 職業…これは職業というより総称だが…」
「それが先輩の今の強さ、数値で表されているでしょ? スキルには身体操作1とか」
「…ああ、そうだな」
「…先輩、威圧1とかありませんか?」
「ん? ああ、あるぞ」
やっぱりだ!
「威圧2とある」
…やっぱりだ。
…俺に威圧スキルが出現しないのは何故だ!?
「先輩のステータス、ちょっと見せてもらっても良いですか?」
「ああ構わないが、どうやればこれを…」
「鑑定」
Lv6 千駄木薫(センダギカオル) 25才
種族:人間
職業:キャリアウーマン(高)
生命力:135/135
魔力:30/30
体力:20
筋力:18
防御力:22
素早さ:23
幸運:63
スキル:身体操作1 眼調整1 隠密1 地獄耳2
威圧2 薙刀術2
「そうだった。航平君は『鑑定』、即ちそのモノの説明書を読めるんだったな」
「そうです。俺の鑑定はレベルが高いので、他の人が鑑定のスキルをこの先取っても、俺のステータスは見れないそうです」
「P様がそう言っていたのなら、そうなんだな」
先輩があっさり納得する。
「でも先輩も、随分強くなりましたよ?」
防御力も、サイ(魔物か本物か不明)にぶつかっても青タン程度で済むくらいに、もう少しで届きそうだ。
しかし幸運は確かに23だったはず。段違いに上がっているのは何故だろうか…。
新しいスキルは隠密、威圧、地獄耳…地獄耳って、こわっ!
「…実はダンジョンで先輩のステータス、勝手に見せてもらってまして」
人に覗かれるのは、気分の良いものではないだろう。
「まあ、ボクのためだったんだろう?」
ヤダ先輩、男前…。
「謝罪の代わりに航平君のお弁当をいただこう」
ヤダ先輩、ただの食いしん坊…。
「航平君のステータスを教えてもらっても?」
もぐもぐと俺の弁当をかき込みながら、先輩が聞いてくる。結局取られた。
「いいえふよ」
先輩に貰ったサンドウィッチを頬張ったままステータスを開く。
Lv21 田所航平(タドコロコウヘイ) 23才
種族:人間
職業:サラリーマン(低)
生命力:1480/1480
魔力: 840/840
体力: 154
筋力: 142
防御力:142
素早さ:161
幸運:200
魔法(全適性):光魔法3 風魔法4 雷魔法4 水魔法5
スキル:剣技1 見切り3 駿足3 呼吸法2 身体操作3
絶対防御3 気配探知5 空間把握5 隠密5 罠解除6
鑑定10 異常耐性10 魔法耐性10 眼調整10
空間庫10 生命力回復10 魔力回復10
ユニークスキル:賢者の家5 (15m×15m×15m)
魂の絆:***に創られし叡智 P
称号「始まりを知る者」「立ち向かいし者」
「幸運の尻尾を掴む者」
鑑定を持たない先輩にどう伝えるか。
「…Pちゃんによると、人間の防御力は5から10なんだそうです。先輩もすでにサイにぶつかっても軽傷で済みます。俺はきっと全力のゾウにぶつかっても大丈夫です」
いい例えができた。
俺がひとり頷いていると先輩が困惑したように、
「サイにぶつかったことが無いから分からないな」
と呟いた。確かに!
「まあP様がそう言うんだから、そうなのだな」
そう言って微笑む。…信者とはこういうものか。
「ちなみに先輩、レベルが上がる前は幸運23でしたけど、今随分上がったから、ツイてきたんじゃないですかね?」
サンドウィッチの最後の一欠片を口に放り込み、水筒の水で流す。
「おお、確かに今は幸運63だ…。ククク、これでもう側溝に落ちることも、鳩のフンの集中砲火に見舞われることもあるまい…フゴッ」
辛かったんだね、千駄木先輩…。
「そうだ先輩、これ食べます?」
空間庫から雷魔法オーブを取り出す。昨日俺は既にLv4を頂いていた。
「どこからそれを…」
「雷竜の魔石や鱗の革、剣をしまった所から取り出してます」
「ほう、それは目に見えない収納ボックスを、持ち歩いているようなものか…欲しいな」
先輩の目が、ギラリと光る。
「…いずれ取れるかも、です。とにかくこれは雷の魔法が使えるようになるかも知れない、雷竜のドロップ品です。口に入れて…」
俺が説明し終わる前に、手のひらに載せたオーブを、先輩がひょいと口に入れた。
ちょっとは躊躇わない!? 俺躊躇ったよ?
「ほう、飴みたいに硬いが、味は無いな…」
オーブが口から消えたら、先輩は雷魔法の適性があるということだ。
「航平君、済まない。消えてしまった」
先輩が可愛い舌を出し、口を開ける。
…威圧、地獄耳、そして雷魔法。
先輩が確実に、最恐のキャリアウーマンになっていく…。
読んでくれてありがとうm(_ _)m最恐最高!




