ええ、泣きそうになりましたよ
「ピッ! 航平!」
「航平君!」
落雷のような音が耳元で鳴り響き、Pちゃんの声が遠くに聞こえたが、体には強めの静電気が弾けたくらいだ。多分様子見の先制攻撃だったのだろう。
魔法耐性10があって、ほんと良かった…。
「大丈夫! それより先輩は? Pちゃんも大丈夫か?」
覆い被さっていた先輩から離れる。
「ボクは大丈夫だ…」
「ピィ、大丈夫ですピ」
「ん?」
「ピ?」
バッグから顔を覗かせたPちゃんと千駄木先輩の目が合う。
「ふわっ! ぬいぐるみが…喋ってる!?」
「ピ!」
Pちゃんが片方の羽を上げ、挨拶をする。
早速バレた。
でも今はそれどころじゃない。後ろから風の揺らぎを感じ、先輩を抱き上げそのまま前方へ跳んだ。背中があった場所を雷竜の鋭い爪が襲い掛かる。
あぶねーっ!
先輩を抱えたまま、走り出す。雷竜が追ってくるが、通路が狭いからかスピードは人の小走り程度。今の俺なら先輩を抱えていても余裕でひき離せる。忌々しげに尻尾を壁に当てる音が後ろから聞こえた。
ダンジョンの入り口とは反対方向へ逆走する。地下1階から4階までは一方通行の通路のみ。戻るには雷竜を越えないといけない。
くそっ! このまま2階に降りるしか…あ、そうか
「賢者の家!」
目の前に楕円の膜を出現させ、抱えていた先輩を降ろした。
「先輩! この中に!」
先輩を先に誘導する。
「なんだこれは…?」
「説明は後で!」
先輩が膜に手を入れようとして、柔らかく跳ね返された。
「入れないぞ?」
一緒じゃなきゃ駄目か?
今度は先輩の手を握り、先に入ってから先輩を入れようと試みる。先輩の手が膜に触った瞬間また弾かれ、俺とPちゃんだけが中に残った。
「航平君! 入り口のようなものが消えた! どこにいる!?」
膜の向こうでオロオロしている先輩が見え、叫び声が聞こえる。
「大丈夫、ここにいます」
「良かった…。ククク、どこかに行ってしまったかと思ったぞ」
俺たちが現れると、ほっとしたように先輩が無理やり笑った。
「この向こうはセーフティゾーンになっているんですが…」
なんだ? 俺が許可すれば入れるんじゃないのか?
ふと、賢者の家に最初にあった丸椅子を思い出す。あの時、狭くて俺は半分しか入れなかったが、Pちゃんは入ることができ、俺が出ると強制退去させられていた。
考えてみればベンチも、ソファーも二人掛け。
「…人数制限か? Pちゃんちょっとごめんよ」
Pちゃんを石畳に降ろすと、先輩の手を取り、もう一度中へ入る。
今度は弾かれることなく、すんなりと入れた。
「航平君、なんだここは? 芝生? 青空があるぞ…。あれは…納屋か?」
辺りを見渡していた先輩が驚きの声を上げる。
そろそろまずいか。
「先輩、一度出ます」
俺が出ると、先輩が弾き出されるように膜の前に現れた。
ドスドスと雷竜の重い足音が近づいてくる。
「航平、雷竜が通り過ぎるまで、先輩と賢者の家にいると良いですピ」
拾い上げようと屈んだ俺に、Pちゃんが片羽を上げる。
「え? Pちゃんはどうするんだ?」
「私は飛べるので、雷竜の上を飛び越えられますピ」
「…何言ってんだ、飛ぶの下手なくせに。あの爪、見ただろ? 引裂きも、尾払いっていう攻撃パターンもある。そもそもカミナリ落とされたらどうするんだよ?」
「大丈夫ですピ。もしこの器が消えても、私は粒に戻って、ダンジョンを彷徨うだけですピ。そのうちまた会えますピ」
「はい、却下」
俺はサッとPちゃんを抱き、バッグに入れた。
「先輩、走れますか?」
「ああ、無論だ」
千駄木先輩はパンプスを脱ぐと両手に持った。
「今後、常にスニーカーを履くことにする」
ニヤリと笑ってPちゃんを見る。
「君はPちゃんというんだな。ボクは千駄木薫だ。こんな時だがよろしく頼む。それと、ありがとう」
千駄木先輩が頭を下げる。Pちゃんが照れたように、片方の羽を上げた。
「解除。行きますよ先輩っ」
「うんっ」
俺たちは雷竜の足音から遠ざかろうと地下2階に向かった。
階段を降り、すぐ左に曲がった角で、雷竜の足音に集中する。音はどんどん近づいてきていた。
あいつ、2階に降りてこないよな…?
「航平君…」
先輩が小声で話しかけてくる。
「しっ。静かに」
「航平君、気になることがあってだな…」
「…どうぞ」
「あの魔物は、どうやって方向転換するんだい?」
「あ、…壁を登ればできるんじゃないかな?」
知らないけど。流石に魔物が階段を使うとは思えないので、方向転換やバックしてくれないと、階段を上がれなくなる。
「ピ、航平」
今度はPちゃんが羽を上げる。
「…どうぞ」
「テレポに転移された魔物は、自力で生息する階に戻りますピ」
「…なんですと?」
「雷竜は地下17階が生息階なのでー」
「階段を使う?」
「はいピ」
「…でも前にいたミミックはー」
「ミミックは10階層が生息地で、舌を使って動きますピ。倒さなければ10階に戻っていましたピ」
あいつ、休んでいただけか…。
「雷竜も17階へ戻るつもりですピ」
Pちゃん、なぜそれを早く…。
更に音が近づいてきた。この階段を目指していることは間違いない。
「ということは、5階の洞窟ダンジョンまで降りて、雷竜をやり過ごし、帰ってくるしかなさそうだな…」
でももしブラッドバットの衝撃波を、先輩が一度でも受けたら…。
「先輩、ちょっとごめん。鑑定」
Lv1 千駄木薫(センダギカオル) 25才
種族:人間
職業:キャリアウーマン(高)
生命力:100/100
魔力:ー
体力:10
筋力:8
防護力:10
素早さ:10
幸運:23
スキル:身体操作1 眼調整1 薙刀術2
…キャリアウーマン(高)って何!? 俺未だ(低)ですが? 高収入? 高身長? 多分金持ちだから?
身体操作も眼調整も持ってるし…Lv1で持てるもんなの!?
「先輩…何か習い事してます?」
「習い事? まあボクの家は昔から男は剣術、女は薙刀だな。ボクは一族で一番下手だがね」
十分高スペックだと思いますけど!?
雷竜の壁を叩く音に、先輩がビクッと体を震わせた。もう近い。
クソ…3階から10階に落ちた時みたいに、ダンジョン穴がどこかに空いてないかな? なんならたった今この階段に空けばいいのに…。
「…先輩、Pちゃん…お願いがあるんだけど」
階下の正面に、先輩と、先輩が掛けたバッグの中にPちゃんがいる。
雷竜が階段を4つ足でゆっくり降りてきた。
そして先輩とPちゃんを、見つけた。
爪で引き裂くか、丸呑みか電撃か…おもちゃを見つけた子供のように、階段を降りてくるスピードが上がる。
先輩たちが背中を向け走り出す。雷竜はその動きのみを見つめ、追いかけようとした。
足元なんか見ていない。興奮して駆け出し、10階に落ちたあの時の俺のように。
「うおおお!!」
階段の一番下に寄り添うように仰向けになっていた俺は、起き上がって両手を雷竜の下から腹と両前足の真ん中に当てた。両手から鋭く尖った水の根を張っていくようにイメージ。
「水樹!」
両手のひらから雷竜の内臓へ水の根が張っていくのが伝わる。
ギギギャアアアッ
水樹の根が雷竜の心臓部を貫いた。
雷竜が放電する。最後の花火のように放電が弾け、雷竜は消滅した。
レベルが上がりました。
レベルが上がりました。
脳内でレベルアップのアナウンスがまだ流れ続けたが、今は先輩とPちゃんの所へ駆け寄る。
「先輩! Pちゃん! 大丈夫か!? 放電に当たってない!?」
「うん、なんともない」
「ないですピ」
手と羽を二人が同時に上げる。
「しかし、しいて言えば、体中がちょっと痛い。筋肉痛なんて久しぶりだ。それにさっきから、レベルが上がったと言う声が響いているんだが…どうしたものか」
「え?」
「ピ?」
「ん? どうした、航平君。Pちゃんも、それこそ鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているぞ? クククッ、フゴッ」
千駄木先輩のレベルが上がったようだ。ちなみに先輩、Pちゃんはヒヨコです。
読んでくれてありがとうm(_ _)m続けて楽しんで貰えると皆喜ぶと思います。




